火山地帯――灼熱の空気が肌を焼く。
地面に走るひび割れから噴き出す蒸気が、揺らめく蜃気楼のように視界をゆがめていた。
焦げた硫黄の匂いが鼻腔を突き、空気に混じる魔力の残滓が岩壁を淡く照らす。
その中心に、二つの存在が対峙していた。
一方は、小さな茶色い芝犬。もう一方は、巨大な人型の魔物――人造賢者3号。
その魔物の目が、感情の読めない光を宿し、犬を見下ろしている。
「……まさか、自分自身と戦う日が来るとはな」
犬の声は低く、乾いていた。
その中に潜むのは、かつて“ガーロンド・アルテライト”と呼ばれた男――魔導士ライトの魂。
かつて伝説となった賢者の血を引くも、その名と力を隠し、ただの研究者として生きていた男。
それでも、才能は隠しきれなかった。
彼の遺伝子を嗅ぎつけた者たちがいた。――人造勇者研究所。
倫理を捨て、魔導技術を突き詰めたあの機関は、ついに“賢者の器”を再現せんとし、その素材として彼を選んだ。
「研究所は……“当たり”を引いたってわけかよ。あの頃の俺が、思ったより優秀だったらしい」
対する人造賢者3号。
それは、ガロが人間だったころの肉体と、人型魔物、そして願いの泉に出現する《賢者の幻影》を素材に融合させて造られた戦闘体。
かつての彼の力と記憶の断片を持ち、魔導戦闘においては完璧に近い存在。
もはやただの模倣ではない――“もう一人の彼自身”。
だが、ガロは逃げなかった。
仲間であるレンが後方で援護を構える中、小さな四肢を地に踏みしめ、空間を揺らがせるほどの魔力を放つ。
「……聖女を連れて逃げた理由はわからない。お前に心があるとも思ってない。ただ……」
3号の背後に、結界で守られた空間があった。
そこに閉じ込められているのは、金髪の少女――人造聖女2号。
感情の希薄なその瞳が、戦いの光景を静かに見つめている。
「……聖女を守って死んだ、賢者の伝承。あれが真実なら、そしてお前にその記憶がかすかでも残ってるなら……」
次の瞬間、空気が裂けた。
魔力が交錯し、火花が散る。火炎、雷撃、氷槍。あらゆる魔法が容赦なく犬の身に襲いかかる。
「ちっ……完璧にトレースされてやがる!」
3号が放つ魔法は、ガロ自身がかつて愛用したものばかり。
使い慣れた術式、呼吸、魔力の揺らぎ。
自分だからこそ分かる。分かるからこそ、恐ろしい。
そして、負けられない。
「だがな……俺には、知識がある。経験がある。……そしてなにより――誇りがあるんだよ!」
吠えるように叫ぶと同時に、ガロの足元が光る。
陣を描く魔力の奔流。爆風と共に放たれた雷槍が、一直線に3号へと撃ち込まれた。
3号はそれを腕の結界で受け止める。
結界が砕け、腕が焼け爛れても、感情の見えないまま、無言でガロを睨み返す。
「……それでも立つか。さすがに、俺の体だな」
3号が再び魔法を詠唱する。
今度は大地が鳴動した。
火山の地面が割れ、地中から岩の槍が次々と飛び出す。
灼熱の空気に包まれながら、ガロは跳ぶ。走る。滑るように地を這い、炎を抜ける。
「なあ、答えろよ……本当に、あの子を守りたかったのか?」
問いは返ってこない。だが3号の攻撃に、わずかに迷いが見えた気がした。
「記憶があるんだろ。かつて“賢者”が“聖女”を護って死んだ、その記憶が……」
魔法の衝突が生む爆音が、岩壁を砕き、蒸気を巻き上げる。
視界を遮る熱気の中で、二つの影が魔力をぶつけ合い続ける。
その奥――結界の中にいる金髪の少女が、微かに目を見開いた。
まるで、その戦いに何かを感じ取ったかのように。
戦いは終わらない。
だが、その中に確かに揺れる“意思”があった。
かつて一つだった魂が、今――衝突しながら、何かを取り戻そうとしていた。
ガロは歯を食いしばり、地を蹴った。
「――だったら、力ずくで思い出させてやるよ。俺は、お前だ。だからこそ――止めてみせる!」
次の一撃が、大地を裂いた。
戦いは、さらに激しさを増していく――。