時が経つ早さは個々人の感覚により異なる。私にとって、士官学校の2年間はあっという間だった。3年目である。もうすぐ卒業だ。
3年時は今までの2年間のような演習や座学は少ない。実地での実習がメインとなってくる。
准尉としての階級が与えられ、現地でOJTを行っている。そう言った方がニュアンスが伝わるかもしれない。
「デブリ除去ねぇ。どうして連邦のサラミスの残骸を私たちが片付けなきゃいけないわけ?」
「そりゃ、ジオンが植民地だからだよ。本来なら自分たちのミスは自分たちで挽回するべきだ。連邦軍のミスなんだから、連邦軍が片付けるべき」
「理想としてはそうよね。ま、仕事だからやるけど」
私たちは、現在掃海作業をしている。サイド3に入港しようとしたサラミス。それはコロニーの農業区画に衝突し、多大なスペースデブリを生み出した。
デブリを集めて航宙路を綺麗にしなければ、フネが通れない。フネが通れなければ物流が停滞してしまう。
この事件は、外交問題を引き起こした。問題は大きく2つ。事件そのものと、事件に対する地球連邦政府の態度だ。
サラミスのブラックボックスは速やかに回収された。
その結果、サラミスが管制を無視したため生じた事故だと結論付けられた。
入港に際して、管制を無視したサラミスは民間船と衝突しそうになった。民間船回避のために、緊急回避を行ったがその結果、進路を誤りコロニーに衝突した。
サラミスの管制無視はシーマンシップに欠けるものであった。過失も明らかだった。しかし、連邦軍人としてサラミスの乗組員には不逮捕特権が有った。そのため、サイド3は裁判を行えなかった。
このことが、サイド3市民の怒りを焚きつけた。
また、連邦政府はコロニーの農業区画が損傷を受けたにも関わらず、サイド3への農作物輸出を変わらずに求めた。
この配慮を欠いた連邦政府の対応は、火に油を注ぐものだった。激怒した市民は、反連邦政府デモを実行。一部の市民が暴徒と化した。
「あれって、連邦の揚陸艦?」
「多分そう。デモの鎮圧のためにガーディアン・バンチに入るんだろうね」
警笛を鳴らし、揚陸艦が通り過ぎていく。お前らが起こした事件のデブリ掃海をしてやっているのに、なんて態度だ。やはり、連邦は滅ぼさねば。
「武力鎮圧がされるのね……」
「ゼナの家族は大丈夫?」
「ええ。避難しているわ」
「それなら良かった」
会話の都合で良かったと言ったが、全く良くない。自国の首都バンチのデモを、土足の連邦軍に鎮圧されるなんて! 非常に屈辱的だ。
それに、武力鎮圧では間違いなく犠牲が出るだろう。連邦政府の破廉恥な行為だ。恥を知らない奴らだ。何をするか分からない。
実習を終えて、学校に戻るとテレビの前に人だかりができていた。デモ隊の様子が報道されている。消灯時間になっても、その場には何人も残った。
この場にいるみんなと私は、同じ気持ちだろう。故郷を、守るべき場所を踏みにじられているのだ。自分たちはプロの軍人の卵であり、出来ることが有る。
「シャア、連邦軍基地を押さえるべきじゃないか?」
「む。イリス、君もそう考えたのか。私もそう思ってね。図面を入手した」
判断が早い。そして、実行も早い。しかし、シャアは冷静そのものだ。感情が見えない。私のように、怒りがあるわけではない。ただ、この事態を利用しようとしているように見えた。
しかし、それの何が問題だろうか。ジオンと連邦の間に決定的な亀裂が生じることは歓迎すべきことだ。
言論に拠りスペースノイド独立を目指した父は、テロリズムという暴力によって黙らされた。なら、私たちだって、暴力により主張する権利があるはずだ。
シャアが何を考えているかは知らない。しかし利用できるならば徹底的に利用するべきだ。シャアは現状では私の友人で、優秀な士官学生でしかない。
「ガルマには話を持ち掛けた?」
「いや。まだだ」
「ガルマは反対すると思う。優しいし、政治的な影響も考えている」
「ほう。君自身はそこまで考えておきながら、この攻撃に賛成するのか」
シャアの言うことはもっともだ。熱狂に魘されているのではなく、私は大局的な視点からこの攻撃に賛成している。
連邦軍が、士官学生による攻撃を宣戦布告とみなし、戦争が始まるリスクだって確率は低いけれどゼロではない。
けれど、そういうことはどうでもいいのだ。私は復讐してスカッとしたい。連邦政府を打倒するには、私自身に権力が必要だ。普通に出世するのでは時間が足りない。戦争による混乱が必要なのだ。
「ええ。構わない。私の目的は復讐。シャア、貴方と同じだから」
シャアは、私をサングラス越しの怜悧な瞳で睨んだ。何か地雷を踏んだのかもしれない。え、だってシャアも連邦が嫌いなはず。連邦軍の軍監に殴られていたし。
あれか。復讐性の違いってやつか。私も両親のことを言われるの嫌だし、シャアもそれだったのだろう。
「私は、自分の復讐は自分でやる。シャアはシャアでやればいい。私は君に深く関知しない」
シャアは、少し押し黙っていた。何を考えているのだろう。よくわからない。
私は、出世して自分の部隊をもって連邦軍をぶち殺しまくって、連邦政府を瓦解させられればいいなぁくらいのざっくりしたビジョンしかもっていない。
多分、私の中に渦巻く希死念慮も、私が軍に入った理由になるのだろう。
「わかった」
「そんな迷うことかなぁ? 友人だから君の頼みくらいは聞くよ」
なんか、会話がかみ合ってない気がする。まあいいや。とりあえず、目の前のことから片付けていこう。
シャアが計画を話すと、ガルマは露骨に狼狽えた。元来、御曹司で人柄がいいのだ。クーデターのような形で介入することを嫌ったのだろう。
「こ、これは不味いよ。シャア、イリス! ドズル兄さんに相談しよう。そうだ。そうするべきだ」
「それだと、連邦の鎮圧によって出る死者は増えるばっかだよ。ガルマ。英雄になりたくない? ザビ家の男として認められたくない?」
「この事件の責は私が負おう。君は、皆に決起を呼びかけるだけでいい。信じてくれ」
シャアと一緒に説得という名の屁理屈でだまくらかしていたら、ついに彼は縦に首を振った。
ガルマ大丈夫かなあ。詐欺とかに気を付けた方がいいよ。ハニートラップで騙されそう。
ガルマが演説をし、皆が装備を整える。私は、シャアと同じ突入班を選択した。ジェットパックの扱いで、私の右に出るのはシャアくらいだ。なんでもできるエリートめ…!
「え、シャア。なにその変なバイザー?」
「ルナボウルのバイザーだそうだ」
「ルナボウル??」
「ルナボウルだ」
普通にサングラスで良かったじゃん。なんだよその変なバイザー。ルナボウル? いや、突っ込んではいけない気がする。本人が気に入っているのだ。それでいいじゃないか。
あんまり話さないリノとシャアが話していて珍しいなあと思ったら、変なバイザーはリノから貰ったらしい。
正直、ダサいからやめればいいと思う。いや、本人が好きならそれでいいけどさぁ。
装甲兵員輸送車のベンチで揺れに耐えていると、大きな衝撃が起きた。恐らく、歩兵戦闘車が攻撃を始めたのだろう。
「総員。展開するぞ!!」
シャアの指示で、ジェットパックに火を入れ、連邦軍基地へ突入する。慌てて居るのだろう、バラバラに展開している連邦軍兵士を射殺する。
不思議と、気持ち悪さは感じなかった。人殺しは訓練通りに行えた。
「61式だ。リノ、君は機甲の成績が一番だったな。戦車を拿捕しろ!」
「おう。任された」
リノが厄介な戦車を相手しに向かった。よくやる。なんか嫌な予感がするが、そこは気にしても仕方ない。
「シャア、敵の管制を叩いてくる。私が、サブを。シャアはメインをお願い」
「分かった。無事を祈る」
火砲で頭を抑えているため、楽に戦闘指揮所を目指せそうだ。連邦軍は油断していたためか、半裸の者もいる。
私が連邦軍人なら士官学生から襲撃されるとは考えないだろう。むしろ、襲撃に備えていたら精神鑑定送りになるかもしれない。
「お願い。撃たないで。降伏するわ」
「あ?」
半裸の
「おっと、手が滑った」
女性兵士は胸を押さえたまま倒れた。緊張のあまり正常な判断が出来ず撃ってしまった。仕方がないね。コラテラル・ダメージというやつだ。
「これは軍監殿! 変わった格好ですね」
「き、貴様ッ! よくもやってくれたな!」
軍監殿は、先程の女性兵士と仲良くしていたのだろう。会話をする趣味はないので、アサルトライフルのトリガーを引く。物言わぬ肉塊の出来上がりだ。
シャアを殴った奴だし、死体撃ちもしておくか……
「こんばんわ。死ね!」
「ま、待て」
出会い頭に、銃をぶっ放す。ここにいるのは敵だけだ。つまり人間を見たら殺して良い。シンプルだ。
そろそろ戦闘指揮所へ辿り着くというところで、アナウンスが鳴った。
「双方、停戦しろ! 学生、連邦軍共に戦闘を停止しろ!」
ちょっと極度の戦闘ストレスで、何も聞こえなかったですね。戦闘指揮所に突入してアサルトライフルをぶっ放す。辺りは血の海だ。わー。かわいそう。
しかし、停戦と言われてもすぐにピタリと戦闘が止むわけないし、自己防衛のためだ。
やがて、夜が明けた。黎明の空が広がる。私の初陣は終わったのだ。
やはり経験というのは大事だ。学生のうちに実戦を経験できて良かった。人を傷付け、殺すということは多大なストレスを伴う。回を重ねて順応するしかない。この機会はとても貴重なものだ。
凱旋パレードが行われた。私たちは、ズムシティの民衆を救った英雄となった。勿論、無傷というわけではない。学生にも犠牲は出ている。
遺影としてパレードに参加している御霊に、最大限の敬意を払うべきだ。
シャアにクソダサバイザーをあげたリノ・フェルナンデス君も死亡している。彼の最期のプレゼントとなったようで、シャアはバイザーを付け続けるようだ。
士官学生の決起は概ね好意的に受け止められた。法的には正しくないし、軍部の増長を招く危険性があるものだが、民衆はそう受け取らなかったようだ。
苦い顔をしているのは、ギレン・ザビの粛清を生き延びたジオン国内の親連邦派や、ジオン駐留をしている連邦軍だろう。
決起に参加した士官学生への処罰も甘めだった。目立ったところでは、シャア・アズナブルが放校になったくらいである。
ガルマは勿論のこと、私もギレン閣下とのコネクションが有ったため無条件で許された。
シャアだけが貧乏籤を引いた形だ。図面を引っ張ってきたり、計画の詳細を詰めたのはシャアである。計画犯と言える。
ザビ家やジオンはこの決起の結果を上手く活かした。デモを穏便に鎮圧しなかった連邦軍を盛大に批判したのだ。
また、暁の蜂起において、連邦軍は敗北したという事実が、連邦政府に譲歩を強いた。
「イリス・ラグナス候補生。君の進路希望を聞きたい」
「私は、モビルスーツ搭乗員を希望します」
私の進路希望を聞き、ドズル・ザビ校長は意外そうな顔をした。そして、その後納得したようだった。
「ガルマから聞いたのか?」
「ええ。そうです」
「シャアのやつも同じことを言っていた。全く、お前たちは困ったことをしてくれたよ」
掃海作業の時に目撃した機体を、シャアも覚えていたようだ。新規の部署ならば出世しやすい。そういう現金な目論見もある。
「ギレン総帥からも、イリス・ラグナスを頼むと言われている。ギレン兄には期待されているようだな。モビルスーツの開発部署へ配属を行う。貴様は女だからな。兵隊ヤクザ共のところへは送らん。励めよ」
「はい。ありがとうございます。精一杯励みます」
私の希望はすんなり通った。ギレン総帥からも助力が有ったのは意外だ。総帥は、私の両親と友人で有ったが、それだけの関係だと思っていたからだ。
友人の娘の面倒を見るような性格ではない。私の知らない何かが、私に有るのだろうか。少し疑問に思ったが、すぐに忘れた。
ともあれ、最新鋭兵器の搭乗員への道が開けた。今回の暁の蜂起でジオンと連邦の関係は大幅に悪化した。おそらく近いうちに戦争が起きる。
最新兵器モビルスーツ。私は非常に心強い武器を得ることになるのだ。