ちんちんないなった   作:ワンシャフト館長

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零、親友のちんちんないなった

 親友の海千代(うみちよ)に呼び出されて色街にやって来たぼくを出迎えたのは、見覚えのない尼削ぎの女の子だった。

 待ち合わせに指定された案内所に辿り着くと、パネマジ上等の顔見せ写真の前で世界の終わりみたいな悲哀と絶望を振り撒く彼女の負のオーラに気圧されたのか、いつもなら数人居るはずの喫煙客も姿が見えず、カウンター奥のおばさんが嫌そうに彼女にを睨み付けている。

 そんな女の子の姿にぼくも一端外に出ようとしたものの、ドアの無い無料案内所だったのが悪かったのか直前で動きを察知されてしまった。

 

「……」

 

「あ、あはは……」

 

 その瞬間、ぼくはなんとか愛想笑いを搾り出すのがやっとだった。

 血走った双眸に擦りすぎたのか鬱血が隈の様になった目。その瞳に浮かぶ負の感情は「人の絶望」を物理的に顕出させたような代物だった。このままこの世の全てを呑み込みそうな眼球の闇に思わず後退りをした瞬間、フッとその瞳にそれまでの絶望とは違う、別の感情が浮かび上がった。

 一瞬、「え?」と思っているとジワッと両目を潤ませた彼女が「つきゆきいいいいいいいいい!!!!」と言いながら飛び付いてきた。

 

「えっと?」

 

予想外の展開に、ぼくは思わず頭を掻いた。もちろん、ぼくにこんな美人の知り合いはいない。仮にいたとしても、こんな親しげに名前を呼ばれる範囲にではないはずだ。少なくとも呼び捨てにされる間柄の相手を忘れるほど、ぼくも記憶力は悪くない。

 

「おほん!!」

 

 混乱するぼくを他所にヒシッと腰元に抱き着いて泣きじゃくる彼女。そんなぼく達の姿に当然の誤解をした案内所のおばさんがこれ見よがしに大きな咳払いをした。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

その咳払いに我に返ったぼくは、一端彼女の手を振り解いてから肩を押して距離を取る。小振りで華奢なその肩はやっぱりぼくの記憶の中には有り得ないものだった。

 

「すみませんが、どこのどなたでしょうか? たぶん、初対面だと思うのですが」

 

そして、仕切り直しの意味も込めて尋ねると、一瞬両目を丸くした彼女はキッとぼくを睨みつけたものの、すぐにその両目が滲んでポロポロと大粒の涙を零し始めたのだった。

 

「え、ちょ、ちょ!?」

 

流石に泣かれるとは思ってなかったというか、それ以前になんでこんな目を向けられると思ってなかった。そもそも、ぼくは海千代に呼ばれただけなのに……っていうか、その海千代はどうしたのかと。

 

「ばかっ!」

 

「小学生並みの罵倒は止めてくれない?」

 

内心で焦りと恨みを覚えていると、一先ず放っただけの悪口が飛んできた。

 

「トップレスマニア!!」

 

「R-18なら良いって訳でもないからね?」

 

っていうか、なんで知ってるのさ。

 

 

 

「嘘つき!!!」

 

 

 

「……うん?」

 

そうして、3度目に吐き出された言葉に、ぼくは妙な引っ掛かりを覚えた。

 自慢じゃないけど、ぼくは嘘というものを吐かない。これは、ぼくが世界一の正直者だから……という訳じゃなく、自分の言葉に責任を負うのが嫌だから、基本的に約束というものをしないというスタンスに原因がある。

 

でだ、

 

ぼくが“約束”をしたことのある相手、裏を返せば発言が“嘘”になる可能性のある相手はかなり少数と言える。というかだ、

 

「もしかして、海千代?」

 

状況的にギリギリありそうな、けど、現実的にはまず有り得なさそうな可能性をぼくは思わず口にしていた。内心それを口にした瞬間に「いや、ないでしょ」と思わずセルフツッコミを入れるけど、次の瞬間グシュッと鼻を鳴らした彼女が口にしたのは、

 

「やっと気付いたのかよ」

 

不満半分嬉しさ半分といった塩梅の、そんな言葉だった。

 

 

 

 

そして、話は最初に戻る。いや、この場合はようやく始まったが正しいのかもしれない。

 

 

 

 

「はい。海千代はコーラでよかったよね?」

 

「おう」

 

 無料案内所を離れて、駅の高架近くのベンチに座る推定海千代に赤いペットボトルを渡すと、「サンキュ」と言って受け取った彼?彼女?はグビグビと音を立ててそれを半分ほど飲み干すと、ゲフッと大きくゲップをした。楚々とした風貌とは真反対の妙に堂に入ったゲップに、ぼくはやっぱり既視感を覚える。

 

「で?」

 

「ん」

 

「一体何があってそうなったのさ。海千代……でいいんだよね?」

 

「おう……実はな」

 

「うん」

 

 

 

 

「ちんちんないなった」

 

「お、おう……」

 

 

 

 

一瞬言い淀んだ末に仕方なさそうに搾り出された海千代の言葉に、ぼくはそう返すのがやっとだった。

 

「えっと、もう少し具体的に頼める?」

 

「グシュッ……お前はオレのバイトのことは知ってるだろ?」

 

「まあ、前に聞かされたからね」

 

海千代の言葉に、ぼくは頷いた。

 ぼくと海千代の間には一つの秘密がある。それは海千代がしているバイトのことで、海千代は昔で言うところの援交、現代で言えばパパ活の逆にあたるママ活というものに手を出していた。

 親友からそんな話を突然聞かされた時は、ぼくもかなり驚いた。正直、容姿に関しては不細工とは言わないまでも十人並みといった感じで、お金を払ってまでと感じるような美少年には思えなかったからというのはあった。ただ、その事を指摘すると「そういった手の届かなさそうなやつより、オレみたいなギリ手が届くやつの方が遊ぶには丁度いいんだよ」という、ついこの間までぼくと同じく交際経験皆無だった人間とは思えない返答が返ってきた。

 で、意外にもそっち方向に才能があったらしい海千代は大学の講義が終わると街に繰り出して、引っ掛けた女の人達からバイト代(・・・・)を貰いつつ、相応の相手(・・)をするようになっていた。

 そのせいで、昔からの仲だった何人かからはCOされたなんてことも言ってたけど、ぼくとの縁はそれ以降も変わらず続いている。

 

「で、それがこの状況に?」

 

「まあな……」

 

頷いた海千代がもう一度グシュッと鼻を鳴らした。

 

「少し前に四十くらいのおばさんを捕まえてさ」

 

「新しい相手増やしたんだ。あれ? けど、海千代って前に『オレの顧客は三十四まで!』って言ってなかったっけ?」

 

「そのつもりだったんだけどな。やたらと美人さんだったもんだから、ついオッケーしちゃったんだよ」

 

「あー、美魔女ってやつ?」

 

「おう。まんまそんな感じだ」

 

首を傾げるぼくにビシッと人差し指を向けながら、海千代が頷く。

 

「素人にでも分かるくらい上等な和服でさ、選んだ店もラブホとかそういうんじゃなくて料亭とかそんな感じのとこだったんだよ」

 

「すごいね。そーゆーのってAVの中だけの話だと思ってた」

 

「オレもだ」

 

ヘヘッと笑った海千代は少し照れ臭そうに鼻先を擦った。

 

「まあ始めたての頃のオレだったら萎えてたかもしれねえけど、このバイトやってから大分ストライクゾーンが広がったから、誘われるままにちんこ勃てておばさんに突っ込んでたんだよ」

 

「ふーん……ちなみに感想は?」

 

「ちょっと緩かったけど、オレのバイト相手の中じゃ余裕で上位の方。何なら、もう少し若かったら過去一まであったんじゃねえかな。ああいうのを名器って言うんだろうよ」

 

そう言って顎に指をあてながら、しみじみと思い出す海千代。

 

「思い出に浸るのはいいんだけど、それは後にしてまずは続きを聞かせてくれる?」

 

「っと、そうだな。床についてから2時間くらいか? おばさんの(なか)に何度か射精()したところで妙な視線を感じたんだよ」

 

「妙な視線?」

 

「おう」

 

にわかに真剣な表情になった海千代がコクリと頷く。

 

「始めは仲居さんか誰かが覗いてんのかと思ったんだよ。視線を感じるだけでなんもしてこなかったし。何ならチップ代わりにちょっと見せ付けてやるかなんて思ってな」

 

「張り切って腰を振っちゃったと?」

 

「まあな」

 

「うーん、この。恥ずかしくないの?」

 

「セックスに羞恥心なんかがあったら、こんなバイトしてねーっての」

 

「それはまあその通り」

 

何なら、周りに見られることで興奮するバイト先(・・・・)もあるなんて言ってたしね。

 

「けど、そうやって腰振ってるうちに妙なことに気付いたんだよ」

 

「っていうと?」

 

「その視線がな、全然動く気配がなかったんだよ」

 

「単に海千代のセックスに魅入ってたとかそんなんじゃなくて?」

 

「それならそれで食い入るようなっていうのかな、もっと興奮したような反応があんのが普通なんだよ。けど、その時の視線は妙に動じないっつうか、やけに静かで冷静な感じだったんだよ」

 

「ふーん……確かに、それは妙だね」

 

「だろ?」

 

海千代の言う通りなら、そのセックスには唆られていないという訳で、唆られて覗き見するなら兎も角、唆られていないのにっていうのは意味が分からない。それも、寝具まで用意しているような連れ合い料亭みたいな所なら物珍しいって訳でもないだろうし。

 

「だから、おばさんにちんこ突っ込みながら部屋の中を見回したら……居たんだよ」

 

「居たって……何が?」

 

こいつ(・・・)

 

「んん?」

 

そう言って海千代が指差したのは他でもない自分自身。

 

「えっと……どういうこと?」

 

「だから、見ての通りだよ」

 

「んー……?」

 

「だからさぁ!」

 

ますます訳のわからない海千代の言葉に首を傾げると、それに焦れたらしい海千代がわしゃわしゃと整えられた御髪を掻き回す。

 

「こいつが! この人形が!! オレとおばさんのセックスを凝視してたんだよ!!!」

 

「ああ、そういう……そういう?」

 

「オレだって訳がわからなかったよ!」

 

ダンダンと地団駄を踏みながら海千代が吠えた。

 

「最初は単に人形が置いてあるだけかと思ったんだよ。けど、暫くファックしてるうちに明らかに単なる作り物じゃない雰囲気が漂ってきてさ! それも、興奮してるとかならまだしも、明らかにこうジーッと観察するような感じで」

 

「余計に訳が分からなくなったと」

 

その辺の感想はさっきも言ってたけど。

 

「そんで、流石に気味が悪くなってちんぽを止めたんだよ。そしたらその瞬間……」

 

「……」

 

「その人形がオレの方に飛んできたんだよ。こう、髪を振り乱してブワッて感じで」

 

「うん」

 

「そんで、しばらく藻掻いてたらフッと体に纏わりついてくる髪の毛の感触がなくなってさ。それで目を開けたら……さっきおばさんが裸のオレの体を撫で回してやがんの。それもやけに陶酔したようなっつうか、最初に誘われたときのお淑やかな未亡人って感じの雰囲気がどこに行ったんだって感じのメンヘラじみた目でさ」

 

「ちょっと都市伝説じみてて想像が追い付かないんだけど、それを見て海千代は?」

 

「当然、突っかかったぜ。オレの体を返せって……状況は飲み込めちゃいなかったけど、それでもあのおばさんの腕の中にあんのがオレの体なのはなんとなく分かったからな……」

 

「で……」

 

「お察しの通り、そのおばさんにふっ飛ばされたよ。ご丁寧に『これは私のもの……弁えなさい下民が』なんてセリフまで添えられてな」

 

「絵に描いたような上級国民のセリフだね。漫画か何かみたい」

 

「それな」

 

溜息を吐いて、海千代が「うあ〜」と頭を抱える。まあ、この時点で一時間も経ってない訳だしね。

 

「それで、突き飛ばされてちんちん諦めたの」

 

「んなわけあるか」

 

首を傾げたぼくに、海千代はブンブンと頭を振る。

 

「すぐに、例のおばさんに飛び掛かったんだよ。けど、揉み合ううちに人を呼ばれちまって。そのままつまみ出された」

 

「まあ、そうなっちゃうよね」

 

床まで用意させられるような所が、何かあった時の人を配備してない訳がないからね。

 

「じゃあ、その格好は海千代が見た日本人形……それとも雛人形なのかな?」

 

「雛人形だな。古い立ち雛って感じだけど、髪型とかはむしろ現代風だった気もするな」

 

「あー、だからそんな格好なのか」

 

記憶を辿るように蟀谷を揉む海千代の言葉に、ぼくも納得する。髪型が尼削ぎになっている時点で当世風だけど、着物の方も程良くアクセント程度の金糸がさされていて、極端な豪奢さとも野暮ったさとも縁遠い現代人好みの鮮やかな朱色をしていた。

 

「まあ、事情は分かったけど……これからどうするの?」

 

「それ……聞くか?」

 

ぼくの確認に、海千代はまたも絶望した顔になって頭を抱えた。まあ、そういう反応になるよね。

 

「海千代が言うところの“おばさん”を追い掛けるにしても、先立つものが全部無い状態だもんね。っていうか、家の鍵とかすら無かったりする?」

 

「想像の通りだよ……」

 

蹲ったまま呻く海千代の言葉に、ぼくの口からは思わず溜息が漏れていた。服が海千代のものじゃない時点で薄々そうかとは思っていたけどさ。……はぁ、

 

「しょーがない」

 

「月雪?」

 

「とりあえず、ぼくのアパートに行こ」

 

「え、いいのか?」

 

「流石にこんな状況で放り出したりしないって」

 

仮にも友人ではあるつもりなんだしさ。

 

「おお……おおっ!!」

 

後ろ半分は口にはしなかったけど、言っても海千代には届いていなかったかもしれない。

 既に大分追い詰められていた海千代はようやく訪れた蜘蛛の糸にビー玉みたいな両目を輝かせて握り拳を作った。

 

「ただし、狭いの何のの文句は聞かないからね? 知っての通り、ぼくの部屋は学生向けのワンルームでしかないから」

 

「この際雨風凌げりゃ文句もねぇよ! サンキュー、月雪!!」

 

「はいはい」

 

ヒャッホー!とガッツポーズをする海千代を待って、「じゃ、行こっか」と促す。

 

「おう」

 

頷いてカタカタと寄ってきた海千代の身長は本来のそれとは違って頭一つ分ほどぼくよりも低く、丁度肩口に旋毛が見えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「腹減った」

 

「は?」

 

 アパートに着いて開口一番に海千代が言い放った一言に、ぼくは思わず聞き返した。

 

「だから、腹が減ったんだよ」

 

「いや、繰り返されなくても分かるんだけど。え? お腹空くの? その体で?」

 

ぼくの確認は極めて妥当なものだったと思う。

 帰りの道中、ふと気になって黒革の手袋が嵌められた海千代の両手を晒してみたところ、見事に人形の―それも、彫像とかのそれではなく、木製のマネキンじみた関節を持った―ものが付いていたのだった。

 状況証拠と本人の証言を総合すれば無い話ではなかったけれど、流石にショックを受けた海千代が我に返ったのはついさっきアパートのドアを潜った直後のことだった。

 

 

 

で、これ(腹減った)である。いやもうどう反応しろと?

 

 

 

「取り敢えず、可食なのかを確かめないと」

 

空腹という自己申告に対して、一先ず想定されるエラーを踏まえて提案をする。食べられるなら食べられるで良いんだけど、これで非可食だったりそのせいで故障しちゃったりしたら目も当てられない。コーラなら漏洩で何とかなるかもだけど、固形物ともなれば最悪、海千代をバラさないといけなくなる可能性があるけれど、そうなった時に本人?の身体にどんな負荷が掛かるかは全くの未知数だし。

 

「具体的にどうすんだ?」

 

流石にその辺は心得ているのか、特に反発もせずに小首を傾げる海千代。そんな海千代をちょいちょいっと指で招くと、「ん〜?」と小首を傾げながらカタカタと音を立てて近付いてくる。

 

 

 

 

「えい」

 

「うぇ」

 

 

 

 

そうして近付いてきた海千代の桜色の唇に指を突っ込んで、ペンチみたいに無理やりその上顎と下顎を割り開く。すると、硬質だけどほんのりと暖かい唇の奥には黒めのピンク色に染まった軟肉がぬらぬらとした粘液を滴らせつつ小刻みな蠕動を繰り返していた。

 ザラリとした舌先とツルツルとした内頬の感触、そして何よりも入り口だった唇よりもはっきりと本人の体温を感じさせる口腔内の熱量に、ぼくはつい変な気分になりそうになる。

 

「……まあ、大丈夫そうかな」

 

そんな内心を誤魔化すために海千代の口から右手を引き抜いて近くにあったティッシュで指を濡らす唾液を拭い取る。そして、指を引き抜いた際に「おぇっ」となった海千代にもティッシュを渡すと、夕飯を取りに冷蔵庫を開けるのだった。なお、

 

 

 

 

「ぎゃああああああああああああ!?!?!?!?」

 

「うおっと」

 

 

 

 

つい、いつもの癖で自分好みの味付けにした肉野菜炒めを振る舞ったら、両目に涙を浮かべた海千代が天井に向かって火を吹いたのだった。どうやら、味覚だけじゃなくて痛覚も健在ということらしい。

 

「言ってる場合か!? つか、相変わらず舌いかれてんじゃねぇのか!?」

 

「いふぁいいふぁい」

 

人形にされたせいで木製となった左右の指に頬を引っ張られて、ぼくはすぐさま革手袋に収まった手をタップしたのだった。

 

 

 

 

 




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