DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!! 作:バター犬
目蓋が重い。
遠くから誰かの声が聞こえる気がした。けれど、それが誰のものかすら分からない。重力に押し潰されるような全身の倦怠感と、頭の中を漂う霧――。
「……太郎? おい、太郎……聞こえてんのか?」
誰だ。……このチャラい声。
「太郎っつってんだろ!」
――バシッ!
「痛っ!」
反射的に目を開け、右手を振り上げる。拳は見事に相手の顔面に命中した。
「グハッ! なにすんだよお前ぇっ!」
目をこすって、ようやく視界がはっきりする。そこには、一誠の顔があった。
「一誠……?」
部屋を見回す。よく見ればここは……一誠の部屋? しかも、同じベッド? その隣に? ヤツが?
「おい、ちょっと待てよ一誠……これは一体……」
「ん?」
「僕の貞操をォォォォおおおおおお――ッ!!」
「違う! 違うから! 目覚めたら俺も隣にいたんだよ!」
「嘘だッ! どこの誰だ僕らをこんなBL的状況に……! 一誠! まさかお前……!」
「違うって言ってんだろ!!」
太郎は身体を起こしかけて、ふと一誠の右腕に視線を落とした。
「……その腕……」
まるで異形だった。
鱗に覆われた黒銀の表面、鋭く伸びた爪、筋肉の膨張――完全に“それ”は、人間のものではなかった。
ドラゴンの腕――まごうことなき、ファンタジーの権化だ。
「……そんなに……」
太郎の声はかすれていた。思考がまとまらず、言葉が次々と漏れ出す。
「部長が……他の男と結婚するのがショックだったのか……!」
「おい、なんでそうなるんだよ!?」
「うっわ……中二病こじらせてる……! 現実逃避で自分の腕を龍に改造しちゃったとか……!」
「するかそんなもん!」
「愛が……愛があふれて異形化しちゃったんだ……ああ、恋って怖い……!」
「違ぇって言ってんだろうが!!」
。一誠の怒号も、太郎にはもはや届いていなかった。
「……太郎、説明は後だ。俺、決めたんだ」
「ほう……で、何を?」
「今から、部長の結婚式に乗り込む!」
「は?」
「俺は! 部長を! 奪い返す!!」
「うわぁ……出た、少年漫画の主人公ムーブだ……!」
だが、一誠は本気だった。目が違う。燃えてる。ちょっと怖い。
「……で? どうやって行くのさ、まさか走って?」
「フッ、甘いな。これを見ろ!」
一誠が懐から誇らしげに取り出したのは、魔法陣が描かれた一枚の紙だった。
「……なにそれ、コピー紙?」
「グレイフィアさんからこっそりもらった。部長の結婚式会場まで直接転移できる、特製の魔法陣だ」
「なにそれ公式チート!?ってかグレイフィアさん黒幕かよ!?」
「太郎、お前も来い!」
「いやいや、ちょ、ちょっと待って! 心の準備が――」
「転移っ!!」
一誠が紙を地面に叩きつけると、魔法陣が光を放ち始めた。
「うわあああ! 強制連行!? 人権どこいったぁぁぁ!!」
そして、次の瞬間――
二人は、荘厳な結婚式会場の空間に、光の柱とともに現れた。
「部長ぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
扉が爆音と共に開き、一誠が絶叫しながら会場に突撃してきた。
その目は本気。いつになく鋭く、まさに恋する男の形相である。
「……僕は、おまけなんで気にせずに」
まるで背景キャラのように、太郎は小さく肩をすくめて追いかけた。
会場に走る緊張。
招待客たちは一斉にざわつき、ライザーが苛立ちを隠さず振り返る。
リアスも一瞬、息を飲み、しかし言葉を発せない。
「止まれ、部外者が……!」
警備の悪魔たちが一誠に迫る。
「させないよ!」
そこへ割って入ったのは木場。
手刀一閃。瞬時に一人を昏倒させ、もう一人の動きを封じる。
「小猫ちゃん!」
「了解」
無言で迫った小猫が、警備悪魔を軽々と地面に叩きつけた。
「今だ、一誠くん!」
「ありがとう、みんな……!」
部員たちの援護を受けて、一誠は走る――リアスの元へと。
だが、その一連のドラマの裏で――
太郎は、寒気と共に“それ”の接近を感じていた。
「まぁまぁまぁ。お久しぶりですわね、太郎さん♪」
その声に、背筋が凍る。
(……来た)
そう、太郎の本能が告げていた。
振り向くとそこには、微笑みを浮かべたレイヴェルが立っていた。
ドレス姿のまま、しかしその目は、完全に獲物を見据える捕食者のそれ。
「この前のお礼、まだ返してませんでしたわね?」
「お礼って……何の……?」
「この前、私をかばってくれたでしょう? あの時、初めて殿方に優しくされた気がして……とても、うれしかったんですわ♡」
太郎は、全力で顔をしかめる。
(ちょ、チョロインすぎんだろ僕ぅぅぅ!?)
「でも、あれから色々試しましたのよ? お兄様をナイフで刺してみたり、殴ってみたり……でも駄目でしたの」
レイヴェルはうっとりとした目で、まるで夢見心地で語る。
「私……あなたの身体じゃないと、満足できないんですの♡」
「いやホント怖いって!!!」
太郎は一歩後退し、全身に鳥肌を立てる。
レイヴェルはその反応に満足げに微笑み、ポケットからナイフを取り出してそっと頬に当てる。
「ふふ……また、あの胸を貫きたいですわ」
太郎は震えながらも思わず叫んだ。
「……前半部分が、後半で全部台無しだよ……!」
そのまま彼女はナイフをくるくると回しながら、ゆったりと踵を返す。
まるで“またすぐ会える”とでも言いたげな余裕を漂わせて――ライザーの方へ向かっていった。
太郎はその背を見送りつつ、背中に冷や汗を垂らした。
(絶対、絶対ヤベェやつだこれ……なんでこんな子に好かれてんの僕!?)
◇
会場の空気が張り詰めていた――いや、もはや張り詰めすぎて、ちょっとした火花でも爆発しかねないほどに。
そんな中、一誠の身体が閃光に包まれた。
「ッ……これが、俺の“答え”だッ!!」
絶叫と共に、一誠の体が真紅の輝きに染まり、全身に重厚な鎧が装着されていく。禍々しさを漂わせながらも、明確な“正義の意思”が宿ったそれは――ヴァーリの白銀の鎧に酷似していた。違うのは、その色。漆黒と炎のような赤。まさに“対極”。
「バランス・ブレイクッッ!!」
咆哮と共に地を蹴り、一誠が疾風のごとくライザーへと突進する。ライザーが反応する暇も与えず――
「部長を泣かせた罰だ……喰らえ、聖水ドラゴンパァァァンチ!!」
――ズドォォォォンッ!!!
拳が炸裂した瞬間、聖水のエフェクトが光り、ライザーの顔面がありえない角度で後方へ吹き飛んだ。無敵のフェニックスも、これは堪えたらしい。白目を剥き、地面に沈んだその姿を最後に、会場は完全にフリーズした。
「部長! 行きましょう!」
「……ええ!」
リアスは一誠の手を取ると、用意されていたグリフォンの背に軽やかに乗った。
「じゃ、完全に忘れられた僕はこのままフェードアウトして帰りますね……」
と太郎が静かに呟いた、その瞬間だった。
「まぁまぁまぁ……お疲れのところ、ちょっとだけ……♡」
背後から迫る、どこかで聞き覚えのある甘ったるい声。
「レイヴェル……?」
振り返った瞬間、太郎は悟った。
(あ、これ……“詰んだ”やつだ)
そのまま半ば引きずられるようにして、会場の奥――個室へと連行される太郎。
重厚なドアが閉まる音が、異様に大きく響いた。
「帰るなら少しだけわたしに付き合ってくれます?。おかげで私……気づけましたのよ」
レイヴェルはナイフをくるくると指先で回しながら、妖しく笑った。
「この前、あなたが私を庇ってくださったでしょう? あの時、初めて殿方に優しくされた気がして……ゾクゾクしてしまって……♡」
(いやいや、それだけで!?)
「それで、お兄様に同じようにしてみたの。でも駄目でしたの。全然……足りない。やっぱり太郎さんじゃなきゃ♡」
「やめてください! せめて僕の携帯を返してぇぇぇぇ!!」
だが無情にも、レイヴェルは太郎のスマホを奪い、ニコニコしながら自分の端末とBluetoothペアリングを済ませた。
「これで、いつでも連絡できますわね♪ それから――住所と家族構成も♡」
――その日の夜。
太郎は部室の隅、布団を頭までかぶって小さく丸まり、膝を抱えて震えていた。
(……誰か、助けてくれ……)
そう心の中で叫びながらも、助けは来ないと、太郎は誰よりも分かっていた。