暗黒に包まれた第七層の宮殿。その空間は、音さえ吸い込むほどの静寂に支配されていた。壁に埋め込まれた魔石が微かに揺らめく以外、周囲は何一つ動かない。レンたちは、言葉を交わすこともなく、その沈黙の中を慎重に進んでいた。
そんな中で、ぽつりと、アルリアが呟いた。
「やっぱり……なんか……既視感が、ある?」
声は澄んでいたが、不自然なほどよく響いた。それはまるで、この空間そのものが彼女の声を待ちわびていたかのような感覚だった。
「既視感……?」
レンが振り返る。すぐ隣を歩くガロも、耳を動かしながら小さく頷いた。
「この場所……知ってる気がする。ここ……私、この中……いた?」
アルリアは歩みを止め、額に手を当てた。白銀の髪が揺れ、彼女の細い肩が微かに震える。目を細めたその表情には、苦しさと、何かに触れそうな予感が入り混じっていた。
「どういうことだ?」
ガロの問いに、アルリアは首を横に振った。
「わからない。でも、わかるの。ここに……何かがある。私の記憶。もっと深くに……届きそうなのに……」
彼女の視線が闇の奥を見つめた。その目には恐れではなく、どこか懐かしさが宿っていた。
「見えるの。次に進むべき場所。なぜかわからないけど、道がわかる……この闇の中なのに」
リリィがそっとアルリアの手を握った。その手から流れ出す魔力は優しく、温かく、まるで母のような慰めを与えていた。
「ダンジョンの構造は変わる。だが、君は『今』の構造を知っている。これは偶然ではない」
ガロの声は低く、確信めいていた。
「もしかすると、君の記憶とこのダンジョンが繋がっているのかもしれない」
「あるいは……アルリア自身が、ダンジョンの一部と同調しているか、だな」
レンが静かに呟いた。誰もが、その言葉を否定できなかった。アルリアは洞窟エルフ――魔力に敏感で、古の記憶に触れる力を持つ存在。その血が、何かを感じ取っているのだ。
「アルリア。もう少しだけ、進んでみよう。君の記憶が示す方向へ」
ガロが前に出る。その声に、アルリアはふっと微笑んだ。
「うん……ありがとう、ガロ」
彼女は光の魔法を展開した。淡い光が前方を照らし、その先に現れたのは――
「……扉がある」
漆黒の鉄でできた、巨大な両開きの扉だった。表面には奇妙な文様が刻まれ、まるで生きているかのように脈動している。
「開けるべき、かな?」
「たぶん、ここが記憶の鍵だ」
レンが頷き、リリィがそっと背中を支えた。全員が構え、慎重に扉を押し開ける。きぃ……ぃぃ、という鈍い音が響く。
そして、目の前に現れたのは、広大な大広間だった。高い天井、崩れかけたステンドグラス、中央には祭壇のような構造物。そして、その奥には、石の棺。
アルリアがふらりと歩き出す。
「……懐かしい匂いがする……怖くない、でも……泣きたくなる」
彼女の頬に、ひとすじの涙が流れ落ちた。理由はわからない。ただ、心の奥が軋むように痛んだ。
それでも、彼女は確信していた。
ここは――自分の過去に繋がる場所。
そして、答えの始まりが、きっとこの扉の向こうにあるのだと。