たとえ死んでも、おれは女は蹴らん(無理無謀)   作:ミツヒコ

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二年間もこんなのに晒されたら、大抵の女の子はバグる。私はそう思います。






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ジト目

 サンジと一緒にいる時間が長い生徒といえば、まず間違いなく愛清フウカが挙がるだろう。確かに何度も連れ去られ、ヒナやイオリ達にお世話になっているサンジではあるが、所属は風紀委員会ではない。れっきとした給食部だ。

 食材の買い出し、仕込み、調理、後片付け、その他諸々の雑務。ジュリが調理関連の作業ができない以上、大半の作業をサンジとフウカの二人でこなす必要がある。当然、一緒にいる時間も長くなっていく。

 

「どうした、フウカちゃん」

「何でもないです」

 

 時間にして二年。決して短い期間ではない。

 それだけの間、彼の嘘なのか本当なのか分からない軽口と、料理人として尊敬に値する腕前、整った顔から繰り出される紳士的な振る舞い。それらを毎日のように浴びせられて、感覚が麻痺しない方がおかしいだろう。

 愛清フウカの脳内は酷いことになっていた。それはもう、同年代の色ボケ気味の少女達と比べても中々に酷いぐらいだ。

 

「サンジ先輩、今日のプリンすっごく美味しかった!」

「そりゃ良かった。アレ、イブキちゃんの為に開発したんだよ」

「そうなの!?イブキの為に?」

「そうさ。でも、まだまだ頑張るよ。もっと美味しいのを作るから、完成したらまた食べてくれるかい?」

「絶対食べる!いっぱい食べる!」

 

 握っていた包丁の柄が、ミシリと音を立てた。

 丹花イブキ。万魔殿の議員として扱われているものの、年齢的にはそこらの小学生と変わらない。サンジの振る舞いも、ヒナのような同年代と比べたら、年下の子を可愛がるようなものに落ち着いている。

 

 それはそれとして、少しばかり嫉妬心が芽生えるのは仕方のないことだろう。聞けば、お子様ランチなるほぼ専用メニューが用意されており、今日もイブキの発言をキッカケにプリンのレシピをアレンジしたという。

 フウカも試作品は食べさせてもらうことはある。それはもう一度や二度では収まらないぐらい、何度も食べさせてもらっている。逆に自分がサンジの食事を用意したこともある。時期によっては朝昼晩、三食全てをフウカが用意する日もある。

 

 だがしかし、イブキのそれはズルだ。ルール無用の世界とはいえ、禁止カードを使うのは違う。フウカも年下ではあるが、たった一つしか違わない。給食部として一緒にいる期間も長いせいで、後輩という立場自体は残っているものの、半ば同僚のようになってしまっている。

 それに対して、イブキは存分に年齢というアドバンテージを発揮している。人前でも羞恥心を感じることなく大好きと口に出すのは、フウカの年になると厳しい。

 逆に言えば、それが出来てしまう年齢というわけだ。恥ずかしいという感情を抱かないのだから、まだサンジをそういう目で見れる精神年齢に到達していないのかもしれない。

 そう考え始めたら、段々とフウカの脳内は落ち着いた。包丁の悲鳴も落ち着き、いつも通りに食材を切り始める。玉ねぎ、じゃがいも。適当な大きさに刻み、一旦別の場所へ。

 

「あ、もうこんな時間だ。イブキ、イロハ先輩の所に行ってくるね!」

「おう、行ってらっしゃい。また来てくれ」

「うん!フウカ先輩も、バイバイ!」

「また来てね」

 

 ブンブンと元気良く手を振るイブキに向け、フウカも手を振り返す。そのまま駆けていく少女の背を見送り、再びまな板の上に意識を向けた。

 気にする相手もいなくなったから、料理に集中しよう。そうやって切り替えようとした矢先に、あまり聞かない声が耳に入ってきた。

 

「サンジ先輩、いる?」

 

 現れたのは、銀髪ツインテールに褐色の肌が特徴的な風紀委員。銀鏡イオリだった。度々見かける姿形のままだが、何処かよそよそしい。後ろ手に何かを隠している上、視線があちらこちらへ飛んでいる。

 

「お、イオリちゃん。珍しいな」

「ちょっと用があって」

 

 いつの間に仲良くなったの、この二人。

 そんな疑問が込められたジトっとした目で見つめるも、二人がその視線に気づく気配はない。カウンター越しに仲良さげに話し始めたかと思えば、イオリがペコリと頭を下げた。

 

「この前はお世話になっちゃったので、一応のお礼です」

「おれ達がやらかしたことだから、そこまでしてもらわなくても良かったんだが」

 

 サンジは断ろうとしていたが、イオリは首を振ってラッピングされた細長い箱をズイッと差し出した。

 

「それだと私の気が済まないから」

「ありがとう。開けても良いかい?」

 

 首肯。それを確認すると、少年は包装紙をペリペリと剥き始めた。丁寧に剥がすこと数十秒。中から現れたのは、何処かで見たことのあるシンボルが刻まれた細長い箱だった。

 その中に収まっていたのは、箱と同様に細長い布。それはサンジの首元でよく見る、女子生徒としてはあまり馴染みのないもの。言わずもがな、ネクタイである。

 

「こんな良いもの、わざわざ俺の為に?」

「か、勘違いはしないでください。あの時スーツ一式駄目になっちゃったから、少しだけでも補填しようって思っただけです」

 

 勢い余って、まな板に包丁が激突した。その衝撃で人参はポーンと飛んでいき、まだ大きな状態で鍋の中へ沈んでいった。急いで回収したものの、頭の中は人参よりも銀髪褐色ツインテールに支配されている。

 

「このままじゃ、危ないかも……」

 

 お玉で鍋をグルグルとかき混ぜながら、呟く。

 お礼と称してネクタイを渡す。それはもうそういう意味だろう。勘違いするなと言っているが、勘違いされたらされたで良いと思っているのではないか。この属性過多の風紀委員は何を考えているのか。そんな物を渡すのは風紀を整える側の人間ではなく、風紀を乱す行動ではないのか。委員長に通報してしまおうか。

 グルグルグルグル。最早放置していても勝手に数分間は回り続けそうなぐらい、鍋の中身が高速回転し始めている。

 

 風紀委員会とサンジはそこそこ交流がある。委員長であるヒナにはフウカも度々お世話になっているし、食堂にもそれなりの頻度で現れる。行政官のアコは何故かわざわざ食堂まで小言を言いにくるし、チナツもサンジの怪我の様子を見に来ることがしばしば。

 これは風紀委員会を出禁にする必要があるのでは。などと給食部としては若干危ない思考に走り始めるや否や、イオリが丁度良いことを言い始めた。

 

「あ、それと何か軽食があったら嬉しいんですけど」

「サンドイッチとかおにぎりぐらいならパッと作れるな。少し時間掛けても良いなら、パンケーキみたいなのも」

 

 サンジの料理はどれもこれも一級品だ。風紀委員会に配達している弁当にも入っているが、やはり出来立ては味が違う。サンドイッチのような簡素な食べ物であっても、作り置きと出来立てでは味に差が出る。

 その弁当を既に食べてきたはずのイオリが、わざわざ軽食を注文する。それを食べて、美味しいと言うのだろう。サンジが女の子にそう言われたら、目をハートにして喜ぶに決まっている。フウカはサンジの性質を人よりも知っているし、彼に近づく女子生徒の行動も知っている。一番近くで彼のことを見てきたのだから、当然だ。

 

「サンジ先輩、少し代わってもらって良いですか?」

「ん?ああ、分かった。それならフウカちゃん、代わりに何か作ってあげてくれ」

「分かりました。サンジ先輩に負けないぐらいのを用意します」

 

 いつも以上に湿度高めな目のまま、フウカは鍋の火を弱め、サンジにバトンタッチをした。

 別に代わる必要など微塵もなかったが、これ以上は銀鏡イオリと彼の仲良し空間を見過ごすこともできなかったのだ。

 

「それで、何が良いの?」

「え、あ、じゃあサンドイッチで」

 

 パン切り包丁で良い感じの三角形を作り、具材も同じように切っていく。ハムとレタスに辛子を少し混ぜたソースを加えた、少し変わったハムサンド。塩胡椒を加えてマヨネーズと和えた卵サンド。ベーコン、レタス、トマトの王道なBLTサンド。季節のフルーツとホイップクリームを使ったフルーツサンド。

 

 如何に少し警戒すべき相手とはいえ、適当に料理をするわけにはいかない。フウカにもサンジと同様、料理人としてのプライドがある。

 どれもこれも一流シェフと戦えるレベルのサンドイッチを用意し、皿に盛り付けていく。軽食というにはそこそこの量を盛り付けられた皿が、イオリの前に鎮座していた。

 

「はい、どうぞ。サンドイッチ」

「……あ、ありがとうフウカちゃん。どうしたの?何かあった?」

 

 素晴らしい料理が完成したというのに、その目つきは変わらない。オロオロとしているイオリを湿っぽい視線で捉えたまま、ほんの少しだけ顔を背けた。

 

「何も?」

「そ、そう。なら良いんだけどさ」

「そう、何もないから。どうぞ召し上がれ」

 

 いつもと少し違うフウカの態度に戸惑いながら、一口。妙な緊張感があるとはいえ、味覚が機能しない程ではない。

 次の瞬間、イオリの口内で幸福が弾けた。

 

「ん、美味しい!流石給食部だな!」

 

 グッと立てられた親指に対し、愛清フウカは微笑みを返した。確かに色々と思うところはあったが、やはり美味しいという言葉は嬉しかったから。

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