大学から帰宅した俺は、ふと深く息を吐いた。
先輩との昼休みの会話を思い返す。まさかあんな風に気遣われるとは思わなかった。俺が元気ないって、そんなに分かりやすかったんだろうか。それとも、先輩が特別よく見てくれているんだろうか。
「...先輩と出かける、か」
小さく呟く。約束は了承したものの、まだ実感が湧かない。けれど、気分転換になりそうなのは確かだった。今の俺には、そういう時間が必要なのかもしれない。
部屋に入り、軽く荷物を置く。今は政府から提供される住宅で一人暮らしで、こうして家に帰っても誰かが迎えてくれるわけではない。でも、長期休暇には必ず実家に帰るようにしている。そこには、俺を育ててくれた祖母がいる。
ソファに腰掛けると、自然とばあちゃんの顔が浮かんだ。俺の中で、女性という存在を特別嫌悪しないのは、ばあちゃんの影響が大きいのかもしれない。
男が少なかくなかった時代の話を、よくしてくれた。
「昔はね、男も女も今ほど違いなんてなかったんだよ」
穏やかな声で、ばあちゃんは話してくれた。男女比が崩れる前の時代、男が普通に働き、普通に家族を作ることができた最後の時代。俺には想像もつかない世界だった。
「でもね、バランスが変わると、人の価値観も変わるもんだよ」
それは、おばあちゃんが俺に教えてくれたことのひとつだった。
「蓮、あんたは優しい子だからね。変に卑屈になったり、女の子を恐れたりする必要はないんだよ」
そう言って、俺の頭を撫でてくれた手のぬくもりを、今でも覚えている。
一方で、母親のことを思い出すと、胸の奥が少しざらつく。
母は、俺が幼い頃からほとんど家にいなかった。仕事で忙しいわけではない。ただ、父親のことしか目に入っていなかった。男が少ないこの社会で、母は男を手に入れたという満足感に浸っていたのかもしれない。まるで、手に入れた宝物を独占するように。
「あの人は私なんかを愛してくれるとっても素敵な人なの、あなたもいつかあの人のようになりなさいね。」
母が俺に言った言葉は、まるで男に見初められることが最上の幸せだとでも言いたげだった。
俺が何をしても、母の関心は俺ではなく、父に向いていた。父が何をしても、それを特別なことのように喜び、尽くしていた。俺が何をしても、母の目には映らないような気がしていた。
そのせいか、俺は母に甘えた記憶がほとんどない。気づけば、ばあちゃんにばかり懐いていた。ばあちゃんは、俺をいつも温かく迎えてくれたし、俺がどんな話をしても、ちゃんと聞いてくれた。
「...ばあちゃん、元気かな」
ふと呟いて、スマホを手に取る。長期休暇まではまだ時間があるけれど、たまには電話でもしてみようか。
そんなことを思いながら、俺は深く息を吸い込んだ。
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