アルコール・ヴィショップ   作:ミトコンドリアン

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ドーも、ミトコンドリアンです。
お久しぶりの投稿が新規小説の馬鹿者がここにおるらしい。

リンバスいいですよね、ハマってしまいました。
囚人達が文学モチーフということで、私の一番好きな文学作品が元ネタの子を生やしてみたくなってえ…。
多分わかる人はわかる()

では、どうぞ。



囚人番号14番について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのころは、なんと幸福だったことか。

人には、とにかく  神がいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 腹の底で震えるようなエンジン音、少し荒く感じる運転に揺られ、私   記憶はないが、“ダンテ”という名前らしい   は、このバスの案内人“ヴェルギリウス”と顔を合わせた後、なんだか一癖も二癖もありそうな“囚人”たちの自己紹介を何もわからぬまま受けていた。

 

 眼鏡を着用し片手が虫になっている“グレゴール”、この中では明るい性格をしていそうな女性“ロージャ”、気弱そうな黄色髪の青年“シンクレア”、眠たげな目に独特の話し方をする“イサン”、オレンジの髪のまともそうな女性“イシュメール”、大柄で筋肉質で荒っぽそうな“ヒースクリフ”、元気のいいこれまた独特な喋り方をする“ドンキホーテ”、長い髪にどこか浮世離れした雰囲気を纏う“ホンル”、喫煙者で危険な雰囲気を纏った“良秀”、態度や雰囲気の堅い男性“ムルソー”、バスに乗る前は辛辣だったのに今は過剰なほど私をおだてる“ウーティス”、銀髪で天才らしい“ファウスト”。

 

 …私はこんな人数を、それもこんなに()()()なメンバーを統制しなくてはならない“管理人”という役職らしい。なんとまあ数奇な運命なことか。私はこの先自分に待ち受ける波瀾を、この人たちのやり取りの隙間に垣間見た気がした。

 

「ああ、次は…()で最後です」

 

 ファウストは自己紹介を終えると振り返り、手で一番後ろの席を指した。非常用の、普通の座席にくっついているだけの簡素な折りたたみ椅子には、またひとり、囚人らしき人物が座っていた。彼は脚を閉じ、じっと座ったまま手に持ったグラスから茶色い液体をちびちびと飲んでいた。

 

 身長は…ドンキホーテやシンクレアよりも小さく、150とちょっと。他の囚人たちとは違い、支給品であろう外套の前を閉め、胸には何やら分厚い鉄板をベルトで括り付けている。そのため胴回りのラインは分かりづらいが、肩周りの仕立てや袖の太さはきっちりと合っているらしく、ゆとりが無い。それにより、ここにいるメンバーの中で一番華奢な体躯をしているであろうことが推察できた。それに、年齢も一番低く見える。本当にここの社員なのかと疑いたくなるほどには。

 

 容姿は中性的で、現段階では男性か女性か分からないが、ファウストは“彼”と言ったので男性だろう。少し白い肌に、ウェーブのかかった黒い髪の毛。色の薄いラウンド型サングラスの銀色のフレームを黒い手袋をつけた指でくい、と上げ、またグラスに両手を添えゆっくりと傾ける…その前に。

 

「…“フワン”、さっさとしろ」

 

 ヴェルギリウスの冷ややかな声に、フワンと呼ばれた囚人はやっと私に気がついたのか、手に持ったグラス…スニフターというやつだ。その中身の液体を一気に煽り、傍のクーラーボックスを開けながら口を開く。

 

「いやはや失礼…すまんですね。少し酔いがまわってんす」

 

 にこ、と笑みを浮かべたフワンは、言葉を紡ぎながらクーラーボックスの中をまさぐる。中には氷や保冷剤らしきものは入っていないが、代わりに新しいグラスがいくつか、そして茶色い瓶…酒瓶がひとつ。さっき飲んでいたものはお茶か何かだと思っていた私はそれに度肝を抜かれ…気がつく。

 

〈さ…酒臭…ッ!!〉

 

 そう。この目の前の囚人から異様なほどの酒気が漂っている。よく見てみれば赤ら顔だし、もしやずっと飲んでいたのか…!?

 

「ア…すんません、気に障ったなら…あまり近寄らんでもらえると」

 

 私の言葉が聞こえたのか、彼は申し訳なさそうに眉を顰めるが、まるで謝罪になっていない言葉を続けた。彼はさらに続ける。

 

「僕の名前ぁフワン。イチ囚人としてあなたを歓迎しますよ、管理人サン…」

 

ーーーーー

 

フワン

 

囚人たちの中では一番の若者ですが、差し当たっては扱いやすい囚人です。彼は精神的問題により飲酒・酒気帯びが常態化しておりいつも酒精の香りを漂わせていますが、受け答えは問題なく行えるため、鼻腔を常に掠める酒臭さは気にしないことをお勧めします。彼が信仰している宗教は誰も聞いたことのないものですが、悪魔やグロテスクな物、人の道から外れた行為を信仰する非道徳的な宗教ではないので御安心を。囚人の中でも素直なほうですが、彼が飲酒をしているとき、または“聖書”を取り出し朗読している時は、それを取り上げたり制止したりはしませんよう。また、安易なスキンシップも控えることをお勧めします。

注意事項:離脱症状、宗教的行動

 

ーーーーー

 

 彼はにこにこと上機嫌に自己紹介をすると、クーラーボックスから新しいグラスを取り出し、茶色い酒瓶を傾け、中の茶色く輝く液体をうやうやしく注ぎ…私に差し出す。グラスの中の液体が揺れ、繊細で微かな木の香り、そしてぴりりとした独特の香りが漂ってきた。

 

 しかし…今の私は時計頭だ。目が無いのに見えている、鼻がないのに嗅げている…しかし、流石に何かを口に含むことはできなさそうだった。受け取るべきか、断るべきか…。

 

「ささ、親睦の証にどぞ一杯。ブランデー、少ししかないけどね…オーラ・ブロ・ノビス(我らの為に祈れ)!」

 

 そんな私を他所に、彼は何やら言葉を高らかに宣言し、私の顔をやっと直視し……驚愕の表情を浮かべ、叫び声を上げた。

 

「く…口がねえや……!

 

 バス内を沈黙が満たす。雰囲気に乗せられた言葉は瞭然…『お前今更気づいたのか』であった。あばばば、と震えているフワンに最初に声をかけたのはヴェルギリウスであった。

 

「フワン…“勤務中に他人に酒を勧めるな”と言ったのを忘れたか?」

「………アア、そうっした。ごめんなさいヴェルギリウっさん」

「ハア…ただでさえ飲酒は許しているんだ。お前は()()()()()少し利口な方だと考えていたんだが、勘違いだったようだ」

「エヘ…ごめんなさい」

 

 ヴェルギリウスの極低音の視線に貫かれ、彼はにへ、と笑いながらもすっかり縮こまってしまった。そんな彼に向かって、私は先程から抱いていた疑問を投げかける。

 

〈君とは…初めて会う気がするな。さっきバスの外には出ていなかったのかい?〉

「ア、確かにさっきは出てませんしたね。なんでかってえt「喋るなフワン。…それについては私が説明しましょう、ダンテ」あ、へい…」

 

 ヴェルギリウスがフワンの言葉を遮る。フワンはますます縮こまってしまった。そんな彼の様子を一瞥した後、ヴェルギリウスは続ける。

 

「先ほどの此奴にはそこの補助席を温めさせていました。まあ…保険のようなものです。目的地に着いたら出てもらいますから、此奴にも指揮を」

〈そうなんだ…なにか理由が?〉

「なにか理由が?だそうす、ヴェルギリウっさん」

「…………………ハア………何ら重要なことではありませんよ、ダンテ。言う必要もない、時間の無駄です」

 

 フワンの通訳を受けて、ヴェルギリウスは一層重たい溜息を吐き、またフワンの方を睨みつけて言い放った。先程から異様なほどにフワンに冷たいヴェルギリウスの様子に私は辟易してしまった。もうとんでもない子だが、もしやまだ爆弾を隠し持っているのか、と恐怖していると…不意にヴェルギリウスの背後から声がする。

 

「…ヴェル、“司教さん”、キャンディをくれる」

「カロン……………まあ、そういうことです、ダンテ」

〈どういうこと…?〉

 

 このバスの運転手、“カロン”の声だった。カロンの言葉やヴェルギリウスの返答の意味はわからない。ヴェルギリウスには私の声は届かず、カチ、カチと規則的に作動する時計の針の音しか聴こえていないはずだったが…彼は私の疑問の声を、雰囲気として確かに受け取ったようで、ようやく口を開く。

 

「業務の際は、基本的に私とカロンはバスに常駐しています。が………ごく稀に、カロンの要望で此奴も残ることがあります」

「そうす管理人さん。なんでかカロンさんには気に入ってもらってましてェ…」

「……………………」

「あひ、す、すいゃせん…」

 

 彼の低い声はどこか哀愁と不機嫌さを孕んでいて、私はこれ以上は聞かぬことにした。口を一文字につぐんだまま、気まずそうにブランデーをちびちび舐めているフワンを見つめ続けるヴェルギリウスに触れるのはよしたほうがいい、と、私は本能で理解した。

 

「何でこんな奴を………………紹介はここまで。ダンテ、貴方の職務を教えて差し上げましょう」

 

 暫くの沈黙の後、ヴェルギリウスがそう切り出した。これから先、私は艱難辛苦の道を行く事になるのだろう。影も形もないはずの鼻腔が、漂うアルコール臭に慣れてゆくのを感じながら、なんとなくそう考えた。

 

ーーーー

 

 囚人達の中でも、フワンという存在は異質であった。囚人番号14番、幼い見た目だが勤務中にもお構いなしに酒をかぱかぱ摂取する。最初にバスに乗って来た時は、囚人達も彼については何もわかっていなかった。まあ…他の囚人達へ興味があっても、それを表には出さない囚人が多いし、ヴェルギリウスの目もあった。暫くは彼も自然に業務に参加できていた。

 

 しかし、バスに管理人であるダンテが搭乗する少し前…少し待機時間ができた事により、一部の囚人は暇を持て余し雑談を始めた。その日のフワンに最初に話しかけたのはシンクレアであった。

 

「あの…今いいですか、フワンさん」

「ン……へえ、なんでしょうか」

 

 くい、くいと氷と透明な液体の入ったグラスを傾けていたフワンは、グラスを車窓に音を立てず置いた後、シンクレアの方へ向き直って笑顔を浮かべた。酒臭さとサングラスでいかにもな怪しさを漂わせているが、笑顔だけを見るならば少年らしいものだった。

 

「いえ…待機時間に何もしないのも何なので、お話でもと…あ、迷惑でしたら断っていただいても…」

「いいすよ。同僚ですもの、親睦を深めるのも大事すから」

 

 まともな受け答えに、シンクレアは心底安心した。口調は少し軽いが、乱暴でもなければうるさくもない。バスの中でもまともな部類なのかも…と、シンクレアは思っていた。まあ、実際そうであろうが、そうでないとも言えるのだ。

 

「フワンさんも新卒でこの会社に?」

「シンソツ…に、当てはまるかはわからんすが、会社勤めはここが初めてすね」

「そうですか。では、ここの前はどちらで働いてたんですか?」

 

 シンクレアのその問いに、フワンは言葉を選んでいるのか、顎に手を当てもにょもにょと口の中で何かを呟き、纏まった言葉を話し始める。

 

「前は()()()()()で働いてやした。5、6年くらい?」

「…フィクサーだったんですか?」

「ん、ぇあ、そんな大層なもんじゃ…」

 

 シンクレアは、彼の“きょうかい”という言葉を元に推測で聞き返したが、フワンはおぼつかない呂律で否定しようとした。の、だが…ある囚人が暇のあまり聞き耳を立ててしまっていたが故に、それは邪魔されてしまう。

 

「元フィクサー!?!?」

「ぎゃん!!!!!」「ひいっ!!」

 

 突如としてバス内に轟いた女性の大声に、話していた二人はそろって肩を跳ねさせ、耳の痛みの原因となった声の方向を見る。どうやら声の主である囚人が、こちらにドタバタと近づいているところだった。黄色い髪の毛に槍を携えた囚人…ドンキホーテである。彼女は“正義のフィクサー”に対して並々ならぬ憧れを抱いており、フィクサーの話題に食いついてくるのは必然であった。

 

「そなた!」

「…………エ、僕すか?」

「うむ!いやはや…そなたが元フィクサーだったとは思いもしなかったでありまする!そなたも悪に虐げられる人々のために正義をめざs「アー、いやいや違うんすよ…僕ぁフィクサーなんて大層なもんやってませんした、誤解でさあ」…そうであったか」

 

 目に見えてしょんもりと肩を落とす彼女の顔に、未だ跳ね続ける心臓の辺りを抑えながら…針で突かれたかのような、鋭く深い痛みを、良心の一隅に感じざるを得なかったフワンは、はた、と思いついたことがあった。これを話せば、彼女は元の表情を取り戻すことができるかもしれない。

 

「…フィクサーの師匠は居やしたよ。彼はいい人ぇした…」

「ふむ、そうであったか!つまりフィクサー見習いか?」

「いえ、違くて…さっき行った“きょうかい”ってのはフィクサーのほうじゃなくて、宗教施設のほうす。“教会”のほう。彼はそこの神父(パァドレ)っした」

「宗教施設、ですか」

 

 一緒になってフワンの話を聞いていたシンクレアが呟いた。何かそういう事に抵抗があるのか知らないが、眉がひくりと動いたのを、フワンは見逃すことはなかった。フワンは徐に胸に手をやり、そこにくっついた鉄板を掴み…それは鈍い金属音と共に外れ、フワンの両の手でしっかりと保持された。シンクレアとドンキホーテがその様子を興味深げに見守る中、その鉄板…ホルスターの口が開き、フワンは中から一冊の本を抜き出した。

 

「エヘン…“酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、詩と讃美と霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心から讃美の歌をうたいなさい。そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって、父なる神に感謝し。”…ほぅら、なんにも怪しかないでしょ?」

 

 どうやらその本は教典だったようで、フワンは本を閉じて誇らしげに鼻を鳴らした。シンクレアは彼が教典を読む時の、呂律のおぼつかない普段とは違う明朗な声、見た目に不相応なほど厳かな雰囲気。私たちの主、の後の一部は不明な言語で聞き取れなかったが、内容はまともだ。特に怪しい宗教でもなさそうで…シンクレアは安心していた。しかし、ドンキホーテはずっと首を傾げたまま。そして、言い放つ。

 

「………じゃあ、フワン君はお酒を呑んではいけないのではないか?」

「…あっ!」

 

 素直な、しかし的確な指摘だったので、シンクレアは思わず声を上げた。そういえば、この人はいつも酒気を帯びているではないか。不味いなあ、何だか急にダメな人に見えてきたぞ、とシンクレアは心の中でつぶやいた。そんな彼の様子を他所に、ドンキホーテは腰に手を当て、まるで弟を叱りつけるかのような態度を取り、フワンに向かって口を開いた。

 

「感心しないぞフワン君!これでは君は背教者ではないか!」

「………………あ〜、いいんす、これは」

「どこがだ!」

 

 背教者、と言われた瞬間、フワンの片眉が微かに動いたことに、他の二人は気が付かない。むん、と顰めっ面を崩さない彼女に向かって、フワンは語りかける。

 

「酒自体は禁止ではないんすよ。ただ酔っ払うのが、酩酊するのがダメなんす」

「ではダメではないか!!」

「ふへへ…ちょっと、ちょっと事情があって…13の頃から飲んでるんすわ」

「13の頃から?未成年飲酒ではないか。いけないことでありまする。そんな頃から呑んでるから背が私や彼よりも低いのだぞ」

「……僕は…まだ成長期は続いてると思いますし…」

 

 突然飛んできた上背を比べる発言に、シンクレアは思わずそう呟いた。その言葉を聞き逃さなかったのか、フワンは続ける。

 

「僕だってまだだいぶん残ってますぜ、成長期。マア…酒やめるくらいなら、これ以上伸びなくてもいいすわ」

「なぬっ……君は一体幾つなのだ!?」

「確かに…前働いてたってことは僕より年上ですか?」

 

 食ってかかるドンキホーテに、シンクレアは疑問を口にし…フワンが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エー、今年で………15歳くらい?

「なあ…っ!?」「ええ…っ???」

 

 もう何度目かわからないが…バス内の空気が凍りついた。

 

『本当か…?サバ読んでるわけでも無さそうだが…』

『船上でならその歳で働くのもわかるけど…この会社ってそんな若くても新卒取ってるんですか…?』

『あのくらいからでも働くのが普通なんですか〜?』

『ようせずはこの乗合にカロン嬢の次に若きには…?』

『が・あ・か・あ…。*1

 

 ひそひそと、いつのまにか会話を聞いていたのか、一部の囚人達もフワンに目を向けていた。それに気がついたフワンは気まずそうにグラスの中の液体を舐めていた。透明な、澄んだぶどうの蒸留酒が、少年の喉を焼いていた。

 

「お前ら…もうそろそろ時間だ。席につけ。最後の乗員を迎えに行くぞ」

 

 ヴェルギリウスの鶴の一声により、その場は収まったが…フワンへ対する数奇な視線は、まだいくつか残っていたのだった。

 

ーーーーー

 

〈フワン、ヒースクリフの援護!〉

「あいようっ」

 

 バスの車外に群がるごろつき共。どうやらそいつらを()()して、このバスのエンジン“メフィストフェレス”に食わせれば燃料になるらしい。燃料が不足してはごろつきを狩る、そうして目的地への燃料を稼ぐのだ。今も戦闘の真っ最中、ダンテは後方から囚人達に指示を飛ばしていた。

 

「チッ…意外とタフだなこいつら!」

『おうてめえ、死に晒せやあっ!』

「五月蝿え、てめえが死ね!!」

 

 1人残ったひときわガタイのいいごろつきとヒースクリフが打ち合っている。しかし、ヒースクリフの動きが悪い。どうやら精神的な疲れが出てきたようだ。このままでは手こずるだろう…だから、ダンテはフワンに援護を頼んだ。

 

「ン〜…管理人サン、ヒースさんどけてくれゃすか?」

〈わかった…ヒースクリフ、3歩後ろ!!!〉

「あ゛!?なんだよ、うっおわっ!!!」

 

 ヒースクリフが振り返り…急いで飛び退いた。重たい金属的な衝撃音と共に、何かが空気を裂いて飛び出す異様な音が淀んだ空気の中に響き渡った。濃い鉄錆の香りと共に、ごろつきが吹き飛び転がっていく。それと同時に、ひゅぱ、という音と共にフワンは跳躍した。

 

「あら、よっ…!」

 

 打ち出され、ごろつきの左胸、ちょうど心臓の辺りに着弾した剣…()にはワイヤーが付いていた。フワンはそれを手繰り、一気にごろつきに接近。ごろつきの身体の上に着地し…矢を引き抜き、一刀の下に首を切り離した。

 

 ヒースクリフが息をつき、口に溜まった唾を道端に吐き捨て、鈍器を肩にかかえて顔をゆっくり前に戻すと…体躯に見合わぬ大弓を手に、彼の背丈よりも長い矢を血振りするフワンの姿があった。返り血の付いた手で汚さぬよう、サングラスを掌で押し上げるように戻していたところだった。

 

「心臓あたりを狙ったんすが…いい感じすね」

「………なんっ、だよその武器はよ…!」

「ア、ヴェルギリウっさんとかファウさん以外に見せんのは初めてかぁ…“シェキナー”ってんです」

「しぇ、し…何だって?」

「ふおおお…か、かっこいいでありまする…!」

 

 シェキナー…()()()()の名を冠するその武器は、他のどの囚人の武器よりも仰々しい独特のものだった。弓はサイズを度外視すれば一般的なものだが、それを以て放たれる矢は一般的な刀剣とは違い鍔がない。まっすぐの、まるで矢印の先をうんと引き延ばしたような、槍の穂先とも取れる形状をしていた。

 

「さる鉄の塊にも飛ばする弓やある…誰の作りし物なりや」

「ア〜…ごめんさい、わかんねぇす」

「ふむ、ではそは何処に手に入れし物ならむや?」

「これは…その、神父様(パァドレ)に譲り受けたもんす」

「ぱぁどれ、とな?」

「僕の師匠で…ン、この話はまた今度に」

 

 イサンとの会話を切り上げたフワンが見やる方向を見れば、ごろつき達が新しく駆けつけてくるところだった。フワンは薄い笑みを浮かべ、左手で矢をつがえて引き絞り…放つ。

 

心正しい者の歩む道は、心悪しき者の利己と暴虐によって行く手を阻まれる

 

 鈍色の光線が空を貫き、まだ間合いにいないごろつきの首を吹き飛ばしてしまった。ごろつき達は隣にいた人間の死に気づくも、すぐさまそれを成した目の前の少年に向かってゆく。矢を引き戻すまで続けて撃てないのか、何もせず立っているフアンにどんどんと近づいていき、もう近接の間合いになった。

 

〈ドンキホーテにイサン、フワンのカバー!〉

「任されよ!たあーっ!!!」

「あいわかった…!」

 

 今にもフワンに殴りかかろうとしていたごろつき達は、割り込んできた2人によって阻まれた。ごろつき達を容易に押し返し、槍で、短剣で鮮血を飛び散らせた。怯んだごろつき達を見て…フワンが2人の間を抜ける。

 

愛と善意をもって暗黒の谷で弱き者を導く、その者に神の祝福を!

 

 勢いよく引き戻されたシェキナーの矢が手元に戻る。その勢いのまま、フワンはまるで剣に振り回されるようにして、ごろつきの一方を袈裟斬りにする。

 

彼こそ兄弟を守り迷い子たちを救う者なり…獲物を奪うようで、申し訳ないすね」

 

 遠心力を乗せ、返す刀でもう一方を逆袈裟にした後、フワンは2人に謝罪し、残った敵を見据える。ごろつきが3人、少し及び腰だが…容赦する理由にはならないだろう。

 

〈ふむ…フワン、E.G.Oは使えそうだね!〉

「んぉ、やりますか?いつでもいぃすよぅ!」

 

 覚束無い呂律で頼もしくそう言った彼の言葉を受けて、ダンテはPDAを操作し…E.G.O資源を消費し、フワンのE.G.Oを発現させる!

 

〈行け、フワン!良秀とヒースクリフは援護!〉

「チッ、仕方ねえな!」「了解。へ・し・ぎ・し*2

「あいさ!私の兄弟を毒し滅ぼそうとする者に、私は怒りに満ちた懲罰をもって大いなる復讐をなす!

 

 景色が硝子のように割れ…フワンは縞模様の外套に、黒いストールを纏う。彼の背後のステンドグラスがきらめいて…そこから放たれた光がごろつき達と、1人で前に出たヒースクリフを包み込む!

 

「て、テメ何やって…!!」「なるほど、そういうのもあるのか…」

私が彼らに復讐をなす時 彼らは私が主である事を知るだろう!!

「ぐうおぉっ…お…?なんだよ驚かせやがって!」

「…失望した」

 

 その光はごろつき達のみを焼く。巻き込まれるかと防御姿勢を取っていたヒースクリフはすぐにそれに気がつき、悪態をつきながら範囲外に出た。外から見ていた良秀が残念そうに言ったのと同時に、いっそう光が強まり…ごろつき達は崩れ落ちた。神の威光により、文字通りに身体に穴を開けられたのだ。

 

〈……こわ〜〉

「これがE.G.Oの感覚ぇすか…なんか…気持ち悪いすね…」

〈そうなのか…私にはわかってあげられないなあ〉

「やや…手を貸さむ、掴まれ」

 

 シェキナーを背中に背負うと、顔面蒼白、覚束無い足取りでフワンはそう言った。見かねたイサンが手を貸すと、フワンはぐったりと彼に寄りかかった。非常に具合が悪そうだ。ダンテは彼を案じ、指示を飛ばすが…一足遅かったようで。

 

〈ふむ…もう燃料も十分だろうし、イサンはフアンをバスに連れて帰ってやってくれないか?〉

「あいわかった。ではフワン、やをら行かむ」

「あ゛…ゔ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あもうだめ無理。

 

 最後の弱音だけいやに明朗に聴こえたその声に…やがて、腹の底から何かを絞り出すような音が混じる。鳩尾から雑巾のように捻られたような感覚と共に、腹の中から逆流する胃の内容物…つまるところ……

 

おぼろるるrrrrrrrrrrrrrr……

〈あっ、あららぁ〜…ッ〉

 

 ゲロである。

 

「あ、あなやぁ…………」

 

 びしゃびしゃびしゃ、と、自分のズボンに生暖かい液体がかかる感覚に、イサンは悲壮な声を上げた。それをやらかしてしまったフワンは未だ青い顔のままだ。

 

「ず、ずびばぜ…あっ、おぼろるるrrrrrrrrrrrrrr……

「嗚呼…酸き匂ひす……」

「フウ、フウ…アルコールが抜けてきた…うう…」

〈なんか…………締まらないねえ〉

 

 心配そうにフワンに駆け寄るダンテ。立ち昇る胃酸の香りに無い眉を顰めるダンテだったが、ぱん、と柏手を打ち、彼は管理人として振る舞う。

 

〈まあいいや。とりあえず、メフィストフェレスの給餌だね〉

 

 彼の一声に、囚人達がそれぞれ動き出す。波乱の地獄巡りは未だ始まったばかりであった。

 

ーーーーー

 

 祈りとは、前向きな絶望である。

 

「…………………」

 

 メフィストフェレス奥、私室。そこにフワンは座っていた。このバスは実に不思議なことに、囚人たちにそれぞれ割り当てられた部屋はその囚人に合わせて内装や雰囲気、窓の外に映る景色すら変えてしまう。そんな“すてきな”魔法のバスの彼の部屋は…特に何の変哲もない。木張りの床に白い壁にクローゼットとベッドと机があるだけ。窓の外に見える景色だけは、泥と林の目立つ熱帯林だったが…それだけだ。珍しい鳥の鳴き声もしなければ、雨が降っているわけでもない。ただ、ぬかるんだ黒い泥があるだけだった。

 

 フワンは外套を脱いでいた。いや、それだけではない。ブーツも、シャツもズボンも脱いで、楽な寝巻きに身を包むのみ。そんな格好のまま、両掌を組み、ひたすらに一点を見つめていた。サングラスのない、彼の震える視線の先には…ちいさな十字架と、火の灯された燭台があった。

 

 オレンジ色の焔がゆらゆらと揺れる。部屋の中で、バスも動いていないのに。無風の室内で蝋燭の焔が身を捩る。この世に産まれた苦しみから、少しでも抜け出せるようにだろうか。そんな事を考えるフワンは、彼の目的が未だ達成されていないことに気がつき…視線を落とした。祈るために組まれた手は、ロザリオを巻き込んだまま震えている。悪寒と手汗がロザリオを伝い、我が主に伝わりはしないか、と身震いをして…諦めたようにその手を解いた。

 

「………………今日はもういいや」

 

 はっきりとした声が口から飛び出す。ロザリオを外して机に安置し、蝋燭の焔を手で扇いだ。黒く炭化した芯から立ち昇る煙に顔を舐められ、なんだか責められているような気持ちになったフワンは、力無く煙を左手で振り払った。

 

 祝詞も、告解も、いざとなると出てこなかった。震えが止まらず、まともに祈りすら捧げられない。彼は今日も、それを諦めた。

 

 ドアを開いて外へ出ていく。明らかにバスの見かけよりも長い廊下を歩いて、共用スペースの台所へ歩いて行った。冷蔵庫にいつも入れてあるグラスと、一本の透明な瓶を取り扉を閉じたと思えば、下段の冷凍庫からウイスキーも取り出す。テーブルの上に並べ、ウイスキーを60ccほど注ぎ…瓶を置いて廊下の方を見た。そこには、赤く発光する目が二つ浮かんでいた。

 

「…ヴェルギリウスさん、こんばんは」

「…………素面か」

「あんたの挨拶を返さないところ、すごく嫌いだ」

「奇遇だな。俺もお前のことは気に入らないよ」

 

 昼間とは違う、鋭利な雰囲気を纏ったフワンは、暗闇を割いてスペースに入ってきた、自分よりはるか上の存在であるはずのヴェルギリウスにも冷たく言い放った。ヴェルギリウスも微笑を浮かべながら同じように返す。テーブル上に冷気が伝う。しかし…ヴェルギリウスは何もしない。フワンも同様だ。

 

「……気に入らないなら捩じ伏せるんじゃないんですか。俺は右を打たれたら左も差し出すつもりでいるけど」

「打つ価値もない相手を打ってどうする…。それに、カロンももう寝た。騒ぐと彼女が怒るだろう」

「そうか…それもそうですね」

 

 会話を交わしながら瓶の栓を開き、中身の炭酸水を勢いよく注いだフワンは、ヴェルギリウスも用があるであろう冷蔵庫の前のスペースからどいた。…ヴェルギリウスは動かない。ただ、フワンを無言で見つめている。そんな彼に向かって、怖気付くことなどなく、大きくため息をついたフワンは、再び冷蔵庫を開けた。

 

「あんたのそういうところ、本当に嫌いですよヴェルギリウスさん」

「言わずとも汲み取る相手に口を開くのは労力の無駄だ」

「あんたが睨めば嫌でもわかる。」

 

 フワンが作ったのと同じセットを取り出して、今度はウイスキーの分量を少なめに。冷たいハイボールが出来上がったら、ヴェルギリウスの前に差し出した。

 

「…素晴らしい手際だなフワン氏。バーテンにでもなったらどうだ」

「馬鹿にする…」

 

 棒読みの褒め言葉を受け流し、フワンは少しの間放置されたせいでたっぷりと汗をかいた自分のコップを、うらめしいと言わんばかりの目つきで一瞥し、口に持っていって傾ける。ヴェルギリウスもそれに続いた。炭酸とアルコールの刺激が喉を這い回り、2人の胃を焼いた。

 

「………………………」

「驚きました?あんたの好みは一応把握してある。今日は記念すべき日でしょう?」

「…アイツが乗ってきたことか」

「ええ。あの人はまともそうでよかった。…高圧的にかかって潰さんようにしてくださいよ」

「応える義理はないな…」

 

 あ、そ。と呟いたフワンはぐいぐいとハイボールを飲み進めていた。ヴェルギリウスも無言で一杯のハイボールを飲んでいる。無味乾燥の沈黙が流れている。不意に、フワンが切り出した。

 

「今度…カロンさんに言っておいてくれません?もう俺に関わろうとしないでくれって」

「何度だって言ったさ。聞いてはくれなかった…お前は友達で、“将来の乗務員”だそうだ」

「………ほんとすか?」

 

 少し赤みのさしてきた顔でフワンは聞き返したが、ヴェルギリウスは答えない。目を光らせ、じっとグラスを睨んでいる。フワンはそれを見て、ぴゅう、と軽く口笛を吹いた。

 

「娘につこうとする悪い蟲、とでも思ってるんす?」

「………カロンは俺の娘ではない」

「比喩ですよ。まあ…確かに。あんたが彼女に向ける目は、親から子への物とは言いづらいすね」

「…知った口を」

 

 不機嫌を露わにするヴェルギリウスに、フワンはやはり怯えない。

 

「いろんなもんが混ざった目だった。後悔だの羨望だの…間違っちゃないでしょう?」

 

 ぺらを回すフワンを、ヴェルギリウスは睨みつけた。フワンはそれをまっすぐ見つめ返し、怯むどころかけらけらと笑う。

 

「貴方の告解を聞いてやることも、血まみれの手を雪ぐ小川(免罪符)にもなってやれませんよ。貴方が俺の耳鳴りも、手の震えも取り去ってはくれないように」

 

 そう言い放って、ぐい、と残りを飲み干した。すっかり顔に赤みが戻ったフワンは沈黙の中、グラスを洗いながら言う。

 

「互いに過去なんて明かしたくないんだ…それでいいじゃあないですか。それが一番だ」

 

 洗い終わったグラスを置き、フワンは部屋へと戻っていった。ヴェルギリウスの目に映るのは、廊下の暗闇へと消えてゆく、年相応の小さな背中のみだった。

 

【To Be Continued…】

*1
ガキか、遊びじゃないんだ、帰って、遊びでもしてろ。

*2
へし折って、シミに変えてやる、ギコギコはしない。




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