たとえ死んでも、おれは女は蹴らん(無理無謀)   作:ミツヒコ

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この場面を目の前で見たら、きっとこうなる。






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シャーレ

 

 

 

 

 先生の指揮は完璧以外の何物でもなかった。

 というのも、五人全員に若干の疲労があるというだけで、特に何かしらの怪我もせずに暴徒の群れを正面突破できたのである。

 ユウカ達がキヴォトス全土で見てもそれなりの上澄みであるというのも、それを達成できた理由の一つだろう。しかし、彼女達はその場で偶然集まっていた五人組だ。サンジとチナツ以外はお互いの名前すら知らないような状態から、見事な連携を見せて連戦に次ぐ連戦を凌ぎ、最終的には巡航戦車すらも破壊してみせた。

 

「先生!凄く楽に戦えました!」

「アコ行政官……風紀委員会で指揮を取ってくれる人よりも上手かったと思います」

「そうですね。ツルギもいないのに、ここまで楽に突破できるなんて」

「閃光弾をあそこまで効果的に使えたのは、初めてかもしれません」

 

 それを実現してみせた先生の類稀なる指揮能力を皆が口々に褒める中、金髪の少年は一人だけ悔し涙を流していた。

 

“サ、サンジも頑張ってたね”

「おれの耳は黄色い声しか受け付けてねェ。何が悲しくて野郎に褒められなきゃならねェんだ。一体どうして……畜生ォ……」

“あ、あはは”

 

 サンジも先生の指揮能力に関しては認めているものの、それはそれ。

 ほぼ戦力にならなかったとはいえ、先生を無傷で護送することが出来たのはサンジの活躍があってこそだ。しかし、それについて評価してくれるのは当事者である先生のみ。

 それに対し、先生の評価は鰻登り。最初は疑いの眼差しを向けていたはずのユウカを筆頭に、凄い凄いのオンパレード。四人全員からそういった言葉を贈られているのを前にして、この少年が辛くないはずがなかった。

 

「サンジ先輩も凄かったですよ。あんなに動けたんですね」

「ゔぅ……ち゛な゛つ゛ち゛ゃ゛ん゛……」

「ほ、ほーら、よしよし。泣かないでください」

 

 食玩コーナーで限界を迎えた子供のようになっていたサンジを抱え、あやし始めるチナツ。これではどちらが先輩なのか分からない。ユウカは先程の一件とは別の理由で若干引いているし、ハスミとスズミも困惑している。

 

“サンジ、そろそろ行きたいんだけど”

「おれの傷ついた心はどうでも良いっていうのか」

 

 暴動の渦も突破できたとはいえ、根本的な問題は何一つ解決していない。シャーレの部室を奪還し、連邦生徒会の機能を回復させる。それが現在の最優先事項であることに変わりはない。しかし、この先に何があるかも分からない。貴重な戦力であるサンジを置いていくわけにも行かず、先生はふとした思いつきを実行に移すことにした。

 

“そういえば、さっきシャーレに美女が入っていったよ”

「何ィ!それを早く言え!この世の何よりも重要な情報じゃねェか!」

 

 少女の腕の中から飛び出し、少年は道も分からないのにシャーレに突入して行った。後に残されたのは、突然出来てしまった空間で腕を彷徨わせているチナツと、彼のテンションの上下に困惑する三人の少女達。そして予想以上に上手くいったおかげで、ポカンと口を開けている先生。

 

「先生、今のって本当ですか?」

“動いてくれるかなーと思って言っただけなんだけど、思ったよりも効果的だったね”

 

 効果的ではあったが、先に進み過ぎである。周囲の暴徒は制圧したとはいえ、少し離れた場所では未だに暴れている生徒もいる。先生の弾除けになるという話はどこへ行ったのか。

 先に突貫したバカに続き、シャーレのビルに入っていく五人。それらしきスイッチを何度か押してみるものの、中の照明が明かりを灯す気配はない。外から差し込む日差しである程度の視界は試しにエレベーターのスイッチも押してみるも、やはり反応はない。

 サンジもそれは既に試したのか、階段からは凄まじい勢いで走る音が響いている。先に何があるかも分からない状況で、しかもろくに照明もない暗闇の中、先生の適当な言葉一つで闇雲に走り回っているのだ。やはりバカである。

 

 そんなバカこと双六サンジ。彼が駆けていく先は地下室だった。階段には上も下もあったというのに、何故下に行ったのか。それに特に理由はなかったが、強いて挙げるとすれば、十年以上の経験で培ってきた第六感だ。先生の言う美女が本当にいるのであれば、きっと下にいるはず。根拠も理屈も存在していない、どうしようもない勘。

 実際、それは合っていた。彼を地下で待ち受けていたのは、狐のような耳をピコピコとさせながら、妙なタブレットをコツコツと叩いている少女だったのだから、彼の勘は大正解だったと言うべきだ。

 

「狐耳和装女子……!」

 

 サンジの呟きは届いていないのか、少女は彼の方を向くこともなく、未だにタブレット端末を触っている。しかし、それが起動する気配はない。電源が切れているのか、それとも別の理由か。

 

「お嬢さん、何かお困りですか?」

 

 何れにしても、サンジの行動は助け舟を出すことだった。

 シャーレの地下室に侵入している以上、彼女が手にしている物は何なのか。彼女は一体誰なのか。それらを先に追求すべきだったのかもしれないが、彼の中で優先されたのは女性を助けること。疑問を抱かなかったのではない。抱いた上で、それを優先したのである。

 くるっと妖艶に振り向いた少女の顔を覆っていたのは、狐のお面。祭りで見掛けるような簡素な玩具ではなく、そういう舞台などでも使われていそうな物だった。

 

「これが一体何なのか分からないのです」

 

 お面越しの籠った声ではあるものの、その声は確かに女性の物。若干大人っぽくはあったが、その改造されたような服を見る限りは学生。サンジの知識の中で一番近しい服装となると、百鬼夜行のモノだろうか。

 しかし、それよりも彼が気になったのは彼女が口にした妙な疑問だった。

 

「普通のタブレット端末じゃないのか?」

「普通なら、電源ボタンを長押ししたら何かしらの反応はあるものでしょう?」

 

 タブレット端末を知らないというわけでもないらしい。基本的な操作は知っている上、それがどういう機能を持っているのか知っているような指の動かし方をしている。それならば、何かは分かっているはずだ。

 

 少女は短く息を吐くと、そのままサンジに電子機器を投げ渡してきた。少年はそれを片手で受け取り、思いつく限りの操作をし始める。

 側面についているボタンを一つずつ長押しし、画面の反応を見る。そのどれかが電源ボタンならば、液晶に光が灯るのが普通だ。しかし、うんともすんとも言わない。

 

「充電が足りてねェとかかもな」

「もう試しました」

 

 その言葉通りに、少女の手元には幾つかの充電器が転がっていた。照明やエレベーターの様子からして、そもそもシャーレのビル自体が停電に陥っている可能性もある。それならば電力供給も出来なくて当然ではあるのだが、タブレット端末の形状自体がそれなりに古いようにも見えた。

 古過ぎて、内部のバッテリーが劣化している。それ以前に壊れてしまっている。元々姿形がそれっぽいだけの鉄の塊であり、電源がつくことはない。そういう可能性も捨て切れない。

 もし仮に本来は電源がつくのだとすれば、まるで拒絶されているようだった。本当の持ち主以外は受け付けない。そう言われているかのような、徹底的な拒絶。タブレット端末そのものが意思を持っている。そう言われても、疑問を抱かない程。

 

 色々と考えている最中、サンジは先程の先生からの説明を思い出した。

 

「連邦生徒会がシャーレに隠した大事な物……」

「私もそれがそうだと思ったのですが、何も反応がないので、本当に大事な物なのか、単なるガラクタなのか判別がつかないのです」

 

 思わず呟いた言葉に対し、彼女は疑問を抱くことがなかった。既にその存在を知っていた。それ即ち、シャーレに迷い込んだ一人の少女だとか、先生の到着を待っていた誰かであるとか、そういう可能性は潰えたということ。

 

「そういうことか」

 

 サンジの手の中にある端末を回収する為、スッと伸ばされた手。白魚のような美しい白い肌。普段通りの女好きな少年であれば、そんなに綺麗な少女の指を避けることはしなかっただろう。

 しかし、今回ばかりはそうもいかない。もし仮に自分の手の中にある物を奪われた場合、連邦生徒会が機能を取り戻せなくなる可能性もある。

 

「悪いが、コレは渡せねェ」

「お仲間かと思っていたのですが、そういうわけではなかったのですね」

 

 容赦なく、短刀付きの銃口が向けられた。引き金には既に指が掛けられており、発砲するのに数秒と必要ない状態。拳銃ならまだしも、ライフルを至近距離で放たれては避けようがない。

 サンジが仕方なく取った行動は、銃口を逸らすための蹴りだった。僅かに遅れて銃声が響くが、銃弾の行先に彼の姿はない。壁で火花を散らした銃弾は、カンカンと何処かにぶつかり、最終的に床に減り込むことになった。

 

「あらあら、足癖が悪いのではないですか?」

「生憎、生まれつきなんでね」

 

 初弾こそ回避に成功したものの、そう何度も成功させられる芸当ではない。少女に蹴りを当てても良いのであれば、百回やって百回とも銃弾を避けることが出来るだろう。

 しかし、彼が蹴ることの出来る部分はライフルのみ。それを握っている少女の手のことまで考えると、銃身もまともに蹴ることはできない。出来ても、先程のように銃口を逸らす程度の生温い蹴りだけだ。

 

「コレが目的っていうなら、おれは君と対峙しなきゃならねェ。君にコレを渡しちまったら、沢山のレディが途方に暮れる可能性がある!」

 

 逃げようものなら、後ろから弾丸を撃ち込まれることは確実。もし銃弾が直撃すれば、大きな隙を晒してしまうのは確実。そのまま正体不明のタブレット端末を奪われてしまえば、先生に合わせる顔がない。

 選んだのは、時間稼ぎ。先生とユウカ達が来るまで、避け続ける。

 

「私が途方に暮れる可能性は考慮してくださいましたか?」

 

 少女はそう言いながら、今度は銃口を向けることなく突撃。得物は変わらずライフルのままだが、そもそもそのライフルの先端には短刀がついている。先の交錯でどうにかする余裕はなく、刃も健在。

 至近距離で振るわれたそれは、サンジのスーツを切り裂いた。ボタンが一つ弾け、飛んでいく。両者それを視線で追うこともなく、室内を類稀な身体能力で駆け回る。

 

「危ねェな」

「それを渡してください」

「無理な話だ」

 

 机などの障害物を使いながら、短刀による突撃を回避する。一撃一撃は重く、一瞬の交錯だけで盾にしていた物が砕け散る。

 いつのものか分からない書類が紙吹雪のように舞い、テーブルの残骸が二人の衣服に汚れと切れ目をつけていく。

 

「君、名前は?」

「それと引き換えに教えるというのはどうですか?」

「強かなレディだな」

 

 壁を蹴り、地面を転がる。薄暗い空間、高速で迫る少女によって振るわれる刃の全てを避けられるはずもなく、サンジのスーツはボロボロになっていく。正面のボタンは軒並み千切れており、一つだけどうにかぶら下がっている状態。既にダブルスーツと呼べる物ではなくなっている。

 

「随分オシャレになりましたね」

「おかげさまで。デザイナー志望かい?」

 

 スーツの名を捨てたボロ布を脱ぎ捨て、タブレット端末を片手にネクタイを締め直すサンジ。

 それに合わせて、少女も短刀とライフルを分離させた。中々見ない類の二刀流である。しかし、その殺傷力は先程よりも確実に上だろう。刃を避けた先に銃口があれば、避けるのは至難の業。その逆もまた然り。

 

「そろそろ諦めませんか?」

「諦めの悪さが取り柄なんだよ」

 

 とは言いつつも、半ば諦めていた。

 

「なら、力ずくで」

 

 相手が男ならば、負けることはない。容赦なく蹴り飛ばせたのなら、二つの武器の回避にそこまで意識を割く必要はないのだ。回避などする前に、蹴りを叩き込めば良いのだから。

 しかし、そんなイフのことを考えるのは無駄だ。今のサンジはジリ貧であり、目の前の少女の体力が尽きるか、今もこの場に向かっているであろう先生が到着するまで避け続けるしか勝ち目がないのだ。

 

「悪りィが、後少しぐらいは足掻かせてもらう」

 

 銃を乱射するタイプであれば、数倍楽だった。そういうタイプはゲヘナ学園でも大量にいるし、当然その対処法も知っている。

 だが、彼の目の前にいるのはゲヘナの不良とは比べ物にならない戦闘力を持ち、近接戦闘もこなせる手練だ。ゲヘナの自治区内で現れたならば、すぐにヒナが飛んで来るだろう。そうでなくとも、風紀委員会が総動員されるような相手だ。

 届かないSOSをヒナに送りながら、サンジは事務机の陰に飛び込んだ。少女はすぐにそれを真っ二つにし、少年は分断されたそれを持ち上げて盾にする。しかし、それをしたところで更に机が刻まれるだけ。刻み続けてサンジの顔が見え始めたら、そこに目掛けて弾丸を放つ。それを間一髪で避け、再び別の家具の陰へ。

 それを何度も繰り返していれば、少女も彼の動きに慣れ始める。撃つ振りをして蹴りを交えたり、肘打ちを織り交ぜたり。防戦一方のサンジは消耗するばかり。そんな彼の動きを不審に思いながらも、彼女は攻撃の手を緩めない。

 

 攻撃を避け続ける以外にサンジが勝利を掴み取る方法があるとすれば、タブレット端末を先生の元に送り届けること。それを遂行する為には、少なくとも彼自身の体を犠牲にする必要がある。

 身体でタブレット端末を庇い、階段を駆け上がるか。それとも今から大声で助けを呼ぶべきか。サンジがそんなことを考え始めた矢先、力強い数人分の足音が階段の方から響いてきた。

 

“サンジ!大丈夫!?"

 

 現れたのは、先生と四人の少女達。

 しかし、それで救援が成功したわけではない。多勢に無勢だからといって、自分と対峙している少女は戦意を喪失していないだろう。サンジはそう思ったからこそ、彼女を見ていた。見てしまった。

 

「……ああっ、これは……困ってしまいました」

 

 先生の方に視線を向け、頬に手を当てている少女の姿を。その動きは全く一致していないが、根幹は変わらない。自分が美しい女性を見た時のような動きだ。熱に浮かされ、思考が淀んでしまっている動きだった。

 

「し、失礼致しました!」

 

 それだけ言うと、少女はサンジの持つタブレット端末には目もくれず、駆けつけた五人の頭上を飛び越して去っていった。

 

“大丈夫?怪我はない?”

「サンジ先輩、痛いところはないですか?」

 

 チナツと先生が心配して駆け寄ってきてくれたことが、嬉しくないわけではなかった。知っている女の子に心配されるのは嬉しいし、男からの心配な声であっても、多少はあっても良いかとは思える。

 しかし、問題はそこではない。今のサンジにとって重要なのは、自分の怪我や謎のタブレット端末のことではない。

 

「てめぇこの野郎!どんな手ェ使いやがった!」

“な、何の話……”

 

 先生の胸ぐらを掴み、歯を食いしばるサンジ。親の仇でも見るような目で、先生のことを睨みつけている。

 当然、心当たりのない先生は困惑をするだけだ。自分が何か悪いことをしてしまったのだろうか。下手に何か言って刺激するのもマズい。どうしよう。そんなことを考えながら、状況を理解する為にサンジの言葉を待った。

 

「薬か!催眠術か!それとも変な眼でも持ってやがるのか!」

“私はそんな変な能力者じゃないよ”

「お前のことを見た瞬間、おれと話してた時より声のトーンが上がってた。何より、あの動きは確実に……」

 

 そこまで言うと、少年は先生と初めて会った時のように突っ伏した。ハスミ達は状況が飲み込めずにオロオロとしているし、先生も何が何だか分からないままだ。

 チナツも状況は全く理解できていなかったが、とりあえずサンジの背を摩っていた。何か辛いことがあったのだろうから、少しでも楽になってほしい。そのぐらいの感覚で。

 

 彼女の献身もあってか、サンジが落ち着くまで時間は掛からなかった。元々立ち直りが早いこともあり、今回の記録は一分未満。他の面々も何度か繰り返される茶番に、もう大分慣れてしまっていた。特にユウカは呆れ顔である。

 彼はゆっくりと立ち上がった後、先生の肩にポンと手を置いた。

 

“もう大丈夫?”

「ああ、悪い。心の整理をつけてたんだ」

“心の整理?”

「幸せになれよ、先生……」

 

 サンジからのサムズアップに、先生は首を傾げるしかなかった。

 彼の言葉を理解するのは、それから暫く経った後のこと。モモトークに一人の少女から連絡が入ってからのことである。

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