DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!! 作:バター犬
あなたが望む形で、わたしはここにいないから。
あなたを裁く資格も、わたしは持たない。
あなたが望まない罪を、誰よりも知っているから。
それでも手を伸ばしたいと思うのは、
あなたの手を、最初に引き裂いたのが、わたしだから。
――フレデリカ・ベルンカステル
――薄暗い天井を見つめながら、太郎は小さく呟いた。
「……知らない天井だ」
その天井は、どこか奇妙だった。
木目調の板に提灯のような明かりが吊るされ、壁際には和紙風の衝立。だがどこかおかしい。
まるで“外国人が間違って解釈した日本”を、そのまま部屋に再現してしまったような、そんな空間だった。
(ここは……どこ?)
目覚めたばかりの頭では状況が整理できず、ただ周囲を見渡す。
そのとき、部屋にいた誰かが、太郎が目覚めたことに気づいたのか静かに部屋を出ていった。
代わりに入ってきたのは――
ワイルドな風貌の中年男だった。髭面に鋭い目つき、そして黒い羽根。
「よぉ、目を覚ましたんだってな」
その軽い口調に反応するように、太郎の中の“八尾”が声を発した。
『……おい、太郎。こいつヤバいぞ。並の奴じゃねぇ……気をつけろ』
(ぱっつぁん……わかった、警戒する)
太郎は反射的に身体に力を入れた。
だが、その男は警戒など意にも介さず、悠然と部屋の椅子に腰を下ろした。
「そんなに身構えるな。ああ、そうか――自己紹介がまだだったな。俺はアザゼル。堕天使の頭をやってる者だ」
「……太郎です。アザゼル……って、あの“堕天使アザゼル”ですか?」
「へぇ、名前を知ってるのか。そう、そのアザゼルだ。グリゴリって組織のトップだよ。まぁ……神器オタクって呼ばれることもあるがな」
「書物で読んだ程度ですけど……。それより、僕がここに連れてこられたってことは、何かあるんですよね?」
「おうおう、なかなか話が早い。助かるぜ。だがまあ、まずは背景からだ」
そう言ってアザゼルは、冗談のように軽い調子で“世界の裏側”の話を始めた。
「悪魔、天使、堕天使。三つ巴の陣営が、冥界を舞台に昔っから争ってたんだよ」
「冥界――つまり、いわゆる“地獄”ってやつだ。悪魔と堕天使で領土を分け合っててな。さらにそこに、神の命令で動く天使どもが首を突っ込んでくる。結果、三すくみだ」
「……それって、つまり……僕は、その戦いに関係するってことですか?」
「察しがいいな。そう――単刀直入に言う。お前さん、堕天使陣営に入る気はないか?」
一拍の沈黙。
「……それは、僕に“戦う側”になれってことですか?」
「まぁ、無理にとは言わねぇさ。ただな、住むところも家族もない今、お前がどう生きるかを考えりゃ……一つの選択肢ってだけだ」
「考える時間をやる。三十分だ。気が変わったらその時に話してくれや」
そう言い終えたアザゼルは、ふっと笑って立ち上がった。
その仕草はどこまでも自然で、無理がなく、まるで昔から知り合いだった相手に接するような、柔らかな空気があった。
太郎の返事を急かすこともなく、否定することもなく――
ただ“選ばせる”。
それがアザゼルという男のやり方なのだろう。
「……焦らず考えな。どう生きるかは、お前の自由だ」
そう言って彼は、部屋の出口に向かって歩き出す。
そしてドアの前で、ほんの一瞬だけ足を止めると――
肩越しに片手を、軽くひらひらと振った。
その仕草はどこか気楽で、けれど――
太郎の背中を静かに押す、**“託す者の手”**でもあった。
「じゃ、またな」
言葉を残し、アザゼルは静かに部屋を後にした。
部屋には再び静寂が戻る。
残された太郎だけが、その余韻の中に佇んでいた。
◇ ◇ ◇
アザゼルが出ていった後、部屋には静寂が戻った。
耳に残るのは、空調の微かな音と、自分の鼓動だけ。
太郎はベッドの上で仰向けになり、ぽつりと呟いた。
「……ぱっつぁん、俺……どうすればいいと思う?」
その問いに、すぐさま返ってきたのは、心の中に響くどこか不機嫌そうな、だが温かみのある声だった。
『俺に聞くなっての……決めるのはお前だ、太郎。』
太郎はその声に、うっすらと笑みを浮かべる。
頼れるようで、頼れない。
けれど、ひとりぼっちではないという安心感だけは、確かにあった。
『……ただ、ひとつ言えるのは――アザゼルの言ってることは、間違っちゃいねぇ』
『あのオッサンの言う通り、堕天使陣営に入れば……確かに“生きる術”は得られるだろうよ。飯、寝床、居場所、そして……力。全部な』
『だが同時に、“表の世界”には戻れねぇ。これから先、お前はもう“普通の子ども”として生きることはできねぇんだ』
「……うん。わかってるよ」
太郎は、視線を天井に向けたまま、静かに目を細めた。
目の奥がじんわりと熱を帯びる。
まるで、それ自体が今にも泣き出しそうなほど繊細で、だけど抗うように必死に“考えよう”としていた。
(帰る家は、もうない)
(普通なんて……とっくに壊れた)
けれど、そんな自分にも“選択の自由”が与えられている。
そのことが、少しだけ怖くて――それでもありがたかった。
「……ぱっつぁん。あのさ」
「万華鏡写輪眼って……使いすぎると、やっぱり……失明するんだよね?」
ほんの少しだけ、声が震えていた。
八尾は、それに気づいたのか、珍しく言葉を選ぶような間を置いてから答えた。
『ああ……俺のいた世界じゃ、そう言われてたな』
『使えば使うほど、“光”が削れていく。最終的には、完全に見えなくなる。だが――』
『別の写輪眼を移植すれば、回復する……って話もあった。確証はねぇ。だが、希望はある』
「……希望か」
太郎は、ぽつりとその言葉を繰り返した。
胸の奥にずっと渦巻いていた“不安”が、少しだけ晴れていくのを感じる。
たとえその希望が薄くても、それを目指す理由には十分すぎた。
「それでも……希望があるってことだ。ありがと、ぱっつぁん」
『ふん……礼を言うのはまだ早いぜ。お前が本気で生きるって決めたときに言え』
そう言いながらも、八尾の声には少しだけ、安堵の色が滲んでいた。
誰よりも、太郎の心が“前を向こうとしている”ことに気づいていたのだ。
――そして、残り時間はわずか。
太郎は深く息を吐いて、目を閉じた。
次に開いたとき、自分が何者として生きるのか。
その選択のときが――迫っていた。
◇ ◇ ◇
やがて、扉が開いた。
再び姿を現したのは、あのワイルドな堕天使――アザゼルだった。
彼は軽く片手を上げて言った。
「よし、考えはまとまったか? 堕天使側に来るかどうかって話――どうする?」
太郎は、ゆっくりと顔を上げた。
その目には、さっきまでの迷いはもうなかった。
そして、その声もまた――決意に満ちていた。
「……はい。僕には条件があります」
「その条件が受け入れられるなら、僕は……この場所に残ります」
アザゼルの眉がわずかに跳ね上がる。
「ほう、条件付きか。言ってみな。興味が湧いてきたぜ」
「僕の目、“写輪眼”っていうんですが……使いすぎると失明するんです」
「だから……それを防ぐ方法を、あなたに探してほしい」
その一言に――アザゼルの目が鋭く光った。
「……なるほど。条件ってのは、もっと複雑な政治的なもんかと思ってたが」
「そんなことなら――俺の得意分野だ。乗った。引き受けてやるよ」
「……本当ですか!? ありがとうございます!」
「お礼はいい。……その代わり、遠慮なく見せてもらうぜ? その“目”の全てをな」
瞬間――アザゼルの表情が変わった。
それまでの軽口と余裕をまとった“オッサンの顔”が、まるで霧が晴れるように消え去る。
代わりに現れたのは――
未知に飢えたハンターの目。
軽薄さの裏に潜んでいた“本物の知性”が、その一瞬にして表面へと浮かび上がってくる。
その視線は鋭く、研ぎ澄まされた刃のようで、まるで太郎の内側すら透かして見ようとしているかのようだった。
太郎は思わず、ごくりと息を飲んだ。
まるで、ずっと草原に寝そべっていた猫が、突如として獲物を見つけた猛禽に切り替わったような、そんな変化だった。
“ああ、この人は今――完全に、俺の目のことしか見てない”
そう、太郎は直感した。
いま目の前にいるのは、“堕天使の提督”ではない。
世界の謎を暴くことに全てを懸けた、一人の研究狂――アザゼルだった。
「さっそく、発動してみろ」
太郎は静かに目を閉じた。
深く、深く――肺の奥に澱んだ空気を吐き出し、精神を一点に集中させる。
そして――静かに、瞼を開いた。
瞬間、アザゼルの前に現れたのは――
血のように深い紅の光だった。
その瞳の中で、三つの黒い勾玉がまるで生き物のように回転を始める。
回転は緩やかで、滑らかで、しかしどこか不気味だった。
見る者の目を吸い込み、精神の奥に何かを刻み込むような“視線の異常”。
それは、単なる“魔眼”ではなかった。
神経を侵し、記憶を読もうとし、命令を上書きしそうな――
視られるだけで支配されるような、恐怖を孕んだ瞳。
アザゼルは言葉を失い、その紅の輝きに見入っていた。
太郎の視線はまっすぐ、だが静かに彼を見つめていた。
「……これが、写輪眼です」
その声には力はなかった。けれど、その一言が放つ“意味”は重かった。
確かに、いまこの瞬間――
アザゼルの世界に、“未知”が実体を伴って現れた。
「……これが初期形態です。動体視力の向上、そして……視覚を通して、相手の技を模倣できます」
アザゼルは頷いた。その目には冷静な観察者の光。
だが、次の言葉に――空気が変わった。
「そして、これが……“万華鏡写輪眼”です」
太郎の声が静かに響いたその刹那――
その瞳が、変わった。
三つの勾玉が、くるり、と音もなく回転を始めたかと思うと、
中心に吸い込まれるように巻き込み合い――
螺旋を描きながら、まるで“黒い手裏剣”のような紋様へと変化していく。
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
ピリリッ――
魔力でも霊気でもない、もっと原始的な“異常”が、空間そのものを震わせた。
視界がわずかに歪む。空間が、太郎の“眼”を中心にねじ曲がっているように見えた。
「……っ!」
アザゼルは、反射的に息をのんだ。
それはただの魔眼ではなかった。
魔術理論も、神器データも、何一つ当てはまらない。
“視線だけで、世界のルールを上書きする”
そんな妄想じみた幻想が、しかしこの瞬間――現実としてそこに存在していた。
それが、万華鏡写輪眼。
太郎の眼は、静かに、だが確実に“世界”に干渉していた。
「……さあ、アザゼルさん。僕に触れてみてください」
太郎の言葉は穏やかだった。
だがその瞳の奥には――確かに、“支配者の気配”があった。
アザゼルは無言で手を伸ばす。
「ん? あぁ、わかった」
だがその手が、太郎の肩に触れたその瞬間――
ズン、と感覚が抜けた。
アザゼルは太郎の肩へと、ためらいなく手を伸ばした。
が――
スッ――
「……なッ――!?」
指先が“確かにそこにあるはずの身体”を、何の抵抗もなく通り抜けた。
骨も、筋肉も、衣服すらない。そこに存在するはずの“質量”が――なかった。
まるで、そこにあるのはただの幻影。
だが、目には“明確に存在している”。
認識はある。だが、触れられない。
空気よりも軽く、
影よりも実体がなく、
まるで“別の次元”に身体の一部を預けているかのような感覚――
「……なんだ、これは……感触が……“空間”ごと抜け落ちた……?」
アザゼルは言葉を失って、ゆっくりと自分の手を引いた。
その指先には、何の異常もない。けれど、確かに触れたはずのものに――触れなかった。
それは、“そこにいたのにいなかった”。
明確に認識できる対象に対して、物理法則が作用しなかったという“あり得ない現象”だった。
そして、太郎は静かに言った。
「――これが……僕の能力です」
その声は落ち着いていて、威圧感はなかった。
けれど、逆にそれが――“この異常が当たり前である”という静かな宣言のように響いた。
「僕は、実体を……一時的に、別の空間へと退避させることができます」
「つまり、物理的干渉を完全に無効化し、どんな攻撃も……この状態なら“絶対に届かない”」
アザゼルは、その言葉を聞いた瞬間――背筋が凍った。
それは回避ではない。無敵化でもない。
“そもそもそこにいない”という、根本的な存在の否定。
「……まさか……異空間操作……?いや、次元越え……?」
「その若さで、そこまでやれるのかよ……」
震えるような声で呟いたアザゼルは、完全に戦慄していた。
彼がこれまで解析してきたどんな神器よりも、
どんな魔眼よりも――この能力は、“破綻”していた。
だがそれと同時に、強烈な“魅了”を感じていた。
この少年の目の奥には、まだ解析しきれない“何か”が潜んでいる。
この力の“本質”は――まだ、ここからだ。
太郎は静かに言った。
その声に、誇示するような傲慢さはなかった。
だが逆に、そこには“絶対的な余裕”があった。
「実体を、一時的に無効化できる。触れられず、干渉されず――つまり、“誰の手にも届かない存在”になれるんです」
そして、太郎は淡々と――しかし確信を持って続けた。
「さらに……まだ使ったことはありませんが」
「この目には、“認識そのもの”を塗り替える力があるようです」
「対象者の心に直接干渉し――命令を、“本人の意思と錯覚させたまま”植え付ける。
幻術というより、“意志そのものを書き換える”力――」
「……そんな能力が、この目には眠っていると、僕は感じています」
その言葉を聞いた瞬間。
アザゼルの表情が、ついに凍りついた。
(……やべぇ……これは、本当に“触れてはいけない領域”の力だ)
脳内に、無数の戦略シミュレーションが一気に浮かび上がる。
・戦場での敵部隊への一斉洗脳
・交渉相手に“不自然さなく”譲歩させる
・仲間の裏切りすら、“本人がそう思った”と処理させられる
・政治、宗教、外交、軍事――全ての“信念”に手が届く力
(これはもう、神器や魔眼の枠を超えてる……!)
(――この力、下手をすれば、神の側に踏み込んでるぞ……?)
アザゼルの中に、戦慄と興奮が同時に駆け上がる。
彼が研究者として最も恐れていた、そして最も欲していた“理屈の通じない存在”が、
いま――目の前に座っていた。
そして――静かに呟いた。
「……マジで、“化け物”じみてんな。お前」
アザゼルはそれだけ呟いて、くるりと踵を返し――
小走りに部屋を出ていった。
アザゼルは太郎の能力を確認した直後、目を輝かせながら小走りで部屋を出ていった。
扉が閉まるその刹那、廊下に漏れたのは――
「ハハッ、こりゃヤベぇ……マジでとんでもねぇもん見つけちまったぞ……!」
その声は、完全に“戦場の指揮官”ではなかった。
代わりにそこにいたのは――未知のオモチャを前にテンションMAXの変態科学者だった。
廊下を抜け、グリゴリの研究フロアを突き進む。
すれ違う部下に呼び止められそうになるが、アザゼルは手を振って全スルー。
「悪い、今はそれどころじゃねぇんだ!あの目は……構造からしてヤバい……完全に常識外だろ……!」
独り言が止まらない。
息を切らすほどの早足で、彼は自室の奥にある“個人研究保管庫”へとたどり着いた。
そこには、過去に発見・解析した神器や魔眼のデータ。
精密計測装置。異能スキャン用のプロトタイプ。霊子転写装置。記憶誘導装置。
そして、自作の“魔力干渉型センサー”。
「あった、これだ!スキャナーB-03、反応増幅ユニット付き……これならギリ追える……!」
アザゼルは装置のホコリを手で払い、手早くチェックを入れる。
端子接続。動力コア装填。魔力中和ユニット起動。
全ての工程をわずか数十秒で完了。
その動きには一切の迷いがなかった。
研究オタクとしての技術と愛が、極限状態でフル稼働していた。
「さて……楽しませてくれよ、“写輪眼”」
そう呟くと、アザゼルは台車に積んだ機材を押し、再び太郎の待つ部屋へと戻っていった。
その足取りは、まるで遠足前日の子供のように軽く――
そして、眼にはまぎれもない“知的興奮の光”が宿っていた。
ガラガラと台車を押して戻ってきたアザゼルは、まるで遠足の前日の子供のように目を輝かせていた。
「これか? 見りゃわかるだろ、“スキャナー”ってやつだ。お前の写輪眼――徹底的に調べさせてもらうぜ」
そう言いながら、太郎の身体に次々と電極やセンサーを取り付けていく。
冷たいパッドが肌に触れるたび、太郎は少し身をすくめた。
「よし、準備完了。もう一度、その万華鏡写輪眼を発動してくれ」
「わかりました」
太郎が目を変えた瞬間――
機器が高音を発して起動。データが連続して画面に流れ出す。
アザゼルの目は、もはや獣のようにギラついていた。
「ははは……これはすげぇ。とんでもねぇ構造してやがる……!」
スキャナーから吐き出される膨大な数値と魔力波形のログ。
その一つひとつを食い入るように見つめながら、アザゼルは1時間近くも一度も瞬きをしないかのような集中力を見せていた。
部屋に響くのは、機器の駆動音と彼の小さな独り言だけ。
しかしその眼差しは、まるで世界の理を剥き出しに覗き込もうとする錬金術師のようだった。
太郎の瞳――
写輪眼という存在は、ただの魔眼ではなかった。
魔力・霊子・精神波・神経リンク――全ての反応が“常識外”。
そして万華鏡写輪眼の発動時、瞬間的に跳ね上がる“内部魔力反応”。
それは、人間の器では本来受け止めきれない“異世界由来の波長”だった。
(これは……もはや“神器”の分類すら超えてやがる……)
アザゼルの脳内で、無数の仮説と過去データがぶつかり合い、再構築され、破棄され、また組み直されていく。
それは、科学でも魔術でも追いつけない、“神秘そのもの”との格闘だった。
――そして、ついに。
彼は端末の画面から視線を離し、ふぅ……とひとつ、長く息を吐いた。
まるで一つの実験世界を見届け終えたかのように。
「…………」
しばしの沈黙のあと。
アザゼルは、疲労と興奮がないまぜになった声で、ようやく口を開いた。
「……だいたい分かった」
その声には、確信と恐れ、そして“未来への決断”が滲んでいた。
彼は、何か重大な“禁忌”に触れてしまったという実感を隠しきれずにいた。
沈黙を切り裂くように、低く重い声でそう言う。
「お前のその目……万華鏡ってやつに変化した瞬間から、眼球にとんでもない負荷がかかってる」
「チャクラ……いや、お前の内部エネルギー構造そのものが“視覚器官に過剰集中”してる状態だ」
「……つまり、どういうことですか?」
アザゼルは少しだけ口元を歪め、ニヤリと笑った。
その笑みは――狂気と天才と悪意と、そしてほんの少しの優しさが混ざり合った、堕天使の微笑。
「解決策は……あるにはある」
「本当ですか!?」
「――お前さ、人間やめてみる気はあるか?」
……その瞬間、世界が一瞬止まったような錯覚が太郎を襲った。
何かを聞き間違えたのかと思った。
けれど、その男の表情は真剣そのもので――冗談ではないと即座に理解できてしまった。
「…………えっ?」
声にならない声が漏れる。
それは、驚きとか困惑とか、そういう単純な反応じゃなかった。
脳が理解を拒絶していた。
“人間でなくなる”という言葉の意味を、どう解釈していいかわからなかった。
肉体の改造? 魂の変質? 種族の変更?
倫理? 恐怖? 正気? そして――それに伴う代償は?
次々に湧き上がる疑問と恐怖が、太郎の中を嵐のように駆け巡る。
自分の身体に刻まれた“呪いのような眼”を抱えたまま、
これから先も人として生きていけると思っていた――そんな甘い幻想が、いま粉々に砕かれた。
「……ちょ、ちょっと待ってください、今のって……冗談……じゃ、ないんですよね……?」
口から出たのは震えた声だった。
体は平静を保っていたが、心は完全に“戦慄”の中にあった。
それでも、目の前のアザゼルは笑っていた。
軽く、飄々として――それでいて、確かな覚悟と責任を持つ者の眼で、太郎を見つめていた。
太郎は、自分がいままさに、
“人間”か、“それ以外”か――選ばされようとしていることを痛感していた。