占領統治には多大な労力が必要だ。現地住民にとって一番良い方法が、融和的な占領者だろう。しかし、この方法は時間が掛かるし、占領者は現地民に裏切られるという恐怖を耐えねばならない。
翻って私たちは、懲罰部隊である。中核を為すノイアー・ガイストは元技術本部試験隊であり元親衛隊だ。しかし、歩兵中隊はならず者の集まりだ。お行儀の良い占領統治なんてものは出来ない。
「ええい! 陳情はまだ終わらんか! クソ、歩兵の連中め、問題ばかり起こしやがって!」
「レテクト少佐が街を焼いたからですよ。私は反対しました」
「ラグナス大尉。貴様、図太くないか?? お前が、グラナダでやらかさなければ、僕はこんな場所にいなかったんだぞ!!」
耳が痛い。でも、酒が悪いんですよ。酒が。私が、真剣に戦争をやっているのに、ギレン総帥が政争をしているのが悪いのだ。もう一発コロニー落とすか、適当な小惑星を落とせばいいのだ。なんで、地球降下作戦なんてやってるんだ。
「過ぎたことは、忘れましょう。生きていればなんとかなりますよ!」
「バカを言うな。そんなに元気があるなら、ジャブローでも落としてくればいいじゃないか」
「そうですね! そうしましょう!」
良い考えだ。そうすれば、戦争を終わらせられるのではないだろうか。ジャブローを陥落させれば、連邦軍は戦闘を継続できなくなる。
「本気か??」
「ええ。本気です」
話にならんとばかりに、ラグナス少佐は立ち上がった。タバコでも吸いに行くのだろう。空気税もなければ、大気汚染にもうるさくない地球では、ジオン軍人の多くが煙草を吸っている。
ジャブローを陥落させたいのは本心だ。ジャブローを落とせば、少佐が望んでやまない親衛隊への復帰も叶うだろう。私も戦争に勝利出来てハッピーである。
しかし、ジャブローを落とすには現状の兵力では全く足りない。北米方面軍の全軍でも、ジャブローを陥落させるのは難しいのではないだろうか。何らかのゲームチェンジャーが必要となる。核兵器では、地中を貫くのは難しいし、条約違反だ。
「イリス大尉ちゃん。俺、娼館を作りたいんだよね。少佐はいないの?」
そんなことを考えていたら、問題がやってきた。目先の問題からコツコツ解決するしかない。なんなんだよ。娼館って!?
「ディック軍曹、ついに脳味噌まで海綿体になりましたか??」
「もともとそうです! 俺、地球の女の子が可哀想なんですよ。少佐と大尉が街を焼いたから、家も財産も無くなっちゃって、食べる物も無いし、歩兵連中が乱暴をするんですよ! 自殺した子だっているんですよ。口説いた娘がなんとかしてくれって言うんです」
「それで、娼館と?」
「そうです。少しでも、女の子たちにマシな生活をさせてあげたくて」
こいつらも倫理観が麻痺してきてるな。それは、娼館じゃなくて、性奴隷とか慰安婦って言うんじゃないだろうか。
確かに、歩兵のならず者共が、勝手に女の子を襲うよりも慰安婦を利用した方が、安全かもしれない。だが、人権的に不味くないか?? いや、セーフか? まあ、コロニー落としてるし、慰安婦ごときでガタガタ言う方がおかしいか。
「なんの話をしている?」
「あっ、少佐! 俺、娼館を作りたいんですよ!」
「…………勝手にしろ」
少佐は、責任から逃げた。いいのか部隊長?
ノイアー・ガイストは、他部隊との足並みを揃えるために焼いた街にいる。自分たちで焼いたせいなのだが、補給にかなり苦労している。現地調達しているが、インフラやサプライチェーンを焼いてしまったので、大変なのだ。
一応、食料を全部徴発してから、我々の分と民間の分に分けている。また、ゲリラ戦をさせないために、成人した男は強制収容所に入れて、労働させている。食料は少なめだけど、死なない程度には与えている。
ディック軍曹の慰安婦計画が軌道に乗りそうになったところで、ようやく軍の足並みが揃った。目標はキャリフォルニア・ベースだ。
一番、キャリフォルニア・ベースに近い位置に居るのが、ノイアー・ガイストである。キャリフォルニア・ベースの防備は薄いようだ。連邦軍部隊は、各地に散り過ぎてしまい各個撃破されている。
「こちら、ジオン公国軍ノイアー・ガイスト隊。MS隊隊長。イリス・ラグナス大尉だ。キャリフォルニア・ベース守備隊に告ぐ。降伏すれば殺しはしない。降伏しなければ、皆殺しだ。選択してくれ。諸君らが賢明なことを祈る」
まあ、降伏なんてしないだろうな。そう思っていたら、守備隊からは意外な返事が返ってきた。
「降伏する。我々はサクラメントのようにはなりたくない。どうか、殺さないでくれ」
サクラメントにいた怪しいやつは、皆殺しにしてる。銃殺にして街路に吊るしておいた。やっぱり恐怖で従えるのが一番だということだ。少佐の発案であり、私は関与してない。あいつがやったんです。実行したけど、私は知りません。
「どうします、レテクト少佐?」
「受け入れろ」
「捕虜はどうします? 殺します?」
「いや、生かしておけ。他の部隊の目が有る」
他部隊がいると、まともになるのかもしれない。キャリフォルニア・ベースは無血開城した。これにより、ジオン北米軍は豊富な物資と、研究設備を手に入れることが出来たのである。
キャリフォルニア・ベースでは、MSを含む兵器生産と新規設計が行われる。
新規MSの設計も行われるのだ。ここで必要なのが優秀なテストパイロットである。何を隠そうノイアー・ガイスト隊は優秀な技術本部で新型MSの試験に携わってきた。試験のノウハウを持っている部隊なのだ。
サクラメントの件がバレて、陰でかなり言われているが、優秀な部隊なのである。
「イリス大尉。おめでとう。ノイアー・ガイスト隊の戦果が評価された。懲罰部隊でなくなったぞ。君には、キャリフォルニア・ベースのテストパイロットとして、試験に携わってもらう」
「はい。了解しました」
少佐の部屋を出てすぐ、レーカ少尉が口を開いた。
「なんか、少佐が糸目になってましたよ。モノクルもちゃんと掛けられてます。ずり落ちてないです」
「そりゃあ、余裕が出来たんだろうよ」
「少佐さん、目がガン開きで、いつも血走って煙草スパスパ吸ってましたもんね……大変そうでした。アタシだったら、発狂してますよ」
嘘つけ。絶対のほほんとしてるだろ。レーカ少尉は殺しても死ななそうなイメージが有る。
常識人で良識のあるヴォルフ軍曹も、最近は煙草を一日二箱くらい開けている。大変そうだ。しかも、自分の給料を、孤児院に寄付し始めている。多分、この部隊やめた方が良い気がする。かなり病んでるもん。彼。
キャリフォルニア・ベースは、広いのでMSで遊んでいても、場所的に全然問題がない。なので、付属している演習場で他部隊との演習を行った。
結果は、こちらの圧勝だ。やっぱり鍛えているから、うちの部隊は強いはずなんだよ。赤い彗星とか、黒い三連星が異常なだけで、我が部隊は上澄みなはずなのだ。
ハルトマン准尉の小隊も良い動きをするようになったし、私の小隊の、ヴォルフ軍曹は勿論。レーカ少尉も正確な判断が出来るようになってきた。自由人過ぎるところが有るものの、彼女はセンスがある。
「レーカ少尉、ナヴィ伍長はどこに行った??」
「さぁ。最近、訓練が終わるといなくなりますよね」
ナヴィ伍長には問題がある。性格が臆病だからか、敵を発見することは出来るのだが、弾を当てないのだ。
理由を聞くと、戦場で自分の中に、人が入ってくるからだと言う。意味がわからない。光が見えるとか、言っている。レーカ少尉も分かってなかったから、ナヴィ伍長が独特なのだろう。
「宿舎にもいないな……誘拐でもされたのか?」
「あり得ますね。なにせ、ちんまいですからね」
普通に、戻ってくる可能性の方が高いので、大ごとにはせず。二人で伍長を探すことにした。
「基地の外には出てますか?」
「外出届を受け取っていない。伍長は真面目だから、外に出ていくなら届け出をするだろう」
「じゃあ。どこへ?」
「それが、分からないから探すんだ」
食堂、体育館、廊下、MSハンガー、格納庫といった場所を探したが、ナヴィ伍長の姿は見えなかった。残るは、機密と書かれた場所だけである。
地図にも書かれておらず、防護されている場所だ。入って良いのだろうか?
「大尉、入りましょうよ。大尉なら問題ないですよ…!」
「私たちに知らされていない場所だ。常識的に考えれば、入って良いとは思えない。レーカ少尉こそ、その常識のなさを発揮して突入したらどうかな?」
「じゃあ、そうします!」
「おい、バカ」
開かれた防護扉の先は、植物園だった。湿度と熱気を感じる。技術士官らしき人が仕事をしており、私たちに気付いた男がコチラを見る。
「こんにちは〜! 素敵なところですね! ここは、どういった場所なんですか?」
「見ての通りここは植物園だよ。地球上の植物の実験を行っている。で、君たちは、ここに何の用かな? 見たところIDを持っていなそうだが」
「はい! レーカ・ケレメン少尉です! 人探しに来ました。ナヴィ・ナヴィン伍長っていう小さい女の子は居ませんか?」
研究員は、少し迷って口を開いた。
「あの子ならここにいるよ。植物が好きだそうだ。ナヴィは良い子なんだ、あんまり虐めないでやってくれ」
虐めているなんて、事実無根だ。私は、普通の訓練をやっているだけである。
「ナヴィちゃんは、いつも愚痴っていたよ。隊長が怖いって。人を人と思わないことが、とても嫌だって。私は部外者だが、改善してくれると嬉しい」
「そんなつもりは無いですけどね。事実無根です。エリート部隊ならこれくらい普通です」
「サクラメントの事件は、私の耳にも入っている。ジオン軍として歓迎できる行為ではない。そういった野蛮なことをするのは、文明国であるジオンには相応しくないんじゃないかな?」
野蛮ねぇ。野蛮ときたか。
「GGガスを注入し、コロニーを落としたのですよ。野蛮も何も、ジオンとはそういうものです」
「違う。断じて違う。ジオンは、スペースノイドの光であるべきなのだ。コロニーを破壊し、住民を虐殺する。あまつさえ、コロニーを地球に落とすなど、そんなものはジオンではない」
「問答するつもりは有りません。ギレン総帥は国民に選ばれた総帥です。国民がコロニー落としを望んでいたのでしょう。ノイアー・ガイストは親衛隊と繋がりが有ります。余計なことを言わない方が良いですよ」
研究員は、それきり口を開こうとしなかった。やがて、私たちは、研究施設の中心部に到達した。
「なんか、悪の秘密組織っぽいですね。フラスコとか試験管がいっぱい有ります!」
「そうだな」
私が何気なく、試験管を持ち上げると研究員の視線が私に集中した。
「アスタロス…?」
「……それに触らないでもらいたい」
アスタロスと書かれた試験管が、重要なものだったようだ。
「これが機密のタネか。生物兵器と言ったところだろうな」
「だ、ダメ。それは危ないの」
「ナヴィ伍長。 こんな面白そうな場所を私に秘密にしているとはな……」
「アスタロスは、危険なの。だから、大尉みたいな人には渡せない」
「ほう。なら、どうする? 私を殺すか?」
ナヴィ伍長は、有効な答えを持っていないようだ。それきり黙ってしまった。銃を構える。誰もが銃に目を奪われる隙に、ポケットにアンプルをしまう。
レテクト少佐に報告すると、アスタロスは、環境破壊兵器だということが判明した。周囲の植物から栄養を奪う寄生植物であり、栄養分を使い切ると枯死する。
「アスタロスの使用許可を貰えませんか?」
「……何に使う?」
「ジャブローへの偵察に使います。鬱陶しいジャブローの密林を、アスタロスで枯死させます。間違いなく戦術的に優位を取れるでしょう」
「ふむ。良いだろう。キャリフォルニアベース攻略の功績で、命令をねじ込むことくらいは出来る。アスタロスを供出させよう」
ポケットの中のアンプルは、使用しなくても良さそうだ。これは、何かのために取っておくとしよう。
ジャブローさえ落とせれば、ジオンはまだ勝利できるのだ。