「さて、困ったわ」
先に二番目の目的が達成されてしまった。
嫌がらせの戦時作戦に参加して功績から市民権を得るという想定が外れてしまった。
ナタリアに頼んでキムラスカの市民権を獲得した今、ネビリムが正直このケセドニア北部戦線に居る意味がない。しかし個人的にマルクトに嫌がらせがしたい。
ではどうするか。ナタリアはセシル少将に引き合わせて話の場は設けてくれると言っては居たが、正直それも面倒になってきた。
「むしろ市民権獲得したんだから、わざわざ正式な作戦参加考えずに私一人で暴れればいいじゃない。姿隠して」
突貫するか、一人で。
出した結論は至ってシンプル。もう独りで大いに憂さ晴らしをすればいい。
「そうと決まればナタリアに頼んだ話し合いの場はキャンセルしましょ」
ナタリアは、現在第七音素を扱う訓練を兼ねて怪我人の治療に奔走している。
セシル少将が忙しく面談の時間が取れないため、基本的に慰問中は自由に動けているようだ。
どうせ怪我の程度が重い患者を重点的に見ているのだろうと推測しネビリムが自分が担当する野戦病院に行くと、思った通りナタリアが居た。
「殿下、そろそろ休んではいかがですか?」
「あらネビリム。もうそんな時間ですか」
「えぇ、そろそろお昼です。さぁこちらへどうぞ」
ナタリアを作戦本部へ連れて行く。
その道中、二人は何気なく会話する。
「第七音素の扱い方、だいぶ良くなってますね。治癒術の精度がとても素晴らしいです」
「と言いましても、まだヒールだけですが。前みたいにキュアを発動させようとしてもすぐに第七音素が離散してしまい、うまくいかないのです」
「殿下の素質はとても素晴らしいですよ。治癒術士でもヒールを習得するのは容易ではありません。多くの
元から第七音素を扱える術者は数少ない。
そもそも有機無機にかかわらず、世界を構築している音素は第一から第六までの音素である。
第七音素は地核にある
本来人体に無い音素を取り込んで扱える素質というのは、一種の突然変異だ。
それを呼吸のように扱うことがどれだけ難しいことかは理解に難しくはないだろう。ネビリムが見ている中でナタリアがヒールの治癒術を失敗しているところは見たことがない。
それはナタリアが第七音素の扱いが巧みであることの証拠である。
「焦らなくても、そのうち使えるようになると思いますがね」
「今、助けたい人たちがいるのに儘ならないですね」
「あぁ、そうそう。この前の交換条件ですが、セシル少将への面会は取りやめます。目的だったキムラスカの市民権は約束されたので、私はここでしばらく軍医の業務をしてから殿下のいるバチカルに向かいます」
ナタリアはネビリムの言葉に頷く。セシル少将との面談予定は後で破棄することを考えながら、二人で休息を楽しむのだった。
────────────────
そして、深夜。今日ネビリムは夜勤では無い。今日のうちに仕込みをして明日には好き勝手に暴れようと計画を立てていた。
月明かりのない新月の夜。恰好の夜襲日和である。
しかし、ネビリムはキムラスカの陣営を出る前に野戦病院の前で足を止める。今、病院に入っていく何者かの影を見た。
「……私の知らない人だったわね」
看護師、軍医の顔はしっかり覚えている。その誰にも当てはまらない女性の横顔。
正直、どうでもいいのだが、直感が騒つく。ネビリムは自分の感覚に従い気配を殺し、野戦病院へと不審人物を追って入る。
患者の呻き声などがあちらこちらから聞こえてくる。物陰に隠れ移動していると、ランプを掲げゆっくりと歩く女性の後ろ姿をみつけた。光の輪郭に照らされた衣服の衣装には見覚えがある。
「……」
神託の盾騎士団のものだ。ローレライ教団直下の軍事部隊。そんな人物がこんなところに何の用なのかネビリムには想像出来ない。
女性は患者達の顔を確認しているようだった。もしかしたら探し人でも居るのだろうか、と考えていると、女性が一人の患者の前で止まる。
不審な様子にネビリムは物陰からいつでも飛び出せるように、足に力を込める。
女性は入念に患者の顔やネームプレートを確認し、ランプの灯りを消した。
暗がりで布擦れの音が聞こえた時、ネビリムは手の平に第六音素を集め、光源として不審な女を照らす。
「な、なに!?」
「それはこっちのセリフ。その手に持ってるのは何?」
眩しそうに手で顔を隠す女は、咄嗟に手に持っていたものを隠そうとしたが、ネビリムに簡単に腕を掴まれ捻りあげられた。
「ぅあっ!!離せ、離しなさいよ!!」
「うるさいわねぇ、貴女」
鈍い音が病室に響く。
ネビリムの拳が女の側頭部を容赦なく殴り、意識が刈り取られた女は床に倒れる。
女が手に持っていた小瓶を奪い取り、観察するが液体である以外は特に分からない。
「どうされました!?」
物音に気づいて駆けつけた看護師とドクターは倒れてる女と、小瓶を光に掲げ首を傾げているネビリムという異様な様子に戸惑う。
「ん、この女が怪しい動きをしてたから捕まえたのよ。そしたらこれ持ってたの」
「そんなことが……。不審人物として衛兵に突き出してきます」
気絶した女をロープで縛り上げると夜勤の軍医が本部へと走っていく。
残った看護師は、ネビリムに女の監視を任せて患者達の様子を確認しに病室の中を確認して回る。
ネビリムは、女が何かしようとしていた患者の名前を確認する。
見覚えのある『マルセル・オスロー』というネームプレートを見て、目を細めた。
「ふぅん。どちらも神託の盾ね。……ねぇ、なんで貴方は命を狙われたの?」
「…………気づいていたんですか? 俺が起きてることに」
「私が何かしなくても反撃したとは思うけど、患者の怪我を増やすことは見過ごせないもの。で、なんで命狙われてるの?」
ネビリムは小瓶を揺らしながら問う。透明な液体の正体は、どうせ毒だろう。
神託の盾騎士団の一般兵をなぜわざわざ手にかけるのか、まったくネビリムには理解できなかった。
「それは……憶測でしかないんですけど、俺の死が……預言に書かれてたから」
「預言に詠まれた未来は絶対だったかしら?なら、放っておけばいいじゃない。って普通なら思うんだけど」
「……それは、俺もよくわかりません。ただ、俺は全てが預言の通りにする事に懐疑的で、この戦いで勝てば教団の改革が出来るって言われて参加したんです」
ネビリムはマルセルの言葉に思考を巡らせる。
「スコア通りにする事について懐疑的って言ったけど、なぜそう思うようになったの?」
「俺の友達や同期が、預言で任務や作戦に出ることが詠まれてて、実際に出兵した時に死んだり大怪我したりと不幸なことがそこそこな頻度にあったんです……。なら、もっと預言で戦いに出たら自分がどうなるか、詠むべきだって考えたんです。だから俺、グランツ謡将に教団の改革のために力になりたいって頼んで、俺の地位を上げて発言権を高めるためにも戦場で勝てばいいって言われたんです」
そこまで聞いてネビリムが考え込むと、衛兵が女を回収しにきた。
「不審人物を確保したと連絡がありました。そこの者で間違いないですか?」
「そうそれよ」
まるで不用品回収を頼むような気軽さで女が連れていかれる。気絶しているのでずいぶん静かに引きずられて行ったのを見送る。
「会話を戻すわ。つまり貴方は、今回の戦いでもしかしたら死亡までが預言に詠まれてるって推測したのね」
「はい」
「まぁ30点」
「えっ?!結構低いのショックなんですけど……!!」
辛辣評価にマルセルも驚きの声を上げる。
「確かに野戦病院って生存率はお世辞にも高いとは言えない。でもね、貴方が戦争で死ぬってしっかり詠まれてたらそもそもここに辿り着いてないと思うのよ」
「そう、ですかね?野戦病院で死ぬのも戦争で死ぬのも同じでは?」
「では仮定の話をしましょう。貴方のいう通り戦場で死ぬのも野戦病院で死ぬのも同一とした場合、さっきの女の暗殺がまず早すぎるのよ」
「と、言いますと?」
「貴方は即死を免れただけで、今でも重傷患者だし、ここは戦争中の病院。貴方が死なないとは決まってない。ここは戦場と同一ならそれこそ放っておいても貴方は『何かしらの形で死ぬ』わけじゃない。預言の成就のため貴方を殺すなら、タイミングは戦争が停戦した時なのよ」
マルセルはネビリムの言葉を咀嚼する。
つまり、マルセルの死が預言で確定していて、それが戦争が原因だとするとまだ戦争中の今、マルセルの生存は確定していないということだ。
まだマルセルがどんな要因であれ死ぬ可能性の方が高いということ。無理に暗殺なんてしなくてもいいのである。停戦が決まり、『戦争』が終わった時にマルセルが生きていれば、その時初めて『預言から逸れて生き残ってしまった』ことになる。
「なるほど、……では、俺はなんで殺されそうになったんだ?」
「ローレライ教団の触れられたくない部分に気づいたからじゃない?」
「……」
マルセルは、静かに可能性を口にする。
「俺が気づいたから……」
「なにに?」
「預言が、……死を読む事に……」
「おめでとう、100点」
冷酷な採点にマルセルは息を呑む。
ネビリムは、なんて事でもないように朗々と語る。
「頭のいい奴なら、貴方の理想を聞いた時に危機感を覚えると思うのよ。だって戦場に出る軍隊の中で、死んでしまう人はいるわけで、預言で死が詠まれたらもちろん、その人は出兵なんてしないでしょう。教団は預言の遵守を大前提としてるのに、そんな不都合な結果をわざわざ伝えてあげる義理がない。貴方は、無自覚に『預言は不都合な部分を切り離してる』って思ったから、殺される原因に預言に自分の死が詠まれてるから、なんて言い出したのでしょう?」
「それ、は……」
「教団が預言の成就のために人死を容認してるのなら、人殺しくらいするはずだって思ったのでしょう?」
ベッドに横たわるマルセルは、恐る恐る視線を上に向ける。
そこには人とは思えない、赤々とした瞳が輝いていた。世界の深淵に触れたにも関わらず、自分の知らない新しい知識の発見にただ喜んでいる姿は、恐ろしかった。
「だから貴方はここで殺されようとしたのよ。預言とか関係なく、貴方は邪魔だったから」
「……っ」
ネビリムの指が包帯を巻かれたマルセルの胸部を叩く。
指の下、そこには心臓が脈打っている。
たったそれだけで命をネビリムに握られているような錯覚に陥る。
「直感で気づいたのが良くなかったわね。秘匿を暴けばなんらかの罪で死刑に出来たのに、貴方は運悪くただ本当に天啓を得るように気づいてしまったのだから、こういう形で殺さないといけなかったのね」
もう答えを得た今、彼女はマルセルに対して特に興味がない。
しかし、興味深い知識に触れるきっかけをくれた義理はあった。生き残る助言はしてやろうと思う。
「結論だけど、貴方は亡命した方がいいわよ。生き残っても殺されるだけだもの」
「亡命ですか……。マルクトは難しいでしょうね。俺はキムラスカ陣営で戦争に参加した神託の盾の兵士だから」
「あら、それなら一緒にキムラスカに来る?ちょうど市民権貰ったばかりなの」
何気ない提案にマルセルは青い瞳を見開いて、ゆっくりと細める。
「それも、いいですね。本気にしてもいいですか?」
「ええ。私はキムラスカでの用事終わらせたら世界中を見て回る予定だから、その間の家の管理任せるわね」
「ありがとうございます。あの……報酬を支払うので俺のわがまま、聞いてもらってもいいですか?」
「依頼内容から教えてちょうだい」
マルセルは、懐からブローチを取り出す。青い石の嵌め込まれたそれをネビリムに渡す。
「俺の姉、ジゼル・オスローに俺が生きてることを伝えてください。きっと俺はもうダアトに戻れません。手紙を出しても途中で握り潰されると思います。すみません、頼めるのが貴女しかいないのです」
ネビリムは受け取ったブローチを観察する。裏面を見ると『愛する弟へ』と掘られていた。
愛ねぇ、と内心で呟く。
「いいわよ。で、アナタのお姉さんの特徴は?」
「外見の特徴ですが、俺と同じ髪と目の色をしてます。あとは、うーん……二丁譜業銃?」
包帯で見えづらいが、マルセルは綺麗な金色の髪に、透き通った氷のような青い瞳をしていた。
色は綺麗だが、言ってしまえばよくある色である。これと言った特徴ではないかもしれないが、マルセルの姉が得意とする武器は中々にユニークだった。
「譜業銃か、面白いものを使ってるのね。では、アナタの依頼を受けるけど報酬は何かしら?」
「俺の人生の時間です。完治したら、アナタの願いはなんでも聞きます」
「そう、ならたくさん使うとお得ってことね」
「あれ?思ったより躊躇がない」
重くて嫌がられるかと思ったのに簡単に受け取ってくるネビリムに驚く。
他に上げられるものがないとは言え、早まったかな?マルセルは不安になってきた。
実際ネビリムはあまり重いとは感じてない。好きに使える駒が増えた、と安易に思っている。
「所でアナタの名前は、なんと言うのでしょう?」
「言い忘れてたわね」
ネビリムは自分の新しい名前を口にする。
「ネビリム・サザンクロスよ。よろしくね、マルセル・オスロー」
こうして、魔王とその駒使いが出会ったのだった。
────────────────
ネビリムは椅子に座りながら、思い出し笑いを堪えていた。
それは昨日の夜、マルセル・オスローから姉に生存報告の依頼を受けた後のこと。
飛び出すようにキムラスカ陣営を抜け出して、ケセドニア北部に布陣するマルクト軍を強襲。軍艦一隻、一個師団をほぼ壊滅させてきた気晴らしの悦に浸っていたのである。
マルクトの補給経路にそこそこの地雷を仕掛け物資と人員を爆破しマルクトが持っていた物資を強奪してキムラスカ陣営の本部テントにこっそり放り込んだのである。
おかげでキムラスカとマルクトの両陣営は別々の意味で混乱状態であった。
今にもキムラスカの前線が崩壊しそうであったのに、夜が明けた途端、マルクト軍には甚大な被害。対してキムラスカには枯渇していた物資が潤沢になりマルクト軍が撤退を余儀なくされ引いたのである。
ネビリムは敵軍の優秀な指揮官の焦りと困惑、そして苛立ちと理解のできない事態への細やかな恐怖心を感じとり、この上なく機嫌が良かった。
敢えて言うならば「やってやった!」という満足感に満たされている。
別に戦争の英雄になるつもりはなく、敵軍崩壊の立役者として名乗り出るつもりはない。
ネビリムは束の間の休息で優雅に泥水のように不味いコーヒーを啜っていた。
「はぁ、反吐が出るほど不味いコーヒーも、仕事終わりだと格別ね。これ以上は飲んでられないから捨てましょ」
格別は一口までだった。ほぼ泥水を笑顔で捨てる。
騒がしいキムラスカ陣営の兵士たちの声に聞き耳を立てる。どうやら今回の事はセシル将軍が極秘任務として少数精鋭でマルクトに大損害を出し、物資まで奪ってきた、とまことしやかに語られている。
兵士たちの語り口から、どうやらセシル将軍は、そんな作戦はないと否定しているらしいが誰もがセシル将軍の功績だと疑っていない。
華々しい戦果をあげて、誰も自分がやったと声を上げないと言う事は、総大将のセシル将軍が国からの密命を受けたと考えるのが自然な事らしい。
なんだか勝手にスケープゴートなってくれたことにネビリムは穏やかに感謝した。
「やりたいことやったし、戦争が終わったらバチカルに行こうかしら?」
入院している兵士たちのカルテを処理しながら思案する。
やりたいことを全て達成した今、マルセルの傷が回復したら残る理由がない。
「まぁ、先にこっちを処理しますか」
カルテに大きめの判を押す。
判子の文字には『死亡』と書かれていた。
患者名、マルセル・オスロー。
それを封筒に詰めて、彼が所属していた神託の盾騎士団に渡す書類の束の中に放り込むのだった。
「そう言うわけで、無事死亡おめでとう」
「えっと、喜んでいいんですかそれ?」
困ったような顔をしているのはマルセル本人。
亡命しても命を狙われる可能性は非常に高い。なにせ、ダアトは両国に橋渡しをしており、ローレライ教団に事実国境の概念はない。
何処にいても狙われるのなら死んだことにした方がいい。
昨日、マルセルを襲撃したローレライ教団の者は自決してしまい結局事件の背景は見えなくなってしまったのだから仕方ない。
「ついでに面倒だったから私の弟にしとくわね」
「嘘でしょ!?」
「安心して。面倒だから名前はマルセルのままにしとくわ。今日からマルセル・サザンクロスよ」
「えっっ!?ええええぇぇぇっ!」
拝啓、ダアトに居る大切なジゼル姉さん。
勝手に別の姉が出来ました。助けて。