フェレディアの街に着いたのは、黄昏が空を赤く染め始めた頃だった。
魔核列車の旅は長く、座席で仮眠をとっていたはずなのに、体の芯に疲れが残っていた。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。まだ――旅は始まってすらいないのだから。
「……さて、次はリラグの裂け目に向かう馬車を探さないとな」
フェレディアは辺境とはいえ比較的大きな街で、冒険者や商人、旅人でにぎわっていた。街の中心部には露店や宿屋が軒を連ね、酒場からは歌声や笑い声が漏れてくる。活気に満ちたその光景が、今の俺には妙に遠く思えた。
気を抜けば、すぐにでも自分の焦燥が顔に出てしまいそうだった。けれどそれを押し隠し、俺は馬車の情報を求めて掲示板の前へと向かった。
街の広場には、様々な依頼が貼り出されていた。冒険者向けの討伐任務、行商人の護衛依頼、そして旅人向けの乗合馬車の案内。目を皿にして探していると――一枚の紙が目に留まった。
『リラグの裂け目近く、東の交易路経由。明朝出発予定。護衛付き商隊、乗合可。料金:銀貨三枚』
「……あった」
思わず、息を吐き出した。
奇跡的だと思った。フェレディアからリラグの裂け目までは、徒歩なら十日はかかる。馬車でも四日はかかる危険な道だ。そうそう頻繁に往来がある場所じゃない。だが、運よく明日出発の馬車を見つけることができた。
「……運がいい」
口に出してみたが、それが本当に運なのかはわからなかった。もしかしたら、誰かが導いてくれているのかもしれない。リナが……あるいは、あいつのことを思い続けている俺自身の執念が。
※
宿に戻ると、俺は荷物の確認を始めた。水筒、保存食、最低限の薬草と治療道具、剣と軽装の防具。ここで足りないものは、冒険者の街で揃えるしかない。だが、今の時点で出来る準備は、すべて整えた。
明日、朝一番で出発する。四日かけてリラグの裂け目へ向かい、そこからダンジョン『願いの泉』を目指す。時間はかけられない。リナには――タイムリミットがある。
「……あと、どれくらいだっけ」
かすれた声で、誰に聞かせるでもなく呟く。
魔力増加症。あの病は魔力が制御を超えて増殖し、やがて宿主を蝕む。治療法はなく、最後には魔物と化す。医者の言葉では、リナの寿命は――あと二年。
いや、それすらも楽観的な見積もりかもしれない。病状の進行は予測がつかない。少しでも、早く。急がなければならない。
だから、もう迷わない。もう、ためらわない。
「……待ってろ、リナ」
手を握りしめ、俺は静かに目を閉じた。
「必ず助けるからな」
この道はまだ始まったばかりだ。
けれどその先に、光があると信じて――俺は、旅立ちの夜を越える準備を始めた。