TOA-レプリカ協奏曲-   作:スノードロップアウト

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ND2015 魔王の目覚め

 

 

ND2015 シルバーナ大陸のとある雪洞

 

 

 「……ぅ、ん」

 

 気がつくと冷たい地面に横たわっていた。

 ズキズキと頭が痛む。そのせいか記憶が思い出せない。

 自分の名前、そして過去全てが空っぽなのに何故だか『知識』だけが詰まっていた。

 

 「惑星譜術(わくせいふじゅつ)第七音素(セブンスフォニム)、レプリカ……なんでこんなことばかり?」

 

 自分のことは何一つ分からないのに、この『オールドラント』について知っている事は少し心地が悪い。

 しかし深く気にしていられない。直感が、この状況を分析しても意味のないことだと切り捨てる。

 

 周囲を注意深く見ると、大きな譜陣が描かれていた。

 書かれている内容を乾いたスポンジが水を吸い込むように、するすると理解できた。

 どうやら記憶を失う前の自分は、研究者だったのだろうと結論付ける。

 釣られて好奇心が湧き起こり、より詳しく惑星譜術の陣を解析していく。まるで呼吸をするかのように肌に馴染む感覚は、今度は心地良かった。

 

 「なるほどねぇ、譜陣と対応する武器を触媒に惑星譜術を発動させセフィロトから直接、星の力を解放させるための物。でも……」

 

 指が陣をなぞる。その眼差しが鋭い光を帯びた。苛立ちを含んだそれは、後から付け足された陣の模様に注がれる。

 

 「せっかくの譜陣が台無しだわ。何かを封印するためのものみたいだけど、こんな無茶な構築したら惑星譜術は精々、一度使えるかどうじゃない。追加で刻むのは簡単だけど、取り除くのは倍の手間暇がかかるっていうのに……!」

 

 何故かわからないけどイラつく、と愚痴をこぼす。

 

 「この譜術を発動させるための触媒も必要だし、……ちょっと旅してみますか、この世界を」

 

 何もない空っぽの自分が興味を示した惑星譜術。

 生きる目的も意味もない今、どうせなら好奇心に身を任せてしまってもいいと思った。

 

 「さて、私の記憶は触媒の武器についてなんて言ってるかしら……。ふむふむ、レムの音素の武器3つと、シャドウの音素の武器3つ……武器の名前は……魔剣ネビリム……」

 

 その名前を引き出した時に、脳裏でパチっとパズルのピースがはまった音がした。

 

 「そっか、私の名前、ネビリムなんだ……あははは!! ネビリム、そう私はネビリム……」

 

 これ以上ないほど、自分に染み込む。まだ名前以外、思い出せることなんてないのにとても嬉しかった。子供のように無邪気に笑い、彼女は文字通り舞い上がった。

 ふわりと飛んだ彼女は、自分が飛べることに何一つ違和感を抱かなかった。

 ネビリムという名前を手に入れた、ある意味生まれたばかりである彼女は、殻を破り世界に飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

  

ND2015 ケセドニア北部

 

 その日、ネビリムは上空からケセドニア北部と呼ばれる国境沿いを眺めていた。

 

 「キムラスカは、酷い有様ね……」

 

 現在、キムラスカ王国とマルクト帝国の両軍が、この国境で戦争を繰り広げている。

 マルクト側が優勢なのは明らかであり、かつその攻撃と軍略に一切の手加減がない。

 更には指揮官がよほど優秀なのだろう。キムラスカ軍の戦略を悉く無効化しているではないか。キムラスカ側にローレライ教団の直下の軍隊、神託の盾(オラクル)騎士団が加わっているのに、一方的虐殺状態だ。

 

 自分には何も関係がない。と素通りするつもりだったのに、何故だろう。

 

 「なんか、ムカムカする……」

 

 ネビリムはキムラスカに同情なんてこれっぽっちもしてない。何というか、マルクト側が酷く気に入らないのだ。腹が立って仕方がない。

 このむしゃくしゃする感情を叩きつけたい願望が噴き出してくる。

 

 「でも、ただ暴れたんじゃ私が指名手配されるだけだし……。そうだ! キムラスカ側を援護しちゃおう」

 

 イタズラを思い付いた。そんなノリでネビリムは白い髪を揺らしながら地上に向かって飛翔する。もちろん、見つからないように人気のない場所を選んで。

 戦線から後退したところには野営や本陣、負傷者を運び込む場所である野戦病院があった。

 まず、ネビリムは野戦病院に殴り込み、もとい看護婦として志願した。

 

 「と言うわけで、手伝いたいのだけど」

 「いや、気持ちは嬉しいんですが、……身分証明書がない人は、ちょっと……」

 

 キムラスカ兵士は困惑した。

 人を治療する志を掲げやって来た白髪の美人は、身分証明書を携帯していない。

 志願者本人は流浪の医者だと言い張るが、敵国マルクトのスパイとも限らない以上、はいどうぞと受け入れられないのは当然であった。

 いや、むしろこんなバレバレなスパイいるのか?と思わなくもないが。

 

 「頭硬いのね、アナタ」

 「そっちが非常識だって自覚あります!?」

 

 あまりにも堂々とした不審者に兵士のツッコミが炸裂する。

 

 「なによ、人の命を助けたいって言ってるだけじゃない。どうせ人手なんて何人居ても足りないんでしょ? 私の身元が分からないくらい多めに見なさいよ」

 「やですよ! 何かあったら俺の責任になるんですけど!! て言うか不審者の自覚あるんじゃないですか!」

 「なるほど、アナタを仲介せずに手伝ったらいいのね。そしたらアナタの責任じゃないものね」

 「嘘でしょ!? そこは諦める流れでは!?」

 

 これはいよいよ武器を突きつけて追い出すことも考え始めたキムラスカ兵士の背後から、白衣の男性が怒鳴り声を上げながらテントから出てきた。

 

 「うるせぇぞ! こっちは死ぬほど忙しいんだ! 喚き散らしやがって、ぶっ飛ばされてぇのか!?」

 「うひぃ! 申し訳ありません!!」

 

 なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ!!と内心思いながら、染みついた訓練の成果が体に出る。咄嗟に敬礼をして謝罪の言葉を繰り出していた。階級社会は大変である。

 ネビリムは、やっと話のわかるやつが来たか、と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

 「あら、アナタ軍医さん? ちょうど良かった。看護婦として志願しに来たの。今一番忙しい所はどこ?」

 「志願者だぁ? ……ありがてぇ!どこも人手がたりねぇ、一番酷い奴らの場所に行ってもらう!」

 「はーい、看護師の服貸してちょうだい」

 

 止める間も無く二人が野戦病院のテントの中に入って行った。

 キムラスカ兵士は、考える事をやめた。もうどうにでもなぁれ。

 

 ネビリムは看護服に着替えると、さっそく重傷患者の区画に割り当てられた。常に呻き声や鳴き声、錯乱した負傷兵の罵声が聞こえる。

 常人であれば、精神を病むだろう。しかし、常人ではないネビリムは淡々と業務を始めていく。

 譜術で清潔な水を作り、医療器具を洗い、火で炙る事で滅菌と乾燥を同時に行う。血で汚れた包帯やガーゼは、残せば病原の温床となるため、これらは全て焼却処理を行なっていく。

 それらが終わればすぐに貯まったベッドシーツを洗浄し、譜術によって起こした熱風で乾かして一息をついていると声をかけられた。

 

 「あんた、すげぇな……」

 「あらそう? 人と比べた事ないからよく分からないけど」

 

 畳まれたシーツを備品倉庫に放り込み、次の仕事に取り掛かろうとするネビリムを軍医が引き留めた。

 

 「待て待て、仕事は終わってないが初日なんだ。無理は禁物だ。昼食にするぞ」

 「休みも食事も要らないのだけど……」

 「いいから安め。休めるときに休まないと、……正直な話、仕事の終わりはいつになるかもわからないんだからな」

 

 過労か、それとも心労か。軍医の頭髪に白髪が多く見える。

 ネビリムはそれを指摘せず、彼に従うことにした。

 

 「この戦争、長いの?」

 「長いってわけじゃない。最初はキムラスカが優勢だったんだが、今思うとあれはマルクト側の作戦だったのかもな」

 

 軍の食料配給所から昼食をもらってくると、野営テントの中で他のキムラスカ兵たちに交じりながら二人は食事を始めた。

 

 「さっきも言ったが、最初はキムラスカが前線を押上げて、マルクトを国境線の向こうまで押してたんだ。そのまま追撃戦になるだろうって思ってたら、マルクト軍がキムラスカ軍の最前線をいつの間にか包囲していた。最前線は一瞬で壊滅。追撃戦準備のために物資を纏めていた中衛大隊がふっ飛ばされた。……それからは瞬く間に前線はに後退して、俺達がケセドニアまで引き下がることになった」

 「なるほどねぇ。向こうは戦上手ね。敢えて深追いをさせて、前線に兵を集中させ一網打尽にした、と」

 「あぁ……。あまりに前線が押し上がるもんだから、食料品や医療品も中衛大隊に渡していた。今、キムラスカが大いにジリ貧なのは、物資不足も含まれている」

 「その判断は、指揮官が?」

 「いや、武功を焦った指揮官の部下たちが進言して、指揮官であるセシル少将がそれを止められなかったんだ」

 

 複雑そうな内情を語る軍医は、すっかりネビリムを信頼しているらしい。

 それとも、気丈な振る舞いをしているが、本当はとても精神がやられていて正常な判断が難しいのかもしれない。

 

 「ふぅん。そのセシルって人、部下に舐められてるの?」

 「そうじゃない、とは言い切れないな。セシル家は前のホド戦争での責任で貴族としての席を取り上げられている。今のセシル少将は、そんなお家を再興させるために軍属として頑張ってはいるが……。部下たちは一度降下させられた貴族を軽んじていて、何かとセシル少将にとって物事を進めやすいとは言い難い」

 

 軍医は、本当は食欲がないのか、あまりスプーンを動かして食べようとはしない。

 確かに味気なく、具材も少ないスープを食べる気にはならないのだろう。

 ネビリムは、そんなことを気にすることもなく、硬めのパンをスープに浸し、柔らかくしてテキパキと食べ進めていた。

 食事をしながら、ネビリムは周りの会話に耳を傾ける。前線の過酷さや、物資の少なさへの不満、それに加えて指揮官への愚痴などが聞こえてくる。

 どうやらキムラスカ側に本当に戦況を覆す作戦がないのだろう。皆、心の拠り所がなく荒んでいた。

 

 「で、アナタも部下をまともに動かせないセシル少将が悪いって思っているの?」

 「全く過失がないとは思わない。しかし全ての責任がセシル少将にあるとも思っていない。せめてこの戦場にファブレ公爵がいてくださったなら、と悔やむばかりだ」

 「でもこんな惨敗戦に出てくることはないでしょうね。指揮官ができるのは、兵士全部使ってでも国境線を少しでも維持して両者疲弊させることだけよ」

 「俺達は……死ぬのか」

 

 結局のところ、問題はそれである。

 多くの兵士たちは、濃密に漂ってくる死の気配に怯えているのだ。

 

 「さぁ、それは分からないわね」

 

 未来が見えるわけではないネビリムは淡々と告げる。

 その反面、現在の戦況を彼女なりに分析を始めた。

 前線を放棄すればマルクト軍が大きく国境を押し上げ、キムラスカの領土を奪うだろう。このケセドニア大陸のキムラスカ側には広大な砂漠が広がっており、並大抵のことでは軍でも通過出来ない。

 おそらくキムラスカ王国もそれをわかっていて、重要な国境線だがキムラスカ王国の王は、追加の兵士を送ることはしないのだ。勝っても負けても、国土に大きな差はないのだから。

 

 しかし、とネビリムは違和感を覚える。それならばそもそも小競り合いからここまでの本格的な軍衝突を起こすほうが得策ではない。むしろケセドニアには、この戦争中だが2つの国を結ぶ交易都市がある。

 戦争の戦火で街が焼けてしまう方が両国にとって痛手であるはずだ。好戦的なキムラスカの初動を見れば、きっと先に戦争を吹っかけたのはキムラスカ側だろう。でも勝とうとする戦略性が見えない。

 部下をまともに扱えない地位の指揮官に、負け戦が見えていたとしても追加の軍隊を派遣しない本国。

 実に奇妙なものだ。

 

 「まるでキムラスカは戦争に負けるのを望んでいるようだわ……」

 

 現場はともかく、国の動きが戦に勝つ気がないように思えてならない。

 ネビリムのつぶやき程度の発言は、兵士たちの喧騒で広がることはなかった。

 分析と食事を終えたネビリムは、席を立つ。

 

 「私は仕事に戻るわ。アナタは疲れてるでしょうから、ゆっくりして頂戴」

 「……あぁ、無茶はするなよ」

 

 本来なら英気を養うはずの食事だったのに軍医は意気消沈としていた。

 

 「それ、私に言う? 自分のことを労ったらどうなの」

 「……この戦争が終わればな。そうさせてもらうよ」

 

 

 ────────────────

 

 

 それから数日が経ち、ネビリムは看護婦から医術者として野戦病院の組織に組み込まれていた。

 人の変動が激しく、傷病手当のできる者は片っ端から駆け回っている。

 発言権を得てからのネビリムは、まず野戦病院の改革を行った。

 動線の悪い配置を変え、動ける軽傷患者たちは軍の雑用に積極的に回すために兵舎の一部を軽傷者の病理施設へ変えた。

 軽傷者を詰め込んでいたスペースは今では回復の遅い重傷者たちを収容し容体が安定すればさらに後方へと移し戦線から遠ざける。

 それをたった数日で行う手腕に誰もが慄くが、同時に羨望の眼差しも集めた。この世の地獄と化した野戦病院の風通しを良くし、物資などを本部から斡旋させ蔓延していた絶望感を払拭させたのだ。

 ネビリムが病院内を歩けば、重症の患者ですら敬礼しようとしてくれる。もちろん、彼女は怪我の回復に努めるように言い含めるが、それほどに慕われていた。

 

 「ネビリムさん、医薬品の確保終わりました。包帯と麻酔の数がやはり不足しがちです」

 「そこはどうしようもないわ。でも、本国やダアトからの物資支援も、そろそろ難しいわよね。それなら、持ってる人から奪うのが良いかしら」

 「と、言いますと……?」

 「マルクト後衛の補給線を絶って、かつ持ってる物資丸ごといただこうって話を上に進言しようかと」

 

 それはつまり、軍事作戦について指揮官に進言する事である。

 一介の軍医、しかも正規ではないネビリムがそんなこと出来るはずもなく、補佐の看護婦も冗談だと思った。

 

 「驚かさないでくださいよぉ。でも、まさかネビリムさんがそんな冗談言うとは思いませんでした」

 「そうでもないわよ。本気だから」

 

 助手は愛想笑いを引き攣らせた。

 軍人ですらないネビリムが言っている言葉を理解する事を拒む。

 しかしネビリムは、穏やかに微笑んでいた。

 

 「だって、もう準備は終わったもの」

 

 いったいなんの?その問いかけより先に野戦病院の天幕が開かれた。

 ネビリムと助手が揃って、天幕に目を向けるとそこには戦地に相応しくない傷や汚れの一切ない白銀の鎧を着込んだ騎士が複数。そして騎士たちに囲まれるようにして、美しい金髪の少女がいた。

 少女は天幕内にあるベッドに横たわった重傷患者たちを見て、忽ち顔色が悪くなる。

 白銀の鎧騎士たちはおそらく、この少女の護衛だろう。少女が僅かに後退りしたのに気づいて慌ててテントの外に出そうとしていたが。

 

 「いいえ、出ませんわ。ここにいるのは国のために戦ってくださった人たちです。私が現状を知るべきなのです!」

 

 騎士たちを押し退け、野戦病院の中へ入って来た少女は、白衣を着たネビリムを見つけるとまっすぐ歩いてくる。

 すかさず、ネビリムは片膝をついて敬意を示す。別に目の前の少女のことなんて知らないが、ネビリムはこの少女が来ることは情報を仕入れていた。

 

 「ナタリア殿下。このような場所に来ていただき誠にありがとうございます。しかしここは貴女様のような高貴な方が来るべき場所ではありません。どうか、セシル少将のいる本部へお戻り下さい」

 

 用意していたセリフを滑らかに語り出す。

 ここで本当に本部に戻られては困るのだが、キムラスカの王女ナタリアが帰らない事をネビリムは確信していた。

 

 「楽になさってください。アナタの名前と階級を伺ってもよろしいかしら?」

 「ではお言葉に甘えて」

 

 立ち上がり、ネビリムはナタリアを見つめる。この惨憺たる現状を見て折れることなく自分にできることを見出そうとする意志の瞳は澄んだ宝石のように見えた。

 

 「私の名前はネビリムと申します。この重傷患者たちの医療を任されていますが、お恥ずかしながら私は軍の関係者ではありません。有志の医者で本来でしたら部外者です」

 「まぁ……。今のキムラスカ軍の軍医では数が足りないということなのですね。……私、本部に戻りませんわ。慰問に来ましたが、見過ごせません。私に出来ることはなにかありませんか?」

 

 その言葉を聞いて、ネビリムはチラリと視線を騎士たちに向ける。騎士はもちろん首を横に張っている。高貴な姫に病院の相手をさせるわけにはいかないのだろう。病床とは疫病の苗床でもある。むしろナタリアがこんな場所に長いすることすら看過できない。

 しかし、ネビリムにとってそんな国のあれそれなど知らない話だ。

 

 「手伝いですか。それならばお好きにどうぞ。でも、私も医療関係者も殿下に一切指示しません」

 「え?」

 「勝手になさってください。アナタに出来ることがあると言うのなら」

 

 さぁどうぞ、と言わんばかりに負傷し動けなくなった患者たちを指さす。ネビリムの予想ならナタリアはきっと患者たちに寄り添おうとするだけだ。医学知識のない王女にできることは結局その程度で、早々に自分の無力を知り国へ帰り前線の様子を伝えてくれるだろう。

 ナタリアの言葉で兵士の増員、物資の斡旋などが滞りなく行われて、作戦を立てる余力がキムラスカ軍に出来ればいい。

 その作戦にネビリムが衛生兵として紛れ込めば良いのだから。

 これからの展開なんて手に取るようにわかる。そんな風に達観しているネビリムの想定を、早速ナタリアがぶち壊した。

 

 「癒しの光よ……ヒール」

 

 ナタリアは迷わず、傷病熱に浮かされている患者は治癒術を施す。

 第七音素による治癒術。その中でも中級に部類されるヒールを使ってみせたのだ。

 騎士やネビリムが驚きで固まる。

 そんな中、ヒールを施された患者は呻きながら目を開いた。

 

 「ぅ、……ここ、は……?」

 「気がつかれましたか? ここはキムラスカの野戦病院です。どこか苦しい所、痛い所はありませんか?」

 「全身、痛いです……」

 「わかりました。では体の力を抜いて下さい。治癒術を施します」

 

 再び優しい光がナタリアの手から溢れ出る。

 痛みの減った患者は感謝の言葉を述べながら意識が遠のいたのか寝てしまった。その呼吸が安らかで問題がない事を確認してから立ち上がる。

 そして他の患者に治癒術を使う姿をネビリムは後ろから眺める。

 

 「殿下は、第七音譜術師(セブンスフォニマー)だったのですか?」

 「ええ、そうです。……どうなさいました?」

 「中級譜術をいとも簡単に使うものだと感心していたのです。ですが独学ですね。少しムラがあります」

 

 ネビリムはナタリアの肩に手を置き、彼女のフォンスロットを外部から刺激して音素と同調させる。

 

 「……っ!?」

 「集中して」

 

 突然、ナタリアの内側に音素が集まり自身の制御から外れそうになる。

 音素の中でも第七音素は特に繊細で、術者の精神が揺らぐと力が霧散したり、爆発の危険性がある。

 ナタリアは力が暴発しないように必死に制御するしかない。

 通常の倍、流れ込んでくる第七音素を制御し治癒術を成立させると、ヒールよりも強い治癒術に昇華した。

 

 「今のは……いったいなんですの?」

 「上級譜術、キュアよ。筋がいいと思ったけど、予想以上ね。殿下、鍛えたらもっと伸びますよ」

 

 楽しそうに笑うネビリムと違いナタリアは疲弊した顔だった。

 

 「音素はフォンスロットで感じるエネルギーです。固有の振動をフォンスロットで捉えて自分の内側に呼び込むことを意識して下さい。さっき、最も効率的な呼び込み方を経験してもらいましたが、とても上手に制御出来ていたので鍛えれば私の介助も必要なくなるでしょう」

 「もしよろしければ、もっと教えて下さい。私にできることをしたいのです」

 「それは別の機会で。そろそろここから出られたほうが良いですよ。ここでアナタの行動に気を使いながら治療が捗る事はありませんので」

 

 周りの患者たちは意識が朦朧としているものが多い。少しでも目を離せば、すぐに弱ってしまいそうだ。そんな患者たちを見ながらナタリアへの師事など普通の人なら到底出来ない。

 ネビリムには可能だが、そもそもネビリムがナタリアに望んでいるのは治癒術の行使ではない。自分と上層部への橋渡しだ。

 

 「ですが、私の業務が一旦終われば、より詳しく教えましょう。比較的軽傷者への慰問へどうぞお戻りください」

 「わかりました。ではその時はよろしくお願いいたします」

 

 野戦病院を後ろ髪を引かれる思いでナタリアは出ていく。

 ネビリムは、キュアで治療された患者の診察を行う。医者として居るのだから患者の確認は怠ることは出来ない。

 キュアを施す前の患者は、右半身が重度の火傷と肉体の損傷で意識が無かったが上級譜術である『キュア』により火傷は全快。しかし右側の眼球までは復活していないのか、眼窩は落ちくぼみ、そこにあるべきものはなかった。

 だが命の危機は完全に去ったようだ。呼吸と容態は安定し、明日ともしれない命であった兵が救われた。

 そんな幸運の持ち主は誰だろうかと気になったネビリムは、ドッグタグを調べる。

 

 「えぇっと『神託の盾騎士団 響長マルセル・オスロー』ねぇ。なかなかのラッキーボーイじゃないアナタ?」

 

 まだ意識の戻らないマルセルは穏やかな寝息を立てるばかりだった。

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