連邦の主力艦隊はコロニー・レーザーで消滅したはずだ。しかし、要塞に向かうビームやミサイルの雨は、宇宙を埋め尽くすほどの勢いである。これが、残存艦隊だと言うのだから、連邦軍の物量には呆れるしかない。
艦隊での砲撃戦が終わったら、次に待っているのが防空戦闘だ。Sフィールドは、主戦場と予想されているため、潤沢な数の艦艇や、手練れのMS乗りがまだ多くいる。
ガトル、ザク、ドムといった機体と共に、侵入してきた連邦軍機を駆逐する。連邦軍は、パブリク突撃艇、ジム、ボールといった機体が中心となっている。ジムは脅威だが、他は単なる的だ。
「ハルトマン准尉、そちらの損耗は?」
「エネルギーが残り30パーセント程度です」
「よし。ドロワに帰投、補給を受ける」
当たり前だが、まだ落とされた部下はいない。全員が無事だ。そもそもSフィールドは兵数が多い。他の部隊と獲物の取り合いになる程度には、ジオンは優勢だった。
「イリスちゃんは、何機落としました?」
「ジムが4、ボールが3、パブリクが2だ」
「私は、全部で10機です。私の勝ちですね」
「たかが、1機の差だ。まだ、巻き返せる」
レーカ中尉と、撃墜数で勝負をしている。数が少なかった方が、ズムシティの一等地にある高級フレンチを奢ることになっている。ここで、負けるわけにはいかない。
Nフィールドでは熾烈な戦闘が行われているようだ。Sフィールドにいた部隊から、かなりの数がNフィールドに回された。キシリア少将も、部下と共にNフィールド入ったようだ。
戦力が引き抜かれても、Sフィールドは維持できている。
「ジムの小隊か。動きが拙い。新米だな、レーカ中尉、狩るぞ!」
「はい! ごめんなさい連邦兵さん! フレンチのフルコースになってもらいます!!」
ジム小隊4機を二人で半分こにした。敵機の回避が甘いから、ビームライフルで簡単に落とせる。鴨撃ちだ。しかし、レーカ中尉は元連邦士官のくせに躊躇しないな。
「楽勝ですねぇ。これ」
「油断は禁物だ。敵にも手練れはいるからな」
さっき落としたのは手練れだった。しかし、新米のペアのお守りをしていたため、新米を囮にしたら簡単に引っかかった。
「ん? ドロワからの砲撃が止まった?」
「あれぇ。本当ですね。どうしたんでしょう?」
なにやら、不測の事態が生じたらしい。一度、引き下がって様子を見た方が良いのかもしれない。
「大尉!!! 救援を!!! 白い悪魔!! ガンダム!!!」
「なんだ!? どうした??」
ハルトマン准尉の小隊が、一瞬にして消えた。バカな…! ハルトマンもディックもルウム戦役からのエースだぞ!
「レーカ!? どこに行く!? 逃げるのか!?」
「だって、ヤバイ奴ですよ! 近寄っちゃいけないって分かります!!」
「クソっ! ガンダムがなんだって言うんだ!!」
まだ、部下が生きていると信じたい。手塩に掛けた部下だぞ!! こんなところで失って良いはずがない!!
リミッター解除! バーニア全開! アレか、あの白いヤツ!
「うっ、なんて精度だ」
的確に、こちらの到達予想地点を読んでやがる。パイロットがイカれてるのか、機体が化物なのか。はたまた両方か。
「こっちだって、ニュータイプなんだよッ!!」
ビームと実体弾を織り交ぜて来るのが、厄介なところだ。だが、その程度ではッ!?
「シールド破損! ライフルもお釈迦か!! クソッ」
あ、これは躱せない。ビームが確実に当たることを予感した。
「勝手に死なないでください!! もう!」
「助かったよレーカ」
レーカがビームを盾で受けたため私は助かった。レーカと敵機が見つめ合うかのように止まる。多分、偶然だろう。
「……そう。分かったわ。アムロ」
「レーカ?? 誰と話している??」
「なんでも有りません。ラグナス大尉」
まさか、敵機と交信したのか?? だが、接触回線も無しに??
疑問は生じたが、悩んでいる暇はない。ここは戦場だ。
「ドロワに帰投する」
「了解です」
白い悪魔と、ジオングなる機体が盛大なドッグファイトをしている。化け物かよ。パイロットは、シャア?? アイツまだ生きてたのか。
ライフルと盾を新調しドロワから出ると、敵中を強行突破しようとする艦隊に出くわした。我が身惜しさに敵前逃亡とは、ジオンの兵の質も落ちたものだ。
「こちら、親衛隊イリス・ラグナス大尉!! 何故撤退する!? まだ、戦線は持ち堪えている! ここで逃げれば、戦線が崩壊するぞ!!」
「ラグナス大尉。私だ。デラーズだ。総帥が身罷れた。我々の死地はここではない!」
「大佐!! バカを言うな!! 恥知らずのハゲが!! 踏みとどまって戦えてる分、学徒兵の方がマシだ!! 失礼……」
威嚇を兼ねて、ビーム・ライフルをぶっ放す。至近弾だ。当ててはいない。
「逃げるな!! 戦え!! ジオンは! 私は!!まだ負けていない!!」
「ふん。近視眼的な愚かさだ。無視しろ。当てはしまい」
ブリッジをぶち抜いてやろうとしたが、そうは出来なかった。クソぉ、もう崩壊が止まらない。ア・バオア・クーが陥落する!!
「ラグナス大尉。どうしますか?」
「レーカ。味方を援護する。もう崩壊は止まらん。1人でも多くの味方を助ける」
脚や腕が吹き飛んだザク、リック・ドムを援護しつつ、ア・バオア・クーの崩壊を見守ることとなった。
「カスペン大隊が通過。これで、最後か」
「はい。撤退戦はこれでおしまいです。私たちも便乗させて貰いましょう」
棺桶のようなMAや、爆発する不良品のMSを乗せたトンデモ部隊だ……
「そういえば、スコアはどうなりました?」
「私はトータルで20だ」
「トータルで22です。アタシの勝ちですね」
「負けたか……しかし、ズムシティが残るかどうか」
「ア・バオア・クー陥落しちゃいましたもんね」
カラマ・ポイントに到着し状況の整理を行う。レテクト少佐がどこに居るか、全く分からん。
「あなたたちは、親衛隊??」
「ええ。私はイリス・ラグナス。大尉です。もっとも部下は1人を除いてみんな死にましたけど……」
「私はモニク・キャディラック。同じく大尉よ。ラグナス大尉。貴女には戦争犯罪人の容疑が掛けられているわ。サイド2同胞連の掛けた懸賞金も、戦時中より上昇している」
「つまり、何が言いたいんですか??」
「恩を仇で返すようで悪いけれど、このフネから出ていって貰えないかしら??」
ストレートに言ってきたな。この女。
「……同じ、親衛隊ですよ。せめてものよしみを」
「だからこそよ。同じ親衛隊所属だけれど、私は、貴女とは違うわ。虐殺部隊ノイアー・ガイストとは。戦後のために余計な詮索はされたくないの。皆のためよ。出ていってちょうだい」
そこまで言われてしまうと、出ていくしか無さそうだ。私に残されたのは、私とレーカ中尉だけだ。どこかの部隊に潜り込まねば死んでしまう。
「もう、戦争なんて、やめましょうよ。グラナダで隠遁生活でもしましょう。あそこならなんとかなりますよ」
「ダメだ。私はまだ、復讐を果たせていない!! 連邦政府を打倒するまでは、まだ戦い続けなければ…! それに、私たちは戦犯だぞ! 連邦軍や警察に怯えながら暮らすなど、絶対に嫌だ」
「わがままだぁ……」
アクシズへ行く船団には、入店拒否を食らった。レテクト少佐とも、会話すら出来なかった。アイツ、アサクラ大佐とグルになって私たちを切り捨てやがった…!
デラーズ・フリートには、近付くべきではない。アレだけの啖呵を切って死に損なったのだ。あのクソハゲが! アイツが逃げなければア・バオア・クーで勝てたのに!
「誰も私たちを受け入れてくれる艦がいない……?」
「だから、言ってるじゃないですか!! もうイリスちゃんは負けたんですよ!! 全部諦めて、全部捨ててグラナダで大人しく暮らしましょうよ!!」
「ダメだ。それだけは出来ない。私はジオン独立のため、スペースノイドを、アースノイドを、マハルの自国民さえ殺したんだ。こんなところで諦めるわけにはいかない! 諦めたら彼らの犠牲はどうなるんだ? 単なる無駄死にじゃないか」
「…………分かりました。ラグナス大尉の受け入れ先を見つけて来ますよ」
レーカが見つけてきた私の受け入れ先は、シーマ・ガラハウ率いる艦隊だった。シーマも私と同じくアサクラ大佐から切られたらしい。
同じ戦争犯罪人だ。仲良くするのは難しいだろうが、なんとか上手くやっていきたい。
ノーマルスーツを脱ぎ、戦闘のストレスや緊張でガチガチに凝り固まった身体を熱いお湯で溶かす。風呂最高! 生きてて良かったぁ!
ちょっと気持ちよくて寝そうになっているところで、浴槽の扉が思いっきり開かれた。
「え!? なに?? えっ??」
「イリスちゃんって、経歴だけ見れば優秀なのにバカですよね。まだアタシがイリスちゃんを売ったことに気が付いてないんですか??」
「えっ??」
――裏切られたのか?? まさか、嘘だ!!
「連邦軍と取引したんですよ。ほらナヴィちゃんも居ますよ」
「チッ、どうも……イリス・ラグナス。このゴミは、まだ生きてたんですね」
「ナヴィちゃん、キャラ変わってない? バチバチにピアス開けてるし、コンタクトになってるし金髪に染めてるし!」
「まぁ、それは良いでしょう。コイツをどうするかですよ? ここは風呂場ですし、拷問で汚れても問題有りません」
「流石に可哀想だし、やめときましょう。ほら、アスタロスの行方とか全部ゲロってください」
ショックのあまり固まっていると、浴槽から出され立たされた。
「固まっちゃってますね。フリーズしてる……時間停止みたい」
「時間停止??」
「AVです。エッチなやつのジャンルですよ」
「く、くだらない!!」
「男の趣味に合わせてファッション変えてるのに、まだ未経験なんですかぁ?」
「うるさい!! バカ!!」
乱雑に身体を拭かれ、適当にパンツを履かされる。レーカが、仕上げとばかりに私のお尻を叩いた。
「流石にそのままはマズイわよ。服くらい着せてあげて」
「えー。面倒くさい。イリスちゃん、固まってないで! 服を着てください! ほら、早く!」
私は固まる身体を動かして、必死に服を着ようとした。腕がガクガクと震えて、満足に動かすこともできない。
やっとの思いで軍服を着る。どこか変だったのかナヴィ伍長が直してくれる。
「シーマ様、イリスを捕まえましたよ!! 自白剤打ちまくってゲロらせましょう! あっ、私は連邦軍少尉、レーカ・ケレメンです! イリスちゃんに脅されて、ジオンに使われてたんです! よろしくお願いします! あっ、私も木星船団行くのでこれで最初で最後かも!?」
「あっ、ああ。よろしく」
連邦軍の佐官はブンブンと握手されて、明らかに困惑している。
シーマ・ガラハウは、戦争犯罪人イリス・ラグナスの引き渡しを行うこと。アスタロスを連邦軍と共に捜索し、それを遺棄すること。この2つの条件と引換に、木星船団への切符を連邦軍から引き出すことに成功していた。
連邦軍にとっては、アスタロスは脅威であった。また、ニュータイプであり、明確なギレン派であるイリス・ラグナスを確保することもかなりの重みを持っていた。
イリス・ラグナスは、自白剤を投与され全てを自供した。本国に持ち込まれたアスタロスの行方と、彼女がくすねたアンプル。そしてレテクト少佐やアサクラ大佐のこと。
イリス・ラグナスは、一年戦争でジオンが犯した戦争犯罪の多くに関わっており、連邦軍は、正確な実態を把握することに成功した。
このラグナス・レポートもあり、デラーズ紛争の折にはコロニー落としを未然に食い止めることに成功する。
イリス・ラグナスは大尉でありながら、親衛隊の中核メンバーとして多くの戦争犯罪に手を染めたため、戦争指導に関わっていないにも関わらずA級戦争犯罪人とされた。
一説には、これはシーマ・ガラハウの木星船団行きを隠すためとされている。また、イリス・ラグナスの背後に居たレテクト少佐なる人物も死亡が確認されている。
ノイアー・ガイストは、結局のところニュータイプのなりそこないだった。戦局に大きな影響を与えることもなく、従来型のMSを用いたエース部隊に過ぎなかった。
隊全体でのスコアは、80とかなりのものだったが、綺羅星のようなエースに比べれば微々たるものである。
「ナヴィ准尉、抜かるなよ」
「ええ、勿論です。では、これよりイリス・ラグナスの薬液注入による死刑を開始します」
北米オーガスタ研究所。そこにある閉鎖環境で、イリス・ラグナスの死刑が執行されようとしていた。
点滴のクレンメが外され、一気に薬液が体内に浸透する。イリス・ラグナスは寝ているため、少し苦悶の表情を浮かべただけだった。
「瞳孔縮小、呼吸停止、確認しました。イリス・ラグナス死亡しています」
「ありがとう」
「いえ、仕事ですから」
ナヴィ・ナヴィンは、内心で殺意を滾らせていた。目の前の死体の心臓はまだ鼓動している。仮死状態に置かれたに過ぎない。
息の根を止めなければ、この絶対悪はどこかでやらかすだろう。だが、強化素体としろという上からの命令は絶対だ。
数度の戦闘で40程度のスコアしか稼いでいないというのに、連邦軍はイリス・ラグナスにニュータイプとしての魅力を感じたらしい。
ナヴィはもう戦場に立つのはまっぴらごめんだ。だから、ニュータイプとしての知見を生かし、オーガスタ研究所の研究員をしている。
戦場で殺すことが出来ないなら、徹底的に洗脳して、非道な実験で壊してしまえば良い。
「記憶消去と、テロメアの遡行処置を行ってください。これで、イリス・ラグナスは死にます。記憶と身体記憶を失ってしまえば、自分を自分だと分からなくなるはずです。存分に強化しましょう」
イリス・ラグナスは、UC0080,03/22に死亡が確認されている。
何の関係も無いだろうが、オーガスタ研究所にて、03/23に新たな研究対象が登録されている。名はアイリス。
アイリス・オーガスタと名付けられた少女は、所謂記憶喪失の状態だった。高い身体能力とサイコミュへの適性を持った個体であり、過酷な実験に耐える精神力も備えていた。
研究員たちは、彼女に対して壊れても良いように、もっと言えば壊すような実験を行った。しかし、気丈なアイリスなかなか壊れなかった。
「ティターンズから要請が来ています。アイリスを送りますか??」
「ええ。そうしてください。忌々しいアイリス。早く壊れれば良いものを……」
かくしてアイリス・ラグナスは、ティターンズに送られた。彼女は、めきめきと頭角を表し、ガンダムMK2のテストパイロットにまで上り詰めるこことなる。