朝靄が街の石畳を薄く包み込む頃、俺は馬車の集合場所に姿を現した。
東門の広場は、出発を控えた商人たちの準備でそこそこにぎわっていた。積み荷の確認や、護衛との打ち合わせをしている一団の声があちこちから響いてくる。その中で、馬車の影に寄りかかるようにして立っていた一人の人物に、自然と目が引き寄せられた。
長い白銀の髪が朝日に淡く照らされて、まるで光そのものを纏っているようだった。身にまとうローブは淡い青で、戦闘用というより旅装に近い。だが何よりも――その耳だ。尖った耳。エルフだ。
「……エルフ、か」
珍しかった。ここフェレディアの街では、エルフを見る機会は多くない。仮に見かけたとしても、大抵は金髪碧眼の“森の民”か、褐色の肌に金の瞳を持つ“砂の民”だ。しかし目の前の彼女はそのどちらにも当てはまらなかった。
白い髪。透き通るような肌。そして、どこか浮世離れした雰囲気。
(何エルフなんだ……?)
ふと、視線が合った。目が合った瞬間、彼女はふわりと笑って、手を軽く振ってきた。
「やあ、おはよう。君も乗合馬車の人?」
その言葉に、少しだけ気圧された。もっと気難しいタイプかと思っていたが、意外と人懐っこい。
「あ、ああ。君も……?」
「うん、そう。アルリアっていうの。よろしくね、人間さん」
そう言って差し出された手は、細くて冷たくて――どこか儚さを感じさせた。
「俺はレン。よろしく、アルリア」
「レン……ふふ、覚えやすい名前。旅の目的、訊いてもいい?」
「……妹のために、ダンジョン『願いの泉』へ行くんだ」
正直、誰かに言うつもりはなかった。だが、アルリアの目は妙に人の心を引き出す。まるで、長年の親友に話すような気持ちになってしまうのだ。
すると、アルリアはほんの一瞬、表情を曇らせた。
「……そうなんだ。私も、願いの泉を目指してるの」
「君も……?」
「うん。『過去見の泉』って、知ってる?」
「ああ……過去が見えるという、あの泉か」
「私は記憶がないんだ。目覚めたら、名前だけが頭に残ってて……あとは、何も思い出せなかった。どこで生まれたのか、何をしていたのかすら」
アルリアは視線を遠くへやり、静かに呟いた。
「だから私は、自分の故郷を探してるの。過去見の泉で、少しでも何か思い出せたらと思って」
白い髪が風に揺れるたびに、彼女の横顔に微かな寂しさが滲んだ。
「……大変だな。でも、きっと見つかるさ」
そう言うと、彼女はふっと笑った。
「うん。ありがとう。君、優しいんだね」
「いや、そういうわけじゃ――」
「ふふ、照れてる。かわいい」
一気に肩の力が抜けた。どうやらこのエルフ、只者ではないが、重苦しい雰囲気ばかりの相手ではなさそうだ。
「まあ、よろしく頼むよ。これから先、危険な道のりだ」
「こちらこそ。しばらく、よろしくね」
そうして俺とアルリアは、思わぬ形で同行者となった。
運命なのか、偶然なのか。だが確かにこの瞬間、何かが動き始めた気がした。
妹を救うための旅。自分を探す旅。
――その道が、重なり始めていた。