DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!! 作:バター犬
だが、雲に嫌われ、風に裏切られた。
落ちたのは羽ではなく、“名もなき黒い粒”。
その粒は、地の底に沈みながらも、まだ夢を見た。
自分が空だった頃の夢を。
まだ、自分が白かったと信じていた頃の夢を。
黒い粒は、自分を白く染めるために、
赤い水を浴びた。
赤い水は熱かった。痛かった。けれど、粒は笑った。
――笑うしかなかったのだ。
痛みを知らねば、白にはなれないと思っていたから。
ある夜、空から声が落ちてきた。
「君の羽は焦げている。でも、飛ぶことはできる」
黒い粒は信じた。
それが真実だと、信じた。
だから彼は、光と闇のちょうど間――
“影の中の影”になることを選んだ。
影になった粒は、もう誰にも見えなかった。
でも確かに、そこにいた。
見えないものが、世界を変える。
誰も気づかないうちに。
だから、今日も誰かが問うのだ。
「空から落ちたその理由を、あなたはまだ覚えていますか?」
──フレデリカより。
この影を、拾ったあなたへ。
「……お前さん、人間やめてみる気はないか?」
その一言に、僕の思考は数秒止まった。
冗談かと思った。でも――目の前の堕天使は、真顔だった。
「いや、あの……言ってる意味がちょっと……」
「簡単なことだよ。お前の目――写輪眼ってやつな。あれ、今の“人間の体”じゃ、負荷が大きすぎる。
魔力循環が目の器官に偏りすぎてて、使えば使うほど内部が焼き切れるようにすり減ってる」
アザゼルは腕を組みながら続ける。
「だったら、選択肢は二つ。
一つは、これまで通り命削って使うか。
もう一つは、**“より強靭な器に変える”**か、だ」
「……それってつまり、“種族を変える”ってことですか?」
「ああ。お前を“堕天使”にする。俺が用意した特製の変異因子を混ぜた“悪魔の駒”を使えば、
お前専用の“強化種”に転化させられる……はずだ」
(いやいや、“はず”って何だ、“はず”って!!)
「でもそれ……副作用とか、危険性とかは?」
「あるに決まってんだろうが」
即答だった。
「でもな、リスクってのは、どこにいたってあるもんだ。
生き残るか、潰れるか。選べるのは、お前だけだ」
(……チートを手にするには、代償もついてくるってことか)
僕は、ゆっくりと深く息を吐いた。
そして、うなずく。
「わかりました。やってください。僕を、堕天使に――」
アザゼルはニッと笑って、懐から何かを取り出した。
それは――黒いチェスの駒。
だけど、普通の悪魔の駒じゃない。
そこからは、ぞわりとした“異質な魔力”の気配が漂っていた。
「これは俺が改造した特製品。内部構造を変えて、悪魔でもなく、天使でもなく……
**“異能者としての強度”を重視したハイブリッドボディ”**に対応する設計になってる」
「……ほんとに、僕で実験してるんですね」
「実験台が自分で歩いて口きいてくれるなんて、滅多にないからな。ありがたく使わせてもらうぜ」
(……最悪だこの人)
アザゼルは、駒を手渡してきた。
「それを掌に乗せて、“自分の核に受け入れる”と念じろ」
言われた通り、駒を掌に乗せる。
「……いけるか?」
「――はい」
瞬間、駒が黒く輝いた。
重々しい魔力が爆発的に噴き出し、僕の身体を包み込む。
内側から熱い何かが暴れ出す。骨がきしみ、血液が震え、意識が遠のきかけたその時――
背中に――“何か”が生えた。
それは皮膚を破って飛び出した、という生易しいものじゃない。
まるで骨ごとえぐり取られ、肉がひしゃげ、何か異質なものが根を張るように入り込んでくる感覚だった。
「……っぐ、あああ……っ!」
痛みとは違う。熱さとも違う。
けれど確実に、“自分じゃないもの”が身体の中に入り込んでくる。
――侵食される。
自分という存在が、“塗り替えられていく”。
そして次の瞬間――
バサッ。
重く、鋭く、空気を裂く音が響いた。
背中から広がったのは、漆黒の翼。
だが、ただの“悪魔の翼”ではなかった。
構造は悪魔に近い。それは確かにそうだ。
けれど――その羽根には、どこか天使に似た光の質感が混じっていた。
光と闇が、混ざりきらずに存在している。
“堕ちた存在”にして、“天を知る者”。
「……これが……俺の……」
自分の身体が、明らかに“変わった”ことを、太郎は肌で感じていた。
体内を流れる魔力の波長が、先ほどまでとはまるで違う。
重く、濃く、強い――けれど、制御しきれなければ自分を破壊しかねない“猛毒のような力”。
そして――そんな太郎を見て、アザゼルはにやりと笑った。
「フフ……お前さんだけの、“新型サンプル”ってやつだ」
アザゼルは狂気と誇りを滲ませながら呟いた。
「神も悪魔も思いつかなかった存在。天界にも地獄にも属さない――
それでいて、どちらも超えてみせる、異能体の原型さ」
満足そうな顔には、少しだけ危うい興奮が混じっていた。
それは研究者としての喜び。
そして、自分の手で“人間を超えた存在を作った”という、神への冒涜にも似た満足感。
「まったく……ほんとにやっちゃったよ、この人……」
太郎はそう呟きながら、静かに拳を握った。
手に宿る力の重みが、今までとはまるで違っていた。
◆ ◆ ◆
「で――なんだその“ぱっつぁん”って?」
アザゼルが急に真顔になった。
先ほどまでの軽口はどこへやら。
視線が鋭くなり、まるで獣が獲物を値踏みするような圧を感じる。
「えっ、あー……えっと……その……」
僕は言葉に詰まった。やばい。絶対なんか言い忘れてる。
ぱっつぁんのこと、ちゃんと説明したっけ?
いやしてない、たぶんしてない!!
(たすけてぇえええハチエモォォン!!)
『……ったく、見てられねぇ。――もう変わるわ』
ズン、と胸の奥に何かが沈み込んだかと思うと、
意識の深層から、別の“声”が浮かび上がった。
次の瞬間――世界の“層”が変わった。
空気の流れが止まり、部屋の温度がほんの僅かに下がる。
僕の瞳の奥で、何かが蠢いた。
それは、感情でも思考でもない――別の“何か”が、底から浮かび上がってくる感覚。
視界がほんの一瞬、赤黒く揺らめく。
そして――“太郎”という意識が、静かに沈み込んだ。
「…………」
「――初めましてだな、アザゼル」
声が変わった。
明確に、異質だった。
太郎の声は少年らしい張りと柔らかさがあった。
だが今のそれは――低く、重く、喉の奥から這い出すような音色だった。
鋭さも、冷たさもある。けれどそれ以上に、どこか“深すぎる闇”のような威圧を孕んでいた。
ただ名乗っただけで、空間の空気がわずかに震える。
魔力の揺らぎですらない、存在そのものが与える圧。
八尾は、太郎の身体を使っているはずなのに、そこに“太郎”の気配は微塵も残っていなかった。
まるで、器の中身が完全に“別の何か”に置き換わったかのように。
アザゼルの目が、すっと細まった。
彼は本能で察した。
――この存在は、理屈では測れない。
「俺は、太郎の中に宿る、異能の存在だ」
アザゼルは、微動だにせず八尾の目を見据えた。
「……へぇ。人格交代型。しかも、霊的干渉じゃない。もっと……根本的に融合してるな」
腕を組み、視線を鋭く研ぎ澄ませるアザゼル。
まるで未知の神器に触れた時と同じ顔――理性と本能がせめぎ合っている表情だった。
「……神器でもなけりゃ、悪魔の眷属でも天使の霊格でもない。
けど――魔力の質も流れも、“この世界の規格”じゃねぇ……
……なんだお前、“どこで”作られたんだ?」
「名は“八尾”。この子の中に宿る、力そのものさ。
正体? 教えてやっても、お前の理屈じゃ理解できねぇよ。
……それで済ませとけ、今はな」
「……力を貸す気があるなら、何も言わん」
アザゼルの声は静かだった。
だがその瞳の奥に宿るのは――探究者としての純粋な興味と、
未知の危険を前にした時の本能的な緊張。
「ただし一つだけ、覚えておけ」
アザゼルの声がわずかに低くなる。
「“制御不能”と判断した瞬間――俺は、容赦なく“お前”を排除するぜ」
それは宣告。
同時に、“グリゴリの提督”としての覚悟の表明だった。
「……構わねぇよ」
八尾の返答は、即答だった。
「それでこそ、堕天使の頭ってやつだな。
だが――その時は、全力でお前を喰らうだけだ」
言葉に感情はなかった。
けれど、その静かな響きの奥にあるものは――本物の殺意と、揺るがぬ誇りだった。
数秒の沈黙。
空気が重く、沈む。
互いの視線がぶつかり合い、
何か鋭く、目に見えないものが空間を引き裂いていた。
言葉はいらない。
ここにあるのは――理と力の共鳴と牽制。
そして次の瞬間、アザゼルがふっと口元を緩めた。
「……気に入った」
わずかに目を細め、口角を上げる。
その仕草には敵意も侮りもない――ただ“認めた”者に向ける、男の笑みだった。
「太郎に戻っていい」
「了解だ」
八尾の声が消え、空気がふっと軽くなる。
それと同時に、瞳の奥の色が戻り、“太郎”が浮上した。
スッと、空気がまた一変する。
声の調子が戻り、圧も消えた。
太郎の人格が浮上してくる。
「――なんですか?」
僕の声が戻ったと同時に、アザゼルがにやりと口元を歪めた。
「お前さん、明日から俺の直属訓練生な」
「……えっ、急に!? 今の流れでそうなる!?」
「当たり前だろ」
アザゼルは当然のように言い放つ。
「“中にヤベェの”飼ってんだ。
このまま放っといたら、いつ爆発するかわかんねぇ。
だったら、今のうちに叩き込んでおくしかねぇだろ」
その言葉に、僕は頭を抱えたくなった。
いや、正論すぎて何も言えないけど、もうちょっと心の準備ってもんが……
「覚悟しとけよ。手加減はしねぇからな」
そう言ってアザゼルは、ヒラリと手を振って部屋を出て行った。
背中から滲むのは、“ただの保護者”とは違う――本気で鍛える気のある指導者の圧だった。
ドアが閉まる音がして、部屋に静けさが戻る。
僕は深く息を吐いて、ベッドの端に腰を下ろした。
「……ったく、展開が急すぎるっての」
小さくつぶやいて、天井を見上げる。
そこに浮かぶのは、もう“普通の一般人”だった頃には戻れないことを告げる、
見慣れない天井だった。
(はぁ……俺、ほんとにどうなっちゃうんだろ……)
だけど――その胸の奥で、何かがじんわりと燃えていた。
それは不安でも、絶望でもない。
“力を手にする者”としての、最初の火種。
(……でも、やるしかないよな)
そう呟く僕の表情は、ほんの少しだけ笑っていた。
――そして、少年は“戦う側”の道を歩み始める。
◆ ◆ ◆
――僕は今、毎日グリゴリの敷地内を走らされている。
いや、“走っている”なんて生易しい言い方じゃ足りない。
叩き込まれている。容赦なく、徹底的に。
アザゼルの命令で始まった訓練は、
もはや“トレーニング”なんてレベルを超えていた。
走る。走る。走る。
見渡す限りの鉄とコンクリートで組まれた研究施設と、無機質な訓練区画の数々。
そこを僕は、ただひたすらに――全力で駆け抜ける。
ルートはランダム。時間指定はない。
だが、走り切れなければ“追加訓練”が待っている。
(……おかしい。これ、軍隊の訓練じゃん……)
そう思ったのは初日までだった。
今では、筋肉の悲鳴が“日常音”になっている。
――グリゴリの生活には、“常識”なんてものはない。
ここは研究と戦闘のための要塞。
堕天使たちが管理する、**表の世界とは隔絶された“機能の塊”**だ。
訓練中、白衣を着た堕天使にすれ違うこともあるが――
「足が止まってるぞ、ガキィィィ!」
「走れ!筋肉に理屈は必要ねぇ!」
――たまに戦闘狂の研究者に追いかけられる。
しかも気合だけじゃなく、
プロテイン片手に「魔力活性促進ドリンク」なる怪しい液体を勧めてくるのでたちが悪い。
(グリゴリ怖い。なんだここ、やばいしかない)
けれど、僕はそれでも――走る。
脚が棒になろうが、息が上がろうが、
それでも止まらず走る。
ここで立ち止まることは、即ち“取り残される”ことを意味するからだ。
あの日――
黒い翼を得た瞬間から、僕はもう普通の人間じゃない。
ならば、その責任を果たすために、
“強くなるしかない”。
(くっ……っ、でも……っ、慣れてきた……)
始めた頃は、脚の震えで眠れなかった。
けれど今では、少しずつ、身体がついてきている。
痛みの中に、“成長の実感”がある。
これは、僕にとっての――第二の人生の“基礎工事”だ。
八尾の力――
それは、常に“爆発寸前”の獣を、
心の檻の中で飼っているようなものだった。
制御できなければ、飲まれる。
飲まれれば、終わる。
かつて、試しに“力を全解放”したとき――
僕の意識は、たった数秒で吹き飛んだ。
世界が真っ赤に染まり、何もかもが“敵”に見えた。
理性も、身体も、ただ“破壊する衝動”に塗り潰されて――
気づいたときには、全身が血だらけで、意識は真っ白だった。
(……力を得るってことは、命懸けってことなんだ)
アザゼルが言っていた。
「力を持つ奴が一番恐れるべきなのは、“敵”じゃねぇ。
“自分の中の制御できねぇ部分”だ」
だからこそ、僕は毎日、身体に叩き込んだ。
アザゼルが用意した“異能訓練プログラム”――
走り込み、魔力循環の矯正、八尾の気配との同調、呼吸法、瞑想。
最初はまったく反応すらなかった。
でも今日――違った。
僕の中で、何かが“噛み合った”。
魔力の流れが変わった。
はっつぁんの魔力が、少しだけ静かになった。
そして――
僕の身体に、“何か”がまとわりついた。
「……これは……!」
――それは、“赤い衣”。
まるで怒りを纏ったかのような、燃え上がる赤。
魔力の熱量が視覚化され、肉体の周囲に纏いついたような――存在そのものを圧縮して形にした防護膜。
皮膚に直接、“生きた魔力”が貼りついているような感覚。
ただ力強いだけじゃない。
呼吸ひとつ、視線ひとつで、空気が軋む。
(……これが、はっつぁんの力の一端……)
僕は、ようやくその“入り口”に立ったのだ。
これはまだ始まり。
でも、確実に“自分の力”として掴みかけている。
そして僕は、拳をゆっくりと握った。
「やっと、ここまで来た……!」
赤い魔力が、指先から脈打つ。
まるでそれ自体が、意志を持っているかのように。
だけど僕は、怯まない。
これは僕の魔力。僕の命。
僕の中にある――もう一人の“俺”の力だ。
「……これが、俺の力……」
僕は、ゆっくりと拳を握った。
まるで、それ自体が“生きている”かのように。
脈動は、まるで心臓の鼓動と同期するかのようにリズミカルで、
ときに静かに、ときに荒く、“内なる何か”の気分をそのまま映しているようだった。
その奥にあるのは、恐怖でも、不安でもない。
――ただ、“力を手にした覚悟”。
◆ ◆ ◆
こうして僕は、人間をやめた。
だけど――
僕の戦いは、ここからが本番だった。