DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!!   作:バター犬

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イクスと大冒険

 先ほど、僕はちょっとキザに言い放ってしまった。

 

 「死にたい奴を、生かすのが好きなんだ」――って。

 

 そのときの僕は、まあまあ気に入ってた。

 落ち着いたトーンで言えたし、雰囲気も悪くなかった。なにより、ちょっとヒーローっぽくて、かっこよかった……気がする。

 

 でも、今。

 

 空を漂うこの状況で、片腕にイクスを抱えたまま、風に髪をばっさばっさ煽られつつ、ぐらぐら不安定に浮かんでいるこの状態で――妙に冷静になってくる。

 

 ……いや、むしろ逆だろ。

 

 頼られてるどころか、頼ってんの、完全に僕のほうじゃんか。

 

 堕天使の翼を展開して、なんとか空中を維持しているけど、実際この先のルートなんてまるで見えない。

 目的地も、帰り道も、目星すらつかない。世界線どころか、今いるこの“場所”の名前すら知らない。

 

 もし彼女がいなかったら、僕、今ごろマジで――

 

「海にダイブして泣きながらイルカと友達になってた未来、確定だったな……」

 

 うっかり漏らした独り言に、腕の中のイクスが軽く顔を上げた。

 

「えっ?」

 

「いや、こっちの話。うん、すっごく恥ずかしいこっちの話」

 

 頼りになるのは、自分じゃない。

 僕を支えてるこの翼よりも――今、腕の中にいる彼女の存在だ。

 

「ハァ〜……わかりました」

 そんな僕の心境とは裏腹に、彼女はあくまで冷静に言った。

 

「元の世界、ということは……具体的にどこから来たんですか?」

 

 その問いに、僕はピタッと固まった。

 ――どこから来た、って。

 いや、確かにそう聞かれるのは当然なんだけど、でもさ……。

 

 え? “世界”に名前って、あんの??

 

「えーっと……地球?かな?」

 

「地球……?」

 

 イクスの目がぱちぱちと瞬いた。

 

「聞いたことありませんね!」

 

 ですよね!!!

 

 心の中で盛大にずっこけながら、僕はひとりツッコミを入れた。

 いや、それ惑星の名前だから!世界線の分類とか、次元コードとかじゃないから!

 

 もし“どのネット回線使ってるの?”って聞かれて「床」って答えるようなもんだぞ、今の。

 

 イクスは「ふむ……」と考え込んで、周囲にちらりと視線を巡らせた。

 

 空。海。雲。風。

 

 どこまで行っても、異常なくらいの青のグラデーションに包まれた世界。

 

「……ここも、ずいぶん変わりましたね」

 

 風に溶けるような、何気ない呟きだった。

 でもその声は、微かに――ほんの微かに、哀しさをにじませていた。

 

 僕は思わず、視線を横に向けた。

 すると彼女は、ふいにこちらを向き直ってくる。

 

「あの〜、辺りを見渡したいので、もっと高く飛んでくれます?」

 

「別にいいけど」

 

 僕は軽く肩をすくめてそう返し、腕の中の彼女を抱え直す。

 それにあわせて、背中の黒い翼がバサリと展開された。

 

 ……ぬ、ぬれてる。

 

 海に落ちたときの名残か、水を吸った翼が妙に重い。

 飛び上がる瞬間、羽ばたくたびに水がぱしゃぱしゃ跳ねるし、バランスも取りづらい。

 

「ま、まぁこんぐらい平気だけどね!」

 

 自分に言い聞かせるようにそう呟き、僕は空へと跳んだ。

 強引に重力を蹴り飛ばすようにして、じわじわと高度を稼いでいく。

 

 上空に達し、ふわりと空中に静止する。

 と同時に、イクスの目がきょろきょろと忙しく動き始めた。

 

 空。雲。太陽。見える限りの星の位置。

 まるで座標と構造を、頭の中で計算しているかのように。

 

 ……すげぇ。やっぱ頭いいな、この子。

 

 そう思った矢先――彼女が口を開いた。

 

「あの〜、さっきから気になってたんですけど……その翼って、本物ですよね?」

 

「は? 本物に決まってるじゃん!」

 

 思わずムキになって返してしまった。

「模造品だったらただのヤバい人じゃん!」

 そう、黒い翼つけて全裸で空飛んでたら、もうそれは完全に通報案件だ。

 

「いやいや、そうじゃなくて……」

 

 と、彼女は少しだけ語調を落としながら、真剣な顔で問いかけてきた。

 

「なぜ、翼があるんですか?」

 

 僕は一拍置いて、少し得意げに胸を張った。

 

「僕、堕天使だから」

 

 その瞬間だった。

 

 彼女の目が、ふっと細まる。

 まるで――哀れなものを見るような、そんな目だった。

 

「……本当だよ!? 僕、ほんとに堕天使だよ!? 光力だって使えるもん!!」

 

 必死に食い下がる僕に、しかし彼女は無慈悲だった。

 

「堕天使なんて、いるわけないじゃないですか」

 

 ズバァン。

 言葉の刀で、僕の心を一刀両断。

 

「ぬ゛あああああ!! 精神攻撃やめろぉぉぉぉ!!!」

 

 空中でバタつく羽ばたき。慌ててバランスを取り直す僕。

 そしてその腕の中で、あくまで冷静に見下すイクス。

 

「……まぁ、異常魔力変異体とかでしょうね。それより、あっちです」

 

 そう言って、イクスがぐいっと前方を指差す。

 

 目を凝らしてみると、うっすらと――確かに、ぽつんと浮かぶ島影が見えた。雲の切れ間に、かろうじて輪郭が見える程度の小島。

 

「そこに向かってください」

 

「はいはい、了解しました操主様~」

 

 若干拗ねた調子で返しながらも、僕は素直に翼を羽ばたかせる。

 重さの残る翼をゆっくり上下に動かしながら、雲を割って前へ進む。

 

 しばらく飛んでいるうちに、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「そうだ、イクス。ひとつ聞いていい? なんであんな棺桶に入ってたの?

 なんかこう……ハム◯プトラ的な封印された事情?」

 

「はむ……? それ、何の料理ですか?」

 

「ちげーよ!」

 

 イクスは少し首を傾げ、遠くを見るような目をした。

 

「……私は、眠ってたんですよ。あの中で」

 

 その一言から始まった。

 

 誰も頼んでいないのに、唐突に始まる自分語りタイム。

 

 空を滑空しながら、ひたすら繰り広げられる過去の物語。

 重厚な歴史、滅びた文明、失われた記憶、そして彼女の孤独。

 

 ―――――10分後―――――

 

「つまり、お前って……大昔にあった“ガレア”って国の女王だったってこと?」

 

「そうですね。正確には、“第十三代・冥府の炎王・イクスヴェリア”ですけど」

 そう誇らしげに胸を張る少女。

 

 だがその“少女”という見た目と、話のスケールがあまりにも乖離していて、つい僕は口を滑らせた。

 

「けどさ、話の内容からして……100年どころじゃ済まないよね? なんだロリバ――」

 

「死ね」

 

 グハッッ!!!

 

 お姫様抱っこされたまま、イクスが逆手で僕の顔面を正確にぶち抜いてきた!!

 わりとガチで星が見えた。しかも、さっき上空から見えてたやつじゃない、幻覚のほう!

 

「……あざとっ!? なんでその体勢でナチュラルにぶん殴れんの!?」

 

「降りてください。この辺です」

 

「えっ、マジで? でも、ここって……」

 

 僕が下を見ると、そこにあるのは――海。延々と続く、青い大海原。

 

「いや、降りたら海だけど?」

 

「はい。たぶん、目的地は海の中に沈んでます」

 

「……え、また潜んの? や、やだなぁ……ちょっと、濡れるし、寒いし……酸素とか大丈夫かなぁ……」

 

 ぶつぶつ文句を垂れながらも、翼をたたみ、仕方なく再び海中へとダイブ。

 

 ひんやりとした水が全身を包み、静けさが耳をふさぐ。

 視界が青に染まっていくなか、僕の目に、何かが映った。

 

 ――岩。巨大な、黒ずんだ岩塊。

 

 その表面にイクスが手を伸ばし、そっと触れる。

 

 瞬間、岩の表面に光が走った。

 まるで神経が走るように、淡い紋様が浮かびあがる。

 

 そして――ごごご、と小さく振動しながら岩が崩れ、ゆっくりと姿を現すのは――

 

 球体の装置。

 

「うわ……なんか見たことある……あれだ、ドラクソボールでサイヤ人が乗ってくる、あのポットみたいなやつ!」

 

 装置の表面が滑らかに開き、淡い光と共に、出入口が静かに姿を現した。

 

「これは、非常用の小型次元航行艦です」

 球体のポットにすっと入り込んだイクスが、迷いなく端末に指を走らせながら言う。

 

「戦乱の時代、ガレア王国は幾つもの世界に、このような脱出艦を配置していました。……これは、まだ使えます!」

 

 内部が淡い魔力光で照らされる中、彼女の表情がわずかに明るくなる。

 長い時を経てなお作動する古代の装置を前に、彼女はまるで“帰ってきた”かのような安心感をにじませていた。

 

「じゃあ……地球に向かうってのは?」

 

 僕が尋ねると、彼女は操作を続けたまま、ひとつ息をついてから言った。

 

「地球という世界は知りませんので……手当たり次第にジャンプしますか?」

 

「それしかないっぽいな〜……」

 僕は苦笑しながら肩をすくめる。

「で、何回くらい飛べば着く感じ?」

 

「今のエネルギーでは……ジャンプ1回が限界です。その後の補充には、数年単位の時間が必要です」

 

「……ちょっと待て」

 

「はい?」

 

「それって、めちゃくちゃ時間かかるってことだよね!?

 ジャンプ一回して外れたら、また数年待ち!? 超のんびり宇宙スゴロクじゃん!」

 

「ちょっと何言ってるかわからないですが、そうですね。ほかの手段としましては……」

 

 イクスが、ふと画面を見つめながら言葉を継ぐ。

 

「一度、“次元の狭間”を通るという手段も――」

 

 僕の目が、一瞬で真剣になる。

 

「今なんて言った?」

 

「え?」

 

「“次元の狭間”って言った?」

 

「……はい。世界と世界の境にある空間です。

 通常の物理法則も魔力干渉も働かず、魔法は一切使えません。外に出れば、即座に崩壊。

 それに、そこでは“時間”という概念も安定していません。迷えば、永遠に彷徨う可能性も――」

 

 彼女の説明を最後まで聞かず、僕は口を開いた。

 

「……イクス。次元の狭間に行ってくれないかな」

 

「……え? 本当に? 危険ですよ。命の保証はありません」

 

「知ってる。でも……行くしかない」

 

 目をそらさずにそう言うと、イクスは一瞬だけ黙り、こちらをじっと見つめた。

 

 その瞳の奥で、何かが――揺れた。

 

 それが同意だったのか、諦めだったのか、それとも――

 

 静かにうなずき、彼女は端末に手を置いた。

 

 指先が触れると同時に、船体を包む魔力光が一瞬強くなり、内壁に幾何学的な魔方陣が浮かび上がる。

 

「次元座標、破界点に接続……起動します」

 

 外の海が――ねじれた。

 

 水が渦を巻き、空間が“音もなく”裂けていく。

 その先に広がるのは、暗黒でも、光でもない、“無”のような空。

 

「……じゃあ、行こうか」

 

 僕の言葉と同時に、航行艦は、静かにその裂け目へと滑り込んでいった。

 次の瞬間、視界がまばゆい光に包まれた。

 

 重力も音も、全てが一瞬“溶けて”――そして、光が静かに収束していく。

 

 ……気づけば、そこは。

 

 万華鏡のように歪んだ空間だった。

 

 上下も左右も存在しない。

 距離感は狂い、重力はどこにもなく、時間すら曖昧に浮かんでいる。

 

 “落ちている”のか、“漂っている”のかも分からない。

 ただ、ここに“在る”という実感だけが、ぽっかりと浮いている。

 

 僕たちの乗る小型次元航行艦は、防御シールドに守られながら、その“虚無の海”を静かに漂っていた。

 

 けれど――外に出たら、たぶん一瞬で、跡形もなく消滅するだろう。

 

 ここが、「次元の狭間」。

 

 そして今、僕たちの旅が、名実ともに“異世界の果て”へと踏み込んだ。

 

「……それにしても、狭くね?」

 

「だってこれ、もともと一人乗りですから」

 

 なるほど。納得の理由。

 

 けど――それじゃ納得できない配置が、ひとつ。

 

「いやいやいや、僕今、服着てないのよ!?裸なのよ!?

 つまりその……直で当たってるっていうか、ちょっと動かれたら刺激が強すg――ドスン!!」

 

「のォォォォォーーーーッ!!」

 

 突然、器用に座ったままジャンプして、イクスが僕のバベルの塔を潰してきた!

 ピンポイント精密打撃。ヒップという名の質量兵器!

 

「チャイナ越しのヒップ感がとても……ベリーシャス……ハァハァ……」

 

「……何言ってるんですか?そのチンケな袋、潰しますよ?」

 

「我々の業界では――ご褒美ですYO!!」

 

「死ね」

 

 ――ドスン! ドスン! ドスン!!

 

 無限バベルラッシュ。繰り返される精神と物理の暴力。

 だが僕は――紳士。Mではない。……ただし、ちょっと笑ってしまった。

 

 けれど――その刹那。

 

 前方に、何かが“いる”のが見えた。

 

 何の前触れもなく、ただ、そこに“存在”していた。

 

 視界の奥。

 歪む空間の向こうに、まるで火山のように“赤く”――そして“巨大な”ものが。

 

 瞬間、脳内に警報が鳴り響く。

 

 身体が、本能レベルで拒絶を始める。

 思考が逃げ出し、意識が勝手に目を逸らそうとする。

 

 けれど、僕は。

 

「……ねぇ、あれ何だと思う?」

 

 笑いを混ぜるように、無理やり声にした。

 

 まるで自分の恐怖を、言葉で誤魔化すように。

 

 その指差しに、イクスも視線を向けた。

 

 そして――彼女が息を呑むのが、聞こえた。

 

「……なんで……こんな所に……ドラゴンが……!?

 次元の狭間って、“何も存在しない空間”だったはずなのに……!」

 

 そこにいたのは――

 赤く、灼熱のような鱗を持ち、翼を閉じたままでも世界を圧倒する威容の――

 

 グレート・レッド。

 

 神ですら敵わぬ、次元そのものに棲まう“世界最強”の存在。

 圧倒的な質量感と、存在そのものが放つ威圧が――距離も音も超えて、艦内に“届いて”くる。

 

「……あれ、ヤバいやつでるよね?」

 

「ヤバい、なんて次元じゃないかな……」

 

まるで侵入者を排除するかのように――めっちゃこっち狙ってきてる!!!!

 

「嘘だろ!?めっちゃ来るじゃん!なんで!?無害なはずだったんじゃないのぉぉぉぉ!?」

 

 いやほんと、なんで!?

 どこ情報だよ“無害”って!ガセにも程があるだろコレ!!

 

 目の前に迫るのは、全身を真紅の鱗で覆った異形の巨龍。

 

 その身体は、まるで山脈そのものが蠢くかのようなスケール感。

 動くだけで空間が引き裂かれ、存在するだけで“次元の法則”が悲鳴を上げている。

 

 理不尽にねじ曲がる空間。

 まるで物理法則そのものが、この存在の前では“服従”してるような異常事態。

 

 そして――その超質量の怪物が、こちらに向けて突進してくる!

 

「回避しますッッ!!」

 

 イクスの声が一瞬、怒号のように響いた。

 

 すぐさまハンドルを切る。

 小型船が常識外れの軌道で空間を滑り、グレートレッドの咆哮が背中をなぞるように通り過ぎていく。

 

 その瞬間――

 

 ギギギギギギィィィッ!!!

 

 金属が歪むような音。

 警告灯が一斉に赤く点滅し、船体全体が悲鳴を上げる。

 

「やべぇ……今の、かわしたのにこの威力!?」

 

 真横を通過しただけで、船が軋んだ。

 まるで咆哮そのものが、次元を削るレーザーみたいだ。

 

「本当に無害なんですか!? アレ、理不尽そのものじゃないですか!!」

 

「たぶん気まぐれとか、ちょっとイラっとしたとか、そんなんだと思うけど!!」

 

「そんな理由で殺されてたまるかーッ!!」

 

 イクスが叫んだ。

 震える声に、怒気と恐怖がないまぜになってるのがわかる。

 

 揺れる小型艦の中で、彼女がバランスもかまわず僕の肩を掴んで詰め寄ってくる。

 

「な、なんなんですかアレ!? あんな巨大なドラゴン、聞いたこともないです!!」

 

「だから言ってるじゃん、あれグレートレッドっていって――」

 

「そんなの、もっと早く教えてくださいよッ!!」

 

「いやでもさ!?“無害”って聞いてたし!?むしろ神とかも勝てないってだけで、暴れたりしないって――」

 

「追ってきてますッッッ!!」

 

「うわぁあああああああああああああ!!!!」

 

 追撃、来る。

 

 マジで来る!!

 ていうかこれ、完全に獲物認定されてる!!

 目が合った瞬間の、あの“これは狩る”って目――間違いなく殺意持ちの挙動!!

 

 背後から迫る“理不尽”の塊。

 

 グレートレッドの巨体が、空間を物理的に破壊しながら近づいてくる。

 あれはもう生物じゃない。“自然災害”よりタチが悪い。

 存在するだけで、法則が崩れる。

 

 船体のシールドが、咆哮の余波だけで**ギィィィッ……!**と軋む。

 魔力が悲鳴を上げ、計器がショートし、空間がきしみ始める。

 

 ――そのとき、空間が“唸った”。

 

 オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!

 

 咆哮が、世界を揺らす。

 空気が割れるんじゃない。次元そのものが、削れる音だった。

 

 音の正体は、振動。波動。存在圧。

 まるで“概念”が叫んでる。「お前を消す」と言っている。

 

「やばいやばいやばい来るぞイクス!!防御して!!」

 

「了解――船体のすべてのエネルギーを、シールドに回しますッ!!」

 

 彼女が叫ぶ。

 指が端末を走り、全ての魔力がバリアに集中される。

 

 シールドが厚くなる。

 光が瞬き、粒子が船体を包む。

 

 けれど、それは――

 

 無力だった。

 

 次の瞬間、船体の外壁が、まるで紙のようにしわくちゃに“押し潰され”、

 パリィィィィィィン!!!!!

 

 砕けた。

 

 船が揺れた――とか、そういうレベルじゃない。

 空間そのものが震え、視界がバグった。

 

 内装が軋み、端末が爆ぜ、緊急警告が響き渡る。

 

 警報音。赤い光。制御不能。

 

「イクス!?」

 

「っ……っ、だ、大丈夫です……が、もう……!次の一撃は――!」

 

 イクスの声が震える。普段は冷静な彼女が、本気で怯えていた。

 

「大丈夫か!?」

 

「……はい、なんとか。でも、あれ……」

 

 震える声の先――グレートレッドの腹が、脈動していた。

 

 ズゥン……と空間ごと揺れるような音がした。

 

 赤黒い光が、脈を打つように周囲を照らす。

 まるで鼓動そのものがエネルギーに変換され、世界を焼く準備をしているかのようだった。

 

 その巨大な口元に、凄まじい圧力の魔力塊が凝縮されていく。

 

 それはもう、“ビーム”じゃない。

 空間を溶かす閃光。存在ごと消し飛ばす破壊光線。

 

「――やば。船を捨てたほうがいいかも」

 

「……でも、このまま何もなしに“次元の狭間”に身をさらすのは、危険すぎます!」

 

 イクスの声が震えていた。

 無理もない。ここは、“外に出た瞬間に存在が崩壊する”空間。

 常識的に考えれば、ポットを捨てて生身で出るなんて、自殺行為だ。

 

 だけど――

 

「……大丈夫。考えがある」

 

 僕は小さく息を吐き、左目に意識を集中する。

 

「――万華鏡、写輪眼ッ」

 

 ゴッと何かが軋むような感覚とともに、視界が赤く染まる。

 脈打つように蠢く魔力が、瞳孔の奥で渦を巻く。

 

 世界がゆっくりと、細部まで見えるようになる。

 まるで時間が引き伸ばされたような、錯覚にも似た集中。

 

 そしてその視線が、世界の敵――グレートレッドを正面から捉えた。

 

 その口元に、もう“それ”は完成していた。

 

 空間を焼き尽くす赤黒い光。

 見た瞬間、あらゆる感覚が「死ぬ」と叫んだ。

 

「――スサノオッ!!」

 

 僕の全身から、黒いオーラが噴き上がる。

 

 濁流のように渦巻く闇。

 空間が軋み、空気が逆巻く。

 

 黒い魔力は、僕の背後に集まり、形を持った。

 

 4本の腕。

 巨大な輪郭。

 まるで怒れる戦神のごときシルエット――

 

 黒の阿修羅、“スサノオ”。

 

 その胸元、中心に僕とイクスを抱え込むようにして――

 

 僕たちは、飛び出した。

 

 船を捨てて。保護も捨てて。

 ただ、この身一つで――世界最強から全力で逃げる。

 

 そして。

 

 放たれた――

 

 閃光。

 

 空間が、真っ赤に灼けた。

 ミシミシミシミシ……ッ!!

 

 スサノオに、嫌な音が響く。

 空気が震える。空間が軋む。

 黒い阿修羅の輪郭に、蜘蛛の巣のようなヒビが走った。

 

 咆哮の余波ではない。

 あれは、“存在”そのものを砕く光だ。

  防御も、概念も、スサノオすら――守りきれない。

 

 空間が悲鳴を上げ、スサノオの阿修羅の巨躯がギシギシと音を立てる。

 グレートレッドの口元に、灼熱の終焉が溜め込まれていく。

 

 このままじゃ、砕ける。

 

 そう悟って、僕は腹の中へと声を送った。

 

「……おーい、ぱっつぁん」

 

《なんだァ、もうすぐ死にそうな顔してェ》

 

「マジでヤバいんだ。スサノオ、限界。今から全魔力ぶっ込むから……」

 

《へいへい……ま、オレも死にたくねぇしな。半分くれてやるよォ。ちゃんと返せよ?》

 

「後で牛丼奢るわ!!」

 

《なら倍くれてやるッ!!》

 

 その瞬間、スサノオが膨れ上がった。

 

 全身を包む黒いオーラが、さらに濃く、荒々しく、凶暴にうねる。

 4本の腕がうなり、牙のような角が額に浮かぶ。

 太郎と八尾、全力合体の最終防衛形態。

 

「おうし、こいよ!グレートレッド!!こっちはもう……!」

 

 僕は、叫んだ。

 

「全力全開、魔力ビンビンだぜぇぇぇぇッッッ!!!

 フルチンだけになぁぁぁぁあああーーーッッ!!!!!!」

 

 スサノオのオーラがさらに荒ぶる。

 4本の腕が咆哮の光を真正面から迎え撃つように構えた――

 

《お前それマジで言ったのかァ!?》

 

「今言わなきゃ一生後悔する気がした!!!」

 

《どうして命の危機でそんな元気なんだオマエェェェ!!》

 そして――さらにグレートレッドの魔力が、膨れ上がった。

 

   咆哮と共に、口から放たれる超極太の魔力砲がさらに倍近くに肥大し、空間ごと破壊する閃光へと変わる。

 

   世界が、真っ赤に塗り潰された。

 

   ズドォォォォォォォン!!!!!!

 

   スサノオに、光が直撃。

 

   ミシミシミシミシ……ッ!!

 

   巨体がきしむ音が、骨を打つように響く。

 

 全魔力、ありったけの力を注ぎ込んでも、“世界最強”の咆哮には、抗えなかった。

 

   そして――

 

   バキィィィィィィィィンッッ!!!

 

   スサノオ、粉砕。

 

 

 崩れたのは、ただの防壁じゃない。

  僕とぱっつぁんが一体になって築いた“最後の砦”が、音を立てて――

 

 砕けた。

 

 バッキィィィィィィィィン!!!!!

 

 4本の腕が砕け落ち、頭部が崩れ、黒い巨人のシルエットが崩壊していく。

 

「うそぁぁぁぁぁん……!!!」

 

 全身の力が一瞬抜けた。

 なんか、魂の奥でガラガラポンって音がした。

 

《いや無理だったなァ!お前、言霊の使い方が雑なんだよォ!》

 

「なんで今その話ァァ!?そっちもノリノリだっただろ!!」

 

《だって“フルチンだけにな!”とか言うやつ初めて見たからァ!!》

 

 咄嗟に、僕はイクスを真上にぶん投げた。

 

「キャッ!?なにするんですかッ!!?」

 

 イクスの抗議が聞こえた直後、

 僕も限界ギリギリの反動を使って、自身も空中へ跳躍――しようとした、その時。

 

 ゴゥン!!

 

 鈍い音と共に、胸から下が消し飛んだ。

 

 光が、空間を裂く。

 肉体が、存在を削られるようにして吹っ飛んだ。

 

「がばぅあ……っっっ‼︎⁉︎」

 

 視界が一瞬、ホワイトアウトする。

 痛みよりも、先に**“感覚が消える”**。

 それがこの攻撃の怖さだった。

 

 だが――

 

 その瞬間。ズルズルズル……ッ!!

 

 地面もない空中に、黒い影が滲み出す。

 

 黒い蛇たちが、僕の身体から這い出してくる。

 まるで意志を持つように、残された上半身に巻き付き、

 失われた腰を、脚を、筋肉を、骨を――再構築していく。

 

 肉体の損壊が一瞬過ぎて熱も痛みもなく、ただただ“戻る”。

 

 ――再生、完了。

 

「っ……助かった……!」

 

その瞬間。

 

 空中から、先ほど放り投げたイクスが、回転しながら落ちてくるのが見えた。

 

 「うわ、ホントに真っ逆さまじゃんッ!」

 

 すぐさま両手を広げ、タイミング完璧でキャッチ!

 

「いきなり投げないでくださいよッ!!」

 

「いや、むしろ投げてなかったら確実に一緒に吹っ飛んでたからね!?むしろ感謝して!?」

 

「感謝より先に訴えますからね!?」

 

 笑い混じりのやり取り。

 でも、それもほんの数秒。

 

 ――僕は、すぐに悟った。

 

 この空間に、長くはいられない。

 

 再生はできた。けど、それは時間稼ぎにすぎない。

 防御も剥がれ、僕らは今、完全な**“裸の命”**だ。

 

 この“次元の狭間”は、存在を削る。

 長くこの空間に居座れば、完全に消える。

 

 「……くそ、どうする……」

 

 ただ立ち止まってるだけで、身体の内側から分解が始まるような感覚。

 時間が、ない。

 

 言い合う余裕もつかの間――

 

 またもや、グレートレッドがエネルギーを凝縮し始める。

 赤黒い光が腹部に脈動し、空間がビリビリと震え始めた。

 

 冗談抜きで、これ以上は無理だ。

 

 魔力も、スサノオも、再生力も――

 次の一撃には耐えられない。

 

 ――そのとき。

 

「……あれって……!」

 

 ぼやけかけた視界の先で、**遠くに揺れる“黒い渦”**が目に入った。

 空間にぽっかりと空いた、歪な円環。その内側は、光すら飲み込む真っ黒な闇。

 

 確かに見覚えがある。

 

 「冥界へのゲート……!」

 

 あれは、“現世と冥界”と繋がる唯一のトンネル。

 普段は、時間と次元を繋ぐ“冥界特急”が通るルートらしいけど――

 

「今はそんなロマンいらねぇッ!!」

 

 必要なのは、脱出手段ただそれだけ!!

 

 この命綱を逃せば、次は世界ごと吹き飛ぶ確率100%!!

 

「イクス!舌噛むから口閉じてろよ!!」

 

「ウィィィィィーーーーッ!!」

 

 返事になってない!でももう構ってらんない!

 

 僕は、叫んだ。

 

「バージョン2ッ!!」

 

 赤い魔力が爆ぜる。

 

 肩に浮かび上がる、牛の頭蓋骨。

 皮膚の下から噴き出すような赤黒い魔力が、身体を包む。

 呼吸が荒くなり、意識が一点に研ぎ澄まされる。

 

 世界が、スローモーションになる。

 

 今、出せる――全力の加速。

 

「ゔゔゔぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!!!」

 

 空を裂き、空間を蹴り、

 重力も時間も、すべてねじ伏せて――

 

 僕は、冥界のゲートへと突っ込んだ。

 

 その背後、世界の理を焼き尽くす咆哮が、

 すべてを追いかけるように迫ってくる。

 

 もう嫌だ、こんな映画みたいな展開!!

 でも――

 

 本当に、勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けた瞬間、ふわふわと頬に柔らかい感触があった。

 

「……あれ? 膝、枕?」

 

 見上げると、そこには――イクスの顔。

 彼女の太ももに頭を預けたまま、僕はどうやら気絶していたらしい。

 

「うわっ!」

 

「大丈夫ですか? ここに来た途端、いきなり意識を失ったので」

 

 声は静かだが、少しだけ心配そうな色が混じっていた。

 

 僕はぼんやりと、さっきまでの記憶を探る。けれど、脳内は真っ白。飛んでる。綺麗に。

 

「……僕、どれくらい寝てた?」

 

「約2時間ほどですね」

 

「……そっか……けっこう熟睡してたのか……」

 

 っていうか、魔界の膝枕で2時間熟睡って、メンタルどうなってんの僕。

 

「ここってどこか分かりますか?」

 

「冥界、だよ。……たぶん、だけど。場所まではわかんないけどね!」

 

「……本当ですか?」

 

 僕の“冥界”発言に、イクスはじとっとした目を向けてきた。

 その目は「またそうやってすぐ適当なこと言う」みたいな信頼ゼロのやつだ。

 

 でも……なぜだろう。この否定的な視線、ちょっとゾクゾクする。

 

(いや待て、僕はMじゃない。たぶん)

 

 気を取り直して、一度深呼吸をする。

 どろりと粘る空気が肺に絡みつき、重さと熱気を持って体内に流れ込んできた。

 

「……うへぇ……やっぱ冥界の空気って、気持ち悪ぃ……」

 

 そのときだった。

 

「――あの〜」

 

 隣で膝枕を提供してくれていた少女が、ふいに空を指差した。

 

「あれって、何か分かりますか?」

 

「………………」

 

 僕は無言で視線を上げた。

 

 その先――冥界の空のど真ん中に、異様な“それ”が浮かんでいた。

 

 血のように赤黒い光で縁取られた、悪魔文字で構成された浮遊型の魔法陣。

 しかも、あれは普通の魔方陣じゃない。転送陣だ――それも、尋常じゃない規模の。

 

「……長距離転送陣だ。しかも、ゲートタイプ……」

 

「外から何かを“呼び込む”構造ですね。しかもあの密度……」

 

「……やばいな、あれ。普通じゃない。何かが来るって空気が、めちゃくちゃする……!」

 

 背中に、じわりと冷たい汗が滲んだ。

 

 

 しかも、動いてる。脈動してる。

 今まさに、何かを“送り込もう”としてる気配。

 

 背中に、イヤ〜な汗が噴き出した。

 

 それを感じ取ったのか、イクスが僕の顔を覗き込んでくる。

 

「……どうしたんですか?」

 

「……逃げよう」

 

「えっ?」

 

「早くここから逃げた方が――」

 

 その言葉が口をついて出るのと、まるで同時だった。

 

 「――お前たちはすでに包囲されている」

 

 空気が震えるほどの、低く響く声。

 

 そして次の瞬間――

 

「やっぱりだああああああああぁぁぁッ!!!!!」

 

 僕の絶叫が冥界に響き渡る。

 

 見渡せば、そこは――完全な包囲網。

 

 漆黒の鎧を纏った悪魔たちが、いつの間にか僕らをぐるりと取り囲んでいた。

 空にも、地にも、視界のあらゆる隙間に潜んでいたかのように。

 鋭い魔力が肌を切り裂くほど突き刺さる。

 無数の瞳が、まっすぐこちらを射抜いてくる。

 

 戦う気、満々すぎるだろオイ!!

 

「キャッ!」

 

 イクスが小さく悲鳴をあげ、反射的に僕の肩にしがみついてくる。

 

 その仕草があまりに小さく、無防備で――

 僕の中の“なにか”がカチッとスイッチを入れた。

 

「ッ――舐めんなよッ!!!」

 

 背中から、漆黒の魔力が爆ぜる!

 

 ドンッ!という衝撃とともに、黒い翼――堕天使の翼が広がった。

 

 まるで夜を裂くように、真っ黒な羽が空気を切り裂き、僕はイクスを抱きかかえたまま跳び上がる!

 

「つかまってろよイクス!! これより、男の本気出すからなぁぁあああッ!!」

 

 そのまま、真上へ――悪魔たちの包囲を突き抜けるように、跳翔!

 

 だが――

 

「逃すな!」

 

「上だ! 飛んだぞ!」

 

 すぐさま、下から次々と魔弾が撃ち上がってくる。

 

 赤、青、黒、炎、氷、呪――いろんな属性が混ざったカオスの大洪水!

 

「うわわわわわ、花火か! これはもう花火大会か!!」

 

 避けろ!かわす!全力のスラローム飛行!

 でも下手に動けばイクスが振り落とされる!!

 

「イクス、腕回して! しっかり掴まってて!」

 

「了解です!」

 

 小さな手が、ぎゅっと僕の首元にまわる。

 その感触に、なぜか少しだけ――安心する自分がいた。

 

 でも、安心してる場合じゃないッ!!

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 僕は全力で空を駆け上がった。

 

 僕はさっきのグレートレッド戦で、体力も魔力もギリギリ。

 正直、もう限界ギリギリのギリッギリ!

 

「うおおおおぉぉおおおおおおッッ!!」

 

 とにかく逃げるしかない。逃げながら考える。考えながら耐える。

 

 

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