ダンジョンに願いを   作:ユーガットメー

34 / 50
深層へ

火柱が夜の天井を焦がし、警報の魔力音がなおも鳴り響いていた。

魔導士の街――それは、ダンジョンの表層に築かれた、特殊な実力者たちの集落だ。

この街に住まう者たちは、誰もが深層潜行の経験を持つ精鋭。

警報を聞いた住人たちは一斉に魔力を展開し、素早く防衛態勢を取った。

訓練された動きにより、混乱は最小限に抑えられている。

 

だが、その中でひときわ異質な存在があった。

塔の上層部から飛び立った漆黒の影――それは、封印されていたはずの禁忌。

誰も、あれを止めることはできなかった。

 

「……門を破ったか」

ガロが低く唸った。

小さな芝犬の姿とは裏腹に、彼の声には深い怒りと焦燥がにじんでいた。

 

「追うぞ!」

レンが剣を引き抜き、疾走を開始する。

足音が石畳を叩き、赤く染まった空気を切り裂いた。

 

二人は破壊された階層門の前へと駆けつけた。

巨大な石扉は、無惨にも粉砕され、瓦礫と化している。

魔力障壁の残滓が、まだ微かに空間を歪めていた。

 

「……飛行高度が落ちてる。魔力制御が不安定だ」

ガロが地面に片耳を当てるようにして呟いた。

その瞳には、高精度の遠視魔法が展開されている。

彼が捉えた映像の中、黒い影は明らかに高度を失いながら、螺旋を描くように降下していた。

 

「……あいつ、自分で下りてるのか」

レンが問う。

 

「間違いない。墜落じゃない。目的があって、深層へ向かってる」

ガロは断言した。

 

その時、雷鳴のような轟音が街の方角から響いた。

振り返ると、先ほど放たれた雷撃の余波で、建物の一角が崩れている。

だが、すぐに何人もの魔導士たちが集まり、魔力障壁を展開して瓦礫を押さえ込んでいた。

素早い対応だった。

被害は最小限に抑えられ、人々の間に無用な混乱は広がっていない。

 

「……さすがだな、ここの連中」

レンが苦く笑う。

だが、すぐにその顔から表情を消した。

 

「救助はいらねぇ。今は追うことに集中しよう」

 

「ああ。迷ってる暇はない」

ガロも頷いた。

 

二人は破壊された門を飛び越え、ダンジョンの奥へと走り出した。

前方には、ただ果てしない暗闇が広がる。

ここから先は、ダンジョンの中層、そして深層へと続く未知の領域だ。

空気が変わった。

冷たく、重たい――命を試すような圧力を孕んでいる。

 

「……人造賢者3号」

ガロが呟く。

 

「俺の……“かつての身体”を使って作られた化け物だ。

本来なら、人間と魔物の限界を超えるための希望だった。

だが、結果は……あまりにも異常すぎた」

 

レンは無言で走り続けた。

だが、その背には、ガロの苦しみが痛いほど伝わっていた。

 

「制御もできず、研究所は奴を封印した。……それが、今になって逃げ出した。

しかも……人造聖女2号を抱えて」

 

「……人造聖女2号は、戦闘型じゃないんだろ?」

レンが問いかける。

 

「ああ。支援特化の実験体だ。

感情も、自我も希薄で、まるで人形のような子供……

でも……」

ガロは走りながら、目を細めた。

 

「でも……俺と一緒にいた時だけは、ほんの少しだけ、違った。

あいつは……ちゃんと、俺の声に反応してくれた」

 

レンは何も言わなかった。

だが、胸の内には熱いものが渦巻いていた。

人形のように作られた命に、わずかでも心が芽生えていたのなら――それを踏みにじるような真似だけは、絶対に許さない。

 

「ガロ、急ごう」

「……ああ」

 

破壊された階層門の先、黒い影は深層へと降りていった。

逃げ場のない、深い闇へ。

そこには、どんな危険が待っているか知れない。

だが、二人はためらわなかった。

たとえ地獄の底であろうと、追いつき、必ず少女を救い出す。

それが今、二人の心に共通して燃え上がる誓いだった。

 

「――絶対に、取り戻す」

レンの声が、暗闇に溶けていった。

その背には、揺るぎない意志が灯っていた。

 

赤く染まった街を背に、彼らは走る。

救うために。

取り戻すために。

未来を、手にするために。

 

暗黒の深層へ――。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。