DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!! 作:バター犬
誰も名をつけることができなかった。
花は咲かず、声は届かず、
ただ沈むように、暮れていく日々。
家は暖かかった。
だからこそ、壊れる音がよく響いた。
刃が交わり、紅が溢れ、
小さな手が、禁じられた扉を開けた。
その奥にいたのは、
尾を八つに裂いた、囁くもの。
――やっと、繋がれたな。
人も、神も、天も見放したその背に、
怪物だけが、そっと手を伸ばす。
これは、“再生”と呼べぬ歩みの始まり。
誰の祝福もない、
ただ、終わりへ向かうだけの話。
――フレデリカ・ベルンカステル
鈴木太郎――
その少年は、生まれながらにして“異常”だった。
それは、医療ではない。病ではない。
ただ“存在そのものが、世界と不調和だった”のだ。
「……あなた、この子の目が……っ」
産声もかき消すほどの沈黙。
分娩室にいた助産師の一人が、取り上げた赤子を見て、その場に崩れ落ちた。
その手に抱かれた新生児の顔――
その瞳には、ありえざる“色”が、宿っていた。
朱。
それは血の色ではない。
もっと、深くて、濃くて、腐っていて、焼け焦げたような色。
その虹彩の中心には、三つの勾玉がゆらゆらと浮かんでいた。
生まれて数秒の人間が、見るはずのないモノを見つめていた。
まるで“記憶のない神”が、肉体を得てこの世に落ちてきたような、そんな目だった。
「おかあ……さん……?」
産声よりも先に、口が動いた。
言語でも、音でもなかった。
けれど、そこにいた者全員が、それを“言葉”として理解してしまった。
心に、焼き付いたのだ。
「おかあさん」と――
──異常なのは、世界か。彼か。
答えは、どこにもない。けれど、
だが誰も知らない。
“うちは”という名の一族など、この国のどこを探しても、すでに存在してなどいなかった。
それは、遥か遠くの“異なる世界”にのみ存在した、呪われた目の一族。
そしてこの日、世界にひとつの“間違い”が生まれた。
神にも、悪魔にも属さない“異端”。
生まれた瞬間から、“戦いの中心に立たされる運命”。
その片鱗は、すでに瞳に刻まれていた。
「目がどうしたっていうのよ……この子は私たちの子でしょ?
それ以上でも、以下でもないわ」
母親は、揺るがなかった。
助産師たちが後ずさる中、
その女だけは、まっすぐに赤子を抱きしめた。
その瞳に宿る異形を恐れず、拒絶せず、ただ優しく包み込むように。
その体温だけが、この世界で初めて太郎に与えられた“肯定”だった。
「……そっか、そうか……生まれていきなりか……!」
父親もまた、唇を引き締め、笑うような――泣くような表情で呟いた。
彼らは知っていたのだ。
この子が、何か“普通ではないもの”を背負って生まれてきたことを。
けれど、それでも。
“だからこそ”――
誰よりも早く、彼を愛すべきなのだと。
だから抱いた。
だから笑った。
だから名付けた。
鈴木太郎。
この世界で最もありふれた名前を。
「ようこそ、太郎。……大丈夫よ、あなたは、私たちの子なんだから」
その言葉は、祝福だった。
同時に――呪詛に抗う唯一の祈りでもあったのかもしれない。
それでも。
この瞬間だけは、世界はまだ、優しかった。
……けれど。
この時点で、太郎の“人生”はすでに決まっていたのかもしれない。
無垢なまま産まれ、異形を宿し、
愛されながらも、拒絶される運命へ。
すべての始まりは、“抱きしめられたその瞬間”にあった。
そして後に、彼の存在は世界を揺るがす。
だが、この一瞬だけは。
母の体温が、すべてを包んでいた。
──それは“天使”の祝福ではなかった。
それは“神”の加護でもなかった。
けれど、
きっと世界でいちばん強い、“人間の祈り”だった。
目に宿る呪いのような紋様。
それは、感情が昂った時に発現することがあった。
赤子の泣き声に、部屋の電球が明滅し、静電気が空気を走るような異常現象が頻発した。
だが両親は、そんなことを気にする様子はなかった。
問題は――外の世界だ。
太郎が幼稚園に入る頃、異常な目を持つ彼は、すぐに周囲から忌避されるようになる。
子どもたちは、理由もわからぬまま太郎を怖がり、石を投げ、距離を取り、罵声を浴びせた。
「こっち来るな! 呪われる!」
「あっち行けよ、化け物!」
外の世界は、あまりにも冷たかった。
だが――太郎には、“帰る場所”があった。
「太郎は頭がいいわね〜、偉い偉い!」
優しい笑顔でほほえむ母。
太郎が小さな文字を覚えるたび、難しい漢字を読み上げるたび、母はその頭を撫でて褒めてくれた。
「これでも俺の子か? 弱い奴に未来はねぇ……もっと憎しみを抱け!」
冷たい口調で語る父。
だがその言葉の裏には、鋼のような意思と、息子を“強くあらんとさせる”想いがあった。
──母は太郎に“知”を与えた。
──父は太郎に“力”を与えた。
正反対のように見える両親の存在が、奇妙なバランスで太郎の心を保っていた。
いじめられても、泣いても、倒れても。
“家”に帰れば、世界で一番信じられる人たちが待っていてくれる。
それだけで、生きていけた。
だが――その平穏は、唐突に終わりを告げた。
太郎が六歳になったある夜。
一人で自室に眠っていた彼は、ふと目を覚ました。
「ん……トイレ……」
眠気眼で廊下を歩き、リビングの方へ向かったそのときだった。
――パリンッ!!
「……ん?」
何かが割れる音。
続けて、ガチャリ、と何かが倒れるような物音。
「父さん? 母さん? どうしたの……え?」
太郎は、目を疑った。
リビングの床に、ガラスの破片と割れた皿が散乱している。
そして――室内の至るところに赤い炎が揺れていた。
「父さんっ!!」
叫びながら走る太郎の目に、リビングの中央に立つ父親の姿が映る。
「……太郎……どうやら俺は……」
「父さん!! 父さんっ!!」
そして、次の瞬間。太郎は――見てしまった。
父の足元に横たわる、母の姿を。
「……母さん?」
返事はない。
腹部には、深々と突き刺さったナイフ。
背中には、何本も刺された痕が残っていた。
母の白い服が、真紅に染まっていた。
「おい、太郎……よく見ておけ……これが現実だ……」
「父さん……母さんが……母さんがあああああああああ!!」
そのときだった。
太郎の目が――変わった。
くるり。くるり。くるり。
三つの勾玉が、螺旋を描きながら回転する。
朱い虹彩に、三重の刃のような紋様が浮かび上がった。
それはまるで、世界を裂く手裏剣のように、眼球に刻み込まれた呪い。
「……な、なんだあの目……?」
「赤く光ってる……いや、あれ、回って……いや……っ、気持ち悪っ……!」
「チッ、洗脳を自力で解くとは。マジで化け物だな」
「ま、いっか。ガキ一人残ってても、小遣い程度にはなるしな?」
それが――母を殺した奴らの、無様な声だった。
彼らは、父を操り、太郎を追い詰めるためだけに動いていた。
太郎の中で、何かが裂けた。
怒りでも、悲しみでもない。
それはただ、“理解されなかった存在が初めて自己を定義した”瞬間だった。
(……こいつらが……こいつらが……!!)
「うあああああああああああああッ!!」
絶叫とともに、太郎の心が弾けた。
脳のどこかで、なにかが切れる音がした。
刃物を手に、彼は獣のように突進する。
「おっと……なんだこいつ、親父を盾にすっか!」
グサッ。
刃は、父の胸を貫いた。
「っえ……あ……?」
「ハハハハ! マジかよ! 自分の父親を刺しやがったぞ、あのガキ!!」
理解されないまま、理解されないまま。
太郎の心は、深い海の底に沈んでいった。
「……あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」
視界が、ぐにゃりと歪む。
現実が音を立てて崩れていく。
世界が――“赤く、崩壊していく”。
銃声。
だが、その弾は太郎には届かない。
彼は、一瞬で位置を変えた。
理解不能の軌道。光学迷彩のような残像。
刃が閃き、拳銃が奪われ、反撃が始まる。
男たちの命乞いが響く。
叫びが上がる。
だが、それらはすべて、「異常」という言葉で片付けられた」
パンッ。パンッ。パンッ。
ただ乾いた音だけが、静かに世界を塗り替える。
最後の一人の頭が、赤い花を咲かせた。
その肉塊が床に崩れたとき。
ようやく、太郎は。
まるで、操り糸が切れた人形のように、ぐしゃりと崩れ落ちた。
誰も彼を知らない。
その目の名前を知る者も、由来を語れる者もいない。
ただ、そこには“殺戮の痕”と“理解不能の少年”が残された。
そして、誰も知らなかった。
この日、世界に――“本物の怪物”が誕生したということを。
そして、“それ”は現れた。
ぬるり、ぬめり、じゅるり。
地面という名の檻から、影が這い出すように、まるで許されなかったものが「産まれてしまった」かのように。
「……まあ……まあまあまあ……こわれていく音って、どうしてこんなに、甘いのかしら」
声は笑っていた。
けれどその笑みは、首筋をゆっくり裂いていく氷のように、無感情で、粘ついていた。
「くすくす……かわいそうに。まだ痛みも知らない子が、
もう“見える”ようになってしまったのね……?」
彼女の視線の先には、両目から血を垂らし、呻き崩れ落ちる少年がいた。
額を押さえ、苦悶するその姿に、彼女は言葉ではない“慈しみ”を浮かべる。
だが、それは──
慈愛ではなく、“愉悦”だった。
「……くすくす。楽しみね。きっと、ぐちゃぐちゃになるまで、綺麗に咲いてくれるのでしょう?」
それは“観察者”。
それは“裁断者”。
それは“遊戯者”。
紫の髪を揺らし、瞳に残酷な慈しみを灯して、“彼女”はただ、見ていた。
その手には、何も持たない。
それでも、その視線は刃より鋭く、地獄よりぬるかった。
そして“彼女”は、担いだ父の亡骸を肩に引きずり、
その場から、煙のように――否、“祈りのように”消えていった。
まるで最初から、存在などしなかったかのように。
くすくす、と、音だけを残して。
――闇の中。
視界は閉ざされ、時間の感覚も曖昧だった。
ここがどこなのか、自分がどうなっているのかも、まるで分からない。
ただ、身体の芯に何かが渦巻いている。
ドロドロとした感情、憎しみ、怒り、罪悪感――
全てが胃の奥でぐるぐると混ざり合い、重く、痛い。
『……おいっ、起きろ。』
低く、太い声がどこからか響いた。
だがそれは、ただの音ではなかった。
耳ではなく、魂に直接叩きつけられるような、“声”だった。
『……おいってば。起きろ、鈴木太郎。』
「……っは!」
呼吸が戻った。
思考が戻った。
だが――現実もまた、容赦なく戻ってきた。
あの夜の惨劇。
赤く染まった母の服。
盾にされた父の背中に突き立てた、自分の刃。
(あぁ……俺は、俺は……)
全身が震える。
罪の重みが、今さらになって襲いかかってくる。
「俺は……父さんを……」
『……おい。今さらうろたえてんじゃねぇよ。』
その声に、ハッとして顔を上げた。
そこにいたのは――言葉では形容しがたい、異形の存在だった。
巨大な身体。牛のような頭に、蠢くタコのような触手。
禍々しく、それでいて、どこか荘厳な気配を纏っている。
まるで――神にも、悪魔にも見える存在。
「お前……何者だ……?」
『俺か? 俺は“八尾”――ま、テメェの中にずっといた奴だ』
「俺の……中に……?」
『ああ。お前が生まれたその時からな。ずっと、声をかけてたんだぜ? けど、お前は聞こえなかった』
八尾は、どこか呆れたように言った。
その瞳は、怒っているでも、哀れんでいるでもなく――
ただ、こちらを見つめていた。まるで、同類を見る目で。
『でもさっき、ようやく通じた。お前、俺のチャクラに無意識で触れただろ?』
「……チャクラ?」
『そう。怒りと憎しみ。感情の爆発。お前は、極限まで心を追い詰められて……その結果、俺と繋がったんだ』
「繋がった……」
父を殺し、母を失い、自分すらも信じられなくなった。
そんな破滅の縁で、出会ったのが――こいつ。
異形の存在、八尾。
「俺は……どうして……こんな目をしてるんだ……」
『うちは……お前は、そういう血を引いてるらしい』
「うちは……?」
『ああ。俺がいた世界では、あの目を持つ一族は特別だった。強くて、恐れられて、そして――孤独だった』
「……孤独?」
その言葉に、心がピクリと反応した。
誰にも理解されず、誰からも嫌われて、拒絶されてきた。
けれど家には母がいて、父がいた。
でも、もういない。
俺は、また――“ひとり”になった。
「……俺は……また、独りぼっちになったのか……?」
『違ぇよ、バカ』
八尾がズシンと大きな音を立てて座り込んだ。
そして、巨大な顔を太郎のすぐ前に近づける。
その瞳に、炎はなかった。代わりにあったのは――静かな決意。
『お前の中にいる限り、俺はお前を見捨てねぇ。もう独りじゃねぇよ、太郎』
「……!」
その言葉は、鋭く胸を刺した。
誰もいないと思っていた闇の中で、確かに“何か”が俺を見ていた。
化け物かもしれない。恐ろしい存在かもしれない。
でも――それでも、確かに“俺”を見ていた。
「……ありがとう、“ぱっつぁん”」
『……ぱっつぁん……!?』
「だって……牛とタコで八本尾でしょ? 八尾の“ぱっつぁん”!」
『……はっ、センスねぇな! ……でもまぁ、悪くねぇ』
しばらく、奇妙な沈黙が続いた。
そして、ぽつりと八尾が言った。
『俺は、もともと“琥珀の浄瓶”っていう壺に封印されてた。けど、気づいたらお前の中にいた』
「……壺?」
『ああ。本来なら、そんなもんぶっ壊して外に出たら大事件だ。だが、今はこうしてお前と話してる。……なぜかはわからねぇ』
「俺も、知らない……」
『だろうな。でも、まぁ……あんな狭いとこよりマシか。広いし、喋れるし。何より――』
八尾は、ふっと笑った。
『面白ぇガキに会えたからな。』
こうして――絶望の中で出会った、二つの魂が、静かに繋がった。
その絆が、これからの“運命”をどう変えていくのか――
それは、まだ誰にも分からない。