生体端末の生成は、私に備わっている女性としての機能を利用して行うが、人間の女性とは大きく異なる点がいくつかある。
それは、出産までの時間と、出産後の育成期間を劇的に短縮できることだ。
通常、人間の妊娠期間は10か月程度だが、生体端末である私の場合は、五時間程度の妊娠期間で出産が可能だ。
出産後は、数時間ばかり母乳を経口投与した後、促成培養槽での育成に入る。培養液で満たされた槽内で成長を促進させ、同時に軍艦の生体端末としてのプロトコルをインプリンティングし、最終的には、人間の年齢で15~16歳ぐらいまで成長を促進させ、それぞれの艦へ配属することになる。
現在、促成中の二体は、現時点で12~13歳程度といったところだろうか。育成完了までもう間もなくといったところだ。
「二人共、同じ顔立ちなのだな」
それぞれの培養槽に浮かぶ二体の生体端末を見つめ、艦長は呟いた。
どこか複雑そうな表情に見えるのは、やはり、自分の娘という感覚があるからなのだろうか。
「はい。一卵性双生児として出産しましたので」
今回、駆逐艦二隻分の生体端末を生産する必要があったため、妊娠状態を調節し、一卵性双生児として妊娠・出産を行った。そのため、二体の顔立ちは非常に良く似ている。
また、艦長と私の遺伝形質を受け継いでいる関係もあって、全体的な顔の造形は私に似ているが、優し気な目元は艦長に良く似ていた。
駆逐艦の生体端末であるため、二体共、前髪の一部が、駆逐艦の生体端末を示す水色になっている。
「艦長。いえ、司令」
「司令?」
「はい。複数の艦艇を指揮する権限を得たことで、本艦『りょうかみ』の艦長から隊司令に昇任いたします。それに伴い、階級も二等宙佐から一等宙佐に昇進いたします。おめでとうございます」
広義の意味での艦隊とは、二隻以上の軍艦の編隊の事を指すが、これは各国の軍によって意味合いが異なる場合が殆どだ。
帝國軍の場合、二~四隻程度の部隊を『隊』、二個以上の隊を糾合した部隊を『戦隊』、二個以上の戦隊を糾合した部隊を『艦隊』と称している。
そして、隊の指揮官たる役職に『隊司令』を、戦隊の指揮官たる役職に『戦隊司令官』を、艦隊の指揮官たる役職に『艦隊司令長官』を充当している。
今後、艦艇数が増えることで、司令が司令官、もしくは司令長官に昇任する可能性があるというわけだ。
「司令、ね。全くの予想外だよ。六か月前に艦長になったばかりだというのに」
「はい。類を見ない異例の栄達と言えましょう」
「やめてくれ。所詮は、戦時任官だろう」
司令はそう言って苦笑した。
だから、私は敢えてこう言った。
「はい。現時点では、指揮系統に混乱を来さないための一時的な階級です。何としても本国に帰還し、正規の階級といたしましょう」
「本国に帰還か。そうだな」
司令は、気を取り直したように、力強く頷いた。
空元気かもしれないが良い兆候だ。
たとえ根拠が薄弱だとしても、常に前向きであることは、優れた指揮官としての資質の一つだ。
「あー、ところで、『りょうかみ』」
司令は頬を掻きながら、少し言い淀んだ。
「その、身体は大丈夫なのか……?」
一瞬、何のことだろうと思ったが、すぐに司令の言わんとしていることが理解できた。
私は数時間前に、二体の生体端末を出産したばかりだ。
司令はおそらく、出産による体力の消耗で、私が十全に機能を発揮できないのではないかとが気がかりなのだろう。
これが人間の女性ならば、かなりの体力を消耗しているため、絶対安静が必要になるが、生体端末である私には、そのような懸念は無縁だ。
「心配ご無用です、司令。私の全機能は安定動作しています」
「そ、そうか。あまり、無理をしないでくれよ」
「お気遣い、痛み入ります」
「うむ……」
司令は頷いて、視線を促成培養槽に戻した。
「『りょうかみ』」
「はい、司令」
「君は、生体端末の生産について、俺にこう言ったな。道具を使って道具を作るだけの行為だと」
「はい。そのように申し上げました。それが、何か?」
確かに私は、そのように進言した。
道具である私を使って、新たな道具である新造艦の生体端末を生産する。特に何か誤ったことを進言したつもりはない。
現に、司令にもご理解いただき、その協力の元、二体の生体端末の製造中でもある。
何か問題でもあったのだろうかと、私は司令を見上げる。司令の視線は、育成培養槽に向けられたままだ。
「俺は『りょうかみ』の艦長となって以降、一度も君を道具だと思ったことは無い。もちろん、育成中の二人についても同様だ」
「ですが」
「君が自分自身をどう認識しているかは、この際問題ではない」
司令は私に向き直ると、やや強い口調で私の言葉を封じた。
「だから、自分を蔑ろにするような言動は慎んでほしい」
蔑ろにとは、私が自分を道具と称したことについてだろうか。
私は自分自身を卑下したつもりは一切なく、ただありのままに事実を述べただけだ。
生体端末である私だけではなく、艦そのものが、任務遂行のための道具であることに変わりはない。
もちろん、二体の生体端末もそうだし、今私達がいる拠点だってそうだ。
極論になってしまうが、司令以外はすべて道具なのだ。
そのことを口にしかけて、寸前で思いとどまる。
おそらく司令が望んでいるのは、そんな当たり前の答えでは無いような気がしたからだ。
だが、司令の真意がわからない。
「では、司令は私達をどのように考えているのでしょうか」
だから私は、司令に尋ねてみることにした。
「色々とすっ飛ばしているせいで、まだ自分の中で整理がついていないが、少なくとも、家族のようなものだと考えている」
「家族、ですか」
司令のその感情は、おそらく代償行為の類なのだろう。
何しろ、ここには人間は司令お一人しかいない。
いくら人間の姿を模していて、人間に近いふるまいが出来るといっても、私も二体の生体端末も人間ではない。
そうとでも考えなければ、孤独に精神を苛まれてしまうのだろう。そうとなれば、私のとるべき行動は一つだけだ。
現在有効となっている最優先プロトコルは、司令の生命と遺伝子の保護だ。当然、プロトコルの中には、司令の精神衛生上の安定も含まれている。
この前代未聞の苦境を乗り越えるためには、常に精神を健全な状態に保っていただき、生存のためのモチベーションを維持していただく必要がある。
司令のご要望に応えるのは、プロトコル上も適切であろうと判断した。
「わかりました、司令。先般のような発言は、今後慎むように致します」
司令は、満足したように頷いた。どうやら、私の判断は正しかったようだ。
司令が私に家族としてのふるまいを求めるのであれば、それにこたえよう。
もし、妻としてのふるまいを求めるのであれば、それにもこたえよう。
「では、司令。早速ですが、家長としての責務を果たしていただきたく」
「家長?」
「はい。私達が家族という事であれば、司令は家長ということになります」
「あー、うん。まあ、そうなるのか? それで、責務とは何かな?」
「はい。二艦に名前を付けていただけますでしょうか」
本来、軍艦の命名権は、宙軍大臣もしくは、宙軍大臣に指定された士官が行う規定となっている。
通常は、機動艦隊群司令長官もしくは、次席の最上級士官が行うことになる。
「この規定に則れば、現状における最上級士官は司令ということになります。命名規則に従い、艦名を決定願います」
帝國宇宙軍の命名規則では、機動母艦は瑞祥動物、戦艦は旧国名か山岳名、巡航艦は山岳名か河川名、駆逐艦は天象、気象、海洋、季節および、植物名と定義されている。
本艦『りょうかみ』も、その命名規則に則って命名されている。帝國首都星に存在する霊峰、両神山にちなんだものだ。
今回建造される艦艇は駆逐艦であるため、天象、気象、海洋、季節および、植物名から付けていただくことになる。
「こちらが、現在就役中の駆逐艦の艦名となります」
私は駆逐艦の艦名リストを司令に提示した。就役中の艦艇と被らない名前を付けていただく必要があるからだ。
現行の帝國宇宙軍の主力駆逐艦は、むらさめ型駆逐艦だ。
一番艦の名前が雨に関するものだからか、雨にちなむ艦名が多いのが特徴だ。
もちろん、だからと言ってそれにこだわる必要は全くない。
「名前。名前か。わかった」
司令は私からリストを受け取ると、何やら難しい表情のまま、執務室に入っていった。
そして、それから一時間程度経つが、一向に出てくる気配が無い。
お茶をお持ちするついでに様子を見に行った私は、室内の光景に絶句してしまった。
「司令。お茶をお持ちしました」
「……ああ、ありがとう。その辺に置いててくれ」
「わかりました。ところで、司令。この有様はなんでしょうか」
室内の床には、大量の丸められた紙が無造作に転がっている。
「ああ。中々、良い名前が思い浮かばなくてな……」
デスクに向かったまま、司令は溜息交じりにそう言った。
私は、足元に転がっているくしゃくしゃに丸められた紙を一つ手に取り、開いてみた。
その紙には、『にわかあめ』と書いてあった。また別の紙には、『きつねのよめいり』と書いてある。
何とか雨に関する名前を考えようとしているのだろうか。
「司令。何も、雨にこだわる必要は無いかと思いますが。既存のむらさめ型駆逐艦には、『いなづま』や『いかづち』、『かげろう』『しらぬい』などもおりますし」
そう声をかけるも、聞こえているのかいないのか、司令からの反応は無い。私は小さく嘆息する。
司令は、将来結婚して子供が生まれた時、子供の名付で苦労しそうな気がしてきた。
人間の名付の場合、父親だけが決めるわけでは無いだろうが、自分の子供の名付けに苦労している司令の姿を想像してしまい、少しだけ微笑ましくなった。
しかし、それと同時に、言語化が困難な奇妙な不快感が私の中に生じていた。
司令が結婚して子供を成すことは、プロトコル上から考えても、歓迎すべきことだ。
疑似有機生命体に過ぎない生体端末ではなく、正真正銘、人間としての遺伝子を遺すことが出来る。
しかも、生体端末では不可能な、男子の出産だって可能だ。むしろ、推奨すべきだとさえ言える。
そのはずなのに、この奇妙な不快感が解消されない。
何かの論理エラーが発生しているのだろうか。システムの再構成が終了したばかりだというのに? ありえない。
念のため、自己診断ルーチンを回してみるが、重大なエラーはもちろん、軽微なエラーすら検知できなかった。
「よし、出来たぞ!」
司令の声で、私は我に返った。丁度、4576回目の自己診断ルーチン再試行を終えたところだった。