DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!!   作:バター犬

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ボコボコです!

あの堕天使の一件以来、一誠は“悪魔稼業”に全力で邁進していたが、なぜか契約は一件も取れていない。

 

そんな彼に、思いがけない助っ人が現れた。例の“堕天使襲撃事件”の際に拾ってきた――元シスターの金髪少女、アーシア・アルジェント。

 

アーシアがオカルト研究部に入部してからというもの、イッセーの“悪魔稼業”は少しずつ軌道に乗り始めていた。契約はまだゼロだが、それでもあいつは明らかに、前より幸せそうだった。

 

「アーシア!今日も一緒にチラシ配りいこうぜ!」

「はいっ!一誠さんとなら、どこへでも!」

 

放課後、校門の前でそうキャッキャしている姿を見かけるたびに――僕は胃のあたりを抑えてうずくまった。

 

(なんなんだよ……くそ、あの笑顔……僕とチラシ配ってた頃より明らかに柔らかいじゃんか……!)

 

そんなやり場のない感情を忘れるため、僕は今日も“聖域”――部室の隅にある僕専用のエロゲールームへと逃げ込む。

 

三画面モニターの中央には、今まさにインストール中の最新作

『お嬢様は絶対服従 ~乳白色の館でつかまえて~』が表示されている。

 

このエロゲにも、僕なりのこだわりがある。

 

ヒロインは最低でも三段階デレ変化が欲しいし、Hシーンは単なる“抜き”ではなく、心の交流を重視した情緒演出が必要不可欠。声優はCV表記ありの実力派で、BGMはピアノメイン。CGは彩度控えめの水彩タッチ――。

 

(……たとえこの世界に理解者がいなくとも、僕だけはこの愛を信じてる)

 

特に“お嬢様もの”に関しては一家言ある。

「心では高飛車、でも身体は無垢」――このギャップが至高。

 

今プレイ中のヒロインは“朝霧ういんど”CVで、OP曲が神。

プロローグの「ボクを、信じてくれるの?」という囁きに、僕は三度泣いた。

 

(はぁぁ……アーシアじゃこのヒロインには勝てねぇな……)

 

そう自分を慰めながら、僕は今日もまた一つ、現実から遠ざかっていると、

 

部室の扉が開くと、そこには銀髪の女性(グレイフィア)、微笑む朱乃先輩、そして口を開けたまま絶句しているリアス・グレモリー先輩が立っていた。

 

リアス先輩の視線は、部室の隅に構築された僕のエロゲー空間に釘付けだった。

 

「……太郎、これは一体何なの?」

 

リアス先輩の声は優雅で穏やかだった。しかし、その声の奥には冷たい刃のような緊張感が潜んでいた。

 

「あ、ああ、これは僕の“癒し空間”です!」

 

僕は反射的に胸を張りながら説明を始めた。

 

「三画面モニターに囲まれたゲーミングデスク!水冷式冷却装置付きフルタワーPC!バックアップ用の蓄電式電源ユニットも完備!香りはリラックス効果抜群のラベンダーで統一。モニター上には二次元ヒロインのポスターを配し、さらに……小猫ちゃんの体操服は、特注アクリルケースで保存&芳香密閉済みです!」

 

リアス先輩はその場で優雅に腕を組んだ。微笑みはそのままだが、瞳の奥にちらつく光は、どう見ても呆れと怒りのブレンドだ。

 

「言い方を変えるわ。片付けなさい、太郎。これは部長命令よ。部室はあなたの異世界テーマパークじゃないの。」

 

僕は内心で悲鳴を上げた。

 

ヤバい!怒ってる!

 

このまま素直に謝れば、すべてが“公式記録”として残ってしまう!それは絶対に避けたい!

 

「い、いやぁ、これはですね!」僕は必死に言葉をつなぐ。「部室の雰囲気を明るくしようと思いまして!ちょっとした模様替えを……その……。」

 

 

リアス先輩は、まるでガラス細工を愛でるかのように優雅に微笑んでいた――だが、その瞳はまったく笑っていなかった。

 

赤い瞳は鋭く、冷徹で、まるで僕の心臓を一刺しにしているような威圧感があった。

 

「――どこが“みんなのため”なの?私の目には、“あなたの煩悩を立体化した聖域”にしか見えないんだけど?」

 

刺さった。完全に心臓に刺さった。言葉一つ一つが、まるで神罰のごとく僕を撃ち抜く。

 

「……そ、それは……リアス部長の、視力がアレなだけじゃないですかね?僕、今度“悪魔専門の眼科”とか探しておきますし?」

 

自分でも分かっていた。この返しは地雷だ。むしろ地雷を通り越して、核爆弾に匹敵する爆弾のスイッチを押したのかもしれない。

 

しかし、逃げられない。

 

リアス先輩の笑顔は微かに深まった。……が、その目は一層鋭く細められ、まるで冷徹な狙撃手が標的を見定めたような光を宿している。

 

「へぇ……私の目が悪い、と?」

 

やばい。やばい。やばい。僕は脳内であらゆる言い訳を検索するが、どれも脆弱すぎて使い物にならない。

 

「い、いえ、その、悪いっていうか、ちょっと……感性のズレといいますか!ええ!言うなれば!そう!文化の違い!これは“オタク文化”に対する理解不足の問題です!」

 

僕は必死に言葉を繋ぎ合わせた。負けられない。この聖域――いや、僕の“癒し空間”を死守するためには、何があってもリアス先輩に“理解不足”のレッテルを貼らせなければならない!

 

リアス先輩は静かに瞬きを一つした。その間、ほんの一瞬だが、時間が凍りついたように感じた。

 

「つまり、私はオタクを理解していないと……?」

 

まるで拷問官のように優雅で冷徹な声。僕の額には、じんわりと冷たい汗が滲み始める。

 

「いえいえいえいえいえ!?滅相もございません!リアス部長は寛大で博識で、しかも包容力に満ちた女性だと、常々僕は――」

 

「太郎くん」

 

救いの声は、朱乃先輩からだった。彼女は口元に手を添え、くすくすと上品に笑いながら、こちらを見ていた。

 

「これはどう見てもあなた専用の空間ですわ。リラックススペースというより……そうですね、“趣味全開の秘密基地”?」

 

その表現は的確すぎた。三画面モニター、ゲーミングデスク、水冷式冷却装置付きフルタワーPC、二次元ヒロインポスター。そして、例の小猫ちゃんの体操服――アクリルケースで保護され、芳香密閉済み。

 

あらゆる証拠が、“これは僕専用の空間”であることを雄弁に物語っていた。

 

「し、秘密基地じゃなくて……!これは癒し空間で……その、みんながストレス解消できる……!」

 

リアス先輩は長いため息をついた。その吐息には、あきらかに「もう聞き飽きた」という無言の圧力が込められている。

 

「太郎。」

 

名前だけを呼ぶ。その声は氷のように冷たく、鋭利だった。

 

「……はい」

 

「片付けなさい。」

 

淡々と、それでいて冷酷に。救いはない。リアス先輩の声は、まるで無情な死刑宣告のように響いた。

 

僕はその場に立ち尽くし、震える手でポスターを握りしめる。信じたくない。ここが僕の癒し空間、僕のオアシスだったはずなのに。

 

けれど、その現実はあまりに冷たく、無慈悲だ。

 

「リアス部長……本当に……本当に片付けるんですか?」

 

「太郎。二度は言わないわ。」

 

その冷ややかな笑み。優雅な声。けれど、瞳の奥には怒りの色がわずかに宿り、僕の抗議を一切受け入れる気配はない。

 

「う……そ、そんな……」

 

足が震えた。目頭が熱い。ここがなくなったら、僕は……。

 

(ダメだ……リアス先輩は……もうダメだ……!)

 

その時、ふと目に入ったのは、リアス先輩の隣に控える銀髪のメイド姿の女性だった。彼女は冷静に立ち、ただ主を見守っている。

 

(この人……この人なら……!)

 

僕は迷うことなく、彼女に向かって駆け寄った。

 

「す、すみません!助けください!も、もうリアス部長は聞いてくれないんです!」

 

彼女は静かに視線を僕に向けた。冷たくも優雅。まるで氷の彫像のような美しさ。

 

「……あなた、どなたです?」

 

「あ、あの……太郎です!ただの太郎です!そ、それはどうでもいいんです!お願いです!リアス部長が……僕の癒し空間を……!僕の心を……!」

 

涙がじわりと滲み、こぼれそうになる。

 

「うう……助けてください……」

 

僕は彼女のメイド服の裾をぎゅっと掴んだ。離したくない。ここが消えるのは嫌だ。

 

「そんなに大切なのですか?」

 

彼女の声は冷静で穏やかだったが、その瞳にはかすかな温かみがあった。

 

「大切です……!これがなくなったら、僕は……僕は……!」

 

ついに涙が頬を伝い落ちた。

 

ついに涙が頬を伝い落ちた。

 

一滴、二滴。止められない。胸の奥からこみ上げてくる感情が抑えきれない。

 

「う……うう……うわあああああああん!!」

 

涙と嗚咽が一気にあふれ出し、僕はその場に崩れ落ちた。

 

「ひ、ひどいですぅ!リアス部長が……僕の癒し空間を……!僕のオアシスを……!ううっ……!」

 

子どもみたいに鼻をすすり、声を張り上げて泣きわめく。目は赤く腫れ、涙が止まらない。

 

「お、お願いです!!助けてください!リアス部長は冷たすぎて!もう魔王です!悪魔です!いや、悪魔は本当だけど!うんこくそ野郎です!」

 

泣きながら、僕はメイドさんのメイド服にしがみついた。両手で彼女のスカートをぎゅっと握りしめ、顔をうずめる。

 

「やめてください。汚れます。」

 

冷たくも落ち着いた声が降りてくるが、僕は離れない。いや、離れられない。

 

「いやです!いやです!僕はここを失いたくないんですぅぅぅ!」

 

ぐずり泣きながら鼻水をすすり、メイドさんのエプロンに思い切り押しつける。

 

「や、やめ――」

 

「お願いです!見捨てないでくださいぃぃ!あなたはきっと優しい!きっと寛大で、慈悲深くて、子どもに優しいタイプのメイドさんなんですよねぇぇぇ!」

 

「……優しくはないですが」

 

彼女はため息をつきつつも、僕の頭にそっと手を置いた。その指先は冷たいのに、どこか優しい。

 

「大丈夫です。落ち着いてください……まず涙を拭きなさい」

 

「う、うう……」

 

グレイフィアの声は冷静で穏やかだ。その声に少しだけ安心を覚え、僕は彼女のエプロンで鼻を思い切りかんだ。

 

「はぁぁぁぁ……!」

 

「汚さないでください。」

 

「ご、ごめんなさい……でも……でも……!」

 

涙を拭う間もなく、再び涙があふれてくる。

 

「お、お願いです!ママ……ママぁぁぁぁ!」

 

「……ママ?」

 

グレイフィアは一瞬目を見開いたが、すぐに小さくため息をついた。

 

「……まったく、わかりました。今回だけですよ」

 

僕はその言葉にさらに甘えが爆発し、しがみつく力を強めた。

 

「ママぁぁぁぁ!ママぁぁぁぁぁぁ!」

 

「はいはい……落ち着きなさい。」

 

グレイフィアは、僕の背中をそっと撫で始めた。まるで駄々をこねる幼児をあやす母親のように、ゆっくりと優しく。

 

「うわぁぁぁぁん!ママぁぁぁぁ!」

 

「大丈夫ですよ……泣き止んでください。」

 

その冷静な声に、僕の嗚咽は少しずつ落ち着いていった。けれど、しがみついた手はまだ離さない。

 

「グレイフィア……?」

 

リアス先輩が困惑しながら僕たちを見つめている。信じられないといった表情だ。

 

「お嬢様。少しだけお時間をいただけますか?彼は今、どうしようもないほど怯えています」

 

グレイフィアは僕の頭を撫でながら、冷静に言葉を紡ぐ。その仕草はまるで迷子の子どもを慰める母親そのもの。

 

「な、なんで!?どうしてそうなるの!?だって彼、ただオタクグッズを並べて……!」

 

リアス先輩は両手を広げ、まるで納得できないと言わんばかりに首を振った。

 

「ううっ……だ、大事なんですぅ……!」

 

僕はぐずりながら鼻水をすすり、グレイフィアのメイド服に顔を埋める。もうプライドも何もない。ただ必死に守りたい、この聖域を……。

 

「お嬢様。」

 

グレイフィアは穏やかに微笑み、優しく僕の背中を撫で続けた。

 

「彼にとって、ここはただの趣味の空間ではありません。心の拠り所です。誰しも、そんな場所が必要でしょう?」

 

「で、でも……だからといって……こんな……!」

 

リアス先輩は口を開きかけるが、ちらりと僕を見て言葉を詰まらせた。

 

「……ううっ……ひぐっ……ママぁ……」

 

「……え?」

 

「ママぁぁ……!」

 

僕はとうとう子どもみたいに泣きわめき、グレイフィアの腰にしがみついた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ただ必死にすがりつく。

 

「な、なんでママって呼んでるの!?グレイフィアはメイドよ!?しかも私の!」

 

リアス先輩の声は完全に混乱している。

 

「お嬢様……」

 

グレイフィアは静かに一礼し、リアス先輩に語りかけた。

 

「お嬢様の寛容さが、彼を救うでしょう。どうか、もう少しだけ見守ってあげてください。」

 

「寛容さ……?いや、これ寛容っていうか……甘やかしじゃ……」

 

リアス先輩は顔を手で覆い、困惑しながらも視線を僕とグレイフィアに戻す。

 

「……グレイフィアがそこまで言うなら……もう……もう好きにしなさい!」

 

ばっと手を振り、リアス先輩は諦めたように視線を逸らした。

 

「ただし!太郎!後で改めて話をしましょう。ちゃんと理由は説明してもらうわ!」

 

その言葉に、ようやく胸の奥が温かくなった。救われた……。

 

「ありがとうございますぅぅぅ……!ママ……ママぁ……!」

 

「……ママではありません。」

 

グレイフィアは小さく微笑みながら、僕の頭を軽く撫でた。

 

その優しさに、僕の涙はさらに溢れ出し、完全に甘えが爆発した。

 

「ママ……ママ……お、おっぱい……!」

 

「……え?」

 

「お、おっぱいください……ママ……!」

 

部室の空気が一瞬で凍りついた。

 

「……太郎?」

 

リアス先輩の声は、驚きと冷たさが入り混じった、かつて聞いたこともないトーンだった。

 

「お、おっぱい……ママのおっぱい……えぐえぐ……」

 

僕はグレイフィアの腰にしがみついたまま、顔を擦りつける。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだけど、彼女は優しく僕の頭を撫でてくれる。

 

だが、僕はその彼女の腕の中で――ちらりとリアス先輩に視線を向けた。

 

「……!?」

 

リアス先輩はその瞬間、息を呑んだ。

 

僕は――彼女にだけ、見えるように――にやーっと口元を歪めて笑っていたのだ。

 

下種で、狡猾で、まるで勝ち誇った悪魔のような笑み。

 

(見たか?リアス先輩……!僕は勝ったんだ……!この癒し空間は、守られた!)

 

僕は甘えた声で泣き続けながら、しかしその視線だけは、リアス先輩を挑発し続けた。

 

「な……なんで、あんな笑顔……」

 

リアス先輩は目を見開き、唇を震わせた。

 

「お、お嬢様?」

 

グレイフィアは気づかず、優しく僕の背中を撫で続けている。

 

「大丈夫ですよ、太郎さん……怖くありません。私がそばにいますから。」

 

「ママぁ……ママぁぁ……」

 

「ふふふ、太郎くん、本当に甘えん坊さんですね」

 

「バブバブぅ~」

 

朱乃先輩はいつものように口元に手を当て、楽しげにくすくすと笑っている。

 

しかし、リアス先輩だけは違った。

 

彼女の視線は僕に釘付けになっている。あの、グレイフィアに甘える僕の姿に――そして、時折彼女にだけ向けられる“下種の笑み”に。

 

(……まさか最初からこの状況を狙って……?)

 

「……う、嘘でしょ……太郎……?」

 

リアス先輩は目を疑いながら、ぐっと拳を握りしめた。

 

だが、その思考をかき乱すかのように、グレイフィアは再び穏やかに語りかける。

 

「お嬢様。こんな話をしに来たのではありません。目的は――あちらです。」

 

グレイフィアの声は冷静で気品に満ちていた。穏やかでありながらも揺るぎない、その声に導かれるようにリアス先輩の表情がわずかに緩んだ。

 

「……そうね。今は、それどころじゃないもの」

 

(今だッ!)

 

その隙を逃すまいと、僕はすかさずグレイフィアの腕からスルリと抜け出した。

 

「じゃ、僕は静かにしてますんで。業務の邪魔しません、たぶん。」

 

言葉を残し、スッと立ち上がると、誰よりもスムーズに部室の隅へと移動する。

 

目当ての物置ロッカーの前にたどり着き、慣れた手つきで扉を開けた。

 

「……?」

 

背後から、リアス先輩の困惑した息が漏れたが、僕はそれを聞かなかったことにする。

 

中には、ぎゅうぎゅうに押し込まれた羽毛布団と枕。さらに折りたたんだバスタオル、歯ブラシ、スリッパ、ポット――もはや小さな隠れ家どころか、一人暮らしの備品一式が整然と詰まっている。

 

「……な、何なのこれ?」

 

リアス先輩の声が驚きと困惑で震えた。

 

だが僕は無視し、さっと羽毛布団を引っ張り出して床にバサッと広げた。手際は完璧。もはや慣れきっている。

 

「はぁ……今日もいいふかふか……」

 

嬉しそうに布団を整え、次にロッカーの奥に手を突っ込む。

 

「……あったあった。洗い立てのパジャマっと。」

 

僕はためらうことなく制服を脱ぎ始めた。ワイシャツを脱ぎ、ズボンをするりと下ろす。

 

「ちょっ、太郎!?何やってるの!?」

 

「え?パジャマに着替えてますけど?」

 

「……そのパジャマ……常備してるの?」

 

「はい。三着ローテです。この部活棟の洗濯機使ってます。」

 

「その布団も……」

 

「寝心地いいですよ?意外と防音も利いてるし、部室って結構快適なんです。」

 

「…………え?」

 

「ここ、シャワーも冷蔵庫も冷暖房も揃ってて、意外と快適なんですよ。水道代も光熱費もゼロ、すごくないですか?」

 

「いや、そういう話じゃなくて……」

 

「てことで、アパートは解約しました。いま、この部室が僕の“本拠地”です。」

 

リアス先輩の顔が、無音で崩れていく。

 

「……っ、ちょ……ちょっと待って……住んでるの? 本気で……?」

 

「はい、本気です。生活感出ないように気は使ってますし?」

 

「……………っっ」

 

目が泳ぎ、声が出ず、肩が震える。

彼女はそのまま、ぽかんと口を開けたまま硬直した。

 

完璧な絶句。

 

その背後で、朱乃先輩が肩を震わせながら、頬を抑えて笑いをこらえている。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

「し、朱乃……?」

 

「リアス様……太郎くん、本当に面白い方ですわ……ふふふ……!」

 

「いや、面白くないから!全然笑えないから!?」

 

僕はそんな空気も気にせず、布団にくるまりながら朗らかに締めくくった。

 

「ということで、リアス部長。僕はもう“居住部員”なんで、おやすみなさい。」

 

そう言って布団の中に潜ったと思うと、ひょっこり顔を出し――

 

「あっ、ちょっとお願いなんですけど、シャワー室に置いてあるシャンプーとリンスなんですけど、メンズ用のやつも用意しといてください。リアス部長のシャンプーとリンス、髪の毛がしっとりしすぎて嫌なんですよね。おやすみなさい。」

 

「……」

 

沈黙。

 

いや、正確には、沈黙を装ったリアス先輩の内心が爆発していた。

 

「太郎……」

 

彼女の声は小さく、低く、震えている。

 

「な、なんで、私のシャンプーとリンスを……使ってるの……?」

 

「え?いや、置いてあるし、いい香りだし。最初は“高級そう”って思ったんですけど、意外と重たくて……で、試してみたら髪がしっとりしすぎて……」

 

「使ってたの……?」

 

「まあ、一週間くらいは。……あ、二週間かな?」

 

リアス先輩の顔が真っ赤になった。

 

「や、やめて!勝手に使わないで!というか、そもそも!部室に住んでる時点でおかしいでしょ!?」

 

「ええ!?そんなこと言われても……ここが僕の“癒し空間”なんで。」

 

「癒し空間じゃなくて!あなたの住処じゃない!」

 

「いやいや、リアス部長が寛大だからこそ、こうして癒されるんですよ。あ、でもメンズシャンプーだけはお願いします。」

 

「お願いの仕方が図々しい!出てってよ!もう!」

 

リアス先輩はその場に崩れ落ちそうになりながら、ただ一言。

 

「なんなの、この人……」

 

その横で、朱乃先輩は頬を押さえながら、ついに堪えきれず笑い声を上げた。

 

「ふふ……ふふふ……っ!リアス……これは……面白すぎますわ……!」

 

そして、唯一無表情を保つグレイフィアだけが、静かに一歩も動かず――しかし確実に“後で報告します”という圧を、空気に滲ませていた。

 

その冷たい瞳が僕に向けられた瞬間、僕の背筋にひやりとしたものが走る。

 

(……え?なんで報告って……?)

 

僕はふかふかの布団にくるまりながら、少しだけ震えた。

 

 

 

 

 

 

「……見慣れた天井だな!」

 

微かにラベンダーの香りが鼻腔をくすぐる。その瞬間、鈴木太郎の意識が浮上する。重たいまぶたをゆっくりと開けると、目に映るのは――オカルト研究部の天井。そう、ここは彼の“居住空間”であり、“聖域”であり、そして“聖戦の最前線”である。

 

「ふあぁ……よし、今日もいい変態日和だ」

 

布団の中でうつ伏せのまま、猫のように背中をぐっと伸ばす。ぬくもりを名残惜しみつつ体を起こすと、足元には――昨夜のまま転がったゲーミングチェアと、PCの電源スイッチ。

 

太郎は、部室のカーテンをサッと開けた。

 

「グッドモーニング、駒王学園……」

 

差し込む朝日が、三画面モニターに反射して虹色の輝きを放つ。ゲームポスターの二次元ヒロインたちも、朝日に照らされて優雅に微笑んでいるように見える。

 

「はぁ……僕の天使たち、今日もかわいいね……」

 

うっとりとしつつ、彼は備え付けのコーヒーメーカーへ向かう。カプセルを装填し、ボタンをポチリ。コポコポ……という心地よい音と共に、香り高いブラックが注がれていく。

 

「うん、これだよ。文明と変態の融合――至高の朝」

 

コーヒーを片手に、太郎はスッと椅子に腰かける。モニターの電源を入れると、昨夜途中まで鑑賞していたエロゲーのCGギャラリーモードが起動。画面には金髪ツンデレお嬢様がベッドの上で小首をかしげていた。

 

「はぁ……尊い。眼福眼福……」

 

一口、コーヒーをすすりながら、二口目はヒロインの太ももに視線を泳がせる。

 

「この太ももの陰影!このピロー演出!世界、ありがとう……」

 

しかし、今日は新たな冒険が待っている。

 

「そうだ……“知代アフター”……新作だ……!」

 

机の上に無造作に置かれた新作エロゲーのパッケージを手に取り、ディスクを取り出す。そのパッケージには、知代――ツンデレメイドヒロインが、涙を浮かべてこちらを見つめるイラスト。

 

「知代……僕の新しい癒し……今すぐ君をこの聖域に……!」

 

PCのドライブにディスクを挿入し、インストールを開始。デスクトップには“知代アフター”のアイコンがぽんっと現れた。

 

「インストール完了ッ!」

 

その瞬間、彼の顔が輝いた。

 

「ふふ……ふはははは!これだ!これこそが僕の現実だ!ありがとう!ありがとう開発チーム!」

 

しかし、その狂喜の中でふと視線が時計に移る。

 

「って、やっば!?あと5分で一時間目じゃん!!」

 

飲みかけのコーヒーを机に置き、PCはシャットダウンもせずそのまま。布団もたたまず丸めたまま放置し、寝巻きのまま制服を引きずり出して――

 

「脱ぎ捨てじゃ!散らかしじゃ!人生はスピード勝負!!」

 

シャツを逆に着たまま袖を通し、靴下は左右逆に履き、カバンだけは律儀に持ってドアへとダッシュ。

 

「……って、教科書どこだっけ?」

 

そんなの後回し!

 

部室のドアを勢いよく開け、太郎は叫んだ。

 

「いってきまーす!我が愛しきエロゲ空間よ!帰ったらまた遊ぼうなァ!」

 

廊下に太郎の慌ただしい足音だけが、朝の静寂を破って響いていった。

 

教室・昼休み

「――ふぁぁ……やっと終わった……」

 

午後のチャイムが鳴り響く中、太郎は自分の席でぐったりと机に突っ伏していた。

 

教科書は一切開かれず、ノートの片隅には授業中に描かれた“二次元ヒロインおっぱい強調スケッチ”の数々。

先生に呼ばれそうになって、誤魔化すために描いた“ネギを持った犬”の落書きが一番気合い入ってるのが逆に泣ける。

 

「……やっぱ授業とか無理あるわ。俺、現実に向いてねぇ」

 

隣の席のイッセーは、アーシアとキャッキャウフフしながら下校の支度中。

 

「アーシア、今日もチラシ配り一緒に回ってくれるか?」

 

「はい、イッセーさん!精一杯がんばります!」

 

太郎はそれを横目に眺めながら、ほぼ無音で毒を吐いた。

 

「……死ねばいいのに」

 

しかし、その足取りは軽い。

 

なぜなら、彼には“帰る場所”がある。

 

そう――我が聖域、オカルト研究部・太郎エリア!

 

階段を駆け上がり、誰もいない廊下を歩きながら、太郎はそっとポケットに手を入れる。

 

中には、今朝インストールを仕掛けた“知代アフター”のディスクが――。

 

「ふふっ……ただいま、僕の愛しき現実逃避世界……!」

 

その声は、誰にも聞こえない。けれど、彼にとっては、それが日常。

 

やがて、部室の前にたどり着き――

 

太郎は、慎重に扉の前で耳を澄ました。

 

「よし、誰もいないな」

 

ガチャリ。

 

静かに扉を開け、薄暗い部屋に足を踏み入れたその瞬間――

 

「こんにちは。私は、グレモリー家のメイド、グレイフィア・ルキフグスと申します。昨日はご挨拶が遅れ、失礼いたしました。」

 

「うわっ!?ママァ!?」

 

思わず叫びそうになったが、ぐっとこらえた。

 

――いや違う!違うだろ!もう泣きついて甘えるのは卒業だ!僕は大人の男!

 

「……あっ、昨日ぶりです。鈴木太郎です。」

 

僕は何とか冷静を装い、軽く頭を下げた。

 

グレイフィアさんは相変わらず完璧なメイド姿。銀色の髪は整然とまとめられ、瞳は冷静でありながらも優しさを帯びている。その立ち姿はまさに貴族のメイドそのものだ。

 

(でも、僕にとってはママ……いや、グレイフィアさん……!)

 

「太郎様。おかえりなさいませ。」

 

柔らかな声と共に、一礼。完璧すぎて逆に緊張する。

 

「お、おかえりって……あ、ああ、ただいま……?」

 

いつものようにPCの前に向かい、電源を入れる。三画面モニターが一斉に点灯し、デスクトップには“知代アフター”のアイコンが輝いていた。

 

(ふふ……お待たせ、知代……!)

 

だが、その期待感を壊すように、グレイフィアさんが再び話しかけてきた。

 

「太郎様は本当に人間なのでしょうか?」

 

「……は?」

 

思わず、二度見。画面ではなく彼女の顔に。

 

「お嬢様からは人間と伺っておりますが、太郎様からはどこか魔獣に似た気配を感じます。」

 

えっ、初めてそんなことを言われた!

 

「ふっ、実は――」

 

ここで何か格好良いセリフを言いたい――いや、言わなければならない!

 

「実は……僕は、二次元の愛を糧に生きる異世界の……!」

 

「グレイフィア!また私に何か用なの?」

 

「ッ!?」

 

バタンッ!と勢いよく扉が開き、リアス先輩が颯爽と部室に入ってきた。

 

――くっ!いいところで!せっかくの中二設定が……!

 

「あ、リアス部長。お疲れ様です。」

 

「お疲れ様じゃなくて、太郎……何か悪巧みでもしてた?」

 

「いえいえ!平和です。癒し空間でリラックス中です!」

 

「……はぁ。」

 

リアス先輩は呆れたように肩をすくめるが、すぐにグレイフィアに向き直った。

 

「それで、グレイフィア?また何か用事?」

 

「はい、お嬢様。少しお時間をいただけますでしょうか。」

 

彼女たちが真剣に話し始めた瞬間、僕はすかさず行動に移る。

 

「じゃあ僕はゲームしてますんで、用事が済んだらまた話しかけてください!」

 

宣言しつつ、手慣れた動きでポットに水を注ぎ、スイッチオン。カップ麺の蓋をパカッと開け、湯気が立ち始めるのを待つ。

 

その間に、“知代アフター”を起動し、可憐なメイドヒロインが画面に現れる。

 

「ああ、知代……!君のツンデレが今日も輝いている……」

 

ついでに、湯気が立ったカップ麺にお湯を注ぎ、3分待機。

 

(よし、これで完璧だ)

 

だが、ふと視界に入った光景に違和感を覚えた。

 

(あれ……布団が……きれいに畳まれてる……?)

 

朝、起きたまま放置したはずの布団はピシッと整い、畳まれている。

 

さらにPCデスク周り。散らかっていたエロゲーパッケージや脱ぎ捨てたパジャマがきれいに片付けられている。

 

「え……ええ?僕の癒し空間が……なんかすごい清潔感……」

 

ホコリもない。ディスプレイもピカピカだ。

 

「……もしかして……グレイフィアさんが?」

 

恐る恐る振り返ると、グレイフィアはリアス先輩に何事もない顔で会話を続けている。

 

「お嬢様、こちらの報告書も確認をお願いいたします。」

 

(すご……何事もなかったかのように……プロの所業……)

 

太郎は心の中で感謝しつつ、カップ麺をすすりながらエロゲーの世界へ没入していった。

 

「知代ぉ……お前だけが僕を裏切らない……」

 

──その背後で、リアス先輩が溜め息をつく。

 

「はぁ……太郎、ちゃんと片付けはできるのね……って思ったけど、どうせグレイフィアでしょ?」

 

「はい、お嬢様。昨日、私に泣きついてきた太郎様を見てると小さい頃のミリキャスを思い出しまして」

 

「ちょ、ちょっと!それ言わないでください!」

 

「ええ、ママと呼ばれたので。」

 

「やめてぇぇぇぇぇ!」

 

太郎の情けない叫びが部室に響く。

 

リアス先輩はその場で苦笑し、朱乃先輩はくすくすと笑い続けた。

 

「……これが私の部員……はぁ……」

 

リアス先輩は肩を落とし、グレイフィアは冷静に一礼を続けている。

 

「お嬢様、続きのご報告を。」

 

「あ、ええ、そうね……もう太郎のことはいいわ……」

 

彼女たちは再び真剣な表情で会話を再開。

 

その横で、太郎は肩をすくめながら、そっとモニターの前へ戻った。

 

(……ちょっと恥ずかしかったけど、気にしない気にしない……)

 

一度深呼吸をし、椅子に腰を落ち着ける。手慣れた動きでマウスを握り、三画面モニターを一斉に点灯させた。

 

センターモニターには“知代アフター”のメイン画面が立ち上がり、金髪ツンデレメイド・知代がロード画面で微笑む。

 

左モニターにはゲーム攻略サイト。攻略ルートと選択肢がずらりと並ぶ。

 

(いや、最初は純粋に楽しむんだ……攻略は二周目から……)

 

そして、右モニターにはBGMプレイリスト。エロゲーの名曲たちがキュレーションされ、ランダム再生で流れ始める。

 

「よし……完璧……!」

 

三面モニターが作り出す没入空間。音、視覚、攻略のすべてが一度に視界に収まる――これこそが“鈴木太郎のエロゲー環境”だ。

 

画面には、知代が優雅な館の廊下を歩く姿。紅茶セットを持ち、むすっと頬を膨らませている。

 

『……まったく、どうして私がこんな雑用を……!』

 

「はぁ……かわいい……」

 

太郎は思わずため息を漏らし、指先は自然にマウスをクリック。

 

選択肢が表示される。

 

1. 「お手伝いしようか?」

2. 「頑張ってね。」

3. 「うん、その姿も可愛いよ。」

 

(……うわぁ、神選択肢……!)

 

太郎の指は迷うことなく三つ目に吸い寄せられた。

 

『な、なっ……か、可愛い……!?』

 

知代の顔が一瞬で真っ赤に染まり、手に持ったティーカップがかすかに揺れる。

 

『ば、馬鹿ですか!?そんなことを言われても……わ、私は……べ、別に……!』

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!知代ぉぉぉぉ!その赤面!その困惑!そのツンデレ!最高かよぉぉぉぉ!」

 

左モニターには、攻略情報の「好感度+5」の表示が一瞬で確認できる。

 

(よし、間違いなく正解ルート!)

 

右モニターからは、感動的なBGMが流れ、まるで劇場にいるような没入感。

 

画面にはさらに知代のアップ。涙目で視線を逸らしながら、小さく震えている。

 

『……もう……太郎様の意地悪……』

 

「尊い……知代……お前は……お前は僕の救世主だ……!」

 

その言葉と共に、中央モニターにはCGギャラリーモードが解放された通知が表示される。

 

(きた……きたぞ……!知代の限定イベントCG!)

 

クリック一つで、中央モニターに知代の特別CGが表示される。ベッドに腰掛け、頬を染めながらこちらを見つめる知代。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!知代ぉぉぉぉぉぉ!」

 

太郎の叫びが部室に響く――だが、リアス先輩たちはもう気にも留めていない。

 

彼は三面モニターに完全に飲み込まれ、音楽、攻略、映像――すべてが彼を二次元へと誘っていた。

 

(これだ……これが……僕の……理想郷……!)

 

現実の声も、騒音も、何もかもが遠のいていく。

 

太郎の目には、知代しか映っていない。

 

彼の三面モニターは――その一つ一つが、彼の“愛”の領域だった。

 

 

 

 

 

イッセーside

 

 

 

 

 

「オッス! 俺の名前は兵藤一誠!」

 

今日も授業が終わって、アーシアと木場と一緒に部室へ向かう俺。

 

けど――なんか最近、部長……リアス・グレモリーの様子が変なんだよな。

 

授業中も窓の外をじっと見つめてるし、話しかけても「そうね……」って上の空。

 

一瞬、俺、嫌われたのか?って思ったけど――いや、違う。あの表情は……悩んでる? 迷ってる?

 

「イッセーさん、今日はリアス部長もいらっしゃるでしょうか?」

 

アーシアが微笑みながら俺に尋ねる。

 

「ああ、多分な。でも最近、なんか様子が……」

 

「……驚いたな。僕がここまで近づいても、気配を感知できなかったとは」

 

木場がふいに眉をひそめた。

 

「え? 何それ、こわ。なんか部室が結界でも張られてんの?」

 

「いや、結界というより……まるで中が異質な空間になっているような……」

 

木場の言葉に、俺も胸の奥がざわつく。

 

リアス部長、どうしちゃったんだ?

 

不安を抱えたまま、俺たちは部室のドアにたどり着いた。

 

俺は意を決して、ドアノブに手をかけ――

 

ガチャリ。

 

ドアを開けた瞬間、重い空気が押し寄せてきた。

 

「……なんだよこれ……」

 

部室の中には、リアス部長、朱乃さん、小猫ちゃん、グレイフィアさん。そして――

 

三面モニターに囲まれた異質な空間に籠る、鈴木太郎。

 

「……え?」

 

太郎は相変わらずゲームに没頭しているが、彼の空間だけが異様な存在感を放っている。

 

三画面モニターには金髪メイドヒロインのCGが映し出され、太郎は夢中でマウスをクリック。周囲にはラベンダーの香りと、アクリルケースに入った体育着。

 

「よくこの空気の中でエロゲーできるな、アイツ……」

 

俺たちが席に着くと、リアス部長がゆっくりと立ち上がった。

 

「これで全員揃ったわね。みんなに、大事な話があるの。」

 

「お嬢様、私から説明いたしましょう。」

 

「いいえ、グレイフィア。これは……私の言葉で伝えるわ。」

 

その瞬間――

 

部室の床に突然、赤黒い魔法陣が浮かび上がった!

 

「なっ、これは――!?」

 

突然、部室の中央に赤黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから噴き上がる炎。

 

轟音と共に熱風が巻き起こり、俺たちは思わず腕で顔を覆った。

 

「熱っ……! なんだよこれ!?」

 

「イッセーさん、こ、怖いです……!」

 

アーシアが俺にしがみつき、木場も険しい表情で目を細めている。

 

その灼熱の中から、ゆっくりと現れたのは――

 

真っ赤なスーツに金髪オールバック。どこぞの成金ホスト風の男。

 

指にはキラキラ輝く指輪、全身から「俺は偉い」オーラを漂わせる男が、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふぅ、人間界に来るのは久しぶりだな……」

 

クサすぎる! セリフも見た目もクサすぎる! アニメでもお断りだ!

 

でも、そんなホスト野郎よりも――

 

「ノノノォォォーーーーー!!」

 

太郎の絶叫が部室中に響き渡った。

 

「セーブデータが……っ! ともよぉぉぉ……ッ!!」

 

太郎の“聖域”――三画面モニターに囲まれたエロゲー空間が、赤黒い炎に包まれていた。

 

ラベンダーの芳香剤の香りが焦げ、立ち上る煙が甘くも苦い。

 

「いやああああ!! ポチッ……ポチッ……ポチッ……!」

 

太郎はショックでその場に崩れ落ち、震える指で電源ボタンを連打している。

 

「生きろ……生きろ、ももかちゃん……! せめてCGギャラリーだけでも……!」

 

無慈悲に鳴り続けるエラー音。モニターはブラックアウトし、次々に音も映像も消えた。

 

「NOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

太郎は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をしながら崩れ落ちた。

 

でも、それでも諦めなかった。

 

「まだ……まだいける……! 君たちは……君たちは裏切らない!」

 

歯を食いしばりながら、太郎は燃え盛るPCケースに手を伸ばした。

 

「熱っ……! あ、でも……諦めるな! 俺!」

 

指先が焼けた金属に触れ、火傷しそうになりながらも無理やりケースを開ける。

 

「どこだ……! ハードディスクは!? SSDは!? マザーボード……!」

 

震える手でパーツを引き抜くが――

 

「……焼けてる……! 真っ黒……!」

 

取り出したSSDは焦げ、グラフィックボードは溶けかけ、電源ユニットも炭化していた。

 

「嘘だ……いやだ……! 僕の青春が……!」

 

太郎は半狂乱でさらに手を突っ込む。

 

「メモリは!? 電源ケーブルは!? CPUは……ああああ! どれも全部……!!」

 

次々と取り出すパーツは、どれも黒焦げでボロボロ。

 

「ももかちゃん……知代……! 僕の天使……! 君たちとの思い出が……!」

 

黒焦げのマザーボードを抱きしめ、太郎は膝をついて泣き崩れた。

 

「う……うわああああああああ!!」

 

その惨状を無視して――その横で――

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

ホスト男は余裕の笑みを浮かべ、まっすぐリアス部長へと歩み寄った。

 

「……誰?」

 

リアス部長が眉をひそめ、冷たく見下ろす。

 

だが、男はその態度を気にする様子もなく、笑顔のまま彼女の手を掴み――そのまま手の甲に唇を寄せようとした。

 

「リアス、お前は相変わらず美しいな。まるで燃え上がる炎のように――」

 

「離しなさい!」

 

リアス部長はその手を振り払う。

 

「ふふ、相変わらず気の強いお姫様だ。だが、それも愛らしい……」

 

「誰があなたのお姫様よ?」

 

ピシッと空気が凍りつく。リアス部長の声は冷たく、瞳には明確な怒りが宿っていた。

 

「おい! どこの誰だか知らねえが、部長にベタベタすんじゃねぇ!」

 

俺が思わず声を張ると、その時――

 

「イッセーさん、落ち着いてください」

 

グレイフィアさんが静かに前に出た。

 

その冷静な佇まいと凛とした声に、部室全体の空気がピンと張り詰める。

 

「皆様にご紹介いたします。この方は、上級悪魔の純血にして、フェニックス家のご三男――ライザー・フェニックス様です」

 

「フェニックス……?」

 

俺は聞き覚えのない名前に首をかしげたが、部長の表情はさらに険しくなった。

 

「……どういうこと?」

 

「リアスお嬢様とフェニックス家のご当主との間には、かねてより婚約の約束が交わされており――」

 

「婚約!?」

 

思わず叫んだ俺に、ライザーが不敵な笑みを浮かべた。

 

「そうだ。愛しのリアスは俺のもの……ああ、いつかこの美しき悪魔を俺の腕の中に――」

 

「やめなさい!」

 

リアス部長が声を張り上げた。

 

「ライザー! 以前も言ったはずよ! 私はあなたとは結婚しない!」

 

「おいおい、そんなに怒るなよ。俺は君を幸せにしてやれるんだぜ? 何も問題ないだろう?」

 

「問題だらけよ!」

 

「だが、君のグレモリー家は切羽詰まっているはずだ。君のお兄様は家を出て、継ぐ者は君しかいない。君の代でグレモリー家を潰す気か?」

 

「家は潰さないわ! 婿養子だって迎え入れるつもりよ!」

 

リアス部長の声は怒りに震えている。

 

「おお、さすがリアス! 自立した女性だ! だが、それもまた俺の胸に燃え上がる情熱を――」

 

「黙りなさい!」

 

リアス部長の紅い瞳が、鋭く光った。

 

「私は次期当主として、家の将来は私自身で決める。それに、あなたのような自己中心的な男に興味はないわ!」

 

「自己中心的……? 俺が?」

 

ライザーは目を見開き、信じられないという顔をした。

 

「俺は純粋に君を愛しているんだ。俺の眷属たちも君を歓迎するし――」

 

「はぁ……聞いているの、ライザー?」

 

リアス部長は呆れたようにため息をつく。

 

「あなたの眷属は全員、あなたを“勝者”として崇めているだけ。愛なんて、どこにもないわ」

 

「そんなことはない! 俺は君を愛している! お前も俺に惚れるはずだ!」

 

「あり得ないわ」

 

ライザーの笑顔が一瞬だけ引きつった。

 

「……ほう、つまり俺に挑むつもりか?」

 

「挑む? 何を?」

 

「俺の“愛”だよ、リアス!」

 

ライザーは彼女に手を伸ばすが――

 

「グハッ!」

 

次の瞬間、ライザーが壁に叩きつけられた。

 

「……は?」

 

何が起きたのか理解できなかった。

 

でも、その原因はすぐに分かった。

 

太郎だ。

 

涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をした太郎が、拳を震わせながら立っていた。

 

「今の僕でも目で追いつくのがやっとだった」

 

木場が俺の思っていたことを言った。てか木場で追いつくのがやっとって、どんだけだよ!

 

「お前のせいで……! 僕の青春が……知代もももかも……全部……焼けたんだ!!」

 

手には黒焦げのSSD。

 

その目は充血し、怒りと絶望が渦巻いていた。

 

「弁償しろよ! 修理代! データ代! 青春代! 全部合わせて三十万!!いや、慰謝料込みで100万だ」

 

ライザーは顔を押さえながら立ち上がり、赤黒い炎を手に纏う。

 

「100万? この俺に?」

 

「知るか! クソうんこフェニックス!!」

 

太郎は崩れたPCから黒焦げのグラボを掴み、盾のように構えた。

 

「お前なんかより……知代が! ももかが大事なんだよぉぉぉ!!」

 

「この……下等生物が……!」

 

火炎が唸りを上げ、ライザーは、魔力をまとい始めた。

 

俺は、熱気でアーシアが苦しそうにしてたので、アーシアの前に立った。

 

「黙れ!よくももかちゃんを!ももかちゃんはな!家族が好きで献身的でお兄ちゃん思いの自慢の妹だったんだぞ!それをお前は……フライドチキンにするぞ!このくそうんこ鳥頭野郎が!」

 

そう言い、太郎も殺気を放ち始めた!どんだけエロゲーに感情移入してんだよ!

 

「太郎様、ライザー様、落ち着いてください。これ以上やるなら私も黙って見ているわけにはいきません」

 

と、突然グレイフィアさんが止めに入った。

 

止めに入ったとたん、ライザーから殺気が消えた。

 

「最強のクイーンと呼ばれているあなたにそこまで言われちゃ大人しくするしかない」

 

「ママの頼みでも、引くことはできない」

 

――ママ?

 

俺は思わず耳を疑った。今、太郎は“ママ”って言ったか?

 

目の前では、赤黒い炎を纏っていたライザーが驚いた顔をしている。だが、その隣で立ちはだかる銀髪の美しい女性――グレイフィアさんは、まるで何事もなかったかのように冷静だった。

 

「今はその呼び方はやめてください。誤解が生まれますので」

 

「だって、まま……グレイフィアさん。僕の知代とももかちゃんが……」

 

太郎は涙と鼻水を垂らしながら、黒焦げのSSDを大事そうに抱きしめている。

 

――いやいやいや、待て待て待て! おかしいだろ!?

 

「気持ちは痛いほどわかります。ですが……今は私に預けてください」

 

グレイフィアさんは優しくも落ち着いた声で語りかける。

 

その冷静さと包み込むような声に、太郎の体からふっと力が抜けた。

 

「うぅ……ママ……グレイフィアさんがそういうなら……」

 

太郎は崩れたPCパーツを両腕で抱きしめ、まるで大切なぬいぐるみでも守るかのように、その場にへたり込んだ。

 

……いやいやいや! おかしいだろ!

 

「ママ……って、え?」

 

思わず声に出してしまう俺。

 

つうか、さっきからママってなんだ?すごい気になるんだが

 

「わかりました!なので最終手段を取ります」

 

「最終手段?どういうこと、グレイフィア」

 

「お嬢様がご自分の意志を通すというなら、レーティングゲームで決着をつけるというのはいかがでしょうか?」

 

レーティングゲーム?あぁ、この前生徒会長が言ってた悪魔同士を戦わせる娯楽みたいなものか。

 

「へぇ……俺はもう成熟してるし、もちろん公式のゲームにも参加してる。今のところ勝ち星の方が多い」

 

ライザーは腕を組み、俺たちを見下すように笑う。

 

「それでもやるか? リアス」

 

「やるわ」

 

リアス部長は一歩も引かずに睨み返した。

 

「ふん……そう言うと思ったよ」

 

ライザーはニヤリと笑い、指を軽く鳴らした。

 

「おいおい、ちょっと待てよ」

 

ライザーは指を鳴らすと、床に黄金色の魔法陣が浮かび上がった。

 

次の瞬間、魔法陣から光が溢れ――そこから次々と現れる影。

 

「うふふ、ライザー様」

 

「お待ちしておりましたわ、ライザー様」

 

「どうか私たちに命令を……♡」

 

出てきたのは――美女。しかも全員。

 

金髪、銀髪、黒髪。メイド服から戦士の鎧、魔法使い風のローブまで、種類も様々。

 

その数は……ざっと15人!?

 

「な、なんだと!?」

 

俺は思わず目を見開いた。

 

「俺の眷属は15名、フルで揃ってるんだ」

 

ライザーは得意げに笑い、その中でも一際美しい、紫髪の魔女風の女性――ユーベルーナが彼の横に寄り添った。

 

「ご覧の通り、全員女性だ」

 

「……全員……女……?」

 

俺の脳内で何かがショートしそうになった。

 

「そう、君が夢見るハーレム……俺はそれを現実にしている」

 

ライザーはあからさまに俺を挑発し、ユーベルーナは優雅に彼の肩に腕を回した。

 

「ライザー様……♡」

 

「ふふ、いいだろ? これが“王”の力だ」

 

「くっ……!」

 

俺は歯を食いしばる。

 

目の前で繰り広げられる“ハーレム”という名の夢の楽園。

 

全員が美しい女性で、しかも彼に忠誠を誓い、愛を捧げている。

 

(くっそぉぉぉ! なんでこいつだけこんな夢みたいな世界を……!)

 

だが、そんな俺の嫉妬を無視して――

 

「これが俺の軍団だ。リアス、君の眷属はここにいるので全員か?」

 

「……そうだけど?」

 

リアス部長は悔しそうに眉をひそめた。

 

「おいおい、本当かよ?」

 

ライザーは嘲笑を隠さず続けた。

 

「まともそうなのは……雷の巫女――君だな」

 

彼の視線は朱乃さんに向けられ、朱乃さんは微笑んでいるが、その目は笑っていない。

 

「だが、それ以外は……?」

 

ライザーは指をさして次々に俺たちを見下ろす。

 

「その馬鹿そうな赤毛はただの人間か?」

 

「だ、誰が馬鹿だ!?」

 

「その優男は剣士のようだが……所詮は下級悪魔」

 

「……」

 

木場は笑顔を保っているが、その瞳は鋭い。

 

「そしてあの、泣き虫のクソオタクは……?」

 

「……ももかちゃん……知代……」

 

黒焦げのSSDを抱え、いまだに泣いている太郎を指差し、ライザーは鼻で笑った。

 

「こんな連中で……俺の軍団と渡り合うつもりか?」

 

「……」

 

リアス部長は唇を噛み締めた。

 

「う、うええぇん……」

 

気がつけば、俺は涙を流していた。

 

「え? なんであいつは泣いてるんだ?」

 

ライザーが目を丸くして俺を見る。

 

「あの子の夢はハーレムなのよ」

「そうかそうか、羨ましいか! ハハハ! おい、ユーベルーナ」

 

ライザーはニヤリと俺を見ながら、すぐ隣にいた金髪の美女――ユーベルーナを片腕で抱き寄せた。

 

「ライザー様……♡」

 

その瞬間、彼女はまるで催眠術にかかったかのように目をとろけさせ、胸元を押し付ける。

 

「ふふ……見ているか? 貧弱な人間。これが“王”の特権だ」

 

俺の目の前で、ライザーはユーベルーナの頬を優しく撫で、そのまま彼女の唇を奪った。

 

いや……奪ったなんて甘いものじゃない。

 

「んっ……♡ んん……んふぅ……♡」

 

舌と舌が絡み合い、いやらしい水音が部屋に響く。

 

(ま、マジか……!?)

 

俺の脳内が一瞬で真っ白になる。

 

それだけじゃない。ライザーの手は彼女の腰を這い、そして――

 

「ふふ、相変わらずいい感触だ……この胸も、この腰も……」

 

「んっ……♡ ライザー様……もっと……」

 

指がドレスの上からも明らかにその形を確かめるように、揉みしだいている!

 

「お、おいおい……!?」

 

俺の頬は熱くなり、目は釘付けだ。

 

(いや、ダメだ……! こんな……こんな公然わいせつなんかに……!)

 

けど、目が離せない。いや、むしろ視線が吸い寄せられる。

 

彼女の胸がライザーの指に形を変え、薄布越しにその柔らかさが伝わってくるかのようだ。

 

(お、おい……ここ学校だぞ!? こんなのダメだろ!?)

 

けど、ライザーはそんなのお構いなし。

 

むしろ、俺の視線を楽しんでいるように、わざと動きを強調し、ユーベルーナの唇を貪り続ける。

 

「……ん……♡ んちゅ……♡ ちゅぱ……♡」

 

水音はどんどん淫らに響き、彼の指は大胆に彼女の胸を揉みしだき、その指先が布越しに突き上がる。

 

「はぁ……ライザー様……♡」

 

ユーベルーナはうっとりと目を閉じ、舌を絡ませる。

 

「ふふ……可愛い奴だ……」

 

(くっそぉぉ! なんでこいつだけ……!)

 

俺の心は嫉妬と興奮でかき乱され、頭の中がぐるぐる回る。

 

しかも、この視線の角度……!

 

(ピ、ピンク……! いや、ちょっと待て! これは……!)

 

ユーベルーナのドレスのスリットが大胆に開き、その奥にピンク色の布地が――

 

(見えた……! ピンクだ! しかも透けて――いや違うだろ俺!)

 

全身が熱くなり、理性が溶けかける。

 

「んふっ……♡ ライザー様……もっと……もっとください……♡」

 

ユーベルーナはもう完全に蕩けている。

 

だが、その時――ふと横目に映った光景に俺は我に返った。

 

(あ……太郎!?)

 

いつもならこういう光景を見るたびに即座にゲロを吐いている太郎が、今日は異常に静かだ。

 

……いや、静かじゃない。

 

手は震え、口元を押さえ、顔は真っ青。冷や汗が頬を伝い、目は絶望そのもの。

 

(あ……まさか!?)

 

「うっ……ぷ……」

 

その小さな声に、俺は悟った。

 

(やっぱり……!)

 

太郎は限界だった。

 

「う、ヴゲエエェェェ〜〜〜!!」

 

それは凄まじい勢いで、まるで噴水のように彼の口から吹き出した。

 

「えっ、ちょ!! やめろォォォーー!!」

 

だが、止まらない。

 

粘り気のある黄色い液体は放物線を描き――

 

――ライザーの顔面に直撃。

 

「んぐっ……!?」

 

さらに、その隣のユーベルーナにも――

 

「きゃあああああああああ!!!」

 

優雅に微笑んでいた彼女の顔、髪、ドレス――全部がゲロまみれ。

 

「う……うわあああ! これ……何だ!? 臭い……くっさぁぁぁ!!」

 

ライザーは激昂し、必死に顔を拭うが、手にもゲロがべっとり。

 

「ひ、ひどい……! 私のドレスが……髪が……!」

 

ユーベルーナは涙目で髪を振り乱し、ゲロを振り払おうとするが、むしろ広がっていく。

 

 

 

 

 

「ライザー様、汚な〜い!」

 

「イル、そんなこと言ってはダメだよ!」

 

「でもネルだって鼻つまんでるじゃん! それにみんなだって……距離とってるし!」

 

ライザーの眷属たち――美女ぞろいの15人。

 

本来なら、その整った顔立ちや色鮮やかな髪が目を奪うほど美しいはずなのに。

 

今、その美貌は恐怖と嫌悪感で歪んでいた。

 

なぜなら……

 

「うっ……うわあああ! なんだこれは!? 臭い! くっさぁぁぁ!!」

 

ライザーがゲロまみれだからだ。

 

太郎の口から噴き出した粘り気のある黄色い嘔吐物が、ライザーの顔面を直撃。

 

額から頬、顎、髪……さらにはスーツの襟元にまでびっしりと貼り付き、悪臭を放っている。

 

「ちょ……っ! 魔力で……! 焼き払え!」

 

ライザーは怒りに震えながら手をかざし、赤黒い炎でゲロを焼き尽くそうとした。

 

しかし――

 

「ベタベタして……くっ! 落ちねえ!? な、何でだ!? この粘り気は……!」

 

ゲロはまるで意地でも張り付いているかのように、熱を受けてもただ焦げ臭さを増すだけ。

 

むしろ、焼けたゲロの匂いが新たな悪臭を生み出している。

 

「ライザー様……」

 

傍にいたユーベルーナも、ゲロを浴びた髪を必死に振り払っていた。

 

その美しい紫髪には黄色い粘液がべったりと絡みつき、糸を引きながら揺れている。

 

「や、やだ……! 汚い! 臭い!」

 

「ひぃ……近寄らないで!」

 

ライザーの他の眷属たちも、その光景に耐えられず後ずさりを始めた。

 

彼女たちの表情は一様に歪み、鼻をつまみ、視線を逸らしながらライザーを避ける。

 

「イル! お前、俺の命令に従え!」

 

ライザーは金髪の少女イルに向かって叫んだ。

 

だが、イルは泣きそうな顔で首を振る。

 

「で、でもライザー様……さ、さすがにこれは……!」

 

「わ、私たち……どうすれば……!」

 

「く、臭い……これ……どうにかならないの!?」

 

「ひ、ひぃぃ……!」

 

他の眷属たちもパニック状態だ。

 

麗しいはずの美女たちが、まるでゴキブリを目の前にしたかのように震えている。

 

ライザーはそんな彼女たちに向かって手を伸ばすが――

 

「うぅ……近寄らないで……」

 

「ご、ごめんなさい! ライザー様!」

 

「きゃあああ! 服に飛び散る!!」

 

彼に触れるどころか、むしろ逃げるように後退するばかり。

 

その中でも一際若い少女――イルは、素直すぎるがゆえに本音を漏らしてしまった。

 

「だって臭いもん! ライザー様、汚い!」

 

「イル! そんなこと言ったら……!」

 

「でもネルだって鼻つまんでるじゃん!」

 

「……っ!」

 

その瞬間、ネルも無意識に鼻をつまんでいる自分に気づき、慌てて手を離した。

 

だが、他の眷属たちも同じだ。

 

みんながみんな、鼻を押さえ、ライザーから距離を取っている。

 

「お前たち……」

 

ライザーの顔が絶望に染まる。

 

「俺はお前たちの主だぞ……! 忠誠を誓ったんじゃないのか!? 愛してるんじゃないのか!?」

 

「そ、それは……でも……」

 

「さすがに……生理的に……」

 

「無理です……!」

 

「……ッ!」

 

ライザーは震える手で顔を拭い続けるが、ゲロはその手に粘りつき、むしろ広がるばかり。

 

「くそ……ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ!!」

 

彼は怒りに任せて魔力を解放し、再び赤黒い炎を身に纏う。

 

「燃えろ……燃えろ!!」

 

「うわっ! 熱い!!」

 

「いやぁぁぁ! 髪が……!」

 

炎の熱風が部屋中に広がり、眷属たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「ライザー様……! 私たち、もう……!」

 

ユーベルーナも涙目で必死に距離を取り、その美しい顔は恐怖で歪んでいる。

 

 

部室にはゲロの異臭が漂い、空気は最悪だ。

 

(うわぁ……これはキツい……)

 

リアス部長も苦笑いを必死に堪えていて、朱乃さんも扇子で鼻を隠しながら「うふふ……」と笑いを漏らしている。

 

木場はさすがに苦笑いしつつ、アーシアは目を閉じて両手で祈り始めた。

 

 

そして――

 

「お味どぉ〜っすか?」

 

太郎が笑いを堪えながら言った。

 

ゲロを吐いた直後なのに、もうケロッとしている。顔はゲロ臭を嗅いで涙目になっているが、それでも挑発の笑みは崩さない。

 

「貴様ァァァーー! おい、ミラ! やれ!」

 

ライザーは怒りに震え、苛立たしげに指を鳴らした。

 

「はい! ライザー様!」

 

キリッとした声が響いた。

 

前に出てきたのは、小柄な少女――ミラ。

 

青いツインテールに鋭い金色の瞳。赤い巫女風の衣装を纏い、両手には巨大な棍棒を軽々と構えている。

 

だが、その小さな体から放たれる気迫は凄まじい。

 

(え……この子……見た目は中学生くらいだけど……)

 

俺は思わず息を呑んだ。

 

その一瞬の静寂の中――

 

「はああぁッ!!」

 

ミラは地を蹴った。

 

ズバッ!!

 

その動きは、まるで瞬間移動のようだった。

 

気づけば――彼女は太郎の目の前にいた。

 

「っ!?」

 

「ふん!」

 

ミラの冷たく鋭い瞳が、太郎を射抜く。

 

次の瞬間――

 

ブォンッ!!

 

棍棒が横一線に唸りを上げた。

 

「ゴフゥッ!?」

 

その瞬間、太郎の腹部に炸裂音。

 

棍棒はまるで巨大な鉄柱のように重く、そして鋭かった。

 

太郎の目が驚愕に見開かれる。

 

空気が肺から強制的に吐き出され、喉元から泡混じりの唾液が飛び散った。

 

「――ッガハァァァ!!」

 

その衝撃で、太郎の体はくの字に折れ曲がり、そのまま地面から足が離れる。

 

まるで紙人形のように無力だ。

 

「おっと……飛んでいきなさい!」

 

ミラは笑みを浮かべながら、棍棒を振り上げ――

 

「はあああッ!!」

 

そのまま真上へと叩きつけた。

 

ズガァァァァンッ!!!

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?」

 

太郎の体は真上に打ち上げられた。

 

数メートルの高さまで跳ね上がり――

 

「いったぁぁぁあぁぁあ!!!」

 

天井に激突。

 

鈍い音と共に天井にヒビが走り、太郎の背中が鈍くめり込んだ。

 

だが、それで終わりじゃない。

 

重力に引かれた太郎の体は、今度は真っ逆さまに落下する。

 

「ぐ……あ……」

 

顔を下にしたまま――

 

「ドガァァァッ!!」

 

床に顔面から激突。

 

床が砕け、粉塵が舞い上がる。

 

「うぅ……ぁ……」

 

床に大の字で倒れた太郎は、目が白目を剥き、口元から血の混じった唾液が垂れている。

 

黒焦げのSSDは彼の手から滑り落ち、コロコロと転がっていった。

 

(い、いやいや……これ……死んでるだろ……!?)

 

俺は思わず声も出せず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

ミラはそんな太郎を見下ろし、棍棒を肩に担いだ。

 

「……こんなもんか。やっぱり口だけね、オタク」

 

その言葉は冷たく、容赦の欠片もない。

 

だが――

 

「……次は……覚えてろよ……!」

 

血だらけの顔で、太郎が呻いた。

 

「はぁ……まだ生きてるの? しぶといオタクね」

 

ミラは眉をひそめ、棍棒を床にトンと突き立てた。

 

「……ライザー様に向かって口を利くなんて千年早いわよ、オタク」

 

嘲笑の混じった声が、太郎の傷ついた心をさらに抉る。

 

だが、太郎はそれでも震える手を伸ばし、床に転がった黒焦げのSSDを掴んだ。

 

「ももかちゃんは……僕の……天使だから……」

 

涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をSSDに押し付けながら、太郎はそう呟く。

 

その姿は――はっきり言って、痛々しい。

 

(……いやいや、どんだけみっともないんだよ……太郎)

 

俺は思わず呆れてしまった。

 

だが――

 

(ん……?)

 

俺は思わず目を凝らした。

 

太郎の右頬、ミラの一撃で切れた傷口から血が滴り落ちている……はずなのに。

 

その赤い傷口の中で――

 

(今……何か……)

 

一瞬、無数のイトミミズのような黒い“蛇”がうごめいたように見えた。

 

細く、糸のようなぬめりとした黒い何かが、傷口の中でくねり……

 

次の瞬間には、傷口はスッと消え、なめらかな肌が戻っていた。

 

(気のせい……か?)

 

俺は目をこすり、もう一度見直した。

 

だが、そこにはただのボロボロでかすれた声で泣きながら、黒焦げのSSDにすがりつく。太郎の姿があるだけ。

 

「……ももかちゃん……知代……」

 

ライザーは呆れたようにため息をつき、ようやくゲロも綺麗に魔力で焼き払った。

 

「リアス! 俺をしては、結果が見えているゲームなんてどうでもいいんだが……」

 

彼は再びリアス部長に向き直る。

 

「結局どうするんだ? レーティングゲームを受けるか?」

 

「私は……」

 

リアス部長は悔しそうに唇を噛みしめ、でもその瞳には決意が宿っている。

 

「あなたとのレーティングゲームを受けて立つわ。そして――消し飛ばしてあげる!」

 

その言葉にライザーはニヤリと笑う。

 

「いいねぇ。楽しみだ」

 

二人の視線が火花を散らし、部室全体に緊張が走る。

 

「では、10日後の今日。そこで全てを決着にしよう」

 

ライザーは魔法陣を展開し、その中に足を踏み入れた。

 

「おい、そこのゲボ野郎に伝えろ!」

 

指を太郎に向け、忌々しそうに叫ぶ。

 

「10日後……貴様を炭に変えてやるとな!」

 

「ぅ……うぅ……」

 

太郎は黒焦げのSSDを抱きしめながら、また涙を流す。

 

「じゃあな、リアス。また君の涙を見るのが楽しみだ」

 

最後に捨て台詞を吐き、ライザーとその眷属たちは魔法陣と共に消え去った。

 

部室には、ただ焦げ臭い空気と沈黙だけが残る。

 

でも俺はすぐに気を取り直した。

 

「部長! 絶対勝ちましょう! あんな鳥野郎なんかに負けません!」

 

「そうね……ありがとう、一誠」

 

リアス部長は力強く頷き、その表情はもう覚悟を決めた騎士のようだ。

 

「明日から部員みんなで特訓よ!」

 

「おおっ!」

 

俺たちは拳を掲げ――

 

「……ん? でも……」

 

ふと、俺は違和感に気づいた。

 

「太郎って、眷属じゃないよな?」

 

リアス部長は一瞬、目を丸くした。

 

「……た、たしかに」

 

「いや、待て。ってことは……」

 

俺たちの視線が、部室の隅でうずくまる太郎に集まる。

 

「え……まさか……俺も戦うの……?」

 

「「「当然!!」」」

 

「うわぁぁぁ!!!」

 

特訓どころか、太郎の絶望は10日後を前にすでに始まっていた。

 

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