TOA-レプリカ協奏曲-   作:スノードロップアウト

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秘密を暴く者たち

 

 

とある女の子の行く末

 

 その日、少女は憤慨していた。

 大好きな兄が帰ってくるなり、自分を放って養祖父であるテオドーロの元へ行ってしまったからだ。

 しかも休暇の間は一緒にいる約束していたのに、反故にされたのである。

 まだ13歳の少女、ティア・グランツは跳ねっ返り娘。まだまだやんちゃで我儘したい盛りのお年頃。本人は大人の仲間入りする年頃なんだから!と思っているが、何かと過保護な兄ヴァンのせいで、実はまだまだ子供であることを本人は知らない。

 

 「もう怒ったんだから! 兄さんなんて知らない!!」

 

 頬を膨らませ、ぷりぷりとしているティアは部屋から飛び出して駆け足でとある場所に向かった。

 兄さんなんて困ってしまえ!という八つ当たりでしかない感情のまま会議室に潜り込んだ。

 養祖父であるテオドーロに会いに行ったということは高確率でこの会議室を使うことを知っている。

 二人が会話するところに飛び出して困らせてやろうという魂胆だった。

 しばらく隠れて待っていると会議室の扉が開く音がして、ぞろぞろと足音が響く。

 人数が多い。絶対に二人ではない足音の数にティアは物陰から出られなくなった。

 

 むしろ、たった今物陰から飛び出せば彼女の運命は変わっただろう。

 

 そしてティアが会議室に隠れ潜んでいることを知らないまま、秘匿預言の解釈についての討論を聞くことになった。

 世界はユリアの預言を中心に回っており、預言の成就の為に凡ゆる犠牲を惜しまないこと。戦争が起こり数多くの人が死ぬとわかっているのに、それを『当然のこと』と考える人たちの『悪意なき加害』があったこと。

 それは少女の心に大きな傷をつけた。

 ティアは養祖父テオドーロから、こう聞いて育った『お前の故郷ホドの消滅は預言に詠まれた。私たちはその危険性を両国に伝えたが、誰も聞く耳を持たなかったのだよ』と。

 

 それは、今なら分かる。嘘だと。

 優しい嘘ですらない。被害者が正当な感情を持つことすら封じるための嘘なのだと。

 預言を遵守する者のための嘘。被害者たちからの正当な非難から逃げるためでしかない。

 そんな悍ましい世界を知ったティアには、暗くどろりとした感情が渦巻く。

 憎しみ、怒り、悲しみ、そして絶望感。

 どれ一つをとっても明るい感情なんてなかった。

 

 いつの間にか終わった会議。

 明かりの消えた会議室に、少女の涙がこぼれ落ちた。

 知りたくもなかった世界の在り方が悍ましかった。この世界で呼吸することが今では、ただ苦しい。

 

 

 ────────────────

 

 

 気がつくとティアは、自分と兄の居住区まで来ていた。どうやって帰ったのか記憶にない。

 何も考えられないまま、ドアを開くとヴァンが迎えた。

 

 「おかえり、ティア。……どうしたティア?なにがあったのだ」

 「……兄さんっ」

 

 ティアの泣き腫らした目を見てヴァンは驚き慌てて駆け寄る。

 抱き寄せて安心させる声色で語り掛ける。

 

 「きっと私のせいなのだろう?ティアとの約束を破ってテオドーロお祖父様の所へ先に行ってしまったら怒っているのだろう?悪かったティア」

 「最初は、そうだったの……。でも今は違うの」

 「そうか。一体何があったのか、兄さんに教えてくれないか?」

 

 優しい手つきでティアの頭を撫でながら、ソファに座らせるとヴァンは静かにティアの声に耳を傾けた。

 

 「兄さん、ごめんなさい。私、兄さんやお祖父様たちの会議、聞いちゃった……」

 

 優しい手が止まった。

 ティアは、怒られると思い咄嗟に目を強く瞑る。しかしいつまで待っても覚悟した痛みや叱責は来なかった。

 静かに目を開けると、ヴァンは沈痛な面持ちでティアの肩に手を置く。

 

 「ティア、話はどこまで聞いた?」

 「最初から、最後まで……」

 

 それを聞くと、ヴァンは悲しげな表情をした。

 

 「そうか。知ってしまったか。……ティアは真実を知りたいか?」

 「知りたい。私、自分の故郷がどうして崩落してしまったのか、聞きたい!」

 

 しっかりとヴァンの目を見つめ返し、ティアは自分の意思を伝える。もう知ってしまった以上、知らなかった頃の幸せな時間に戻れない。

 故郷ホドがどうして消滅してしまったのか、知る権利が自分にはあるとティアは思った。

 

 「分かった。ではティアに教えて上げよう。どうしてホドが消滅したのか」

 

 ヴァンの口から語られる話は、ティアが生まれるより前のこと。

 兄のヴァンが体験した戦争の悲惨さ、この世界がどうしようもなく預言(スコア)に支配された世界なのだと痛感させられる酷さだった。

 ティアはその話を聞きながら、うんと小さい頃、ヴァンが世界を恨み呪詛のような憎しみの言葉を吐いていたことを思い出す。

 あの頃は、兄のそんな姿がどこか痛々しくて怖かった。しかし今、ヴァンが体験したことを知ってそうなってしまうのも『仕方がない』と思った。

 そして今はそれ以上に、兄をこんなふうにした世界が憎かった。

 

 「あのね、兄さん。私は、兄さんのお手伝いが、したい」

 

 その言葉に、ヴァンは小さな大事な妹を大切に大切に抱きしめることしか出来なかった。

 

 

 ────────────────

 

 

 

秘匿に触れる者

 

 ネビリムは聳え立つ白い塔の様な大きな建物を見上げる。

 彼女が来たのはダアト。ユリアという数千年前の偉大なる預言師(スコアラー)が残した未来の出来事を記した預言(スコア)を信奉する宗教自治区。

 故に、ここに来れば自然と耳に入るのは預言を聞きに来た人たちの会話と、預言を読む預言師たちの会話だった。

 

 「未来のことを知って、それに対する心構えをし健やかに生きる、ねぇ」

 

 聞こえは良いが、それはただの楽な生き方でしか無いのではないか?とネビリムは考えた。

 第七音素が発見されるまで、そもそもユリアという存在が預言を詠むまで世界には『未来』を知る術がなかった。

 なのに数千年前は今より発達した技術力を有し、途方もない力を持っていた。

 預言が生まれるまで、きっと人類は野心に満ちていたのだろう。先が分からないのに邁進し、技術力を磨き前に進もうとしていたと思う。

 預言が生まれてからは、預言の通りに従うことを是とするこのダアトが世界を裏から牛耳っていたことを考えると、清廉な外観をしているのにどこか悪の組織の本拠地に見えてしまう。

 

 「こんな見るものがない場所に長居するつもりもないし、早く探しましょう」

 

 今日、ネビリムがここに来たのは探し人が居るからだ。

 マルセルの姉、ジゼル。彼女に弟の生存を伝えること。

 つい先日まで、ケセドニア北部の野戦病院に務めていたが、元から正規軍の軍医ではないので簡単に戦線から離れることが出来たのは幸いだ。

 

 「確か、神託の盾(オラクル)騎士団に所属しているのよね」

 

 メモの内容を思い出しつつ、ネビリムはローレライ教団本部の敷地へと足を踏み入れた。

 おそらく、探し人の名前を言って呼んでくるように伝えればすぐに話しがつけられるだろう。

 しかしあまり自分の痕跡を残すつもりがないのでネビリムは極力、人に頼らずジゼルを探すことにする。

 マルセルいわく、姉のジゼルは普段は神託の盾騎士団で訓練しているか、預言を求めてやってくる信者の相手をしているのが常らしい。

 死亡届を先に出し、しばらく経ったのでそろそろジセルも通常勤務に復帰していると踏んでネビリムは教団施設内をゆっくりと見て回る。

 

 「それっぽい人は見当たらないわね」

 

 金色の髪に、青い瞳。よくある特徴だが、周りにそれらしい人は見当たらない。

 さて、どうしたものかと考えながらネビリムが礼拝堂へ入ると熱心な信者らしき人物が教団の預言師と話していた。

 礼拝堂の広々とした造りが、二人の会話を響かせていた。

 

 「ありがとうございます、預言師さま。今日の夕飯の献立が分かって安心いたしました」

 「いいえ、アナタに始祖ユリアの加護があらんことを」

 「それにしてもジゼルさんは、まだ臥せって居るのかしら?」

 「ジゼルはまだ休養中です。きっと時間が必要なのでしょう」

 「戦争で弟さんが亡くなったと聞きましたし、とても心配だわ」

 

 その会話を聞いてネビリムは、それが自分の探し人だと気づいた反面、まだ休んでいることに落胆と驚きを感じた。

 身内の死亡後、最大一週間は公的な休暇を得られるが、その一週間はとうに過ぎている。なのに未だに休んでいるというのはどういうことなのか、と。

 話している二人も『しょうがない、仕方がない』と言った雰囲気で、あまり深く気にしていないようでその緩さにも驚きを禁じ得ない。

 未だに休んでいることを考えると簡単に接触出来ないだろう。マルセルに家の住所を聞いておくんだったと少し後悔した。

 こういったときは、無理に動かず少し情報を整理したり、気晴らしをするに限る。

 暇つぶしにダアトの図書館にでも行って、自分の知らない知識でも収集するとかと思い、来た道を引き返す。

 

 図書館はダアトの教団内部に作られており、すぐに辿り着いた。

 

 「ダアトの図書館は本を自由に読むことが出来ます。ごゆっくりどうぞ」

 「あら気前がいいのね。それじゃ気が向くままにゆっくりするわ」

 

 図書館司書である女性が穏やかにネビリムに本の案内をする。

 古びた紙の独特な香りは案外心地よく、ネビリムは教団の創設に基づく歴史書を手に取り読み始めた。

 ネビリムはやたらこねくり回された表現で書かれた、その歴史書を解読しながら読んでいく。

 

 歴史書によると、どうやら始祖ユリアへの信仰が始まったのは、創世暦時代の中でも人類の存続が危ぶまれた大戦争時だったらしい。

 星の極点を巡りフランク国とイスパニア国が戦争を開始。たった一ヶ月で人類の半数が消滅し、それからも局地的な争いを含めれば十年もの間、この両国は戦争をしていた。

 その戦争により大地は荒廃し、瘴気が発生。人々の生存圏すら危ぶまれた時、ユリア・ジュエが預言を詠み人類の存続の道を示し、実際に滅びかけた人類は生き延びたのだという。

 ネビリムは詠み終えて、なるほどと納得もした。

 

 「確かにこれなら、信仰されるし預言通りにしようっていろんな人が思うのも理解できるわね」

 

 さて、次はなんの本を読もうかと考えていると、何やら丸い体型の男性が部下を数人引き連れて図書館に入ってきた。

 さっきまで側に居た図書館司書が慌てて頭を下げる。

 どうやら相当偉い地位の人らしい。ネビリムは面倒ごとの予感を感じ取り、高い本棚の影に隠れ人目につかないようにしていると会話が聞こえてきた。

 

 「大詠師モース様。ようこそいらっしゃいました」

 「パメラか。よく働いているようだな。今からこの図書館を使用する。利用者を外に案内するように」

 「はい、かしこまりました」

 

 二人の会話に、今度は面白そうな気配を感じ取りネビリムは、隠れられそうな物陰に身を潜める。

 その間にも、利用者は外に出され残されたのは、隠れているネビリムと大詠師モースという人物と、その部下たちだ。

 一体どんな会話をするのと思えば、足音は図書館の奥へと進んで行き、なにか大きなモノが動く音が低く響く。

 ドアが開くような音と、足音がぞろぞろと図書館の更に奥へ進んでいることに気づいたネビリムは、好奇心がそそられ、物陰から抜け出して足音の聞こえた図書館の一番奥の壁に設置された本棚まで行く。

 すると本棚の一部がずり下がり、本棚の奥に扉が隠されていた。

 こんなところに隠されている扉なんて絶対中に面白いものがある。これは知りたい。

 知識欲の権化でもあるネビリムは、扉に向かおうとする前に。

 

 「ねぇ、アナタも一緒に来る?」

 

 自分の背後にそう語りかけた。

 沈黙が誰も居ない部屋に響く。

 

 「返事は? 隠し扉閉まるわよ」

 「……分かった」

 

 観念したように、ネビリムの背後にある本棚の影から一人の女性が出てくる。

 金色の髪に、透き通った氷の様な青い瞳。その特徴だけで、自分の探し人だとネビリムは気付いたが、今は隠し扉の先が重要である。

 二人で気配を殺し、隠し扉をほんの少しだけ開く。中にはすでに人の気配がない。

 ゆっくり扉を開き部屋の中を確認すると、部屋の床には大きな譜陣が描かれていた。

 

 「転送術式ね」

 「大詠師モースは、この転送の先か……。深追いは危険だな」

 

 どんな場所に飛ばされるかも分からないものを使うべきではない。

 付いてきた女性は理性的な判断だがネビリムは違った。

 譜陣に触れ、音素の流れを掴むとにっこりと笑った。

 

 「なるほど、ザレッホ火山が転送先ね」

 

 身を翻し隠し部屋から出て行こうとするネビリムを女性が止めた。

 

 「待て。なぜ転送先がわかった?」

 「音素の流れを読んだだけよ。それより貴女も来る?隠し事を調べるのってワクワクするわよね」

 「それは……」

 

 逡巡する女性の横顔。迷いの理由くらいネビリムにも推し量ることは出来るが、それを考慮したり思いやる気はない。

 女性の滑らかな顎のラインに手をかけてネビリムは自分に強引に振り向かせる。

 

 「ここで迷うくらいなら、わざわざ隠し事に首を突っ込むのはやめた方が良いわよジゼル」

 「…っ!」

 「あら。すでに私の間合いなのに、それは自殺行為ね」

 

 名前を言い当てられ、咄嗟に譜業銃を引き抜こうとしたジゼルの細い首を、ネビリムは片手で締め上げる。

 

 「でも反応速度と躊躇わなさは褒めてあげる。私じゃなかったら撃たれてたでしょうね」

 

 気道を締め上げられ声すら上げられないジゼルは振り解こうとするも、細腕の女性とは思えないほどの力で押さえ込んでくるネビリムに心から恐怖した。

 間近にある真紅の瞳が弧を描いて笑っている。まるで猫がネズミをいたぶるような、捕食者の残虐な笑み。

 

 事実ネビリムは、ふと思った。

 とても美味しそう、と。

 

 手の中にある細い首をへし折り、体を引き裂き、臓腑の全てを曝け出させた肉を食む。そんな甘美な衝動が駆け巡っていた。

 食べたい、殺したい、欲しい。乾いて乾いて仕方のない欠乏感を癒したい。

 理性が剥がれ落ち、内面に潜む邪悪な誘惑に身を任せようとした時、突然腕から激痛が走る。

 

 「なに、これ……」

 

 見ればジゼルの喉笛を締めている手とは別のネビリムの手が、阻むように自分の腕に爪を立てて掴んでいた。

 あまりに不可解な状況にネビリムは、ジゼルを締め上げていた手を緩める。

 殺そうとする自分と、それを止めようとする自分。まるで二人のネビリムが一つの体の中に居るかのようだった。

 

 「ゲホッ、ゴホッ……はぁはぁ…っ!」

 「頑丈ね。大丈夫そうでよかったわ。説得力ないけれども、殺すつもりはなかったのよ」

 

 床に倒れながら必死に呼吸をしているジゼルは、射殺すような鋭い視線でネビリムを睨む。

 完全に対話できるような雰囲気ではない。ここは時と場所を改める必要があるとネビリムは感じ、今度こそ部屋から出て行こうとする。

 

 「これ以上ここに居ても収穫はないし、私はもう行くわね。あとで会いに来るから礼拝室にでも居てちょうだい。貴女を探すのは面倒だから」

 「……っ」

 

 ジゼルは立ち去ろうとするネビリムの腕を掴む。

 振り返ったネビリムは、振り解くことはしない。

 

 「連れて、行け……」

 「良いけど、さっき貴女を殺そうとした女にそれを頼んで良いの?」

 「殺すつもりなら、私はもう死んでいるはずだ……。殺すつもりはないという点で、嘘ではないだろう。私もお前に聞きたいことが山ほどある。ここで逃す訳にはいかない!」

 「あらそう。じゃぁ連れて行くわ」

 

 酸欠でふらつくジゼルを軽く担ぎ上げると、ネビリムは隠し部屋と図書室から出て行く。

 手近にあった窓を開け、そこから軽々と飛び降り、次の瞬間には目にも止まらない速度で上昇していった。

 風切音が耳元を掠め、気がつけばダアトを象徴するローレライ教団の建物が遥か下にある。

 空を飛ぶだなんて聞いてない!と抗議の声を上げる間も無く、ネビリムはザレッホ火山に向かって飛翔した。

 

 空を切って進むネビリムにしがみ付きながらジゼルは青空を見上げた。青空は、近づくと青から宇宙の色になることをこの時初めて知った。

 暗い星空のような色に染まった大空は、そこが深淵に続く大きな穴に見える。

 自分の知らない世界は、とても神秘的に見えて少し怖かった。でもそれ以上に美しくて見惚れてしまう。

 

 「……綺麗ね」

 

 ジゼルの、ついこぼれた感嘆の声に返事があった。

 

 「あぁ、空の色のこと?」

 

 手を伸ばせば届きそうな深淵を見上げてネビリムは知識を漁る。

 

 「確か、標高が高くなると空気中の粒子が少なくなって光の散乱が少なくなるの。そうすると空気中の青色の光が減って、ある意味本来の色である濃紺から黒色の空になるのよ」

 「なるほど。青空は、オールドラントが作ってる様なものなのね」

 

 ジゼルにとっては、なんだかロマンを感じる話だった。いつも見ている光景は、星の作り出した奇跡の色だと思うと、そこに目に見えない特別感があった。

 

 「詩的ね」

 

 ネビリムにとっては、ただの自然現象でしかない空の色。もしかしたら、普通の人はこんなふうに感じるものだろうか、と考えてしまう。

 改めて、濃紺にも黒に見える空を上げる。そこに星の様に煌めく特別な感情は浮かんでこなかったが、ジゼルの横顔から見えるキラキラとした感情を宿した瞳は、綺麗だと思った。

 

 そして快適とは言えない空の旅は終わりを迎える。

 大きな火山の火口に着地すると、火山の中には奥に続く道があった。

 

 「さて、この道の先に転送装置の送り先があるはずよ」

 「……この道を行くのか」

 

 熱気が肌を焼く様に熱い。ザレッホ火山の火口でジゼルは、少し嫌そうな表情をする。

 しかし、最初から引き返す道はないので諦めて進むことにした。

 急な坂道を下っていると、前に複数の人が現れる。ローレライ教団の上位の者が着る礼服を身に纏う彼らは頭陀袋を抱えており、どうやらそれを運んでいる様だった。

 

 「な、何者だ貴様ら!」

 「いかん!モース様にご報告を!」

 

 二つの頭陀袋を放り投げ、逃げる様に坂を下る彼らを、ネビリムの譜術が貫く。

 

 「それは困るのよ。だって私の痕跡はできるだけ残したくないから」

 

 白い光線は一瞬で上半身を焼き払い、人を肉塊に変えてしまった。

 ほとんど詠唱をせず、人を殺せる威力の術を使うことに一切の躊躇いを見せないネビリムに、ジゼルは恐怖で慄く。

 今のは殺しですらない。

 ネビリムにとって、邪魔なゴミを片付けただけのことなのだ。人を殺したと言う自覚すらないのだろう。

 さっきの自分に同じ対応をされていたら、と考えただけで背筋が凍る。

 

 「動いてるわね、これ」

 

 放り投げられた頭陀袋がもぞもぞと動く。中に生き物が入っているのは確実だろう。

 中身が激しく動いたせいで、袋の縛り口が緩み、中にあったものが見えた。

 中にいたのは人であり、10代ほどの少年である。

 ネビリムにはその顔に心当たりはなかったが、ジゼルは少年を見て声を上げる。

 

 「導師イオン!?」

 「導師?」

 

 導師という、なんだか聞き覚えのある単語にネビリムは、興味がそそられた。

 残された知識が導師について覚えがある様だった。いわく、ローレライ教団の最高責任者である、と。

 

 「ローレライ教団のトップの誘拐をしてたってこと?」

 

 ならもう一つの袋には何が入っているのか。気になって、ネビリムは袋を開く。

 中にあったものにネビリムは首を傾げた。今まさに、導師イオンを保護しているジゼルにネビリムは何気なく問う。

 

 「そのイオンって導師は、双子なの?」

 「いや、そんな話は聞いていないが……」

 「なら、これはなに?」

 

 ネビリムは、袋の中身を出す。

 転がり出したのは、もう一人の全く同じ顔。導師イオンと呼ばれた少年、その二人目だった。

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