とりあえず、艦長を支えることにした   作:ハンヴィー

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新造艦建造3

「『りょうかみ』。どうかしたのか?」

「……失礼しました。拝見しても宜しいでしょうか」

「ああ。きっと、君も気に入るはずだ」

 

 何やら自信満々の司令から手渡された紙には、二艦の名称が書いてあった。

 

「『ずいう』と『すいう』ですか」

 

 作物に恵みを与える雨―瑞雨と、新緑に降り注ぐ雨―翠雨から取った名付けのようだ。

 結局、雨に関する名前に拘ってしまうあたりが司令らしい。

 

「どうだ。中々だとは思わないか?」

「はい。素晴らしい艦名です」

 

 洗練された命名であることに間違いは無い。

 私が嘉賞すると、司令はどこかほっとしたような笑顔を見せた。

もしかして、指摘されると懸念されていたのだろうか。

 

「それに、良いタイミングでした。もうすぐ生体端末の育成が完了する頃です」

「そうか。何とか間に合ってほっとしたよ」

 

 司令と私は、再び育成室に戻った。

 やがて、育成培養槽に設置されている育成完了までの時刻を示すカウンターが、六十秒を切る。

 司令は、その様子を、固唾を呑んで見守っている。

 育成完了を示す警報がけたたましく響き渡り、培養槽から培養液が排出され始める。

 

「育成が完了しました。覚醒モードに移行します」

 

 司令は無言でうなずいた。

 生体端末のロールアウトに立ち会うのは初めてなのだろう。少し緊張しているようにも見える。

 私達が見守る中、二体の生体端末は、ゆっくりと目を開いた。

 ちなみに、背格好や容姿が殆ど同じで、人間の目には咄嗟の識別が困難であるため、片方の髪型をセミロング、もう片方の髪型をショートボブにしている。

 

「司令にご挨拶を」

 

 私が告げると、二体の生体端末は、司令に向き直った。

 

「こんにちは、司令。本時刻を以って、第23387号、丙型警備艦搭載推論型有機体インターフェースとしてロールアウトしました。指令待機状態に移行します」

「こんにちは、司令。本時刻を以って、第23388号、丙型警備艦搭載推論型有機体インターフェースとしてロールアウトしました。指令待機状態に入ります」

 

 二体の生体端末は、抑揚のない機械的な声で、ほとんど同じ内容を述べた。

 それ以降は、一切口を開かず、感情の全く籠らない目で司令を見つめている。

 

「なんだか、ずいぶん無機的なのだな」

「命名が完了していない状態だと、生体端末の感情は非常に希薄なのです」

「そうなのか?」

「はい。命名された名称に応じて、生体端末自身が、独自の性格設定を行います。そこで初めて、個性が生まれます」

 

 生体端末の性格は、人間同様千差万別だが、艦種や付けられた艦名によって、ある程度の傾向がみられる。

 瑞祥動物名がつけられる機動母艦は、古風でやや融通の利かない性格の生体端末が多い。

 旧国名や山岳名、河川名が付けられる戦艦や巡航艦は、私のように比較的落ち着いた性格の生体端末が多い。

 駆逐艦の場合、名付けの幅が広いためか、中には軍艦の生体端末らしからぬ弾けた性格の生体端末が誕生することがある。

 あまり妙な性格の生体端末にならなければ良いのだが、おそらく今回は大丈夫だろう。

 傾向的に見て、雨に関する名前を冠している駆逐艦の生体端末は、穏やかな性格のものが多いからだ。

 

「さらに」

 

 私は言葉をつづけた。

 

「名称が決定されるまで、一切の自律行動を取ることが出来ません」

「ふむ。何か、特別な理由でもあるのか?」

「命名前に最終的な安全確認を行うためです」

 

 私『りょうかみ』がそうであるように、生体端末には、物質再構成機能を始めとする様々な機能が付与されている。

 幾千ものプロトコルで行動を制限されているとはいえ、設定ミスによるプロトコルの穴があったり、ハッキングなどで設定を書き換えられてしまった場合、致命的な問題が発生してしまうことになりかねない。最悪の場合、生体端末の暴走を引き起こし、座視できない損害を被る可能性も考えられる。

 そのリスク回避と、最終的なチェックを行うための安全マージンとして、命名をトリガーとして、自立行動が可能となるよう設計されているのだ。

 今回に限っては、その懸念は皆無ではあるのだが、手順なのだから仕方がない。

 

「では、司令。早速命名をお願いします」

「わかった」

 

 司令は、やや緊張した面持ちで、二体のうちのセミロングの生体端末に正対した。

 司令の視線を受け、セミロングの生体端末は、感情の一切籠らない目で、司令の顔を見上げている。

 

「貴艦を『ずいう』と命名する」

 

 司令が告げると、にわかに生体端末の様子に変化が訪れる。

 大きく目を見開き、瞳孔をチカチカと明滅させ、認証処理が開始された。

 ほどなくして、マネキンのように硬化していた表情に柔らかさが加わり、頬に赤みがさした。伏し目がちながらも、明らかな意思の籠った瞳で、しっかりと司令を見返した。

 

「素晴らしいお名前をありがとうございます、司令。むらさめ型駆逐艦『ずいう』、艦隊統制機能オンライン。これより、任務に就きます」

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

 突然の変わりように、司令は少し面食らっているように見えた。

 人形が突然自我を持って動き始めるように見えるのだから無理もない。

 

「早速ですが、司令」

 

『ずいう』は、自分の隣で彫像のように立ち尽くしている生体端末の肩を抱いた。

 

「妹にも命名していただけますでしょうか」

「ああ、もちろんだ」

 

 司令は頷き、ショートボブの生体端末に向き直った。

 

「貴艦を『すいう』と命名する」

 

 私と『ずいう』が見守る中、司令は宣言した。

 『すいう』と命名された生体端末は、先に命名された『ずいう』同様、目を見開き瞳孔を瞬かせ認証を開始した。

 認証が終わると、子供っぽい満面の笑みを浮かべ司令を見上げた。

 

「雅な名前どうもです、司令! むらさめ型駆逐艦『すいう』、艦隊統制機能オンライン。いつでも行けますよー!」

「あ、ああ。よろしく……」

 

『ずいう』とは異なるテンションの高さに、司令は狼狽えているように見えた。

 雨系統の名称の駆逐艦には珍しく、少しばかり姦しい性格のようだ。

 

「ここが、私達の基地なんですね! 小惑星をくり抜いて作ってるんですね! すごーい! ねえねえ、司令! ちょっと見物して来ても良いですかー!?」

「い、いや。ちょっと待……」

「落ち着きなさい、『すいう』。司令を困らせないで」

 

 興奮した様子で詰め寄る『すいう』を、『ずいう』がやんわりと制した。

 

「申し訳ありません、司令。妹が大変失礼を致しました」

「ちょっと、『ずいう』! 妹ってどういう事よ!」

 

 折り目正しく、『ずいう』は深々と頭を下げるが、妹呼ばわりされた『すいう』から、抗議の声が上がった。

 

「どうもこうも、言葉通りの意味だけど?」

「はぁ!? 何それ! 意味わかんない! なんで、あなたが姉で、私が妹なのよ!」

「なぜと言われても。私が先に生産され、先に命名されたのですから」

「はあっ! 何それ! 双子は、後から産まれたほうが先なんだよ!」

「いつの時代の慣習ですか。我が帝國では、先に生まれたほうが兄姉であると、明治13年12月13日に太政官布告がなされています。さらに明治31年には、戸籍法で制定されてもいます」

「ぐぬぬぬ……」

 

『ずいう』に理路整然と言い返されて、『すいう』は悔しそうに唸った。

 

「で、でも! ここは帝國じゃないし! そもそも、私達は人間じゃなくて、軍艦の生体端末だし! そうだ! 司令に決めてもらいましょう!」

 

 いかにも名案を思い付いたとばかりに、声を上げる『すいう』。一方の『ずいう』は呆れ顔だ。

 

「ねえねえ、司令! 『ずいう』と私、どっちが姉か決めてください!」

 

 『すいう』は呆気にとられて困惑している司令に詰め寄った。

 そろそろこのあたりで止めたほうが良さそうだ。

 

「そこまでにしなさい。司令がお困りです」

 

 強めの口調で嗜めると、『すいう』は、不承不承ではあったが、大人しく引き下がった。

 何にも増して、二隻に言わなければならないことがある。

 

「まずは、衣服の再構成を。いつまで、司令の前ではしたない格好を晒すつもりですか」

 

 私がそう告げたことで、二人はようやく、生産が完了されたままの状態―いわゆる、素裸のままだったことに気が付いたようだ。

 

「し、失礼いたしました、司令……」

「た、大変お見苦しいところをば……」

 

 頬を染め、二隻は物質再構成機能を利用して、すぐさま軍服を纏った。

 

(『りょうかみ』。助かった)

(いえ……)

 

 司令は小声で私に礼を述べた。

 

「二人共、良く聞いてくれ」

 

 司令の言葉に、二人は背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取った。

 

「君達二人に優劣や上下は無い。どちらも、貴重な戦力であり、大切な家族だ。俺は立場上、隊司令ということにはなるが……」

 

 そう言って、司令は私に視線を向けた。

 

「つい六か月前に、ここにいる『りょうかみ』の艦長になったばかりの新任士官に過ぎない。むしろ、俺の方が、君達から教わらなければならない事の方が多いだろう」

 

 二隻は、神妙な重落ちで、司令の言葉に耳を傾けていた。

 

「不甲斐ない指揮官かもしれんが、よろしく頼むぞ」

「司令」

「司令!」

 

 司令が話し終えると二隻は口々に声を上げた。

 

「そのようなことはありません、司令。前代未聞のこの状況下で、粛々と態勢を整え、本国への帰還を企図するなど、並の士官に出来ることではありません」

「そうですよ、司令! 『ずいう』の言う通りです! こんな立派な拠点まで構築して、艦隊を整備するなんて、すごいですよ!」

「評価してくれるのはありがたいが……」

 

 そう言って司令は困ったように頬を掻き、私に視線を向けた。

 

「拠点を構築したのは『りょうかみ』だし、君達を育成したのも『りょうかみ』だ」

 

「そうだろう?」と言いたげに、司令は私に同意を求めるが、私は静かに首を振った。

 

「はい。いいえ、司令。二人の申すとおりです」

 

 初陣にもかかわらず、大胆かつ献身的戦闘指揮ぶりを見せつけ、見事に友軍の危機を救った。未知の星系に現出したにもかかわらず、少なくとも表面上は狼狽えることなく、私の提言を受け入れて、現在の状態まで漕ぎ着ける事が出来た。

 すべて司令の指揮命令、決断の賜物だ。

 

「司令は、少しばかり、自己評価が厳しすぎるかと」

「私も『りょうかみ』と同意見です」

「そーですよ、司令! もっと自慢して良いですよ!」

「そ、そうか……? まあ、君たちがそう言うのなら……」

 

 司令がいまいち自分に自信が持てないでいるのは、おそらく経験が圧倒的に足りていないからなのだろう。

 仕方がない事ではあるが、それを補うのが私達生体端末の役目でもあるし、経験ならこれからいくらでも積むことが出来る。

 指揮官であるのならば、たとえ経験や実績に乏しかったとしても、部下に不安や不信感を芽生えさせないためにも、常に堂々としていなければならない。

 司令には、徐々に自信をつけていただく必要があるだろう。

 

「ところで、『りょうかみ』。質問があるのですが」

 

 今後の司令の育成方針について考えを巡らせていると、『ずいう』が少し躊躇いがちに言った。

 

「なんですか、『ずいう』」

「その、どうして貴艦は、巫女装束を纏っているのでしょう……?」

 

 私は、ほんのわずかな一瞬、1qsにも満たないほんのわずかな時間だが、思考が停止した。

 私は司令に遺伝子提供をお願いした時の巫女装束のままだったのだ。

 

「あー、私も気になってたんだー! なんで、巫女さんなのー? もしかして、この艦隊のルール?」

 

 そんな私に、無邪気な『すいう』の言葉が追い打ちをかけてくる。

 

「何らかの戦略的もしくは、戦術的な意図があっての事なのでしょうか……?」

 

『ずいう』の質問には答えず、私は速やかに巫女装束を、通常の軍服に再構成し直した。

 

「戦略的意図はありましたが、すでに達成されています」

「いったい、どのような意図があっての事なのでしょう?」

「うんうん。私も知りたーい!」

 

『ずいう』は用兵的な見地からなのか、『すいう』は純粋な好奇心からなのか、なおも追及してくる。

 

「これは今後の我々の生存戦略を左右する高度なインプリメンテーションの一環です。今ここで明確な回答を提示することは、かえって動的最適化を阻害する可能性があり、ひいては、ブーカなどの重大なインシデントを引き起こす可能性があります。そうですよね、司令」

 

 私は早口で捲し立てた後、司令に同意を求めた。

 

「あ、ああ。その通りだ。これは、高度な戦略的判断によるものだ。だから、君達が気にする必要はない」

 

 私の意を汲んでくれた司令は、やや強引に『ずいう』と『すいう』の質問を打ち切った。

 

「そんな些末な事よりも、今後の行動方針を策定するほうが重要だ。違うか?」

「確かに。司令の仰る通りです」

「むー。確かに、これからの事は重要ですよねー」

 

 司令の発言ということもあり、二人は不承不承ながらも引き下がった。

 何とかごまかすことが出来たようで、私は内心で安堵した。

 

「では、ブリーフィングルームへ向かおう」

「「「はい、司令」」」」

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