灼熱の大地に、微かな光が降り注いでいた。
溶岩が川のように流れる焦土の只中、まるで夢のような光景だった。冷たく、優しい聖なる輝きが、痛みを和らげ、命を繋ぐ。
――聖女の奇跡。
金髪の少女、人造聖女2号。無表情だったその顔が、今は苦しみに耐えるように歪み、小さな手を天に掲げている。細い腕が震えながらも、その手から零れる光は確かに味方を包み込んでいた。
「……支援魔法、か。あれが……」
ガロがかすれた声で呟いた。
彼女は命令で動いているだけのはずだった。意思を持たぬ存在のはずだった。だが今、彼女は明らかに“祈っていた”。
その姿に、レンは刹那の間だけ振り返って言った。
「ありがとう……けど!」
聖女の魔法で癒された身体を奮い立たせ、彼は再び竜の前に立つ。
「それでも、こっちが不利なのは変わらねぇ!」
赤き竜は怒り狂っていた。
咆哮と共に大地を割り、天井を打ち砕き、世界を焼き尽くそうとしていた。
炎は休むことなく吐き出され、巨躯から繰り出される一撃一撃が、まるで天災そのもののようにレンたちを押し潰そうとする。
「くっ、なんて魔力量……!」
アルリアが叫び、次の瞬間には矢を放つが、竜の鱗に弾かれる。
ガロが牙を噛みしめ、詠唱を短縮して魔力弾を放つが、それすらも炎に呑まれた。
だが――その中で、明らかな変化があった。
人造賢者3号の動きが変わったのだ。
肉体が淡く、蒼白く発光を始める。
波紋のように魔力が広がり、空気が唸りを上げて震えた。
「……あれは……」
「限界を超えてる……!」
ガロが叫ぶ。
かつて自分もそうなりかけた。
あれは――自壊の兆候。
魔力の暴走が肉体と魂の境界を溶かし、存在そのものを崩していく。
それでも。
それでも、彼は止まらない。
聖女を背に庇いながら、彼は歩く。
巨竜の吐く炎を正面から受け止め、再び立ち上がる。
剥がれた装甲の下からは焼け焦げた肉片すら見え、その輪郭はもはや“人”としてのものではなかった。
――それでも、護る。
その姿は、痛々しくも、美しかった。
聖女が再び手を伸ばす。
彼女の魔力が、光となって賢者に流れ込む。
傷を癒やし、崩れかけた構成をかろうじて繋ぎ止める。
それは、確かに“共闘”だった。
「……あれが、賢者と聖女……か」
ガロは静かに呟く。
かつて伝承で聞いた、伝説の賢者と聖女の物語――
名を持たぬ賢者が、聖女を命を賭して護ったという。
もしかしたら、このふたりは――その“再来”なのかもしれない。
そして、今この瞬間が――その伝説の“結末”なのかもしれない。
「まだだ!」
レンの叫びが、灼熱の戦場に響いた。
「終わらせねえ! あいつを、一人にさせねえぞッ!!」
剣を握りしめ、灼熱の中へと踏み込む。
アルリアがその背を追い、全身を冷却魔法で守りながら魔力矢を連続で撃ち出す。
ガロも咆哮と共に、体内の魔石を燃やして支援の術式を張った。
――全ての力が、崩れゆく賢者の元に集う。
そして、そのとき。
賢者3号の瞳が、わずかに揺れた。
黒く濁っていた瞳の奥に、微かな光が灯る。
それは、遠い昔。
人間だった頃、誰かを守りたいと願った想い。
その想いが、今、確かに――彼の中に宿っていた。
竜が咆哮する。
怒り狂い、周囲の岩盤を巻き上げ、全身を魔炎で包み込む。
「来るぞ!」
ガロの警告と同時に、竜の巨体が突進する。
地面が崩れ、火の粉が吹き上がる。
そして。
人造賢者3号が、その身を光に包んだ。
「――ッ!!」
その光は、すべてを飲み込むほどの蒼き輝き。
まるで星が爆ぜるかのような魔力の波動が、竜の突進を迎え撃つ。
レンが叫ぶ。
「いまだ! 全力で、あいつに力を貸せ!!」
アルリアの矢が、竜の眼に突き刺さる。
ガロの魔法が、竜の脚を束縛する。
そして。
人造賢者3号が、そのすべてを受け取り、放った。
――渾身の一撃。
己を削り、魂を燃やし、存在のすべてを武器にした一閃。
蒼白の斬撃が、世界を裂いた。
灼熱の竜が咆哮し、その巨体が――崩れ落ちた。