願いの泉ダンジョン――第5層。
炎の匂いが満ちる。岩盤の裂け目から赤熱のマグマが脈動し、時折、天井の岩壁を舐めるように熱気が噴き上がる。そこは火山エリア。歩くだけで足元から魔力を吸い取られるような、過酷極まりない階層だった。
「……熱い……っ」
アルリアが額の汗を拭った。洞窟の冷暗な環境に適応した種族である彼女にとって、この灼熱は最悪の敵だった。それでも彼女は、苦しげな息を吐きながら一歩も引こうとはしなかった。
「アルリア、体が本調子じゃないのに……すまない」
レンが苦い表情で声をかける。攫われた時の精神的な疲労も癒えきらぬまま、それでも彼女は首を横に振った。
「……いいの。私も……見たいから。確かめたいの。“この先に何があるか”を」
その言葉には、迷いの色はなかった。かつて、記憶を失った彼女の瞳に、今は確かな意志の光が宿っている。
「よし。無理はするな、でも、頼りにしてる」
「うん、任せて」
二人は再び走り出す。足元を這うように吹き上がる熱風をかき分けて。前方には、ガロの小さな背が軽やかに跳ねていた。
「急げ! 奴はもうこの階層の深部に向かってる!」
ガロの声は魔力によって増幅され、火山洞の轟音にもかき消されることはなかった。
「人造賢者3号はこの階層を越えて、さらに下に行くつもりだ。第6層以降――願いの泉の“中心”があるはずなんだ。彼が目指しているのは、たぶんそこだ」
“願いの泉の中心”――それは、誰も到達したことのない未踏の地。
彼はなぜ、あの少女を連れてそこへ向かうのか? 今の彼に“意思”はあるのか? それとも、ただの暴走なのか?
答えを知るために、レンたちはその背を追っていた。
マグマリザード、フレイムスラッグ、灼熱の鎧霊(フレアスーツ)――火属性の魔物たちが次々に現れ、進路を阻む。だが、レンの剣には氷の魔導札、アルリアの杖からは冷気の矢。ガロの魔導知識で即席の冷却結界が展開され、三人はわずかな隙を突いて突破していく。
「……もう少しで、第6層の階段だ!」
ガロが叫んだ、その刹那。
轟音と共に天井が崩れ、熱を帯びた霧が視界を包む。レンは咄嗟にアルリアを庇い、剣で岩を弾き、アルリアは結界でマグマの波を防いだ。
やがて霧が晴れ、眼前には大穴が口を開けていた。赤い光が渦を巻くその底へ、3号は飛び込んだのだ。
「……行こう。止めるなら、今しかない」
レンの決意に、アルリアが頷き、ガロが肩をすくめる。
「……飛び降りるのか? 正気か?」
「魔法でなんとかなる。お前なら、落下中の風魔法くらい使えるだろ?」
「全く……無茶ばかり。でも、あいつを止められるのは、たぶん俺たちだけだ」
三人は、大穴の縁に立つ。背後には燃え盛る炎。目の前には、未知の深層。
その一歩を、彼らは今、踏み出した。