DD世界だと思ったらリリなの世界でした。いや両方の世界が混ざり合った世界でした!!   作:バター犬

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朝、だれも見なかった。
だから世界がきれいだった。

昼、だれも話さなかった。
だから心が揺れなかった。

夜、だれも気づかなかった。
だからわたしだけが神様だった。

今日、声をかけてきた子がいた。
だからその子の「目」をあげた。

これでまた、
ぜんぶが元通り。
だれもいなくて、
だれも知らなくて、
わたしだけが「しってる」。

……だから、さびしくない。
もうぜんぶ、神様の声で埋めたから。

――フレデリカより


魔剣と焼肉と悪魔退治

グリゴリに帰還し、ベッドにダイブしてひと眠り。

朝の目覚めと共に、僕は昨日持ち帰った“あの剣”の正体について、アザゼルに問いかけてみた。

 

「この剣って……なんの剣かわかる?」

 

無造作に差し出したそれを見た瞬間、アザゼルの表情が凍りつく。

 

「お前……マジで見つけたのか、その剣!」

 

「ん?」

 

まるで幽霊でも見たかのような顔で、アザゼルは僕を凝視する。

目を丸くして、口を開いた。

 

「その剣は《フルンティング》――“返り血によって鍛え上げられていく”っていう、異常な魔剣だ。……まさか、あの冗談半分の任務で……本当に持ち帰ってくるとは……お前、化け物か?」

 

「え? あれ冗談だったの!? 僕、パジャマに半ズボンで行かされたんだけど!? ドラゴン出てきたし、すっげー大変だったんだぞ!」

 

「悪かったって、そんなキレんなよ! 今度、牛丼でも――」

 

「焼肉」

 

「……焼肉奢るから、機嫌直せって!」

 

しぶしぶ頷いてやると、僕はその剣――フルンティングを“神威”で異空間に封印。

 

とりあえず、登校の準備を整える。

 

「ああ、そうだ。海鳴市で“はぐれ悪魔”の目撃情報が出た。人間に見られる前に――お前が処理してくれ」

 

アザゼルの言葉に、僕は軽く片手を挙げて応じる。

 

「りょーかい」

 

冗談混じりの任務で魔剣を拾ってくる僕に頼むくらいだから、そこまで深刻な事態じゃない……はず。

 

そう自分に言い聞かせながら、転移魔法陣の中央へ足を進める。

 

「じゃ、行ってきまーす」

 

 

短く返して、転移魔法陣の光に身を委ねる。

 

さて……魔剣、はぐれ悪魔、そして焼肉。

 

今日は忙しくなりそうだ。

 

 

そう言って、転移魔法陣に足を踏み入れる。

淡い光が僕を包み込み、空間がねじれる感覚のあと――足元にざらついた感触が戻ってくる。

 

ワープ先は、学校の裏手にある資材倉庫の影。

 

人目につかないよう設定した専用ポイントだ。

 

「ふぅ……バレずにすんだな」

 

制服の埃を軽く払いながら、倉庫の扉をそっと開け、外の様子を確認する。

誰もいない。よし。

 

「じゃ、行きますかー……ってもう遅刻寸前じゃねーか!」

 

軽く走り出しながら、僕は学園の裏道を使って、こっそりと昇降口へ向かった。

 

 

 

教室に入ると、すでにヴァーリが席に突っ伏していた。

 

銀髪はいつものように完璧に整っているのに、態度は完全に“やる気ゼロ”。

 

……って、お前、いつも通りじゃねーか。

 

「ヴァーリ、今夜付き合ってくんない?」

 

冗談半分、でもちょっと本気でそう声をかけると――

 

「悪いが、俺は男に興味はない」

 

即答だった。間髪入れずに返してくるあたり、いつも通りの鋭さ。

 

「ちげーよ!そっちの意味じゃねぇからな!?」

 

「ふん、なら良い」

 

――良いんかい。

 

雑すぎる返答に思わず肩をすくめる。なんなんだコイツは。

 

そのタイミングでチャイムが鳴り、教師が入ってきた。

授業、スタート。

 

だけど、僕にとって授業=“睡眠時間”ってのは、もはや公式ルール。

昨日の魔剣回収任務で体力も削られてるし、ちょっと目を閉じ……

 

――目を開けたら、昼だった。

 

あれ? おっかしいな、瞬きしただけのはずなのに。

 

「鈴木!貴様また寝てたな!」

 

教師の声が雷のように響いた。

視線を横にずらすと、ヴァーリも器用に寝ていたらしい。しかも完璧な姿勢で。

 

……いや、オメーもかよ。

 

そのまま僕たち二人は、職員室行きの特別コースにご案内された。

 

 

 

 

延々と続いた職員室での説教――その時間、約三十分。

 

教師の怒声、無意味なプリント、反省文提出の約束と、地味に精神をすり減らすフルコンボだった。

 

ようやく解放されて教室の前に戻った時、僕は小さく息を吐く。

 

「……ふぅ。心が……死ぬかと思った」

 

「……」

 

隣を見ると、ヴァーリは無言。

まあ、あの説教中もずっと一点を見つめてたしな。あれは絶対、内容聞いてなかった顔だ。

 

僕がドアを開けると、教室の空気が一瞬ピリつく。

 

その原因はすぐにわかった。――待ち構えていたのだ。鬼の形相のアリサと、その隣に立つ優等生天使・すずかが。

 

「アンタたち、なにしてたのよ! 授業中ずーっと寝てたんでしょ!?」

 

「ほんとだよ、先生、すごく怒ってたよ……!」

 

アリサの怒気と、すずかのやんわりとした忠告。

そのコンビネーションは、鋭くも優しい“女子の正論”のフルコンボだ。

 

けど――

 

「僕、頭いいから大丈夫」

 

そう言ってヘラっと笑う僕に、アリサは信じられないものを見る目を向けた。

 

そしてその間も、隣の銀髪の男――ヴァーリは、ずっと無言。

 

一切会話に加わらず、視線を合わせることすらしない。

 

アリサが声を荒げて振り返る。

 

「ちょっと、そっちの人も何か言いなさいよ!」

 

だが。

 

ヴァーリは立ち止まることもなく、すっと自席に向かって歩いていく。

まるで“自動ドアが閉まるのを待つ価値すらない”ようなスルーっぷりだ。

 

「え、なにあれ……」

 

すずかが思わず小さく呟く。

 

アリサの眉間には、見事なまでのしわが寄っていた。

 

「無視って……人としてどうなのよ!」

 

「うーん……あれはもう“人外”だからね」

 

僕がフォローになってないフォローを入れると、アリサがバッと振り返った。

 

「アンタまで開き直ってんじゃないわよ!!」

 

――これは地雷踏んだやつだな、と確信する。

 

「でも仕方ないって。あいつ、基本的に“興味ない相手”は人として認識しない主義なんだ」

 

「はぁ!?」

 

怒りで赤くなったアリサの顔が、なんかちょっとおもしろ……いや、やばいやばい。

 

と、そんなピリピリした空気の中、空気を変えたのは別の少女の声だった。

 

「ねぇ、アリサちゃん。この二人って、知り合いなの?」

 

ふわりとした優しい声が教室の空気をなでた。

 

振り返ると、そこに立っていたのは――

栗毛のツインテールを揺らす、一人の少女。高町なのは。

 

その声には、怒りも疑念もない。ただ純粋な好奇心と、さりげない優しさがにじんでいた。

 

「ん? ああ、そういえば……なのはは知らないのも無理ないわよね」

 

アリサが腕を組みながら、少し気を緩めて答える。

 

「フェイトはこの二人と一緒に転校してきたけど、あの日、なのはは学校休んでたもんね」

 

「そっか……なるほど」

 

なのははそう呟くと、ちらりと僕とヴァーリを見やった。

その視線には敵意も、探るような警戒もなかった。ただ、そこに“人がいる”ことを静かに認めるような――不思議な目だった。

 

ヴァーリは当然、そんな視線にも反応せず、無言のまま机に突っ伏している。

 

僕はちょっとだけ照れながら、口を開いた。

 

「どーも。鈴木太郎です。寝てたら職員室送りになった人です」

 

 

 

「……まったく、誇らしげに言うことじゃないわよ」

 

アリサの冷たいツッコミが、今日も教室に響き渡る。

 

僕は笑ってごまかしつつ、隣の席に荷物を置く。

 

「いやぁ、でもさ? 授業ってだいたい寝てた方が短く感じるよね?」

 

「それ、発言としてアウトだからね?」

 

すずかが苦笑混じりに返してくる。

 

「ていうか、さっきの説教、何言われてたの?」

 

「『君達のの人生はそれでいいのか』って」

 

「人生否定されたの!?」

 

アリサのツッコミが鋭い。だが心には刺さらない。もう慣れた。

 

ふと、窓の外を見やると、午後の陽射しが少しだけ柔らかくなっていた。

 

その光が教室に差し込んで、なのはの栗毛をきらきらと照らしている。

 

彼女は僕たちのやり取りを静かに見ていて、少し首を傾げた。

 

「……みんな、仲良いんだね」

 

「仲良いっていうか、アリサのツッコミがおもしろくなってきちゃって」

 

「そっちの方がすごい気がする……」

 

なのはが小さく笑った。その笑みは、どこかあたたかかった。

 

一方で――

 

「……」

 

ヴァーリは相変わらず、窓際で眠るように突っ伏したまま。

 

誰の会話にも反応せず、存在感だけを残している。

 

強者以外には無関心。そういうやつだとわかっていても、たまに“空気すら拒絶してる”気がする。

 

まあ、それも含めて“いつもの光景”だ。

 

そんな、賑やかなのにどこか静かな、日常の空気の中――

 

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

教室に響くチャイムの音が、五時間目の到来を告げる。

 

「……っしゃあ、寝るか!」

 

椅子にドスンと腰を落ち着けた僕は、まるでそれが“当然の選択”であるかのように腕を組み、目を閉じた。

 

さっきの説教でMP削られてるし、回復タイムは必要不可欠だ。

人には“眠る権利”ってものがあるんだよ、アリサちゃん。

 

と、次の瞬間。

 

バフッッ!

 

顔面にノートが直撃した。

 

「いったぁ!? なにすんのアリサちゃん!」

 

「何って、寝る気満々で宣言してんじゃないわよ!!」

 

アリサの怒声が響き渡る。

周囲のクラスメイトが一瞬引いたのを感じつつ、僕は頬を押さえて言い返す。

 

「せめて投げるならプリントにしてよ! ノートは物理が重いってば!」

 

「寝ようとしたことを反省しなさい!」

 

一方その横で、すずかは困ったように笑ってる。

 

「もう……太郎くんって、本当にマイペースなんだから」

 

「ほめられた!」

 

「怒られてるの!」

 

さらにその後ろ――ヴァーリはというと、机に突っ伏したままピクリとも動かない。

 

……あれ、寝てる? 本格的に寝てる?

 

さすが、説教で何も感じなかった男。

もしかしたら本気で“空間すら遮断してる”かもしれない。

 

この教室、カオスと化してきてるけど……まあ、それも今に始まったことじゃない。

 

むしろ、これが“いつもの日常”だ。ツッコミとスルーとマイペースの三拍子が揃ってるこの空間は、なんだかんだで落ち着く。

 

――で、そんな空気のまま、五時間目は淡々と進行していった。

 

先生の板書の音だけがカツカツと響き、クラスの空気も徐々に静かになる。

 

僕はというと、アリサの牽制の視線に耐えながら、眠気と格闘していた。

 

途中、ヴァーリが完璧な姿勢で静かに寝ているのを見て、内心ちょっと羨ましかったのはここだけの話だ。

 

特に盛り上がりもなく、ただ黒板に文字が増えていき、時間だけが流れていく。

 

でも、それが不思議と嫌じゃなかった。

 

――そして。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

終業のチャイムが、少し重く教室に響いた。

 

カバンのチャックが開く音、椅子を引く音、ざわつき始めるクラスメイトたち。

 

放課後――“学生”という看板を外す時間が、始まった。

 

 

 

放課後。

 

「すまん、今日、用事思い出した」

 

それだけを残して、ヴァーリは教室の扉を淡々と開け、迷いのかけらもなく立ち去っていった。

 

躊躇い?

罪悪感?

そんなものは彼の中に存在しない。まるで“風が吹いたから帰る”みたいなノリだった。

 

足音すら響かせず、彼はあっという間に姿を消す。

 

「……え、マジで? いや、嘘でしょ?」

 

あまりにも自然なフェードアウトに、僕はしばし呆然と立ち尽くした。

 

「なあ、今の流れって、明らかに“一緒に悪魔退治行くやつ”のムーブじゃなかった? 任務同行フラグ立ってたよな? 俺の中だけで立ってた?」

 

返事はない。

 

もちろん誰も聞いていないし、彼はもうここにいない。

 

その背中はいつも通りの無関心さ全開で、誰に声をかけられることもなく、あっという間に視界から消えた。

 

「……おい待て。何それ、俺へのフラグ回避?」

 

返事はない。もういない。風のようにいなくなった。

 

「いや、普通こういうのってさ、バディと一緒に行動する流れじゃなかった? 二人で任務って感じじゃなかった?」

 

当然、誰も答えてくれない。

ということで、はぐれ悪魔の捜索任務、まさかのソロプレイ決定である。

 

「うわあ、フラグ回避されてソロルート突入する主人公みたいな気分……」

 

カバンを片手に、校門を出て歩き始める。

 

空は晴れていて、夕焼けがじわりと街を染めはじめていた。

 

「さて、はぐれ悪魔捜索ミッション、開幕……なんだけどさ」

 

――一時間経過。

 

「……ぜんっっっぜん見つかんねぇんだけど!?」

 

街中をウロウロしながら、魔力の気配を探しているけど、手応えゼロ。

 

誰も叫んでないし、悲鳴もないし、町並みは平和そのもの。

 

通りには買い物帰りのおばちゃん、コンビニでアイス買ってはしゃぐキッズ、部活帰りの高校生――

 

どこに“非日常”があるっていうんだよ!!

 

「なぁ、どこにいんだよ……はぐれ悪魔さんよぉ……。せめてちょっとぐらい悪魔っぽいことしてくれよ……! コンビニでうまい棒盗んだとか、スーパーで試食だけ食って帰ったとか、なんかあるだろ!」

 

あまりの空振りっぷりに、心が折れそうになる。

 

歩き疲れて足はだるいし、喉も渇いたし、なんか牛丼食って帰っていい気すらしてきた。

 

「……つーか、ヴァーリ、今頃風呂入ってるんじゃないか……?」

 

そんなことを思った時点で、僕のテンションはもう赤点レベルだった。

 

とりあえず、人気の少ない公園のベンチに座ってため息を吐く。

 

 

「もう、どこ行きゃいいんだよ……」

 

 

 

ため息をひとつ、ふたつ。

僕は渋々ポケットから、グリゴリ製の“魔力探知端末”を取り出した。

 

……正式名称はやたら長くて覚えてないけど、ようは“悪魔センサー”だ。

見た目はスマホ、機能は魔力探知特化。グリゴリの技術力はマジでバケモノ。

 

だが――

 

「……反応、ゼロ」

 

画面には“NOTHING”の文字が虚しく表示されていた。

 

「はいはい、お疲れ様っと……やる気、絶賛消滅中~」

 

見回してみても、怪しい気配は一切なし。

通りすがる人間はみんな平和そのもの。誰も襲われてないし、叫び声もなし。

 

「なんなら平和すぎて眠くなるレベルだな……」

 

テンションがダダ下がりのまま、僕は自販機の前に立ち止まり、買うつもりもないのにドリンクのラインナップを眺めてみる。

 

「炭酸かなぁ……それとも乳酸菌系……いや今はレモンティーな気分か……」

 

任務中とは思えない思考をしている自分に気づいて、苦笑いする。

 

「……しょうがない。最終手段、いくか」

 

僕は小さく息を吸って、心の中に呼びかけた。

 

「おーい、ぱっつぁん。聞こえるか~?」

 

頭の中にある“もう一人の僕”――というか、勝手に居座ってる謎の存在。

その名も“ぱっつぁん”。

 

『うっす、聞こえてるぞー。ってか遅いよ、太郎。30分くらい無駄に歩き回ってただけじゃん』

 

「うっさいな! こっちは真剣だったんだよ! で、どう思う? はぐれ悪魔、どこいそう?」

 

『ん~……直感だけど、廃墟とか、薄暗い工場跡っぽいとこじゃね?』

 

「めっちゃ適当な返答来たー!!」

 

『いやだって、お前も“雰囲気的に”そういうの期待してたろ?』

 

「……否定できないのが悔しい」

 

たしかに、廃工場とか廃病院とか、“いかにも”な場所に悪魔が出るのってお約束感ある。

 

というか、むしろそこ以外で出られても困る。

 

 

 

 

「……まあいいか。町の郊外にある、あの“廃工場跡”に行ってみるか」

 

そう口にした瞬間、ほんの少しだけ、背中に冷たいものが走った。

 

その場所は、地元ではちょっとした有名スポットだった。

 

正式名称も今はもう忘れられ、地図にも載っていない。

けれど、学生の間では“出る”と噂される曰くつきの心霊スポット――それが、あの廃工場。

 

「心霊スポットって……まさか、マジでそこに出てんのか?」

 

『いや、むしろそこにいなかったら逆におかしいって。そういう“定番”を大事にしてこそ悪魔ってもんよ』

 

「納得していいのかわかんねぇ理屈……」

 

だけど、確かに“らしい”場所ではある。

静かで、人気がなくて、陰鬱で、そして噂話だけが独り歩きしている――。

 

「行くなら今しかないか。夕暮れ時に心霊スポットに突撃って、RPG的には確定演出だしな」

 

 

 

 

自販機の前から離れ、スマホをポケットにしまいながら、僕は町の郊外――

 

曰くつきの心霊スポット、“廃工場跡”へと足を向けた。

 

舗装されていない砂利道を進み、誰もいない農道を抜けて……ようやく見えてくる、朽ちた鉄骨の塊。

 

かつて稼働していた気配などもう残っていない、朽ちた鋼鉄の墓場。

 

夕焼けの赤が錆びた外壁に映え、まるで血のようだった。

 

「うわぁ……来るんじゃなかったって気持ち、10割超えそう」

 

それでも、足を止めることはなかった。

 

鉄の扉を押し開け、ギィィ……という耳障りな金属音とともに、僕は中へと踏み込む。

 

内部は湿気を含んだ空気がよどみ、油と埃とサビのにおいが鼻をつく。

 

床には割れたガラス片、壁には誰が書いたかわからない赤い落書き、天井からは剥がれかけたパイプ。

 

そして――

 

「……っ」

 

ガタン。

 

機材の影で、何かが動いた。

 

反射的に目を向けると、そこから現れたのは――

 

醜悪な“何か”。

 

それは“悪魔”という単語では言い表せないほどの異形だった。

 

人型を歪ませたような骨格、張り裂けた皮膚の奥で脈打つ筋肉、無数の目が濁った光を放ち、よだれのような血が垂れ流れている。

 

腕は異様に長く、爪は鉄パイプのように尖っていた。

 

何より――

 

生理的嫌悪感が、脳を直撃する。

 

---うっわ、吐き気がする……!

 

『見てるこっちが具合悪くなるな。さっさと消してやれ!マジでこっちの精神にもダメージ入ってくる!』

 

心の中のぱっつぁんも、珍しく“ノリ”を忘れてドン引きしている。

 

 

その声を背に、僕は静かに前へ出る。

 

そして――

 

空間をねじ伏せ、封印された魔剣を引きずり出す。

 

 

バチバチと空気が軋み、空間に裂け目が走る。

そこから現れたのは、赤黒い刃をうねらせる一振りの魔剣――フルンティング。

 

まるで“狩りの時間”を察したかのように、刃先が震え、血を求めるように低く唸っている。

 

僕は無言でその柄を握り、ゆっくりと構えた。

 

 

「狩るか。サクッといこう」

 

「お前、堕天使か? でも、うまそうな匂いがするぞ……ケタケタケタケタ」

 

化け物が喉の奥から不快な笑い声を漏らしながら、こちらにじりじりとにじり寄ってくる。

 

その腐った肉のような口から垂れる唾液と、異様に伸びた舌が床を濡らしていた。

 

――キモッ!!

 

「しゃべんな、マジで口くせぇから!」

 

その瞬間、僕は床を蹴った。

 

視界が一気にブレる。

 

影のように滑り込むと同時に――両腕、両脚。

 

ズバン! シュバッ! シュバンッ!

 

一拍遅れて、肉が裂ける音。

 

悪魔の四肢が地に転がり、その体がグラリと傾いた。

 

そして。

 

「……はい、フィニッシュ」

 

僕は息を吸い、フルンティングを両手で構える。

 

赤黒く濡れた刃が、夕焼けの光を弾いて鈍く煌めく。

 

――ズバァン!!

 

スパァンッ!

 

真上から振り下ろされた一閃は、悪魔の頭部を綺麗に真っ二つに裂いた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁあああっ!!」

 

断末魔とともに、悪魔の体が崩れた。

 

グチャッ、と鈍い音を立てて崩れ落ちた肉塊は、徐々に泡立ちながら溶けていく。

まるで油まみれの臓物が溶け出したような――どろりとした液体だけを残して、形を失っていった。

 

床に広がるのは、赤黒く濁った汚泥のような体液。

血というには粘度が高く、油のように光を反射していた。

 

「……うわ、なにこれ。最悪……」

 

その汚れは、斬った瞬間に飛び散り、僕の制服の裾や頬にまで飛びついていた。

手の甲にも、ズボンにも、どろっとしたぬめりと生臭い匂いがべったり残っている。

 

まるで下水に顔面からダイブしたような、そんな不快感。

 

「……風呂、風呂……風呂確定案件だこれ……」

 

 

肩にフルンティングを担ぎながら、僕は心底うんざりした顔でため息を吐いた。

 

 

 

返り血で全身ぐっしょり。

制服のシャツは赤黒く染まり、ズボンの裾はべたついて重く、髪の先からは液体がポタポタと滴っていた。

 

「うぇぇ……マジで最悪。もう一刻も早く風呂入りたい……」

 

袖で顔を拭ってみるが、逆に臭いが広がっただけだった。

 

こんな状態で街を歩いたら、間違いなく通報される。

不審者ってレベルじゃねぇ。

 

「……よし、空から帰ろ」

 

そう判断した僕は、背中に意識を集中させ――

 

バサッ!

 

黒い翼を展開する。

 

風を巻き起こすように羽ばたきをひとつ。

 

「さっさと帰って、風呂! 飯! そして布団!!」

 

と、その時だった。

 

ギィ……キィ……

 

軋むような音が、工場の出入り口付近から微かに響いた。

 

一瞬、背中に冷たいものが走る。

 

「……誰か、入ってきた?」

 

気配は複数。

人間の足音だ。しかも、重いものを引きずっているような――そんな鈍い音も混じっていた。

 

思わず翼をすっとたたみ、僕は物陰に身を潜める。

 

薄暗い鉄骨の陰から、そっと様子を窺うと、

 

入り口の向こうから、男たちの影がゆっくりと侵入してくるのが見えた。

 

しかも、そのうちの二人は――何か、いや**“誰か”を担いでいた。**

 

「……は?」

 

思考が一瞬止まる。

 

ここは心霊スポット。一般人が来る場所じゃない。

 

ましてや、人を運んでくるなんて……まともな目的なわけがない。

 

今度は“悪魔退治”じゃない。“人間の事件”の臭いがした。

 

 

物陰から様子をうかがうと、廃工場の奥に運び込まれていたのは――

 

「……あー、アリサとすずかか」

 

制服姿のまま、二人とも手足を縛られ、男たちに囲まれていた。

 

正直、驚きはなかった。

 

驚く前に、どこかでこうなる気がしていた。

 

二人とも資産家らしいし。

 

「……ま、どうなろうと正直、僕には関係ないけど」

 

人の善意で動くほど、僕はできた人間じゃない。

 

育ての親はアザゼル。

 

情より効率、感情より冷静さ――そう教わって育った。

 

でも――

 

「……見ちゃったもんは仕方ないか」

 

見過ごせるほど、良心が完全に壊れてるわけでもない。

 

目の前で起きてることが、“クソみたいな犯罪”だってことぐらいはわかる。

 

 

 

会話を聞く限り、犯人たちは“誘拐犯”。

そして目的は――金と、すずかの“素性”。

 

「お願い……私のことはどうでもいいから、アリサちゃんだけでも逃がして……!」

 

「すずか!? 何言ってるのよ!」

 

必死の声。でも、男たちは――笑った。

 

 

 

「いい子だね。でもおじさん、悪い人だからさぁ~?」

 

ニヤニヤと笑いながら、男はすずかの頬を指先で撫でようとする。

すずかは顔をそむけ、必死に体をよじるが――縛られた手足では、抵抗などほとんど意味をなさなかった。

 

「やめて……っ、触らないで……!」

 

「……ボス、こいつらどうします?」

 

「好きにしろ。処理は任せる」

 

その瞬間、場の空気が変わった。

 

最悪だ。

 

無表情だった他の男たちが、一斉にニヤつき出す。

目が濁っていた。理性の光がない。

まるで“物”を見る目で、少女たちを品定めし始めた。

 

「やっぱこっちの金髪の方が気が強そうで興奮するよなぁ」

 

「この黒髪の方もなかなか……見た目に似合わず、いい声で鳴きそうだぜ」

 

「な、なんなのよアンタたち……っ!」

 

アリサは縛られたままもがき、必死に睨み返す。

けれど、怒りも恐怖も、言葉も拳も――今の彼女たちには、武器にならなかった。

 

すずかは歯を食いしばりながら、アリサの前ににじるように身を寄せる。

 

「お願い、アリサちゃんだけは……っ! 私のことはどうでもいいからっ!」

 

「すずか!? なに言ってるのよ!」

 

アリサの声が裏返る。

すずかの“覚悟”が伝わってしまったからだ。

 

「ダメよ……っ、アンタが……私を助けようとしないで……!」

 

だが、男たちは止まらない。

 

 

すずかのリボンが破かれた音が、耳の奥に張り付いていた。

ビリッ。

 

小さな音だった。けれど、その音には明確な意味があった。

それは“儀式の始まり”を告げる合図。

男たちの目の光が変わり、下卑た笑いが唇に浮かぶ。

 

「……はは、やわらかそ……」

 

 

一人の男が、すずかの制服の胸元に指をかけた。

ゆっくりと、いやらしく、わざとらしいほど丁寧に――布地をずらす。

 

その手付きには、迷いも、ためらいも、罪悪感も、存在しなかった。

 

「ほぉら……すぐ終わるって……な?」

 

すずかの顔が、恐怖に引きつる。

視線は虚ろに震え、身体を必死に捩るが――縛られた四肢は冷たく、残酷なまでに無力だった。

 

「やだっ……やめて、お願い……っ!」

 

彼女の細い声が喉の奥からかすかに漏れる。

涙が目尻に滲み、あごを震わせながら抵抗するすずかの身体に、男の指先が這うように滑っていく。

 

制服のボタンが――プツッ、と外れた。

 

白い肌が、ぬるりとした空気にさらされる。

工場の埃まみれの空気が、肌の上を這い、すずかの背筋がびくんと跳ねた。

 

「……っひ……」

 

その一瞬の反応に、男たちは歪んだ笑みを深める。

 

「おっ、びくってなったぞ。やっぱこっち、上玉じゃねぇか?」

 

「声もカワイイな。鳴き声、楽しみだぜ……」

 

「ちょっとだけだから……な? 怖くないよ」

 

指先が、もう一段深く――触れる寸前にまで迫った、その時だった。

 

「すずかぁあああ!! やめろっ、やめなさいよおおお!!」

 

アリサの絶叫が、工場内に響く。

だが、それすらも**“BGM”のようにしか感じていない**のか、男たちはまるで耳を貸さない。

 

すずかの口は縛られていない。

だけど、声が出ない――喉が、震えても音にならない。

 

その場の空気はもう、“普通の恐怖”ではなかった。

すずか自身が、この先にあるものを理解してしまったからだ。

 

一線が、もう目前だった。

 

だが――

 

その刹那。

 

空間が、切り裂かれた。

 

ズバァァッ!!!

 

返り血が宙を舞い、男の身体が、まっぷたつに裂けた。

 

「……十分、証拠も理由も揃った」

 

僕は、立った。

 

感情じゃない。怒りでも、悲しみでもない。

 

ただ――状況を見て、“必要な介入”だと判断した。それだけのことだった。

 

「――アウトだ」

 

無言のまま、物陰から姿を現し、フルンティングを片手に歩み出す。

 

最初の男の首を、言葉すら告げずに一閃。

 

ズバァッ!

 

肉が裂け、骨が砕け――

血飛沫をまき散らしながら、男の首が宙を舞った。

 

「っと――よっ」

 

パシッ。

 

僕は空中でそれを片手キャッチ。

 

生温かい返り血が、ぬるっと手のひらを濡らす。

 

「うわ、重いな……脳みそ入ってるわ、ちゃんと」

 

振り向いて、すずかとアリサの前までスタスタ歩いていく。

 

「――ほら」

 

言いながら、その男の首をぶら下げて見せた。

 

「これ、人間の頭部です。新品です。ついさっきまで“いやらしいこと”言ってたやつです」

 

首を指でぷらぷら揺らす。

 

「ほらほら~。ぐろいよね? これが“悪いことするとこうなる”ってやつ。勉強になった?」

 

すずかは青ざめたまま硬直していて、アリサは目を逸らしながら涙を滲ませている。

 

「いや、見たくないのはわかるけど、ちゃんと見といた方がいいよ。

だってこれ、さっきすずかの制服に手ぇ伸ばしてたやつだもん」

 

頭部の口元を指でつまんで、ひょいと動かしながら、声を真似る。

 

「“ちょっとだけだから~♪ 怖くないよ~♪”……って、な!」

 

口調を変えずに、首を軽く放り投げる。

 

ドチャッ。

 

湿った音とともに、床に転がる血まみれの肉塊。

 

「ね、笑えない冗談でしょ?」

 

僕は軽く肩をすくめながら、血のついた手をパンパンと払った。

 

「さて、あと何人だっけ?」

 

フルンティングを肩に担ぎながら、残った男たちに視線を向ける。

 

「次。お前」

 

指を差した瞬間、男たちの顔から血の気が引いていた。

 

 

「ぎゃっ――!?」

 

何が起きたかも理解できず、男たちが慌てて振り向く。

 

一人、二人。

 

反射で逃げようとした奴らの背を、容赦なく切り裂いていく。

 

ズバァンッ!!

 

血が噴き出し、他の男たちが一斉に振り返る。

 

「て、テメェ! どこから現れやがった!?」

 

一人が懐から拳銃を抜くが――遅い。

 

フルンティングの刃で弾丸を弾き、そのまま一閃。

 

ズシャッ!

 

その首は、あっけなく宙を舞った。

 

そして、残りの男たちを**“処理”するように**次々と斬っていく。

叫び、逃げようとする背を、背後から迷いなく両断していく。

 

 

全員の血で、フルンティングはより深く、より黒く染まっていった。

 

男の一人が、半狂乱になって叫ぶ。

 

「お前は、こんな化け物を庇うのか!? 知らねえのか、こいつは“夜の一族”――吸血鬼なんだぞッ!!」

 

僕はそれに、静かに答えた。

 

「……いや、興味ないし」

 

ズブリ。

 

 

 

血しぶきがすずかの頬をかすめ、アリサの目に映るのは――

 

“人間を処理する機械”のような僕の姿。

 

「お前ら、すずかを狙った理由――まあ、どうでもいいけど」

 

「て、てめぇ何者――!」

 

「静かにしろ」

 

ズブリッ。

 

最後の男の心臓を貫いた刃が、嫌な音を立てて抜けた。

 

静寂が戻る。

 

返り血が床にポタポタと落ちる音だけが、空間を支配していた。

 

「すずかは……夜の一族、吸血鬼か何かかな?あとはなるほどね。金目当てってわけだ」

 

僕は彼女に視線を向けた。

怯えたような、けれど何かを見透かすような目。

 

でも、気にしない。

 

「まあ、いいや。助けたし、帰ろ」

 

僕は返り血まみれのまま、フルンティングを異空間にしまい込もうとして――やめた。

 

まだ、やることがひとつ残っていた。

 

「……ロープ、か」

 

返り血を吸ったままのフルンティングを、もう一度取り出す。

その姿はもはや“剣”というより、何かを喰らう獣のようだった。

 

僕は無言でアリサの後ろに回り、刃先をすっと縄に添える。

彼女が怯えたように肩を震わせた瞬間――

 

スッ。

 

刃が繊維を断ち切り、手首を縛っていたロープがほどけて床に落ちる。

 

続いてすずか。

彼女もまた微かに身を強張らせていたが、僕は同じように、無言で解放してやる。

 

ふたりとも、僕のことを“何か”のように見ていた。

怯え、混乱し、言葉も出せない――そんな表情。

 

……ふと、僕は思いついた。

 

「――あ、そうだ」

 

くるりとふたりの前に回り込み、

血に染まったままの顔に、“にこっ”と笑顔を貼り付けた。

 

「今のこと――このことは、誰にも言っちゃダメだよ?」

 

ふたりの肩が、ビクリと揺れる。

 

「信じてるからね」

 

 

まるで冗談みたいに。

 

まるで仲のいい友達に秘密を打ち明けるみたいに。

 

でも、その笑顔には何の感情もなかった。

 

ただの“静かな命令”。

 

言葉の最後に、僕は親指を自分の唇に当てて、もう一度だけ――

 

にこっ。

 

そして、フルンティングをスッと異空間にしまい、背を向けた。

 

「じゃ、おつかれ」

 

少女たちが何も言えないまま、僕はその場を後にした。

 

返り血が滴る足音だけが、廃工場に残されていた。

 

考えていたのは、たったひとつ。

 

――風呂、入りてぇ。

 

 

 

 

 

 

 

◆アリサ・バニングスside

血の匂いが、まだ鼻の奥にこびりついている。

 

工場の空気は、生臭くて、重たくて――

だけど、それよりも何よりも、頭の中から離れないのは。

 

あの笑顔。

 

「……誰にも言っちゃだめだよ? 信じてるからね」

 

にこっと笑いながら、返り血まみれの顔でそう言った太郎の姿。

 

言葉は優しかった。

でも――あんな笑顔、初めて見た。

“命を奪ったあと”に、人はあんな顔をして笑えるんだって思った。

 

「……助けてくれた、んだよね?」

 

隣にいたすずかが、ポツリと呟いた。

 

「うん……そうだと思う」

 

「でも……こわかった」

 

アリサは頷けなかった。

 

助かった。事実としてはそう。

けれど、あの空間にいた太郎は――“人間”じゃなかった気がする。

 

いや、もしかしたら自分たちが“同じ種族じゃない”ってことを、あの笑顔で教えられたのかもしれない。

 

彼の笑顔は、優しくて、壊れていて、そして――命令だった。

 

「誰にも言っちゃだめだよ」

 

あれは約束じゃなかった。

契約だった。

“この世界の一線を越えてしまった者たち”への、黙示。

 

背中が、まだ震えている。

 

助かったのに、涙が出なかった。

怖すぎて、泣くことさえできなかった。

 

◆月村すずかside

口の中が、ずっと鉄の味だった。

 

手首に残るロープの跡。

そして、目の前で人が死んでいく瞬間――そのどれよりも、強烈に焼き付いていたのは。

 

あの少年の、笑顔。

 

――信じてるからね。

 

怖くて、怖くてたまらなかった。

でも、不思議とその言葉には、ほんの少しだけ温度があった気がした。

 

血まみれで、刃を持っていて、何人も殺していたのに。

 

「……ありがとう」

 

すずかは、小さく呟いた。

誰に向けた言葉かも、自分でもわからないまま。

 

けれど確かに、あのとき彼が現れなければ――

自分も、アリサも、もうここにはいなかった。

 

その事実だけは、どうしようもなく現実だった。

 

「……でも、あの人、きっと人間じゃない」

 

心の奥で、そう思った。

 

 

 

 

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