灼熱の火山層。煮えたぎるマグマの熱が空気を歪ませ、吹き出す蒸気が岩肌を焦がす。
その地で、三人と一匹は死力を尽くしていた。
「くっ……!」
レンの剣が振るわれ、鋭い斬撃が空を裂く。
だが、人造賢者3号の魔力障壁に阻まれ、金属の音と共に火花を散らすだけ。
瞬間、アルリアの放った影の矢が狙い澄ましたように差し込んだが、魔力の膜を貫くには至らなかった。
「おい、ガロ! こいつ、本当に人間だったのかよ!?」
「人間“だった”のは間違いない。……だが今は、ただの再構成体だ。魔物の要素が混じってる」
ガロ――かつての名をガーロンド・アルテライト。今は芝犬の姿となった彼が、低く唸るように答える。
その視線の先には、かつての自分の体と力と記憶を持った模造品――人造賢者3号。
彼は一切言葉を発さず、ただ冷静に、淡々と攻撃を繰り出してくる。
氷と雷の複合魔術。即興の詠唱。極限まで研ぎ澄まされた詠唱省略。
ガロの記憶から再構成された魔術体系が、寸分違わず再現されている。
それが、何より恐ろしい。
だが――それ以上に不可解だったのは、3号の視線だった。
彼の目は、ずっと――あの金髪の少女、人造聖女2号を見つめていた。
「守ってる……? まさか、記憶が残って……?」
考えたくはなかった。
希望など、抱いても裏切られる。
だが事実として、彼は聖女の前に立ち塞がり、まるで“守護者”のように行動している。
その姿は、あまりにも――あの神話に似ていた。
「ちくしょう、どうなってやがる……!」
レンが歯を食いしばり、炎の渦の中を突撃する。
アルリアも、熱に弱い体を押して詠唱を続ける。
それでも届かない。
むしろ、こちらの魔力の残量は限界に近づいていた。
「このままじゃ、押し切られる……!」
そのときだった。
――ゴォオオォン……!
地の底から響くような、重く湿った鼓動が洞窟全体を揺らした。
ただの地鳴りではない。
何かが目覚めたような――そんな音。
「……咆哮?」
アルリアのかすれた声が震える。
次の瞬間、天井が砕けるような爆音と共に、赤い影が舞い降りた。
火山の熱に呼応するかのように、巨大な炎の翼を広げながら――それは、現れた。
「りゅ、竜……!」
レンの声がかすれる。
それは、灼熱の災厄。
赤き鱗に覆われた巨体。炎の魔力をまとい、黄金の瞳をぎらつかせた存在。
火山層の主とでも呼ぶべき赤竜だった。
地を踏みしめるごとに、マグマが波打つ。
火山の天井を削るほどの巨体。
戦場に降り立っただけで、全てを圧する威圧感。
「なんでこんな奴が……っ!」
誰もが身を固める中、人造賢者3号だけが動いた。
彼は一瞬、背後の聖女2号に目を向け――そっと手をかざし、彼女の周囲に結界を強化するような動作を見せた。
そして、何のためらいもなく、赤竜の方へと歩みを進めた。
「……まさか、戦う気か?」
レンが息を呑む。
ガロの目にも、明らかな動揺が浮かんでいた。
人造賢者3号は、戦闘の損得を理解しているはずだ。
この竜を前にして勝てる保証など、どこにもない。
それでも――彼は、守るべきもののために立ちはだかろうとしていた。
「まるで……昔話に聞く、賢者みたいじゃねえか……」
かつて語られた伝承。
“賢者”が“聖女”を護り、“竜”と戦ったという神話。
それは事実であり、悲劇だった。
「お前……まさか、本当に――」
そのとき、赤竜が吠えた。
炎の波動が空間を焼き、天井から溶岩の滴が降り注ぐ。
それに真っ向から対峙するように、3号が腕を上げ、複合魔法を起動させる。
雷と氷。
本来相反する二つの属性が交差し、竜の咆哮に応えるように閃光を放つ。
「くそっ……! あいつ、本気でやる気だ!」
レンが叫んだ。
「ガロ、どうする……!?」
「……見届ける。これはもう、俺の戦いじゃない」
ガロは、かつての賢者が選んだ道を――今、模造品が歩もうとしていることに気づいていた。
赤竜の巨体が突進し、空気を切り裂く。
人造賢者3号の身体がそれを受け止めるように立ち塞がる。
衝撃。炎。雷鳴。
火山層に轟く魔力の奔流。
その中心で、かつての“神話”が再び描かれようとしていた。
そして――結界の内側で見守る人造聖女2号の瞳が、わずかに震えた。
それは、感情を持たないはずの人形の瞳に宿った、小さな火――
“願い”という名の光だった。