ショッピングモールを歩き回った後、俺たちはレストラン街へと向かった。
「結構歩いたし、そろそろご飯にしよっか?」
「そうですね。何を食べます?」
「んー...藤宮くんは何が食べたい?」
先輩はメニューの看板を眺めながら、俺の方をちらりと見る。和食、洋食、中華と選択肢は多いが、今日はなんとなく洋食の気分だった。
「洋食がいいですね」
「そっか、じゃあ洋食にしよっか」
先輩は少し考えたあと、ハンバーグ専門の洋食店を選んだ。俺たちは店に入り、テーブル席に座る。雰囲気は落ち着いていて、ほどよくカジュアルな店だった。
「ここのハンバーグ、美味しいって評判なんだよね」
メニューを開きながら、先輩は楽しげに言う。その表情を見ていると、自然とこちらまで心が和む。
「じゃあ、それにします」
「おそろいにしよっかな。...あ、セットでスープもつけよっか?」
「いいですね」
注文を済ませ、しばらくすると料理が運ばれてきた。鉄板の上でジューッと音を立てるハンバーグに、思わず食欲をそそられる。
「わっ、すごく美味しそう!」
先輩は目を輝かせながらナイフを入れ、ハンバーグを口に運んだ。
「ん~っ、やっぱり美味しい!」
俺も一口食べる。肉汁がじゅわっと広がり、確かに評判通りの味だった。
「これは当たりですね」
「でしょ? こういうの、一緒に食べるともっと美味しく感じるよね」
「はい、そうですね」
食事を楽しみながら、先輩はふと、俺の方をじっと見つめた。
「ねえ、藤宮くんって、あんまり人の名前呼ばないよね?」
「...え?」
「ほら、私のことも『先輩』って呼ぶし、他の人のこともあまり名前で呼んでるの聞いたことないなって」
鋭いところを突かれた。確かに俺は、意識的に相手の名前を呼ぶのを避けている節がある。
悪いことをしているわけではないのに、なぜか誤魔化すように回答してしまう
「うーん...そうですかね」
「うん、なんとなく思っただけ。でも...無理に答えなくても大丈夫だからね?」
先輩は少し申し訳なさそうに言った。その遠慮がちな態度に、俺は少し気まずくなる。
「いや、別に嫌とかじゃないです。ただ...あまり意識していないだけかもしれません」
「そっか...うん、ごめんね、変なこと聞いて」
「いえ、気にしないでください」
先輩はそれ以上は何も言わず、ハンバーグを一口頬張った。その後は特に気まずくなることもなく、穏やかに食事が進んだ。
食事を終えた後、俺たちは駅へと向かった。夜の空気は昼間よりもひんやりしていて、春の終わりを感じさせる。
「楽しかったね」
「そうですね。服も買いましたし、ゲームもしましたし」
「またこういうの、行こうね」
先輩は軽やかに言う。その言葉を聞いて、俺はふと足を止めた。
(また、か...)
何気ない一言だったが、その響きがどこか心地よかった。楽しい時間が終わることに少しだけ名残惜しさを感じる。
駅へと続く道を歩いていると、通り過ぎる女性たちがちらりとこちらに視線を向けているのに気づいた。これまでは、そういった視線に対して漠然とした居心地の悪さを覚えていたが、今日は妙に気にならなかった。
(どうでもいいと感じているのか?)
気づけばそんな風に思っている自分がいた。もしかすると、それは隣を歩く先輩の存在が大きいのかもしれない。
先輩と過ごしている時間は、これまでのどんな時間とも違っていた。気を使いすぎることもなく、それでいて心地よい距離感がある。
気づけば俺の手は自然と動いていた。
「...先輩」
「ん?」
俺の手は先輩の手をそっと握っていた。
先輩の身体がぴくりと固まる。
「...え?」
俺自身、なぜこんな行動を取ったのかよくわからない。ただ、そうしてみたかった。それだけだった。
先輩は驚いた顔をしていたが、やがて少し赤くなりながら、小さく微笑んだ。
「っ...藤宮くん、意外と大胆なんだね」
「すみません...嫌でしたか?」
「...ううん。びっくりしただけ」
そう言いながら、先輩は手を握り返してくれる。
駅へ向かう道、俺たちは静かに歩き続けた。握った手の温もりが、妙に心に残っていた。
歩くたび、手の温もりがじんわりと心に広がる。こうして手をつなぐことが、こんなにも安心感を生むものなのかと、不思議な気持ちになる。
先輩もまた、ちらちらと俺の方を伺いながらも、どこか照れくさそうに前を向いている。その頬がほんのり染まっているのが、街灯の光の下でもはっきりとわかった。
この時間がずっと続けばいいのに、とふと思ってしまう。
俺はそっと息を吐き、考えを振り払うようにもう一度先輩の手を軽く握った。
「...藤宮くん?」
先輩が小さく首をかしげる。
「なんでもないです。...ただ、今は、このままで」
俺の言葉に、先輩は少し驚いたような表情をしたが、やがて柔らかく微笑んだ。
「...うん」
静かな夜道を、俺たちはゆっくりと歩いていった。
先輩と過ごしている時間は、これまでのどんな時間とも違っていた。気を使いすぎることもなく、それでいて心地よい距離感がある。
(俺は...先輩のことが好きなのかもしれない)
確信には至らない。だが、そう考えると、この感情が腑に落ちるような気がした。
同時に、先輩との距離が縮まるたびに、頭の片隅にこびりつく、この嫌悪感と向き合う日が近づくことも...
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