ダンジョンに願いを   作:ユーガットメー

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稽古

重く、鋭い剣戟の音が、闇に沈む宮殿の大広間に高く響き渡った。刃と刃が交錯するたび、黒曜石の床に火花が散り、空気が震える。

 

「くっ……なんて重さだ!」

 

レンが剣を受け止め、そのまま数歩、後退した。肩が軋む。腕が痺れる。その一撃は、単なる剣技の延長ではなかった。技に宿った「想い」が、鋼を通じて肉体を打つ。圧倒的な質量。それはまさに、幾千の戦場を生き延びてきた歴戦の騎士が放つ、一太刀の重みだった。

 

敵は、全身を黒鉄の鎧に包んだ幻影の騎士たち。顔は見えず、声も発さず。だが彼らの剣には、確かな意志と矜持が宿っていた。すべてが同じ型の鎧を纏い、同じ剣を振るうはずなのに、個々の動きには微妙な差異がある。鋭く斬り込む者。重厚に叩き潰す者。隙を突くように動く者。それぞれが、異なる「戦い」を刻んでいた。

 

「なんで……アルリアには攻撃してないの?」

 

リリィがふと呟いた。その疑問は、全員の胸中に既にあった。

 

確かに。アルリアはただ立っているだけだった。にもかかわらず、幻影の騎士たちは誰一人として彼女に刃を向けようとしない。それどころか、彼女の存在を中心に円を描くように動き、距離を保ち続けている。

 

「……私、見てろって……そう言われてるみたい」

 

アルリアの声は、かすかに震えていた。何かを思い出しそうで、思い出せない。心の奥に沈んでいた何かが、暗闇の底から浮かび上がってくる感覚があった。

 

だが、今は考えている暇などなかった。戦いは続いている。次々と繰り出される鋭利な剣撃。それを受け止めるのは、レンと——

 

「っ、ガロ、右! くるぞ!」

 

「分かってる!」

 

ガロが素早く身を翻し、槍の突きを受け流した。その口元には獣の牙がのぞき、鋭い目が敵の動きを読む。人語を話す茶色い柴犬。その小さな体に、人間の頃の記憶と魔導開発機関で培った戦闘技術が宿る。

 

「リリィ、支援を頼む!」

 

レンの叫びに応え、リリィが詠唱を開始する。空間に魔法陣が広がり、温かな光が戦場を包んだ。

 

「防御障壁、展開! 癒しの息吹、解放っ!」

 

仲間を護るための魔法が次々に発動する。だがそれでも、敵の数は多く、動きは洗練されすぎていた。こちらの攻撃は確かに通る。だが、反撃の速度と重さが桁違いだ。まるで、戦場で鍛え上げられた軍団に挑んでいるような錯覚に陥る。

 

そして——悲鳴が響いた。

 

「ガロッ!」

 

槍を持つ幻影の一人が、鋭い一撃を放った。ガロは反応が一瞬遅れ、槍の柄が胴に直撃する。小さな体が宙を舞い、音を立てて床に叩きつけられた。

 

「っ、まずい!」

 

レンが駆け寄ろうと踏み出す、が——その前に、騎士の一人がすっと動いた。

 

黒鉄の騎士が、倒れ伏すガロの傍に立ち、静かに壁際の水瓶に手を伸ばす。水瓶は数多の装飾が施された、古風なものであった。中に満ちていたのは、淡く光る澄んだ液体。

 

「えっ……?」

 

全員の動きが止まる。その意味を、誰もが測りかねていた。

 

そして——

 

ザバァッ!

 

騎士はためらいなく、その水をガロの身体にぶちまけた。

 

「……っ!」

 

魔力が、奔流となってガロの体に流れ込む。床に横たわっていたガロの指がピクリと動き、次第に瞳が開かれた。

 

「……な、なんだ、今の……?」

 

呼吸が戻る。魔力の流れも、正常に。あれは間違いなく、全回復の泉の水だった。回復と再生の奇跡の液体。だが、なぜ敵が——?

 

「これは……稽古、なのか?」

 

レンの声が静かに響く。自問のようでもあり、確信のようでもあった。

 

考えてみれば、この騎士たちは、一撃一撃が正確でありながら、致命傷を避けていた。殺すつもりなら、既に全滅していたはずだ。的確な攻撃、連携。しかしそれはどこか、誰かに剣を教えるような、そんな“間合い”だった。

 

「この騎士たち……訓練のつもりで戦ってる?」

 

リリィが口にした言葉に、アルリアの瞳が大きく見開かれた。

 

「……そうかもしれない。なんとなく、分かる……これは“試練”……私たちを見てる。値踏みしてるような、そんな感じ」

 

そして、再び。騎士たちは剣を構えた。

 

立ち上がったガロに向けて、一歩、また一歩と歩を進める。その動きは無言の問いかけだった。

 

──立て。続けろ。お前たちは、まだ終わっていない。

 

「だったら……応えるしかないな!」

 

レンが剣を高く掲げる。その隣で、ガロが鼻を鳴らし、地を蹴った。

 

「ふん……稽古ってんなら、受けてやるさ。こっちだって、それなりに場数は踏んでんだ!」

 

アルリアはその様子を見つめながら、無意識に胸に手を当てていた。

 

どこかで、こんな風景を見た気がする。幻のような、記憶の欠片が胸の奥を掠めた。

 

リリィは再び魔法陣を展開し、仲間を支える構えを取る。

 

彼らの心に宿るのは、怒りでも、恐怖でもない。

 

ただ、試されているという静かな覚悟だった。

 

騎士たちの剣。それはきっと、かつて誰かを守るために振るわれたもの。その記憶が、今なおこの場所に刻まれている。

 

だからこそ——

 

「いくぞ……!」

 

託された記憶の剣が、再び交錯する。

 

闇の宮殿に、闘志と意志の火花が舞った。

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