風の魔法が三人の身体を優しく包み込み、彼らは落下の衝撃を抑えながら深層へと滑空していった。
やがて着地した先――そこは、第六階層。
耳が痛くなるほどの静寂が支配する、不気味なまでに澄んだ空間だった。天然の鍾乳洞にも似ていたが、どこか人工的な規則性がある。整いすぎた壁面には無数の鉱石と魔石が埋め込まれ、淡く光る結晶が天井から浮かぶように輝いていた。足元は黒曜石にも似た滑らかな岩盤で、踏みしめるたびにかすかな反響音が広がっていく。
「……ここが、第六階層……」
アルリアが呟いたその声すら、空間に吸い込まれていくようだった。
だが、静けさは長くは続かない。
蒼黒い魔力の渦。その中心に、彼は立っていた。
人造賢者3号――すでにその姿は最初に見た時とは別物だった。人の面影を残しつつも、片腕は鉤爪のように変質し、背からは羽ばたくように黒い魔力の翼が浮かび上がる。顔の半分はまるで仮面のように歪み、ただ瞳だけが、人間だった頃の名残を思わせる光を宿していた。
「……あれは……」
アルリアの視線が彼の元へと向かう。そこには、金髪の少女が静かに佇んでいた。純白のドレスをまとい、無表情のままこちらを見つめている。
人造聖女2号――その小さな体を、3号はまるで壊れ物を扱うように丁寧に抱いていた。そして、レンたちが着地したのを確認すると、そっと彼女を地面に下ろし、指先をわずかに動かして周囲に結界を張り巡らせる。
まるで――戦いになることを理解しているかのようだった。
「……喋れないのか……?」
レンが問うが、3号は一切の反応を示さない。ただ、静かに、無言のままに彼らを見据えている。
「ガロ、あれは……本当に意思があるのか?」
「わからない。でも……あの聖女をあんな風に抱いた。壊れ物のように、大切に。人間の“本能”が残っているなら――きっと、何か理由がある」
ガロの言葉には確信があった。人間の身体を素材とし、魔物と融合して作られた実験体。そこには完全な理性などなくても、どこかにかつての記憶や本能が染み込んでいる。
――だからこそ、守ろうとしている。
「けど、それでも戦わなきゃいけないのか」
レンは剣を抜く。ここで逃せば、さらに深い階層へと潜られてしまう。聖女を取り戻すためには、避けては通れない。
だが――。
「お願い、やめて……!」
突然、少女が声を上げた。
無感情だったはずの彼女が、怯え、悲しむように顔を歪めた。レンはその声に、一瞬だけ手を止めかける。
しかし、その刹那だった。
――黒き魔力が爆ぜた。
3号の片腕が魔力の刃と化し、地を蹴って迫る。重い着地音と同時に、レンの剣と激突。凄まじい衝撃が走り、レンの体は弾き飛ばされた。
「レン!」
アルリアが叫び、咄嗟に冷気の矢を放つ。だが、3号は怯まない。肩を貫かれても、血すら流さず、そのまま迫ってくる。
「……完全に、人じゃない……けど」
レンは剣を杖にして立ち上がる。その目に宿るのは、迷いではなく決意だった。
「彼がなぜ、彼女を守るのか。その理由を、俺は戦ってでも確かめたい」
“彼女が望んでいるのは、何なのか”。
“彼はなぜ、奪わせまいとするのか”。
すべての答えは、戦いの先にしかない。
「行くぞ……!」
灼熱の地獄を越え、たどり着いた深層。その中心で、静かに、そして確実に運命の歯車が音を立てて動き出す。
今――戦いが、始まる。