森に夜が訪れた。
空には月が浮かんでいるが、その光は木々の影にかき消され、馬車の周囲は暗闇に包まれていた。
「そろそろ来るかもね」
アルリアがそう言ったのは、焚き火の火を囲んでいたときだった。彼女の白銀の髪が、揺れる炎に淡く照らされている。
「奴らは夜に動く。『牙影の猟犬』、間違いないよ。真っ黒で、音もなく近づいてくる」
レンは剣の柄に手をかけ、静かに頷いた。
「準備はできてる」
この日のために、アルリアの助言のもと、馬車の周囲に簡易な防御柵と罠を仕掛け、焚き火も複数用意していた。火の明かりで視界を確保し、動きを制限するためだ。
彼女の読みは当たった。夜が深まると、木々の隙間から何かがじっとこちらを見ている気配があった。
「来たよ」
アルリアが立ち上がる。彼女の指先から、ぽっ、と温かな光が生まれた。ふわりと浮かび、焚き火とは違う色の光が森の中に漂う。
「《導光球(ルミナス・オーブ)》──追いかけてくれるから、敵の数もわかるよ」
光の玉が次々に生まれ、森の中へ飛んでいく。そして、そのすべてがぴたりと止まり、闇の中にうごめく影に寄り添った。
「ボス個体が一匹。手下のシャドーハウンドが六匹。合計七匹の群れ」
アルリアの声が響く。光の玉はそれぞれ一体ずつに追従しており、闇の中に浮かぶそれが敵の居場所を示してくれる。
「これは戦いやすいな……!」
護衛の剣士がそう呟いた。
だがその瞬間、レンの前に三匹の影が飛び出してきた。
「来たか……!」
黒い影は音もなく跳びかかってくる。だがレンは落ち着いていた。アルリアの光のおかげで敵の動きが手に取るようにわかる。
レンは剣を一閃。振りぬいた剣が黒い魔物の喉を断ち、次いで二体目、三体目を切り伏せた。
「やるじゃん!」とアルリアが声をかける。
「お前のおかげだよ!」
戦いは混乱していなかった。むしろ整然としている。アルリアの光が敵の動きを封じ、さらに彼女自身も魔法矢を次々と放ち、敵のボス個体を牽制している。
敵の連携は確かに厄介だったが、こちらの準備と連携もそれを上回っていた。
そして、六匹中四匹が倒れたとき、残る魔物たちは動揺した。
最後に残ったボスと一体のシャドーハウンドは、咆哮もなく、音もなく、逃げるように森の奥へと姿を消した。
「……もう襲ってこないな」
レンが息をつき、剣を納める。森の静けさが戻ってきた。
「完璧だったね」とアルリアが微笑む。
「おかげで被害ゼロだ。あんた、本当に謎が多いエルフだな」
「そう? 記憶があれば、もっといろいろ答えられるのにね」
焚き火の明かりの中、白銀の髪がふわりと揺れた。
こうして、旅の途中で遭遇した魔物の脅威は、万全の備えと仲間の連携により、無事に退けられた。だが、これはまだ始まりにすぎない。
“願いの泉”――その先には、もっと大きな困難が待っているだろう。
それでもレンは、剣を握りなおし、心を強くした。
「待ってろよ。必ず助けてみせるからな」
夜の静寂の中、焚き火の炎が小さく揺れていた。