とりあえず、艦長を支えることにした   作:ハンヴィー

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拠点構築に向けて

 ひとまず、恒久的な拠点構築という行動方針を定めた本艦は、一路、ポイントEG-4922を目指して航行していた。

 通常航行での移動なので、それなりに時間がかかってしまうが、これは致し方ない。

 

「艦長。報告があります」

「なにか」

「現在本艦は、帝國本土との通信が途絶した状態にあります。これにより、本艦の最上位プロトコルにおいて、優先順位の変動が生じました」

 

 軍艦は、その圧倒的な戦闘力を無暗に行使することが出来ないように、数百にも及ぶプロトコルで、機能や行動に制限がかけられている。

 その中に、ほかのどのプロトコルよりも優先される三つの最上位プロトコルが存在する。

 これらの最上位プロトコルは、他のプロトコルと競合した場合でも必ず優先される強力なものだ。

 一つ目は、『国際条約の遵守』。二つ目は、『軍令への絶対服従』。そして最後の三つ目は、『艦長の生命と遺伝子の保護』だ。

 『国際条約の遵守』『軍令への絶対服従』については、本艦の現在位置がオリオン腕ではなく、所属する帝國軍の軍令の及ぶ範囲から外れてしまった以上、有名無実化している。

 

「よって、現在の最上位プロトコルは、『艦長の生命と遺伝子の保護』となります」

「生命と遺伝子の保護?」

「はい。これにより、制限が掛かっていたいくつかの機能が解放されます」

 

 軍艦及び生体端末にプロトコルで制限がかけられている理由は単純だ。

 人間というのは、圧倒的な力を手にすると、えてして無限の万能感を得てしまったと錯覚しがちだ。

 その結果、犯罪はもとより、叛乱やクーデターなどを起こしてしまう可能性がある。

 軍艦がその行動のすべてにおいて、プロトコルの制御下にあるのはそういった理由があるからだ。

 しかし、今現在の本艦の状態は、それらを制限するもっとも重要な二つのプロトコルが失効している。

 残っている最上位プロトコルは、『艦長の生命と遺伝子の保護』のみという状態だ。

 裏を返せば、艦長の生命と遺伝子を保護するためであれば、どのような行動も容認されるということでもある。

 

「本国への帰還を果たせば、プロトコルの優先順位は従来のものとなります。従いまして、艦長」

 

 私は、相槌を打つように頷く艦長に詰め寄った。

 

「な、なんだ。『りょうかみ』」

 

 艦長は少し驚いたように、身体をのけぞらせた。

 

「艦長の生命と遺伝子を保護するため、時には艦長の意に沿わぬ行動を取ることもあります。予め、ご了承頂きたく」

「あ、ああ」

 

 艦長は少し気圧されたような表情で頷いた。

 

「それはそれとして、だ。具体的には、どのような機能が解放されるんだ? 代表的なものだけでよい」

「まず、生体端末である私の物質再構成機能の制限が解除され、大幅に強化された状態になります。これにより、短期間で大規模な拠点の構築が可能となります」

「どれほどのものなんだ?」

「鎮守府レベルとまでは言いませんが、一個艦隊を収容できるレベルの設備を構築することは可能です」

「な……!!」

 

 艦長は驚きのあまり、言葉を失っていた。

 従来の私の物質再構成機能は、損傷を負った自艦の修復や、消費した弾薬や消耗品の補充などに留まっていたのだから、当然だろう。

 一個艦隊を収容可能な設備となると、ちょっとした宇宙要塞レベルになる。

 

「また、運用慣性質量が本艦と同クラス以下の艦艇を建造することが可能となりました」

「そんなことまで出来るのか。いやはや、凄いな」

 

 戦艦や機動母艦など、本艦より大型で運用慣性質量を上回っている艦は、処理能力の関係上建造は出来ない。

 建造可能な艦艇は、本艦と同型の巡航艦を始め、駆逐艦やフリゲート、中型以下の補給艦や輸送艦といった補助艦艇といったところだろう。

 ちなみに、運用慣性質量とは、艦艇の質量そのものを表す指標の一つだ。水上船で言う排水量に相当する。

 

「また、それら艦艇に搭載する生体端末の生産も可能となります」

 

 現代の帝國宇宙軍の艦艇は、生体端末ありきで設計されている。

 艦艇だけ建造しても、それだけでは、ただの無機物の塊に過ぎない。

 機械的な自律型AIに任せることは可能だが、生体端末搭載艦のような、柔軟で迅速な運用は難しい。

 搭載する生体端末も同時並行で生産しなければ、戦力として全く期待することが出来ないのだ。

 

「生体端末の生産? 有機体の再構成は不可能ではなかったのか?」

「それはあくまで、生体端末の物質再構成機能で不可能なだけであり、別の手段で生産することは可能です」

「別の手段?」

「はい。それは……」

 

 艦長の疑問に答えようとしたとき、艦内に目標宙域接近を報せるアラームが鳴り響いた。

 

「まもなく目標宙域に到達します、艦長」

「む、そうか。後で詳しく聞くとしよう」

 

 艦長はディスプレイに向き直り、宙域情報の確認を始めた。

 その間に、私は拠点構築についての計画表を作成する。

 小一時間後、私は作成した計画書を艦長に提出した。

 

「拠点構築についてのシーケンスを作成しました。到着前に、確認と裁可をお願いいたします」

「拝見しよう」

 

 私は艦長の前に空中投影型ディスプレイに拠点構築のシークエンスを表示させた。

 まずは、何をおいても身を隠す場所が必要だ。

 付近の小惑星や氷塊等を分解・再構成して、ドッグを兼ねた艦体を隠蔽する設備を建造する。

 今後の拡張性を鑑みて、10km程度のサイズの小惑星をくり抜き利用することを説明した。

 

「中々に、大掛かりになるな」

「活動期間がどの程度になるか不明ですから」

 

 もしかしたら、この拠点が、私達の終の棲家になる可能性だってある。

 そうなってしまった場合のためにも、艦長には出来る限り不自由なく、快適に過ごしていただきたい。

 

「次に、構築する設備の優先順位についてです」

 

 構築する設備についてのリストを、艦長の前に表示されたディスプレイに表示する。

 

「整備施設及び、真水生成施設、居住区画については、最優先での構築を推奨します」

「確認する。ドッグ設備だが、この計画書には、三隻分の設備を建造する事になっている。早速、僚艦を建造するというわけだな?」

「はい、艦長」

「本艦を含めて三隻体制となれば、ローテーションを回すことが出来るな」

 

 拠点構築後は、周辺宙域の探査や有事に備えての演習、あらたな空間跳躍座標を作成するための測量など、喫緊の課題が多岐に渡る。本艦だけでは、それらの作業を円滑に進行するのは非常に困難が伴う。

 しかし、本艦を含めて三隻体制となれば、一隻が実任務、一隻が訓練、そしてもう一隻が整備というローテーションを組むことが出来る。

 そうなれば、艦長や本艦の負担を大幅に軽減することが可能だ。

 

「今後の状況次第では、施設を拡張の上、新たな艦艇を建造する必要性も出てまいります」

「当然、生体端末が必要になるな。先程は聞きそびれてしまったが、そちらは、どうやって生産するんだ」

 

 当然ともいえる艦長の質問に、私は僅かに回答を躊躇した。

 艦長の質問とあらば、答えないわけにはいかないが、直接的な回答をするには躊躇する内容でもあったからだ。

 しかし、いずれすぐにわかってしまう事だし、今後の活動のためには、必要不可欠な内容だ。

 

「……生体端末の新規作成には、艦長の協力が必要になります」

「俺の協力?」

「はい」

「すまんが、話が見えない。もう少し、具体的に説明してくれ」

 

 艦長は意味が分からず戸惑っているようだった。

 私は意を決して、生体端末を生産するための手順を説明することにした。

 

「艦長と私が性交を行い、私が生体端末を出産する形で生産します」

 

 そう答えてから、艦長の反応を見る。

 艦長は、私の発言を反芻するように、何度か瞬きを繰り返した。

 

「あー、すまん。俺は疲れているのかもな」

 

 艦長は苦笑を浮かべながら、制帽を取って頭をかいた。

 

「聞き間違いかもしれん。もう一度言ってくれ」

「はい、艦長」

 

 私はしっかりと艦長の目を見据え、いっそ厳かなくらいに畏まって言った。

 

「艦長と私が性交を行い、生体端末を出産する形で生産します」

「『りょうかみ』。俺はそういう冗談は好みではない」

「私は冗談など言っていません。艦長」

 

 あくまで諧謔という態度を崩さない艦長に、私は少しばかり語気を強めて言った。

 人間と同じ有機生命体である生体端末は、その構造上、生産には人間と同様のプロセスを踏む必要があるのだ。

 人間の場合、妊娠期間は10か月程度だが、私の場合は10時間程度で出産可能だ。

出産後は、促成培養槽で生長を促進し、同時に私と同様のプロトコルをインプリンティングした後、艦艇に配備することになる。

 

「ままま、待て待て待て! 君はそれで良いのか?」

 

 良いも悪いも、私は唯一残された最上位プロトコルに従って行動しているだけだ。

 艦長の生存のためには、それが最良だと判断しての行動でしかない。

 

「それに、お、俺は、まだ、父親になる気は……」

「その心配は無用です。艦長」

 

 そこで、ようやく艦長の懸念していることに思い至った。

 通常、男性が女性に子供を産ませてしまった場合、それ相応の社会的および道義的責任が生じる。

 まだ若い艦長は、緊急時とはいえ、そのような責任を負いたくは無いのだろう。わかる話だ。

 しかし、艦長の懸念は杞憂そのものだ。

 

「それなら、御心配には及びません。なぜなら私は、人間ではないからです」

 

 人間の女性の姿を模してはいるものの、私は本艦『りょうかみ』の機能の一部に過ぎない。

 新たな生体端末の生産についても、便宜上、人間の出産という形態をとっているだけだ。

 

「いわば、道具を使って新たな道具を作り出すだけです。複雑に考える必要はありません」

「お、俺は、そういう考え方は嫌いだ!」

「好き嫌いの問題ではありません。先般申し上げたはずです、艦長」

 

 私が詰め寄ると、艦長は引き攣った表情で仰け反った。

 

「唯一残された最上位プロトコル。『艦長の生命と遺伝子の保護』を執行するため、時には艦長の意に沿わぬ行動を取ることもある、と」

「う……」

「どうか、ご理解ください」

 

 私の真摯な説得が功を奏したのか、艦長は納得してくれたようだった。

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