激しい咆哮が火山層に轟いた。
赤き竜が火の海を割って舞い降りてからというもの、戦場はまるで世界の終わりのような熱気に包まれていた。溶岩の川が地を這い、空気さえも灼けつくような魔力の奔流が洞窟を満たしていく。
人造賢者3号は、その中心に立っていた。
両手を広げ、守るようにしてその背に聖女を庇いながら、青白い魔力の障壁を何重にも張り巡らせていた。その姿は、まるで神話に登場する守護者のようだった。
「おい……まさか、竜と戦う気なのか……」
レンの喉が震えた。信じられなかった。自分たちでもまともに太刀打ちできるか怪しい、災厄の象徴たる存在。
それに、たったひとりで――しかも、守るべき者を背負ったまま、挑もうとしている。
「なに考えてんだ、あいつ……!」
炎が吹き荒れる。地を割る咆哮と共に、竜の喉奥から吐き出される濁流のような火炎。
灼熱の奔流が前方一帯を焼き尽くす。
だが、次の瞬間――その熱波を、正面から受け止める青い光があった。
「っ……」
アルリアが、思わず声を飲み込んだ。
炎の中に、ひとつだけ崩れぬ影がある。
それは、人造賢者3号。
彼は、展開した六重の魔力障壁を用い、竜の炎を受けきっていた。
その体はすでに焼け焦げ、装甲の隙間から煙が上がっている。それでも彼は崩れない。
「……なぜ、そこまで……」
「わからない」
アルリアの呟きに、レンが応じる。
「けど、あいつは“守ってる”。自分の意思かどうかなんて、関係ない。ただ、あれはもう――命をかけてる」
目の前の戦士は、無言のまま、災厄に立ち向かっていた。
それは剣でも魔法でもない。ただ、その身ひとつで、少女を守るためだけに戦場に立つ。
まるで、それが彼の“生まれた理由”であるかのように。
「……賢者ってのは、昔からそうだったのかもな」
ガロが静かに言う。
「名前も残らず、影のように聖女を護って……ただ笑って死んだって」
竜が動いた。
その巨体が地を這うように滑り出す。鋭い爪が岩盤に突き立てられ、激しい衝撃が空間を揺らした。
人造賢者3号は即座に聖女を後方へ押しやり、自らは跳躍。魔力の刃を展開し、竜の前脚へ斬撃を放つ。
「行った……!」
衝撃音と共に鱗が裂け、赤黒い血が吹き出す。
竜が怒りの咆哮を上げる。
だが、同時に振るわれた竜の尾が賢者の体を打ち据えた。
地響きと共に、彼の体が岩壁へと叩きつけられる。
「賢者!」
レンが叫ぶ。
だが、立ち上がる。
人造賢者3号は立ち上がるのだ。
左腕は砕け、口元からは黒い魔力が漏れ出している。それでも、彼は聖女の方へ一歩、また一歩と歩を進める。
そして、次の瞬間――
「ッ! 逃げろ、アルリア!」
レンが叫んだ。
竜の背に、巨大な魔力の渦が生まれている。
次に来るのは、あれとは比べ物にならない。
本気の――『爆炎の息吹』。
「っ……だめ、避けきれない……!」
アルリアが呪文を唱えようとするが、熱で喉が焼けて声にならない。
レンがガロを抱えて飛び込むが、距離が遠い――間に合わない!
それでも。
人造賢者3号が前へ出た。
右手に、膨大な魔力を集中させる。
それは魔力を“干渉”させて敵の攻撃そのものを削ぐ、極限の魔術。
かつて誰も成功させられなかった――“魔力相殺結界”。
「そんな……!」
それは、体ごと焼け尽きる覚悟の魔法だ。
だが、彼は迷わない。聖女の前に立ち、光を広げる。
灼熱の奔流が来る。
空間が爆ぜ、全てが白く染まった。
レンたちは、ただその光に包まれるのを待つしかなかった。
……が、視界が戻った時。そこに、まだ彼は立っていた。
足元は焼け爛れ、背中は焦げつき、膝が今にも折れそうだった。
それでも、聖女を庇うように立っている。
たとえこの身が壊れても。
たとえ命が尽きようとも。
――彼は、“戦う”。
「まだ……終わってない……!」
レンが剣を握り直す。
竜は怯んでいる。
あの災厄が、今、ほんの僅かに――膝を折っていた。
「今しかない!」
レンが走る。
アルリアも、歯を食いしばって杖を構える。
ガロが吠える。
――そして、その中心で。
人造賢者3号は、最後の魔力を燃やしながら、ふたたび構えを取った。
戦いは、まだ終わらない。