とりあえず、艦長を支えることにした   作:ハンヴィー

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未踏宙域

「艦の状態はどうか」

「艦体の損傷率45%。特に機関部の損傷が著しく、本艦は現在漂流状態です。修復作業を提案します」

「酷いものだな……」

 

 艦長は苦い表情で頭を振った。

 戦闘による損傷は皆無だったものの、予期せぬ乱数跳躍に巻き込まれた影響で、艦体のあちこちに、深刻な損傷が発生していた。

 中でも、主推進装置の状態が深刻だった。

 

「『りょうかみ』。艦の復旧作業を許可する。並行して、探査ドローンを放って周辺宙域の情報をつぶさに収集せよ」

「承知しました、艦長」

 

 私は艦外に意識を向けた。

 本艦の周辺には、敵艦隊の残骸と、かつて人間だったであろうタンパク質の化合物が漂っているのが認識できた。

 私達軍艦の生体端末は、高度な自己修復機能を備えており、有機物以外の物体を、素粒子レベルまで分解したうえで、任意の物質に再構成する事が可能だ。

 これにより、周辺に四散している共和国艦隊の残骸を素粒子レベルまで分解し、修復のための材料として利用するのだ。

 私は艦外にドローンを展開し、周辺を漂う残骸の回収に入った。並行して探査型ドローンを放ち、周辺宙域の情報収集を開始する。

 艦長は艦長席に腰を下ろすと、本艦のデータベースにある宇宙図情報を閲覧し始めた。

 

「艦長。念のため、医療区画での精密検査と休息を提案します」

 

 頭部の負傷が気になった私は、艦長にそう提案した。そうでなくとも、艦長は輸送艦隊の護衛と、それに次ぐ戦闘で二日ほどまともに休息をとれていない。負傷もそうだが、何より体調が心配だった。

 

「この程度なら、問題ない」

 

 艦長は空中投影型ディスプレイの表示を睨みつけたまま、私の提案をにべもなく拒絶した。

 

「了解しました」

 

 この場は抗弁はせず、艦長の意思を尊重することにした。

 もっとも、いざというときには、無理にでも休んでいただく事になるが。

 負傷や疲労が蓄積している状態では、正常な判断は出来ないのだ。

 

「やはり、ここは未踏宙域のようだな」

 

 艦長は暫くディスプレイに表示される様々な情報を食い入るように閲覧していたが、やがて溜息と共に背凭れに身体を預けた。

 これまでにも、乱数跳躍を行った宇宙船は数多く存在するが、ただの一隻も生還した船は無かった。

 その中には、今の私達のように、人類未踏の宙域に放り出され、為す術なくその地で生涯を終えた者も少なからず居たのかもしれない。

 私達がそうなると決まったわけではないが、その可能性は非常に高いだろう。

 本国はもとより、宇宙艦隊司令部との超光速通信は途絶。現在位置は宇宙図上に存在しない、どことも知れない宙域だ。

 我々が生きて本国に帰還できる可能性は、限りなくゼロに近い。

 

「済まない、『りょうかみ』」

 

 まるで独り言か何かのように、艦長はぽつりと呟いた。

 艦長に謝罪される理由が分からなかった私は、艦長をまじまじと見つめ小首を傾げた。

 

「どうかなさいましたか、艦長」

「俺が艦を盾にしようなんて考えたせいで、こんな結果になってしまった。俺の判断ミスだ」

「はい。いいえ、艦長。艦長の決断は適切だったと判断します」

 

 輸送艦隊の護衛任務は成功し、見事戦略目標は達成したのだ。

 もしあの時、艦長の行動が遅れていたら、僚艦だけではなく、輸送艦隊をも乱数跳躍に巻き込んでしまったかもしれない。

 確かに、我々が未踏宙域で迷子になってしまったことは由々しき事態ではあるが、些細なことでしかない。

 帝國軍人たるもの、軍艦たるもの、身命を賭して任務を遂行すのは当然のことで、その過程で命を落とすことは常に覚悟しておかねばならない。

 言うまでもないことだが、戦死を美化しているわけではない。覚悟の問題だ。

 そもそも、軍人も軍艦も、須らく陛下と国民のものだ。

 軍人の育成や軍艦の建造が、国民の血税をもって贖われている以上、その死は国益にかなうもので無ければならない。

そういう観点で見れば、艦長の判断は正しかったのだ。正に、私達の命の使いどころだったのだ。

 

「少なくとも、最良であったことは間違いありません」

「だが、敵艦の撃沈が間に合えば、こんなことには……」

「結果論は無意味です。艦長」

 

 それに、艦長も本艦もまだ生きている。可能性は限りなくゼロに近いだろうが、帝國本土への帰還の道が完全に潰えたわけではないのだ。

 このうえは、あらゆる手段を講じて本国への帰還を果たし、軍人として軍艦としての務めを果たすべきだ。

 

「……そうか。そうだな。過ぎたことを悔やんでも詮無きことか」

 

 どうやら、理解していただけたようだ。

 先ほどまで強張っていた表情も、幾分柔らかになったような気がする。

 

「『りょうかみ』」

「はい、艦長」

「やはり、少し休ませてもらうことにする。今、俺に出来ることは何も無さそうだ」

「承知しました。賢明なご判断です。では、艦長室へどうぞ」

 

 現在、艦長と私がいる場所は、戦闘指揮所(CIC)だ。

 ゆっくりと休める艦長室に案内しようとしたところ、艦長は頭を振った。

 

「いや、ここで良い」

 

 そう言ってシートをリクライニングすると、制帽を顔に被せた。

 

「何かあったら、叩き起こしてくれ」

「叩き起こすわけにはいきませんが、了解しました」

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