火山の地が静かに呼吸する。
まるで巨大な心臓が打ち終わったかのように、怒りも憎しみも焼き尽くされた。
灼熱の竜――封印を破りし炎の魔獣は、断末魔の咆哮を残して力尽きた。
溶岩の海に沈みながら、その巨体はなおも地を穿ち、翼を広げて抗ったが、それも虚しく、やがて崩れ落ちた。
爆風が灰を巻き上げ、灼熱の余波が視界を揺らす中、そこには確かな“勝利”が残されていた。
レンは剣を支えに、片膝をついた。
「……やった……のか……」
肩で息をしながら、それでも彼の眼差しはまだ敵を探していた。
アルリアは魔力を使い果たし、矢を継ぐ力も残されていない。肩を上下させながら、それでも仲間の無事を確認している。
ガロは前足を引きずり、傷ついた体を地に横たえていた。燃えた毛皮からは煙が立ち上り、それがどこか遠い幻のようにゆらめいていた。
しかし、静けさは長く続かなかった。
――崩れる音。
鋭く、乾いた音が、誰の耳にも届いた。
レンが剣を持ち直し、アルリアが反射的に身構え、ガロが唸る。
だが、そこにいたのは――
人造賢者3号。
今や敵ではない。否、かつて敵だった存在。
彼の身体が、静かに、しかし確実に壊れ始めていた。
肉体は魔力で繋ぎ止められた仮初の器。戦いの中で限界を超えたその存在は、もはや“命”と呼べるものではない。
光が滲み、皮膚が剥がれ、魔力が霧のように漏れ出す。
それでも、彼は動いた。
ふらつく足取りで、焦げた大地を踏みしめながら――その目はただひとりを見据えていた。
人造聖女2号。
金の髪をなびかせ、光の残滓をまといながら、彼女は黙って彼を見つめていた。
瞳には、まだ感情が生まれかけている。理解しきれない何か、けれど確かに胸の奥を揺らすもの。
結界は戦いの衝撃で崩壊寸前。にもかかわらず、3号はまるでそれを意にも介さず、彼女の前へと歩を進めていた。
その姿は、まるで――最後にもう一度だけ、彼女を抱きしめたいと願うかのように。
その腕は霞のように震え、形を保てぬまま、なおも伸びようとする。
そして、彼は膝をついた。
焼け爛れた膝が地に触れ、残った力を絞りながら、彼は顔を上げる。
人の形を失いかけたその顔には、たしかな“感情”が刻まれていた。
「……リリィ……」
掠れた声。壊れた機械のような音。
それでも、確かにその名は響いた。
人造聖女の身体がわずかに震える。
その名を呼ばれたとき、彼女の瞳に一筋の光が差した。
「無事で……良、かっ……た……」
その言葉が終わると同時に、3号の体から完全に力が抜けた。
膝が崩れ、肩が落ち、魔力の支えが断たれる。
その身はもう、ただの光の欠片となって崩れ――そして、風に溶けていった。
人造聖女は、消えゆく光に手を伸ばす。
震える指先で、掴もうとする。触れようとする。
けれどその手は、何もつかめず、ただ空を切った。
彼女の表情に感情が宿る。それは、初めて見る、深い哀しみの色だった。
「……」
声は出ない。ただ、震える唇と、こぼれ落ちた光の粒を見つめるその瞳が、すべてを語っていた。
ガロは目を伏せる。
アルリアは矢をしまい、手を組んで黙祷する。
レンは、剣を地に突き立て、ただ静かにその最期を見届けていた。
人造賢者3号――
その存在は、記録にも、記憶にも、正しく残されることはないかもしれない。
だが、確かに彼は願った。
一人の少女の無事を。
名を呼び、想いを伝え、そして戦った。
それが、彼のすべてだった。
そして、少女にとっても――
その想いは、失われることなく、確かに心のどこかに刻まれた。
たとえ言葉にはならなくとも。
涙が流れなくとも。
彼の光は、確かに誰かの胸に届いたのだ。