耳が痛くなるほどの静寂が、空間を満たしていた。
天然の鍾乳洞にも似たその広がりは、しかしあまりに整いすぎている。まるで誰かが意図的に作ったかのように、滑らかで正確な壁面が続いていた。そこには青や紫に輝く鉱石と魔石が無数に埋め込まれ、天井に浮かぶ結晶が淡く光を灯している。
足元の岩盤は黒曜石のように艶やかで、レンたちの足音が反響しながら遠くへと消えていった。
「……まるで、音すら拒んでるみたいだな」
レンが囁くように言ったその声さえ、この階層では異物のようだった。息を呑むだけで、肺の中の空気が異様に澄んでいくような感覚がある。
アルリアが辺りを見回しながら口を開いた。
「音だけじゃない。空気の流れも止まってる……風も気配も感じない。ここ、本当に生きてる空間なの?」
その言葉に、ガロも鼻をひくつかせたが、小さく首を振った。
「何も匂わない。魔物の気配も希薄だ……けど、それが逆に不気味だ。生き物がいる場所には、必ず何かがあるはずなんだ」
それぞれが、疲れた体にむち打ちながらも慎重に進む。火竜との戦いで消耗した肉体は、リリィの回復によって何とか動ける程度に保たれているが、全快には程遠い。
リリィは、レンの後ろにぴたりとついて歩いていた。無言のまま、だが時折ふと足を止めて、まるで何かを探るように天井の結晶を見上げる。
「この階層、情報が少なすぎる……魔術士の街でも誘拐事件の影響で話を聞けなかったしな」
レンの声に、アルリアが頷く。
「何かしらの記録があってもよかったはずよ。これほど異質な空間なら、探索者の誰かが記録していたはず……それすらないのは、何か意図があるのかも」
そのとき、リリィが静かに立ち止まった。
「……」
言葉はなかったが、彼女の指先がある一点を示していた。黒曜石のような床の先、淡い光の結晶が交差する奥――そこだけ、明らかに光の密度が高かった。
レンがそっと歩を進めると、やがて空間が開けていた。
そこは、円形に広がった空洞だった。中央には、透明な水を湛える泉があり、天井から差す結晶の光を映してきらめいている。水はゆるやかに脈動しており、見るからにただの水ではないことが分かった。
「……これは、“回復の泉”?」
アルリアが呆然と呟く。レンはその縁へと歩み寄り、そっと手を水面に浸した。瞬間、指先から全身へと走る温かな感覚。火竜の爪に裂かれた肩の傷が、皮膚を縫うように癒えていくのが分かった。
「……これは……魔力も、体力も、すべてを癒されている」
レンが振り返ると、ガロがぴょんと跳ねるように泉へ向かい、前足をそっと水に入れた。
「くぅ……これは、染みる……全回復の泉って所だな!」
アルリアはリリィの手を取って、ゆっくりと泉へと導いた。リリィはしばらく無表情のままだったが、指先を水に浸した瞬間、わずかに目を細めた。その肩の力が、ほんの少しだけ抜けたのが分かる。
「ようやく……少しだけ、救われた気がする」
アルリアが息をついた。
レンもその言葉に頷きながら、壁にもたれて腰を下ろした。
「……ああ。でも、ここが回復の場ってことは――この先には、もっとヤバいのが待ってるってことだろ」
誰も返事をしなかったが、それは全員の心に同じように響いていた。
この静寂の階層のさらに奥、そこに何があるのか。
今はまだ分からない。
だが――
「行こう。今だけは、休めるときに休もう」
そう言ったレンの声が、反響して遠くへと消えていった。
その静寂の中で、確かに“次”が近づいている気配だけが、ひっそりと息を潜めていた。