たとえ死んでも、おれは女は蹴らん(無理無謀)   作:ミツヒコ

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ゲヘナの黒足
彼の名前は


 銃撃戦の終わった廃工場。ヘルメットを被った不良集団を鎮圧した風紀委員会は、人質にされていたはずの少年を探し始めた。

 

「委員長、いました!」

 

 錆びたドラム缶の並ぶ工場の隅。縄で手足を縛られ、ガムテープで口を塞がれている。服は端々が破れており、綺麗な金髪も一部が煤けてしまっている。そんな状態で、少年は転がっていた。

 

「貴方、またやられたの」

「二日振りにな」

 

 救急箱を受け取り、空崎ヒナは少年の隣に座り込んだ。

 ガムテープをゆっくりと剥がし、手足を傷つけないように縄も慎重に解いていく。幸い、頬にちょっとした傷があるだけで、目立った怪我はなかった。

 

「正確には四十時間振り。二日も経ってないわ」

 

 学生らしからぬダブルスーツ。いつの間に持ってきたのか、火をつけた形跡のない咥え煙草。片目を覆い隠す金髪。どういう生え方をしているのか、特徴的過ぎるぐるぐる眉毛。

 

「抵抗すれば良いじゃない。貴方、強いのに」

 

 煙草を唇から抜き取り、ポケットの中へ。流石に見過ごせなかった。

 

「ヒナちゃん程じゃないし、抵抗するつもりもない」

「どうだか」

 

 愛清フウカと共に給食部の心臓を担っており、どちらかが欠けるだけでもゲヘナの食事は壊滅的状態に陥る。ゲヘナのインフラだとか、ヒナの料理番だとか、イブキを料理で堕としたクソコックだとか。

 兎にも角にも、そこまで言われてしまうからこそ、彼は人質としての価値が高い。キヴォトスでは珍しい人型の男であり、整った容姿をしていることも理由にはなるだろう。

 

 誘拐された回数は二桁を確実に超えている。美食研究会、ヘルメット団、その他有象無象の不良達。目的はゲヘナに対する兵糧攻めであったり、風紀委員会を一時的に機能不全にさせる為であったり、単純に料理を作ってもらう為ということもある。

 何れの場合においても、すぐに万魔殿から指令が飛ぶ。書類には色々と格好付けた理由が書かれているものの、基本的に根底にある理由は一つ。イブキが悲しむから、という酷く個人的な理由だ。

 

「いつも助かってるよ。ありがとう」

「いつも助けさせないで。頼ってくれるのは嬉しいけど、気が気じゃないんだから」

 

 ただ、風紀委員会の方が早い。万魔殿から伝令があるよりも先に、風紀委員会に通報が入るからだ。

 ゲヘナの食事の半分を担っている人間が誘拐されて、困るのは十人どころの話ではない。即刻連れ戻してもらわなければ、明日の食事が供給されない可能性があるのだ。それ故、傍観者効果が発揮されにくい。

 その後はヒナ、イオリ等々。その時に手が空いている手練れが出動し、彼を連れ戻す。それがゲヘナの春夏秋冬の風物詩である。

 

「いっ!?」

「我慢して。これも罰よ」

 

 消毒液を染み込ませた綿をポンポンと当て、同時に悲鳴を上げる少年を片手で取り押さえる。

 少し辛そうな顔をする少年を見て、ヒナは頬を赤らめる。悪いことなのは理解しているが、どうしてもその顔を見たいという欲求が生まれてきてしまう。だから、少し余分に綿を押し当てる。なるべく痛くないように、ポンポンと。

 

「貴方が怪我をしなかったら、消毒もしなくて良いのよ?」

「……分かってる」

 

 言っても無駄だとは理解しつつ、ヒナは小言を言い続ける。

 彼の悪癖、弱点、或いは縛り。美しい拘りと言っても、決して過言ではないだろう。それは女性に対して絶対に手を出さないこと。小さな子供から老人まで、どんな女性にも暴力を振るうことはないのだ。

 しかし、キヴォトスでそれをするのはバカとしか言いようがない。一部の二足歩行をする犬猫達や、人型のロボットのような人々を除けば、女子生徒が住民の大半を占めているのがキヴォトスだ。

 銃や爆発物の携帯は普通のこと。テロや犯罪も日常茶飯事。そんな場所にいる女子生徒を相手にしても、彼は決して手を出さないのだ。それこそ、何かしらの呪いを受けてしまっていると言われた方が納得できるぐらい。

 

「相手は銃を持ってて、貴方は素手。それにキヴォトスの人間はそう簡単に怪我もしないし、怪我をしてもそこまで長引くことはないわ」

「それでも、おれは蹴らん」

 

 頑なに拒むのはいつものこと。しかし、今日のヒナは少しばかり機嫌が良くなかった。彼が誘拐されたこと、いつもより眠れていなかったこと、書類仕事が若干多かったこと。

 大人びているとはいえ、ヒナも女子学生。小さなことの積み重ねであっても、それなりにイライラはしてしまう。

 

「もし死んじゃったら」

「たとえ死んでも、おれは女は蹴らん」

 

 そのポリシーは認めている。それはそれとして、怪我をして欲しくもない。もっと酷い怪我を想像するだけで、涙が出てしまいそうになる。そうなってしまったら、自分が何をしてしまうか、ヒナには分からない。

 美味しい料理を食べさせてくれて、優しい言葉を掛けてくれる彼がいなくなったら。想像するだけで辛いのだから、実際に起こったら、まともに体を動かせるかも怪しい。

 

「こうされても?」

 

 手元にあった愛銃を突きつけても、彼の態度は変わらない。少しぐらいは怯えて欲しかった。何かしらの形で対処する素振りを見せて欲しかった。そうしたら、本当は抵抗ぐらいするのだと思えたから。

 しかし、彼は変わらない。重厚な武器を突きつけられているというのに、いつも通りの表情で、いつも通りの声色だった。

 

「当たり前だ。ヒナちゃんを蹴るなんて、何百回生まれ変わってもしないさ」

 

 頬を満たした羞恥心を発散するように、ヒナの小さな手によって絆創膏が叩き付けられた。怪我人であるはずの少年は、雑な扱いによって最初のように転がる羽目になる。

 

 彼の名前は双六サンジ。キヴォトスでも最弱扱いされてしまっている、哀れなゲヘナのコックである。

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