南極での交渉は、連邦軍の手によりぶち壊された。レビルめ、何がジオンに兵なしだ。私のノイアー・ガイストは1人も犠牲を出していない。普通の部隊ならば、私たちのように兵員を失わず練度を保てているはずだ。そうであって欲しい。
長期戦に突入してしまった。おかしい。短期決戦で勝利するはずだったのに……
「おめでとう! イリス
技術本部試験場はグラナダ外縁にあり、ノイアー・ガイストの根拠地となっている。そこで、私は良い話をモノクル眼鏡野郎から聞かされていた。裏がありそうで嫌だ。怪しい、
「拡大ですか? 規模はどうなるのです?」
「ザンジバル級の試験艦と、MS2個小隊をノイアー・ガイストでは運用する」
「兵員の追加は有りますよね?」
「当然だ。上澄みを選出した。このリストだ」
レテクト少佐が渡してきたリストに目を通す。素行注意の士官学生、幼年学生、予備役、傷痍軍人、服役囚、元連邦、衛生兵……
碌な奴が居ない。コイツらの中から部下を選ばなきゃならないのか…? しかも4人も…!
「これが上澄みですか? 本当に上澄みなんですか!?」
「そうだ。士官学校や幼年学校を繰り上げで卒業している上澄みだ。素人はリストに追加していない。それが多少なりとも訓練を受けている奴らだ」
愕然とするしかなかった。確かにこれは、ジオンに兵なしだ。訓練を受けた兵士が後方に居ると思っていたのに……
「そちらのリストは? 見せて頂けます?」
「これは、訓練未了の連中だぞ」
リストには新兵がずらりと並んでいる。教育隊にも行って無さそうな奴がいっぱいだ。
「まさか、教育隊すら未了ですか?」
「そのまさかだ。徴兵されたばかりの新人だよ」
「兵士がそこまで不足してるとは……」
「コロニー攻略戦、ルウムと勝ち戦だったが、我々はかなりの打撃を受けた。MSは比較的訓練が少なくても乗れるものだ。艦船や専門性が高い部署ではこうもいかん。優秀な奴はそっちに取られている」
フネを動かすのにも人手は必要だ。食事を作るのにも、なんにでも人手が必要なのだ。人口で劣るジオンは、人的資源がネックだ。
短期決戦が果たされなかった以上、このままズルズルと戦争は続くのだろう。これは敗けるのではないだろうか…? いや、勝てる。だってまだまだ有利なはずだ。
「親衛隊の評判はどうですか? 長期戦となり、戦線が拡大すれば宇宙攻撃軍とも突撃機動軍とも今以上に連携する必要が有ります」
「評判か…? 良くはないな。赤い彗星のシャア、レビルを捕虜にした黒い三連星。名だたるエースの中に、ノイアー・ガイストやイリス・ラグナスの名は上がっていない」
「なぜでしょう?」
「救助などに現を抜かすからだ。ノイアー・ガイストはボランティアじゃないんだぞ」
私の行動が裏目に出たらしい。残虐で横柄な親衛隊のイメージを改善するつもりだったのに……
「宇宙攻撃軍との共同も必要だと考えたのですが、駄目でしたか?」
「ダメとは言わん。ただ相手が問題だ。ベン・リー大尉のような予備役上がりは非主流派だ。彼らは民間の船乗りとして、君の行動に共感し感謝するだろう。しかし、宇宙攻撃軍の大多数は民間商船からの予備役ではない。
軍広報や、現役軍人はノイアー・ガイストの行動を軟弱と見なすだろうな」
どうやら私はやらかしたらしい。政治マターは、私には難しすぎる。ジオンが一丸となって連邦軍と戦えば良いじゃないか!! 内ゲバするな!! 足を引っ張るな!
「現実的な人員は彼らだな。詳細な資料が有る」
幼年学生の男2人は特に問題が無さそうだ。
ナヴィ・ナヴィン伍長。彼女はこの前助けた遭難者だ。彼女のカンにより100時間の遭難を生き延びたらしい。そのため、判断力に優れると見做されたようだ。まあ、この伍長も良い。
「レーカ・ケレメン少尉。彼女は元連邦軍人じゃないですか? しかもザクを2機も落としている。親衛隊に相応しい人物とは思えません」
「では、この58歳の傷痍軍人、もしくは服役囚が良いかな?」
「……うぅ。いえ、遠慮します。彼女で。良いです…!」
「決まりだな。励みたまえ」
にこやかな表情で、手を振る少佐。私は多分、苛ついた表情をしているだろう。
「レーカ・ケレメン少尉です! よろしくお願いします! イリス大尉は、私の命の恩人です!!」
「君を助けた覚えは無いが…?」
赤毛の女だ。身長は170そこそこあって、胸と尻が出てる。ただ、言動から察するに非常に頭が悪そうだった。
「空母に乗ってたんですけど、沈むなぁって思って、壊れてた戦闘機をパクって逃げたんです! エンジンがおかしかったみたいで、ビューンってぶっ飛んでヤバかったんです! それで宇宙に投げ出されて、大尉に捕まえてもらいました! だから、命の恩人なんです!」
頭のネジが何本か抜けてないか? 彼女はすっと収容所にいることが嫌でジオンに寝返ったようだ。
「私って、昔からどんくさくて、修道院を追い出されそうになって士官学生を受けたんです。隣の子に出るところ教えてもらったら、試験に受かっちゃって……留年したけど頑張ってなんとか卒業できたんです。席次はドベでした。で、空母に配属されたんですけど、みんな虐めてきたんです!!」
「そ、そう」
「大尉は、私を助けてくれたんですよ! だから、大尉のために働きます!」
誰だ。コイツを部下にしたのは??……私か。
わちゃわちゃじゃれてくるバカの相手をしていると、おずおずともう一人が口を開いた。
「あ、あのわたし、ナヴィ・ナヴィン伍長です! 得意なことは、探し物です! ……よろしく、お願いします!」
「よろしく伍長」
分厚い眼鏡に、ボサボサな黒髪。チマっとした身長。なるほどマスコットだ。寡黙らしい。あわあわしながら黙ってしまった。
「准尉、この2人に教育をしてやれ。お前が教育係だ」
「分かりました。幼年学校の2人ですね。私の小隊員として教育します」
「違う。ケレメン少尉とナヴィン伍長の教育だ。そっちの2人じゃない」
「すみません。ミノフスキー粒子が濃くて聞こえませんでした」
「ここは屋内だぞ。対面なら関係ないだろ。私にこの2人の教育は無理だ」
「総帥の命令ですよ。大尉に任せたいと仰っていました」
ギレン総帥の命令だと…? 適当なことを……しかし、糸目褐色眼鏡が言うと説得力が…? いや、そんなことは無いだろう。
呆気に取られた私を他所に、ハルトマン准尉は、幼年学校の2人を連れて、去っていった。
あいつ、有耶無耶にして逃げやがった。
脚が吹き飛んでる傷痍軍人や、囚人だったやつ。軍隊のことを何も知らない新人と一緒にやるよりもマシなはずだと思いたい。実戦で背中を預けられるように訓練しなければならない。訓練で出来ないことは実戦でも出来ないのだから。
テクナ・レテクト少佐は、ギレン・ザビへの報告を上げるために、ズムシティに向かっていた。
技術本部試験隊
ギレン・ザビがキシリア・ザビに対抗するために立ち上げた精鋭部隊にしてニュータイプ部隊。それこそ、ノイアー・ガイストだった。
「掛け給えレテクト少佐」
「はっ。失礼します」
ギレン・ザビは、どこか引き込まれるような瞳でレテクトを観察していた。
「イリス・ラグナスについて、貴官が提出した書類は読ませて貰った。ハルトマンという現場監視役からの報告も受けている。私は、ニュータイプ部隊というものが有用だと判断した。
レテクト少佐、現場の意見としてその認識は間違っていないか?」
「間違っておりません。ノイアー・ガイストはニュータイプ部隊として優秀です」
イリス・ラグナスの経歴は異常だ。
幼少期は高熱を出し、せん妄が有った程度のエピソードしかない。
サイド2でテロに巻き込まれ、両親を殺害された時に異常がはじまったのだろう。当時14歳の少女は、死んだ父親の所持していた拳銃でテロリストを射殺した。
戦闘訓練も受けていない子供が、武装した男を殺したのだ。現場の防犯カメラの映像が無ければ、この事実は分からなかっただろう。
この情報を掴んだギレン・ザビは、少女を保護下に置いた。ギレンはニュータイプの実在を妄信してはいなかった。しかし、明らかな異常が起きたのである。
イリス・ラグナスが果たしてダイクンが言うところのニュータイプなのか、それがギレンの関心事だった。
イリスは、士官学校で抜群の成績を収めた。暁の蜂起では、臆せず戦闘に参加し、戦闘指揮所を占拠するなどの武勲を示した。
その後、MS-05をマニュアルを読んだだけで、意のままに操った。周囲が驚嘆し、彼女を見詰めてもどこ吹く風といった様相だった。
ギレン・ザビは、キシリアがニュータイプを軍事利用していることを知っていた。ギレンにはイリスという手駒が有った。
ギレンはニュータイプや、サイコミュ兵器を快く思っていなかった。己よりも、優れたオカルト能力を持つ人間が存在することを喜ぶ権力者など、いないだろう。ギレンもその例に漏れない。
ニュータイプという存在を試験し、従来型の兵器で実戦運用する部隊。それが、ノイアー・ガイストだ。
「ニュータイプは、単なる戦場の撃墜王であり、それ以上でもそれ以下でもない。私はそう思っている。それに、そうでなければ困る」
それはギレンの紛れもない本音だった。ギレンの権力を奪うようなニュータイプを、わざわざ彼らしか使えないような兵器を与え、増長させる必要はない。
「ラグナス大尉は、単なる撃墜王止まりでしょう。彼女に政治的なセンスは有りません。あれは、現場に執着するタイプです」
ノイアー・ガイストは、開戦時からの一連の戦闘で、コロンブス級空母1隻、サラミス級巡洋艦2隻、レパント級フリゲート2隻、セイバーフィッシュ20機、パブリク突撃艇3機を戦果として計上している。
突撃機動軍の海兵隊と揉める。宇宙攻撃軍の不興を買う。宇宙攻撃軍の非主流派に迎合する。といった政治的な行動もしていた。しかし、これらの行動は、政治的には無意味だった。つまり、イリス・ラグナスが政治的には無能であることを意味している。
ギレンの手元にある資料にも、そのことは示されていた。
「ならばそれでいい。獅子身中の虫を飼う趣味はないからな。キシリアのキマイラのように、反乱を恐れ監視部隊を作るなど無意味だからな」
「新しいニュータイプもどきに関してもですか?」
「ああ。心配するような人選ではない」
新たに、ノイアー・ガイストに組み込まれたニュータイプと推定される二名は、一般的には社会不適合者や、変人と呼ばれる部類だった。
レーカ・ケレメン少尉は、端的に言ってバカだ。
連邦士官学校を留年し卒業したものの、成績は最底辺。現場では、無能と蔑まれいじめられていた。
少尉であったものの、二等兵と同じ仕事をこなす冷遇っぷりである。
にも関わらず、総帥府はレーカをニュータイプと判断した。
その理由は、ルウム戦役にある。彼女は、母艦が沈む前に推力系統のイカれたセイバーフィッシュで出撃。戦闘機の飛行時間は0でありながら、難なく操縦し、ザク2機を落とした。
総帥府は、イリス・ラグナスのエピソードから、レーカ・ケレメンにニュータイプの可能性が有ると判断した。
ナヴィ・ナヴィン伍長にも特異な才能が有った。彼女は、ムサイ級で衛生兵として勤務していた。しかし、ムサイ級が戦闘で損傷。推力と索敵機能を失った。
彼女は、特異的な探し物の能力で、デブリの中から生存に必要な物資を見つけ、生き残りのクルーと共に100時間に及ぶ遭難を乗り越えたのだ。総帥府は、彼女もニュータイプと推定した。
二人のニュータイプ候補は、ノイアー・ガイストに送り込まれ、イリス・ラグナスの部下になった。
彼女らを、キシリアのニュータイプ部隊に対抗するための駒とする。ギレンはそう考えていた。
「支援は惜しみなく行う。技術本部のシャハトにも、ノイアー・ガイストを優先するよう伝えてある。引き続き期待している」
レテクトは、元来権力に媚びるようなタイプではない。しかし、権力の糸にからめとられ、ここまで来てしまった。
「はっ。総帥のご期待に沿えるよう、努力します」
最高権力者に仕事の成果を認められ、鼓舞されるというのは、一種の麻薬的な甘美さがあった。
ノイアー・ガイストを有効利用すれば、戦争の帰趨すら決められるのではないか。テクナ・レテクトの胸に、野望の炎が宿った。