正当な理由もないまま、私は拘束された。私が連邦軍のスパイ!? 馬鹿も休み休み言うべきだ。
とは言え、状況は見えてきた。北米司令官のガルマ・ザビ大佐は、融和的な占領統治を志向している。ニューヤーク市のイセリナ・エッシェンバッハと恋仲になるなど、現地に対して非常に融和的だ。
一方、私のノイアー・ガイストは融和と対極的な存在である。殺し、犯し、奪う。分かりやすく言えばこの3つをやったのだ。
ガルマにとっては目の上のたんこぶだろう。また、ガルマに忖度した周囲が排除したのかもしれない。私はガルマを友人と思っているし、向こうもそう思っているはずだ。
ガルマが命じたならば、こんな乱暴な拘束はしないはずだと信じたい。
しかし、部下が内通者で裏切り者だったように、私は人を見る目が無い。ガルマが命じた可能性も大いにある。
「大尉! 私、出世しました! 中尉になりましたよ! ジムを鹵獲した功績ですって! 給料上がります! 嬉しい!」
「それは良かった」
「なんかダウナーですね。助けて、ママ。とか幼児退行しないんですか?」
「……黙れ」
「えー。助けて欲しいんですよねぇ?? このままじゃ、サクラメントの虐殺の責任者として処刑されちゃいますよ」
「ぐぅ!……助けてください。お願いします」
「その願いは私の力を越えています。残念でした」
こ、こいつぅ。腹立つなぁ。
大尉クラスを処刑するのに、何か障害が有るのか、あるいはレテクト少佐が暗躍したのかは知らないが、なかなか私は処刑されなかった。もう11月になる。寒くなってきた。
ノイアー・ガイストは、戦闘に参加せずひたすら後方でテストを行っているらしい。私は牢暮らしだ。風の噂でガルマが死んだと聞いたが、まだ私は出られない。
「大尉、レーカです! キャリフォルニア・ベースに敵が迫ってますよ! 今なら逃げられます!」
「敵だと??」
「オデッサでジオンは大敗しました。地球から、みんな逃げるみたいです」
信じられない。アスタロスが有りながら、誰も使わなかったのか? コロニーも小惑星も落とさなかったというのか?
あれを使えば、こんなことにはならなかったはずだ。南極条約など無視して使えば良かったものを…!
使えるものを使わず、むざむざと敗北する。ジオンには碌な将校も兵もいないようだ。
「ほら、逃げますよ。ザンジバルが居ます。あれでみんなで逃げるんです」
「ザンジバル? なぜここに?」
「元々ノイアー・ガイストに来る予定のザンジバルだったみたいです。大尉がやらかしたから後回しにされて、今ここに来たみたいですね」
「後手に回りすぎているな。ノイアー・ガイストが宇宙にいれば、この戦争はこうはならなかっただろうに」
「イリスちゃん、脳味噌空っぽなんですか? イリスちゃんがお酒に飲まれて、グラナダで暴れたから、私たちは地球に居るんですよ!!」
「……だが、それは」
「自業自得ですよ。処刑されなかっただけマシです。ほら、逃げますよ!」
ザンジバルには、アスタロスのプラントが積まれていた。ギレン総帥からしたら、私たちはアスタロスのついでに回収する程度の存在なのだろう。
ザンジバルが向かうのは、ア・バオア・クーである。ソロモンは宇宙攻撃軍の縄張りだし、グラナダは突撃機動軍の領域だ。だから、ア・バオア・クーに向かうしかない。
連邦軍のジムが、地上でも宇宙でも、ザクを圧倒しているようだ。いよいよ末期かもしれない。
ザンジバルは無事に大気圏を離脱した。そして何事もなくア・バオア・クーへと辿り着いた。
このザンジバル級は、本国の技術本部に回されるという。私たちも便乗し、本国に戻る。
本国も以前とは比べものにならないくらいピリピリしている。ジオンの滅亡が近いのかもしれない。
「ノイアー・ガイストの諸君。君たちは晴れて親衛隊に復帰だ。君たちにお似合いの任務がある。マハルコロニーから、住民を排除してもらいたい。道具は用意する。やり方は君たちに任せるよ」
アサクラ大佐が私たちに、マハルコロニーの掃討を命じた。マハルはコロニー・レーザーに転用されるコロニーである。コロニーを兵器にするために、中に住んでいる人間が邪魔なのだ。これを片付けなければならない。
だが、マハルの住人の多くは行く宛のない難民だ。このコロニーは貧民が集う場所である。地球や各サイドから引き上げてきて、市民権が無かったり、金銭的に困窮していたりする弱者がマハルに行き着くのだ。
「彼らに市民権を与えることは可能ですか?? マハルを出ていくなら市民権を付与する。そうすれば、大人しく出ていくはずです」
「不可能だ。考えること自体がナンセンスだ。GGガスを使え。シーマにやらせれば良かったが、あそこはヤツの故郷だ。面倒なことになるかもしれん。君たちノイアー・ガイストなら都合が良い。なに、地球でやったことを宇宙でやれば良いんだ」
マハルコロニーにしがみつく市民たちを、可及的速やかに排除しなければ、コロニー・レーザーは起動できない。
だが、難民と言えど自国民にGGガスは使用したくなかった。
「事故に見せかけ、コロニー内部を真空にすることは可能ですか?」
「出来るな。よし、それで行こうじゃないか。考えてみれば単純な話だな。難民共は空気が無ければ死ぬ」
責任者であるアサクラ大佐の許可を得て、任務を実行することとなった。正直、全く気が進まない。
連邦や敵性スペースノイドを殺すことには抵抗は無かったが、今回は難民とは言え自国民である。同胞を殺すなど、馬鹿げている。
「私たちが居なくても、実行出来るのではないですか?」
「保険だ。何か起きては困るからな」
ゲルググの慣熟飛行と、コロニー外部の巡回という名目で、ノイアー・ガイストはマハルコロニーに接近した。
難民が、コロニーの空気開放に抵抗した時に、コロニー内部に侵入し制圧することが、私たちの役目だ。
特に抵抗なく、マハルコロニーの空気は抜けていった。風船に針を刺した時のように、人やモノが吸い出されていく。
「嫌な任務ですね。難民と言えど人は人です。俺はもう耐えられません。この任務が終わったら、隊を抜けます」
「そうか。それで良い。話は通しておく」
「……貴女には、いつか報いが来ますよ」
ヴォルフ曹長が、去ったら私の小隊はレーカ中尉と2人きりになってしまう。ハルトマン准尉の小隊は充足しているため、ノイアー・ガイストは合計6機となる。
コロニー・レーザーの完成と共に、ヴォルフ曹長は隊を辞した。彼は学徒部隊の補佐となったようだ。ルウム戦役からのベテランだ。教導の適性は高いだろう。
ソロモンが陥落し、ジオン公国軍にはもう後がなくなった。グラナダが陥落すれば、ジオン本国への物流が滞り、多大な経済的損失が生まれる。そして、戦争継続が不可能になるだろう。
私たちのいるア・バオア・クー要塞が陥落すれば、本国を守る盾がなくなる。ジオンは本土決戦を強いられるわけだ。
「コロニー・レーザー、発射用意! ゲルドルバ照準!」
「了解、発射可能です!」
「よし、発射しろ!」
アサクラ大佐の命で、コロニー・レーザーが発射される。レテクト少佐も満足げに頷いている。少佐は、アサクラ大佐に取り入ったらしい。
コロニー・レーザーの発射で、連邦軍の主力艦隊は撃滅された。しかし、まだ残存艦隊がある。この艦隊が、グラナダ、ア・バオア・クーのいずれに向かってくるとしても、味方の兵力で迎撃可能なはずだ。
ギレン総帥は、なんやかんやで政治的に上手くやっている。敵である地球連邦軍と、潜在的な脅威である宇宙攻撃軍、突撃機動軍をかなり巧妙にすりつぶしてきた。
宇宙攻撃軍は、指揮官であるドズル・ザビ中将と根拠地であるソロモンを失った。
突撃機動軍は、重力戦線に兵や士官をつぎ込み骨抜きになった。連邦が、ア・バオア・クーではなくグラナダ攻略を選択すれば、宇宙攻撃軍と同じ末路を辿るだろう。ギレン親衛隊のみが独り勝ちという状況が生まれるはずである。
「アサクラ大佐、今何と?? デギン公王が戦死…? 確かですか?」
「確かな情報だ。秘密会合を連邦と行っており、不幸にもコロニー・レーザーに飲み込まれたらしい」
私は、勢いよく嚥下しようとしていた水を吐き出した。士官食堂でとんでもない話がされている。レテクト少佐も、流石に驚いている。
残されたザビ家は、ギレン総帥とキシリア少将だけだ。
連邦がグラナダを攻撃目標に選べば、突撃機動軍は形骸化するだろう。グラナダの防衛に成功し、勝利したとしても、富の源泉であるグラナダ市に被害が生じるのは明らかだ。突撃機動軍が権力を失うのは、目に見えている。
そこで、ふと思った。連邦軍がア・バオア・クーを攻撃目標にした場合は、どうなるのだろうか。ギレン総帥の私兵である親衛隊は、ここア・バオア・クー要塞に詰めかけている。
親衛隊が失われれば、突撃機動軍を維持できたキシリア少将はかなりのアドバンテージを得ることが出来る。どさくさに紛れて、ギレン総帥が死亡し、キシリア少将が生き延びた場合でも同様だ。
やめよう。政治の話はよくわからない。下手なことを言って、突かれるのも嫌だ。
「ジーク・ジオォォン!!」
「ジーク・ジオン!!」
ギレン総帥の演説を受けて、ア・バオア・クー要塞内には高揚した空気が漂っていた。連邦軍残存艦隊は、グラナダではなく、ア・バオア・クーを攻撃目標としたようだ。
「イリス大尉。君の働きに期待しているよ」
「はっ。万全を期します」
ノイアー・ガイストは、エギーユ・デラーズ大佐の指揮の下、ア・バオア・クー、Sフィールドを防衛することとなった。宇宙空母ドロワが私たちの母艦となる。
「しかし、でっかい船ですねぇ。でも、大砲が横についてたら正面に撃てなくないですか??」
射界とか散布角とかが有って、上手くやるんじゃないだろうか?? 大砲屋じゃないので、どうなっているのかは分からないけれど。
「大砲よりも、MSのことを考えた方が良いんじゃないか。敵もビーム兵器を持っているぞ」
「え? 私、二機ジムを落としてますよ。怯えてお漏らししてたイリスちゃんとは、違いますよ?」
「レーカ中尉、最近、私に対してあたりが強くないか??」
「えー。だって、よく考えたらイリスちゃん、そんなに尊敬できるところが無いじゃないですか」
「私は、上官だぞ……」
「パワハラ上司!!」
そういえば、グラナダで逮捕されて以来、ろくなことがない。考えるだけで、嫌になってしまう。まあいい。この戦いが終わったら、休暇を取って羽を伸ばそう。ちょっと、オシャレなレストランとかに行っちゃおうかな。