「戻ったぞ」
「おかえりなさいませ、ラキア。ご主人様がお待ちしております」
「あぁ」
ライカンに出迎えられた俺は、そのままこの屋敷の主人、まぁ俺を騎士として雇った奴の元へと足を運ぶ。
「はぁ…」
あいつは悪いやつじゃないが、とことんナルシストというか、まぁそれは吸血鬼族の大半に言えることだが、どうもやりづらいところがあるから苦手なんだよな。
まぁ仕方ないと、軽く頭を掻きながら進んだ先の豪華な扉に向かい、ノックする。
「誰だ?」
「俺だ。攻めてきた魔族討伐の件で報告に来た」
「ならば入れ」
扉の向こうから許可を貰い、中へ入ると。
「やぁやぁ!我が盟友オラディオンの使いにして我が騎士・ラキアーヌ!よくぞ魔族から我が領土を守ってくれた!」
「あー…」
クッソ怠いくらい煌びやかな部屋で、ワインを片手に男は高らかに俺を出迎える。
「どうした?我が騎士よ!この領主たる我が誉れ高き凱旋を祝う声は聞こえなかったか?この地に根ざし繁栄を齎す偉大なるブラッドソードの名を背負いし我に仕える名誉を讃えた声を聞き逃すとは……何たる怠慢!何たる失態!我が騎士たる者として有るまじき振る舞いではないか!」
「あー……はいはい」
こいつの名前はスコルピオン・ブラッドソード。
この国で数少ない吸血鬼族の領主の一人で、ブラッドソード家現当主だ。
まぁ何でも自慢して何でも偉そうに振る舞う奴だが、それでもノブレス・オブリージュとか言う信念のもと、何なら自分から前線に出向こうとするバカだ。まぁそんな感じだから人望はあり、それなりに領土の運営も上手くやっている。
「しかし我が騎士よ。此度の働きは何たる見事!何たる鮮やかさ!あの忌々しきアズガルドの魔族の群れを容易く打ち払い、我と我の領土を守護するとは!さぞかし苦労したであろう!疲れているであろう!ならば今はしばし休むがいい!そしてその身体を癒し再び我の力となりて働きたまえ!」
「あーはいはい、気遣いどうも」
適当にあしらいつつ、今回のことを報告した。
「ふむ、死ぬ間際までアズガルドの名を叫ぶ者がいようとは、奴の名も、それなりに上がってきているようだな」
「強さが物を言うような奴だからな。そんなことに縋る奴はいるんだろう。…じゃあな、俺はもう戻るぞ」
「まぁ待ち給え我が騎士ラキアーヌよ。せっかくだし、酒を飲み交わさないか?」
「いらん、それに俺をそんな名前で呼ぶな。そもそも俺が忠誠を誓ってるのはお前じゃなくて、オラディオン陛下だ。そこを履き違えるな」
「まぁまぁそうつれないことを言うな。我の友の騎士は我の騎士!我と友の騎士は友!ならば我の騎士は我の友だ!故に気兼ねなく接し給え」
「意味がわからん」
吸血鬼族の大半がナルシストではあるが、この領主の場合は極めつけだ。
そもそも俺はオラディオン陛下の配下であってこいつの配下じゃない。
だからこそ俺のこの領主への対応は大体こんな感じだし、それを許してくれるだけの度量は領主にもある。あとラキアーヌとかいう変なあだ名つけんな。
「まぁいい、とにかく俺は酒を飲んでる暇はない。イブキの様子を見てくるからな」
「そうか?まぁそう言うなら仕方がない」
「それじゃあな」
用件を終えて、さっさと部屋を出ていく。もう今は夜中だ。イブキは寝てくれてると良いが。そう思って、イブキの部屋の中をそっと覗く。暗くした部屋の中、ぬいぐるみを抱いて眠るイブキがいた。
「すぅー…、すぅー…」
「…ふっ」
可愛らしい寝顔しやがって。そんなことを思いながら、起こさないようにベッドの端に座り、優しく髪をなでる。
だが、その顔はよく見ると、少し悲しそうに涙を流していた。
「…ぱぱ」
「…っ」
寝言とは言え、イブキのその発言に思わず心臓が止まりそうになった。まるで、冷たい水を被ったような気分だった。
「ぱぱ…どこ…?イブキ、会いたいよぉ…」
動悸が強くなる、胃の内容物がこみ上げる。
それでもなんとかそれを押し殺して、涙を拭ってやる。
「すまん……イブキ」
そんなイブキに聞こえないような声で呟いて立ち上がると、俺はその場を後にした。
「おえっ!!」
トイレに行き、俺は吐いた。口の中に広がる胃酸の苦い味を感じながら。
「ぐっ!おええっ!ううっ!うええっ!!」
しばらくして落ち着き始めても、俺の胸の中に宿るこの罪悪感が消えることはなく。
「はぁ……はぁ……っ」
顔を上げて鏡に映った自分の顔を見た時、思わず嗤った。
「はは……ひでぇ顔だ。自分が望んだ道だってのに。だりぃ…」
オラディオン陛下はイブキの父親だ。だが、あの人が死んだことをイブキには伝えていない。なぜって、イブキから笑顔を奪いたくなかったからだ。もう11歳とはいえまだ幼いんだ。それなのにそんなことを伝えるなんて、あまりにも可哀想だ。それに、あいつがそれで復讐に走って、それでアズガルドを殺すことに成功して笑うところなんて、俺は見たくなかった。だから伝えなかったし、周りにも絶対に言うなって言ってある。あいつには、何も知らないで、優しい世界にいるべきなんだ。この怒りは、憎悪は、全部俺が持つべきなんだ。イブキのために。
自分にそう言い聞かせておいて、いざイブキを前にすると、罪悪感で死にそうになったりする。特にあいつの笑顔とか、さっきの寝言を前にすると、尚更。
「ふぅ……」
一息ついて、水で口をゆすぎ。少し歩いているうちに落ち着いた俺は、とりあえず寝ることにした。
「はぁ〜…、だる…」
倦怠感と罪悪感で心も体も重い中、自己嫌悪を抱えながら目を瞑った。