引き続き、記憶領域の最適化と解放を継続する。
次に精査した記憶情報は、先の女子会の直後、艦長と私がこの未踏宙域に現出するきっかけとなった、共和国艦隊との戦闘時のものだ。
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記録日時:皇紀5685年 星歴3965年 帝國標準時10月2日 19:58:26
再生開始
「報告を!」
シートのひじ掛けに置く手が、僅かに震えているのも確認できた。
「共和国艦隊の反応を検知。数は四十二。我が艦隊の進路上を包囲するように展開中」
状況を報告しつつ、艦長の状態を観察する。
脈拍、体表温度、声紋などから分析した結果、艦長の緊張状態が、戦闘に対する高揚感ではなく、恐怖であることが分かった。
僅かに逡巡した後、私はためらいがちに艦長に声を掛けた。
「怖いですか、艦長」
艦長は僅かに身体を強張らせた後、恥じ入るように小声で「ああ」と呟いた。
「艦長。恐怖を感じることは、恥ではありません」
私は、艦長席の肘掛けを握りしめる艦長の手に、そっと自分の手を重ねた。
「我々は今、殺しあいをしようとしています。顔を見たことも無い、話したことも無い、見ず知らずの人間と殺しあおうとしています。戦争とはいえ、酷い話です。恐怖を感じるなと言うほうが無理な話です」
恐怖とは本来、生物に備わっている危機感知能力だ。恐怖を感じるからこそ、慎重になるし生き残るために様々な工夫や準備を行う。恐怖を感じなくなった者が、戦場で長生きすることは出来ない。命のやり取りをを怖いと感じる艦長の感性は、人として至極正常なものだ。
だが、軍人である以上、恐怖をうまくコントロールし、時には克服しなければならないのもまた事実だ。
「ですが、艦長は軍人であり、本艦は軍艦であります。陛下の
「……ああ、そうだな」
「いずれは、武運つたなく、戦場に斃れる日が来るかもしれません。ですが」
重ねた手にわずかに力を籠める。
「私が常にお傍におります。死ぬ時は一緒です」
「……すまない、『りょうかみ』。もう大丈夫だ」
艦長は決然とした表情で顔を上げ、堂々と号令を下した。
「全艦、対艦戦闘用意。合戦準備!」
「全艦、対艦戦闘用意。合戦準備」
艦長の号令を復唱し、艦を戦闘態勢に移行させるべく、全ての武器システムを起動する。
――重粒子加速装置オンライン。
――純粋水爆励起装置オンライン。
――反物質励起装置オンライン。
――レーザーCIWSオンライン。
――防御障壁増幅装置オンライン。
「対艦戦闘、用意よし」
すべての武器システムを起動し、本艦は瞬時に戦闘態勢へ移行を完了した。
その直後、戦術データリンクを通して、旗艦『つるぎ』より、指令が通達された。
「旗艦『つるぎ』より指令通達。全艦隊交戦を許可する。兵器使用自由。輸送艦隊の前面に展開し、敵艦隊を要撃せよ」
「了。第一戦速。面舵二十」
「
『つるぎ』からの指示に従い、艦長は本艦に前進の指示を出す。僚艦『てしお』『ほたか』の二隻も、所定の位置に着くべく移動を開始している。
四隻の陣形は上から見ると、『つるぎ』を頂点とした戦闘機編隊のフィンガーフォーのような隊形になっている。右掌を伸ばした時の親指を除く指の位置が、その名称の由来だ。
旗艦である『つるぎ』が中指の位置、『つるぎ』の左隣り、人差し指の位置に『ほたか』、右隣り薬指の位置に本艦、そして、小指の位置に『てしお』という配置だ。
配置としては前述したとおりだが、宇宙空間は想像を絶するほどに広く、戦闘に用いられる兵器ー対艦ミサイルに用いられる純粋水爆や、反物質兵器である光子魚雷の加害半径はかなりの範囲に及ぶ。
そのため、僚艦はおろか、護衛対象である輸送艦隊も、人間の目で目視出来る距離には存在しない。
「敵艦隊の分析完了。全艦、労働級突撃艦」
共和国軍の労働級突撃艦は、艦の性能自体は、戦闘速度以外特筆すべきものは無い。武装は埋め込み式の主砲と光子魚雷発射管を艦首に集中配備しているせいか死角も多い。脅威となるのは、その運用方法だ。
簡素な設計で大量生産されている本艦は、ただひたすら数の理を生かして、多数を以って突撃を敢行してくる。
乗員の生存など一切考慮しない、特攻としか思えない攻撃を仕掛けてくるのだ。
「敵艦隊、光子魚雷を射出。数二十六。本艦に向けて急速に近づく」
敵艦隊は、最大戦速で突進しつつ、光子魚雷を一斉発射した。そのうちの二十六本の魚雷が本艦に向けて飛来してくる。
既に
「CIC指示の目標。艦対空誘導弾、攻撃始め!」
「CIC指示の目標。トラックナンバー1・1―1・26。RIM-888発射始め。発射用意。
本艦の
僚艦からも自艦に飛来する光子魚雷を迎撃するべく、次々と艦対空誘導弾が発射されている。
我が方の艦対空誘導弾を表すブリップが、それぞれの目標に接触する様子を、艦長は息を殺して見守っている。
「インターセプト五秒前。スタンバーイ、マーク、インターセプト」
私の報告と同時に、レーダー上の迎撃ミサイルと光子魚雷を現すブリップが重なり消失した。
前方の宇宙空間を映す前面スクリーンに、光子魚雷弾頭の対消滅時に発せられる眩い対消滅発光が映し出される。
「ターゲット、キル」
艦長はほっとしたように息を吐く。
僚艦もすべて、光子魚雷をの要撃に成功し、打ち漏らしは一発もなかった。しかし。
「敵艦隊、行き足止まらず。本艦に向けて、更に近づく」
「正気か、やつら」
艦長が唖然としたように呟いた。
艦長の所感には、全くもって同感だ。
なにしろ、我が方が迎撃した光子魚雷の対消滅発光の中を突撃してきたのだ。
そんなことをすれば、艦に甚大な損傷が発生する。航行不能に陥るだけならまだしも、対消滅に巻き込まれて自沈する可能性だってある。
やがて、甚大な損害をものともせず、対消滅発光の中を驀進してきた敵艦隊が殺到してきた。
中には撃沈寸前の損害を受けている艦もある。
「
「至近目標より迎撃する! 主砲一番、二番。攻撃始め!」
艦長の指命に従い、艦首に背負い式に搭載されている一番主砲と二番主砲を敵艦隊に指向する。どちらの主砲も共に連装砲だ。
「目標、距離二十七宙里。主砲一番、二番。交互打方」
本艦の最至近の敵艦から順に目標を補足し、大日本帝国海軍時代から続く主砲発射の号令を発する。
「
二基の連装主砲から交互に打ち出された四条の重イオン粒子ビームは、正面から突入してくる敵艦の艦首から艦尾までを貫通し、四隻を次々に撃沈せしめた。
本艦の主砲の火力と優秀な火器管制制御を組み合わせれば造作もないことだ。
「命中。撃沈確実」
「いいぞ。後続艦に備えろ!」
一瞬で四隻の艦艇を喪失した敵艦隊だが、怯むことなく、自滅とも思われる突撃を繰り返してくる。
それらを五月雨式に迎撃しながら、敵艦隊の動きが妙であることに気づく。
「敵艦艇より、異常な空間歪曲波を検知」
「空間歪曲波だと?」
「はい。この波形は、空間跳躍時に発生するものに酷似しています」
「まさか……!」
艦長が何かに気づいたように血相を変えた。
「我が方の艦隊を巻き込んで、乱数跳躍するつもりか!?」
正気の沙汰ではないが、人命が最も安い共和国軍なら取りかねない戦術だ。
僚艦も必死に敵艦隊を迎撃しているが、数が多い上に、味方の艦を盾にするようにしながら突撃してくるため、撃沈に手間取っている。
「『りょうかみ』。前進全速。本艦を盾にして敵艦隊の侵攻を阻止する」
「それでは、本艦に攻撃が集中することになります」
「承知の上だ。囮がいれば、味方も攻撃しやすいだろう」
迷いのない言葉に、私は思わず艦長の顔を注視した。
少し前までの、初陣に恐怖していた不安げな表情は一切無い。
「承知しました。前進全速」
本艦は艦長の指示に従い、最大戦速で敵艦隊に吶喊する。
守勢だった我が方が、突如攻勢に出たことに算を乱したのか、敵艦隊の攻撃が一瞬止んだ。
その隙に、本艦は敵艦隊の真っ只中に飛び込んでいく。
「狙いをつける必要もない! 全砲門打ちまくれ!」
敵の労働級突撃艦は、その構造上、前方の敵しか攻撃できないため、本艦に対処するためには、回頭する必要がある。
本艦は苛烈な攻撃に晒されることになったが、その甲斐あって、味方から敵艦隊を引き離すことに成功した。
僚艦も、本艦の対処に手間取って浮足立っている敵艦艇を、つるべ打ちのように撃沈していった。
しかし、本艦が最後の一隻を撃沈し、敵艦が爆散するまでの僅かな間に、敵艦の乱数跳躍が発動してしまう。
「空間歪曲率、極大方向に遷移中。危険です」
「くそっ!」
艦長が毒づくと同時に、艦内に衝撃が走った。
EOF
再生終了
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この記憶情報の最後は、本艦と敵艦隊の残骸が、空間跳躍時に発生する時空震に巻き込まれるところで終了していた。
「……」
主要な情報の整理と再配置を完了した私は、プロセスの再起動を行い覚醒した。
光量子演算装置の使用率も下がり、記憶領域の再構成を行ったためか、心なしか身体が軽くなったような気がする。
艦長室を確認してみたところ、艦長はまだお休みのようだ。
人間は私と違い、十分な休息が必要だ。
この後は、新造艦の建造と、生体端末の生産が控えている。
艦長には、今のうちに十分にお休みいただき、その間に、新造艦の建造準備を進めることにした。