呼び出し
連邦生徒会長が失踪した。
荒唐無稽とも思えるニュースだったが、それを否定しようともしない連邦生徒会と、慌ただしくなる各学園の様子から、それを誤情報だと断定することは出来なくなった。しかし、真実であるのかも分からない。
明らかなデマと真相に触れられそうな情報。それらが入り混じっている状況下では、どれもこれも単なる噂話に過ぎない。それらの情報で物価の上下はあるだろう。人々はパニックを起こしてしまうだろう。治安の良くないキヴォトスであることを考えれば、それらに乗じて世紀の大犯罪が引き起こされる可能性もある。
しかし、そういう時だからこそ、いつも通りに行動する人間は必要だ。いつも通りに商品を配達してくれる配達員。平時と変わらずレジスターを使って会計をしてくれる店員。日常生活を送れるよう、電気や水を供給してくれる施設の運用者。
つまり、双六サンジのやるべきことも変わらない。そういった外の事情に対応すべきは万魔殿のやるべきことだと割り切り、朝から包丁を握っていた。給食部の仕事は相変わらず、いつも通りに大量の料理を用意するだけだ。
「ジュリちゃん、そこのカレーに左から順にチキンカツ、カツ、メンチカツで盛り付けて、そのまま注文番号で呼んであげてくれ」
「はい!」
「フウカちゃん、あっちの子は大盛り。あの子は辛子多め。そっちの子はピクルス抜きで」
「分かりました。あ、サンジ先輩。それ持っていきますよ」
「ありがとう、助かる」
厨房の中を駆け回りながら、注文の品を用意していく。
そう、これもやはりいつも通りのことだった。いつもより妙に殺気立っている生徒もそれなりにはいたが、状況を考えれば仕方がない。ただでさえ治安の良くないゲヘナ学園が、連邦生徒会長の失踪に託けて不良達が暴れ回っているのだ。対処している風紀委員会だけでなく、普通の生徒も気が気ではない。
「それにしても、連邦生徒会はどうするつもりなんでしょう」
「代役を立てるにしても、一時的なモンだろう。新しく選出するか、それとも会長は空席にしたまま、それなりの権力を持った組織を用意するか」
「生徒会っていう名前から考えるなら、やっぱり新しく選出するんじゃないですか?」
そしてやはり、話す内容もそれに帰結してしまう。
いつもと変わらない仕事をしているとはいえ、給食部の面々も話題はそればかり。意識を割かれてミスを生んでしまう程ではないが、三人全員の頭の中で、連邦生徒会という五文字がふよふよと漂い続けていた。
そんな雑談混じりに、サンジはバゲットに切り込みを入れる。間に入れられるのは、海老とアボカド。それから数種類の野菜。味付けはほんのりとした酸味を感じられる、まろやかなソース。
完成品を差し出した相手は、件の騒動のせいで生まれ続ける騒動に現在進行形で対処している、小さな頑張り屋。
「お待たせしました、お嬢様」
「忙しい時間に来たのはこっちだから、大丈夫よ。ありがとう」
今日の彼女は弁当を食べる暇がなかったらしく、治安維持活動の合間を縫って、軽食をつまみに来ていたのだ。それに合わせてサンジが作ったのが、先程のバゲットサンドである。
「それで、風紀委員会も動くのかい?」
一部では万魔殿よりも権力があるとか言われている風紀委員会。その長がいるのだから、ついでに聞いてみようという感覚だった。
「風紀委員会としては動かないわ。またあのタヌキ達が騒ぎそうだし。でも、チナツに様子を見に行ってもらう予定」
そこそこの量があったというのに、既にサンドイッチは半分程度が消失していた。だが、別に味わっていないというわけではないらしく、その口元は幸せそうに緩んでいる。
「適任だな。アコちゃんは頭に血が昇ったら何しでかすか分からねェし、イオリちゃんはその都度指示を受けながら動く方が得意。ヒナちゃん直々に動くってのも難しいって考えると、冷静で後ろから状況を見れるチナツちゃんぐらいしかいない」
「正解。よく見てるわね」
満足げに頷きつつ、ヒナはサンドイッチの最後の一欠片を口の中に放り込んだ。
「ごちそうさま。落ち着いたら、また来るわ」
「ああ、待ってる。頑張り過ぎるなよ、ヒナちゃん」
「……うん」
ニコニコとしたまま手を振る少年に向け、少女も小さく手を振り返す。そして体を出口に向けたものの、すぐにもう一度サンジの方へ体を向けた。
「美味しかった」
またくるりと反転して、歩き出す。
「それだけ」
去っていくヒナの足取りはいつもより軽く、食堂を出る頃には走り出しそうになっていた。それを抑え込んだ反動か、バタバタとうるさくしている部位があったが。
それに対して、珍しく何も言わなかったサンジ。一体どうしてしまったのかと、フウカはカウンターで静止している彼の姿を横から覗き込んだ。
「ゔっ、ぐぅっ……」
胸を抑えて苦しそうにしていた。フウカは天井を見上げ、ため息を吐く。知らない人が見たら持病か何かだと思うかもしれない。実際、持病に近い。可愛い子が可愛いことをしたから、胸が苦しくなっているのだ。控えめに言っても馬鹿である。
「さて、まだまだいるな」
茶番と世間話も程々に、復帰したサンジは食堂内を見渡した。まだまだ混雑と言って良いぐらいには人が溜まっており、注文もそれなりの数を処理しなければならない。
「フウカちゃん、そこからそこまで頼んでも良いかな」
「大丈夫です」
「ジュリちゃんは練習も兼ねて、俺と一緒にコレを作ろうか」
「分かりました、頑張ります!」
指示を出しながら、自分自身も厨房内を走り回る。手足が二本ずつだとは思えない程、尋常ではないスピードで料理が完成していく。ジュリの料理もサンジの手伝いが多分に含まれているとはいえ、問題なく食べられる物が完成した。
そうこうしていると、突然ブツッと音が鳴った。発生源は校内のあちらこちらに設置してあるスピーカー。治安の悪い学園であるとはいえ、そういった機材まで軒並み破壊されているということはない。彼らの今いる場所が食堂であるというのも、理由の一つだろう。
続けて聞こえてきたのは、何処かで聞いたことのある気怠げな声。
『えーと、生徒の呼び出しをします。双六サンジ君、至急議長のところまで来るように』
「イロハちゃんってことは、嘘じゃないな」
唐突に響いた校内放送は、それだけ言うとブツリという音と共に途切れた。『議長のところ』というのは、生徒会長に該当する羽沼マコトの居城である。そこに名指しで呼び出しをされてしまったのだから、ゲヘナ学園の人間ならば行く以外の選択肢はない。
しかし、何かしらの厄介ごとであるのも目に見えている。風紀委員会からの呼び出しならば、数十倍マシだった。彼女達がわざわざサンジを呼び出す理由など、やめる気配のない煙草に関することか、弁当の内容ぐらいだ。
「サンジ先輩、どうするんですか?」
フウカからの問い掛けに対し、困ったように頬を引っ掻くサンジ。
「万魔殿からの呼び出し、行かないってのは無理だな。おれ、ただでさえマコトちゃんに嫌われてるし」
嫌われている理由は言わずもがな。イブキを溺愛しているマコトからしてみれば、イブキに好かれているサンジの存在は面白くない。それも嫌いか好きかと言われれば好き、というレベルではなく、自ら大好きと言い放つレベルである。
「絶対に面倒臭いことになりますよ」
「行かなかったら行かなかったで、給食部の部費を削るとか言い始めると思うんだよ」
「ああ……」
想像することは難しくなかった。特徴的な笑い声を上げながら、その場の思いつきとしか思えないぐらいに短絡的なことを言うのだ。
サンジの巻き添えを食らい、給食部自体がそこまで好かれていない以上、サンジの言葉通りになる可能性は否定できない。もしそうなってしまえば、ジュリの料理により使用不能になる機材だったり、度々生徒達によって破壊される食器類だったり、そういった物を買い替えることすら出来なくなってしまう。
「大丈夫。酷いことにはならないようにするから」
「ついて行きたいところですけど、流石にジュリ一人にはできませんからね」
彼女一人になった瞬間、美味しそうな匂いの溢れる食堂から、妙な触手の生えた魑魅魍魎の巣窟になってしまうだろう。最悪の場合、連邦生徒会長の失踪に乗じたテロ行為に取られかねない。
そんなことになれば、部費を削られるどころの話ではない。風紀委員会に捕えられるだけで済むならともかく、部員全員が矯正局送りになるという可能性も捨て切れない。
「とりあえず、行ってくる」
「お気をつけて」
控えめに手を振るフウカの心配を知ってか知らずか、サンジはいつの間にか作り上げていた料理を置いて、スキップしながら食堂を出ていく。
「イロハちゅわ〜ん、今行くからね〜」
廊下から響いてきた声のせいで、フウカの周りの湿度が少しだけ上がった。