祖母のもとへ向かうための電車の到着を告げるアナウンスが響く。俺たちは改札を抜け、少し急ぎ足でホームへと向かった。昼過ぎの時間帯ということもあり、電車内はそこまで混んではいない。適当な席を見つけて、俺たちは並んで腰を下ろした。
「ふぅ...間に合ったね」
先輩が小さく息を吐く。俺も頷きながら、窓の外をぼんやりと眺めた。電車がゆっくりと動き出し、景色が少しずつ流れていく。
しばらくは他愛のない会話をしていたが、電車の揺れが心地よかったのか、先輩は次第に口数が少なくなり、やがて小さく目を閉じた。
「...寝ちゃいました?」
そっと横目で先輩の様子を窺う。静かな寝息が聞こえる。すっかりリラックスしてしまったのか、先輩の表情は柔らかく、普段よりも幼く見えた。
(先輩の、寝顔...)
じっと見つめていると、妙に意識してしまう。呼吸のリズム、ゆるく結ばれた唇、揺れる髪。何気なく視線を落とした俺の指先が、ふと動いた。
つい、先輩の頬を人差し指でつつく。
「...んぅ」
小さく唸るような声が漏れた。俺は少し驚き、慌てて指を引っ込める。だが、先輩は起きる気配もなく、ただ小さく顔を横に向けるだけだった。
(セーフ、かな)
「...」
くすぐったいような気持ちが入り混じる。先輩の名前を呼ぼうとしたが、なぜか言葉が詰まってしまい、結局声を出せずにそのまま黙り込んでしまった。
電車が目的の駅に近づく。俺はそっと先輩の肩を揺らした。
「先輩、そろそろ着きますよ」
「...ん、あ、ごめん、寝ちゃってた?」
「ええ、少しだけ」
先輩は寝ぼけ眼のまま軽く伸びをし、慌てて身だしなみを整えると、俺たちは駅のホームへ降りた。
駅を出て、祖母の家へと向かう道を歩く。懐かしい景色が広がり、俺の記憶が徐々に蘇ってくる。
(母さんがいなくなった後、父さんはどこにいったんだろう...)
突然の記憶に、足が一瞬止まる。母が家を出て行った日のことは覚えている。でも、その後、父がどうしていなくなったのか、はっきりとした理由を俺は知らない。気づいたら、俺と祖母しか残っていなかった。
「藤宮くん?」
先輩が不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないです。行きましょう」
気を取り直し、再び歩き出した。
祖母の家の門をくぐると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。玄関を開けると、祖母がゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「おかえり。蓮、待ってたよ」
「ただいま、ばあちゃん」
そう言って軽く頭を下げる。すると、祖母の視線が俺の隣へと移った。
「あら、そちらの方は?」
「俺の大学の先輩で...」
先輩を紹介しようとしたその時、祖母は俺の話をさえぎるように口を開いた。
「それより蓮、ちょっと回覧板を回してきておくれ。すぐそこのお隣さんのところまでだから」
「あ、うん、わかった」
少し拍子抜けしながらも、俺は玄関に置かれていた回覧板を手に取る。そして、一度先輩の方を振り返った。
「先輩、すぐ戻るんで、少しだけ待っててください」
「うん、大丈夫」
先輩は軽く微笑みながら頷いた。
俺が家を出ると、祖母は先輩の方を向いてにこやかに微笑んだ。
「先輩さん? 少し、お話ししましょう」
突然の提案に、先輩は少し戸惑いながらも、祖母の言葉を静かに待っていた——。
◇
藤宮くんのおばあさまと向かい合って座ると、少し緊張した。ここに来るまで話したいことは考えてきたけど、それでもやはり改まって話すとなると、どうしても構えてしまう。
「先輩さんのことは蓮からよく聞いてるよ」
祖母が微笑みながら言った。
「えっと...藤宮くん、おばあさまにはどんな話を?」
私がそう尋ねると、おばあさまは穏やかに笑った。
「大学でのこととか、研究室での話とかね。あの子、口数は多くないけど、大事な人のことはよく話すんだよ」
私は少し驚いた。藤宮くんはどちらかというと無口なタイプだと思っていたけれど、そんな彼が私のことを話していたなんて。
「それで...最近、あの子元気にしてる?」
祖母の問いに、私は少し言葉を選びながら答えた。
「うーん、元気...ではあると思います。でも、最近ちょっと悩んでいるみたいです」
祖母は小さく頷いた。
「やっぱり、そうか。まぁあの子は悩んでいるときは表情に出やすいからね」
私も同意するように頷いた。藤宮くんは口には出さなくても、何かに思い悩んでいるときは、ふとした仕草や目の色にそれが滲むことがある。
「ところで、先輩さんはどうなんだい?」
突然、祖母がそう切り出した。私は思わず聞き返す。
「えっ、どう...とは?」
祖母は優しく目を細めながら、けれどどこか鋭い視線で私を見つめた。
「あの子のこと、好きなのかい?」
心臓が跳ねるような感覚があった。
「えっ...」
言葉が詰まる。どう答えればいいのか、一瞬分からなくなった。
好き、なのか。
確かに彼に惹かれている。彼のことを考えると、胸が締め付けられるような感覚になる。けれど、それが恋愛感情なのか、それともただの独占欲からくる執着なのか、はっきりとした答えが自分の中にないことに気づく。
(私が欲しいのは、彼の優しさ? それとも、彼自身?)
...いや、それでも彼のことが好きかどうかと問われれば私の答えは一つだ
「はい、独占欲や彼が女性に優しい稀有な男性であることを除いたとしても
私は彼のことが好きです。」
「彼の優しさや温かさを私のものにしたいと思っています。」
そうだ、たとえ私の中に執着があったとしても、それだけが全てじゃない。何か運命的な出来事がなくたって私は彼のことが好きだし、彼の温かさを、この手で守りたいと思っている。その気持ちは、紛れもなく本物のはずだ。
自分でも驚くほど素直な答えが口からこぼれた。...なんだか宣戦布告みたいになっちゃったかも...
おばあさまはそんな私をしばらく見つめ、それからふっと微笑んだ。
「なるほどね。それだけ大切に思ってくれる人がいるなら安心だね」
その言葉を聞いたとき、胸の奥のざわつきが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
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