仮面ライダー滅炎   作:熊澤しょーへい

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おい、また10000字超えてんじゃねえか!
というツッコミはNGでお願いいたします(懇願)
次回、次回こそは文字数を押さえますので!

という話はそこそこに、今回の話はこの作品を発案した時点で構成していました。
いわばこの作品の一区切り。どうか見守っていただけますよう。




「うーん、如何しようかなぁ」

 

 空亡は洞窟の中で呟いた。

 想定していた流れから脱線しつつあるのを感じているのだ。

 今回の空亡の企みの主軸である陣。それを支える小陣の内、既に二つが無力化されたのだ。残る二つも茨木童子と隠神刑部が無力化された以上、時間の問題だろう。

 

 大陸をぶらぶらしているときに思いついたものを適当な場所で始めてみたが、意外に戦力が揃っており、阻止一歩手前まで追いつめられている。

 

「もっと簡単に行くと思ったんだけどなー。安部の爺さんも死んだし。あんな遺産を残してるなんて想定外だよ、ホント」

 

 大の字に寝転んで不貞腐れる。

 追い詰められている悪役とは思えないほど、その口調は落ち着いている。

 暫くの間洞窟の天井を見つめた後、勢いをつけて立ち上がった。

 

「・・・ま、もういいか。切り捨て切り捨て。次に期待、ってことで」

 

 そう言うと構築していた陣に妖力を注ぎ込む。

 半数の小陣を無力化された以上、本来の効果は発動されない。

 しかしそれは空亡にとって既に問題ではない。

 飽きた玩具(おもちゃ)を捨てる子供のように、小石ほどの価値すら無くなっていた。

 

 陣が妖しく発光する。それに伴って空亡の肉体が変化してゆく。

 ボコボコと、水が沸騰するように皮膚が泡立つ。

 四肢の先端から身体が崩れていき、目玉は地面に触れる前に空気に溶ける。

 皮膚は溶解し、頭蓋骨が露見する。

 

 ホラー映画ですら滅多に映さないグロ表現。

 その中で空亡は気軽な様子で独り言。

 

「結果だけ見れないのは残念だけど。さーて、次は何で楽しもうかなぁ」

 

 空亡が発したのはそれが最後。

 体が崩壊するのと同時に空亡の妖力が増大してゆく。

 ただでさえ膨大な空亡の妖力が、だ。その圧力に屈し、洞窟の崩壊が始まる。

 あふれ出した妖力が失った空亡の肉体を補う。

 その質量は人間のそれを優に超え、2倍、3倍と留まることなく巨大になってゆく。

 

 空亡の底知れぬ悪意、人間たちはそれを思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見たとき、山が出現したのかと疑ってしまった。

 勿論、現実でそんなことは有り得ない。

 だが誰もが一度はそう思ってしまうほど、その存在は巨大であった。

 

 首や下半身は存在しておらず、巨大な黒い肉塊にも見える。

 しかし真っ白な、空洞のような口や目があり、長い腕もある。

 だが足は見えず、山と一体化している様であった。

 

 伝承に残るダイダラボッチのそれに近い。

 数々の山や湖を生み出した、自然の遣いの側面が強い伝承とは異なり、禍々しい妖力を隠すことなく放っており、地獄の底から這いだした怪物と言った方が納得ができる。

 

「―――ぁ」

 

 五郎の脳が警鐘を鳴らす。

 逃げろ、早く、死ぬぞ。 

 しかし蛇に睨まれた蛙のように、その場からピクリとも動けない。

 

 唐突に巨人が、その巨体をブルリと震わす。

 それを予兆に、肥大化した肉片をあたり一帯にまき散らした。

 

 空亡の妖力が凝縮された肉塊。人類だけでなく世界そのものに対する毒だと言っていい。

 巨人に驚いた鳥たちが一斉に羽ばたく。まるで生存本能に脅迫されたかのよう。

 そのうち一群が飛来した肉塊に飲み込まれる。

 後には骨の一欠片も残らなかった。

 

 被害はそれだけに終わらない。

 地面に堕ちた肉塊は木々を飲み込んで定着する。

 やがて肉塊は2,3つに分かれ、それぞれが新たな形を成す。

 その姿は様々。一つ共通しているのは人に仇なす怪異であること。

 肉塊一つ一つが新たな怪異を生みだす源泉となるのだ。

 

 もともと配置されていた怪異を粗方討伐した武士と陰陽師たちに、新たな脅威が迫る。

 数もさることながら、恐ろしいのはその質。武士が三人集まってようやく対処できるほどの、上級怪異ばかりであるのだ。

 

「何、こいつら?!」

「重、い!」

 

 怪異の矛先は当然五郎と四の姫にも向けられる。

 初動は何とか対応できたが、徐々に押されてゆく。

 五郎が満身創痍だったため二人は本体の後方に位置しており、孤立していたのだ。

 

「逃げた方が良いんじゃねえか!?」

「私もそうしたいです!ですが・・・」

 

 状況が変わった以上、当然撤退も視野に入ってくる。だがそうできない理由がある。

 二人の視線が巨人に向けられる。

 ゆっくりと、しかし確実に。その巨体は歩みを進めていた。

 

 足も無いのにどうやって動いているのか、という疑問は置いておく。問題はその方角。

 大江山の西側に向けて歩みを進めている。その先には(とお)がいるが、狙いは彼女ではない。

 その方角の先には京の都がある。巨人はそれを目指しているのだ。

 

「ここで食い止めなければ、都が壊滅してしまいます!“結”!」

「オラッ!・・・だけどよ、あれをどうやって―――」

 

 どうやって、祓うのか。

 これほどの怪異は両者ともに見たことが無い。

 どころか他の武士や陰陽師もこれほどの怪異に遭遇したことはなく、口伝や書物でその存在が語られるだけだ。

 

 これまでの戦いで疲労していることもあり、後ろ向きの思考に陥ってしまう。

 その時、そんな思考を焼き払うかのように、遠くで紫色の炎が立ち上がった。

 

「「(とお)!」ちゃん!」

 

 そう、あの無表情な狩人は諦めていない。今も離れたところで戦っているのだ。

 もう一度二人は心を奮い立たせた。

 

(だが実際、どうやってこの状況を好転させる?)

 

 脅威は二つ。

 一つは、無限に生成され続けている怪異。こうしている間にも新たな肉片が大地に埋め込まれ、そこから怪異がはい出してきている。

 二つ目は、巨人本体。その巨体の大きさは正しく山そのものであり、その腕で一撫でするだけで一軍が壊滅する。

 

 その点こちら側の手札は多くない。

 幾ら武士や陰陽師が怪異退治の専門家とはいえ、今回の相手は前代未聞だ。正面から相手にできるのは、五郎が知る限り(とお)か四の姫しかいないだろう。

 四の姫のもつ神由来の短剣は論外。ここで彼女に倒れられてしまえば、それこそ詰み一直線だ。

 

(せめてあの力をもう一度使えればな・・・)

 

 四の姫が用いた身体強化の術。実質(とお)をもう一人生み出すに等しい秘術。この術を使ってもらえれば、突破のきっかけは開けるかもしれない。

 だが不可能だ、とその考えを両断する。

 先ほどの戦いで、特に五郎は著しく疲労している。20と持たずに四散するのがオチだ。

 命を惜しむつもりはないが、無駄に捨てるつもりはない。

 

(あいつ)みたいなやつがもう一人いれば、話は変わるんだが。大妖怪と対等な契約をしたやつ・・・大妖怪?)

 

 五郎は引っ掛かる。そう言えば大妖怪を名乗っていた狸がいたな、と。 

 

「―――あ」

 

 そして思考の果てに思いつく、思いついてしまう。

 最高で最悪な、この状況を好転させうる、多くの犠牲を無駄にする一手を。

 

「あ~~~!くそったれ!なんでこんな手ばっかり思いつくかなぁ!」

「え、どうしたんですか?」

「でも仕方ねえよな!俺の頭じゃこれが限界だからよ!」

 

 自分が嫌になり、頭を掻き毟る。

 困惑する四の姫にこの場を任せ、五郎はある一角に駆け寄る。

 

 結界内に封印された一匹の狸。数多の札によってガチガチに封印されている。

 そのうちの一つを、躊躇うことなく破り捨てた。

 

「おい、狸!状況は分かってるな!」

「もちろん。君たちが苦戦しているところもしっかりね」

 

 焦る五郎を、隠神刑部は嫌らしい目で見る。

 封印されたとはいえ、完全に体の所有権を奪われたわけではない。自分を封印した奴らが苦戦している様子を肴にしていたのだ。

 

「端的に言うぞ、俺と契約しろ」

「―――へえ」

「お前だってこのまま封印されるのは避けたいだろ?俺に協力するならこの封印を解いてやる」

 

 契約、言うまでもないが妖怪にとってそれは非常に重い。

 たとえ口約束一つでも、存在を曲げられかねない。そして、契約した人間も只では済まない。履行を渋った人間は枷が外れた妖怪によって無残に食い殺されてしまうだろう。

 

 必死な気持ちを押し殺し、契約を持ちかける五郎。

 だがそんな彼を、隠神刑部は嘲笑う。

 

「オイラが首を縦に振ると思ってる?こんな封印、二百年もすれば自然に解ける。妖怪(オイラ)人間(おまえたち)じゃ寿命が違う。そんなもの、対価にすらならないよ」

 

 隠神刑部は更に表情を歪める。

 その在り方は正しく妖怪。人間を嗤い、踏みにじる存在。

 

「オイラと契約したいならもっと対価を支払ってくれなくちゃ。例えば『力を貸す度に君の身体の一部を支払う』とかさ」

 

 まさしく、無茶振り。

 人間は怪異と違い、部位を欠損してしまえば二度と生えることはない。

 人間に不利過ぎる条件。これで目の前の人間も諦めるだろう。

 

「―――」

 

 しかし五郎の回答は、その予想の真反対のものであった。

 

「え、そんなんでいいのか?じゃあ契約するわ」

「―――は?」

「―――へ?」

 

 二つの間抜けな声が、戦場にやけに煩く響く。

 一つは隠神刑部のもの。もう一つは聞き耳を立てていた四の姫のもの。

 彼らが呆然としている間に、五郎は結界に張られていた札を次々と破り捨ててゆく。

 

「は、お前、本当に聞いてた?」

「ああ、俺の身体を払えばお前は力を貸してくれるんだろ?じゃあ十分だ。契約な」

 

 無効だ、そう言おうとした隠神刑部の口は開かなかった。

 既に契約は交わされた。両者ともに望みを言い、合意をした。撤回は許されない。

 

「何を、考えている?何なんだ、お前は?」

 

 封印された恨みも忘れ、隠神刑部は困惑する。

 全ての札を破り捨てた五郎は刀を収め、弓に矢を番える。

 

「そら、あれだ。(あいつ)が命張ってんだ。俺が張らないわけにはいかねえだろうが」

「後、俺の名前は『お前』じゃねえ、五郎だ。間違えんなよ」

 

 そう言うと五郎は四の姫の隣に向かう。

 彼女の表情は困惑を通り越して呆れている。

 

「悪い、姫さん」

「もういいですよ。そんなところも、五郎さんらしいです」

「―――やめてくれ、照れるだろ」

 

 五郎は笑い、その事実に更に笑いが込み上げてくる。

 目の前には怪異の群れ。朝が来る頃には死体になっているかもしれない。

 こんな絶望的な状況であっても、人間は笑うことができるのだ。

 

 弓を引き絞り、狙いを定める。

 五郎の扱う和弓は西洋のそれとは異なり、6尺以上の大きさを誇る。だがそんな弓も、巨人のそれと比べればかなり見劣りしてしまう。

 狙うは、彼の者の目玉。視界があるのかは分からないが、大きな的でもあり狙いやすい。

 

「隠神刑部、『右手の小指』だ」

「お前、本気で―――」

 

 言い終わらないうちに隠神刑部から深緑色の妖力が注ぎ込まれ、弓と矢に充填される。

 それと同時に五郎の右手から小指が消失する。まるで元々存在していなかったかのように、それは自然で、血の一滴も流れていない。

 

「―――ッ!」

「sxrdctfvyぐhジk!」

 

 解き放たれた矢は一直線に、深緑色の軌跡を描きながら一直線に巨人に迫る。

 矢は呆気なく標的に命中し、巨人は意味の分からない声を轟かせる。

 

「っしゃ!次だ!」

「馬鹿、前を見ろ!」

 

 予想以上の効果に五郎は拳を強く握り、次の矢を番えようとする。

 そんなところに隠神刑部の警告が。

 見ると巨人が肩のあたりから巨大な触手を生やし、五郎たちにけしかけてきたのだ。

 

「―――ッ」

 

 まずい。

 下手な大木以上の太さを持つ触手が目前に迫っていた。

 醜悪な妖気で構成されており、その毒性は同じ妖気で構成される怪異にすら猛毒となる。

 

 矢では到底弾くことができない。

 五郎は反射的に目をつぶったが、恐れていた衝撃は訪れなかった。

 

「―――姫さん」

 

 おそるおそる目を開けると、五郎の前に四の姫が立っていた。

 その手には小さな短剣。

 触手は細切れ以上に切り刻まれ、後には妖気の一滴すら残らなかった。

 触手だけではない。辺りに殺到していた怪異の群れも消滅している。

 

 名もなき神の短剣

 古くは剣神、或いは武神として祀られていた、その御神体。

 その権能は絶大で、『斬った』という情報を叩きつける。

 防御不能の一撃必殺。しかし絶大な弱点が一つ。

 それは負荷の大きさ。人の身で神の権能を行使する、その対価は余りにも大きい。

 

 ペッ、と血の塊を吐き出して四の姫は笑う。

 

「五郎さん一人に目立たせるわけにはいきませんから。(とお)ちゃんを助けたいという気持ちは、私も同じですよ?」

 

「そうか―――そうだよな。じゃあ、前は頼むぜ?姫さん」

「お任せを。・・・いつもとは真逆ですね」

「ははっ、そうだな。隠神刑部、『右手の薬指』だ」

 

 彼らは攻撃を続ける。

 彼女たちの友が、諦めていないと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大江山 東方

 

「ハア、ハア・・・」

 

 彼女には珍しく、大きく息を切らしている。

 変身も、とっくに解除されている。

 あたりには彼女一人。戦っているうちに源次とははぐれてしまった。

 

「もうよかろう?(とお)

「まだ」

 

 あたりには怪異の死体が転がっている。怪異の群れはこの方面にも押し寄せた。

 滅炎の気配を感じ取ったのか、それとも偶然か。西方の倍以上の怪異が押し寄せてきた。

 その全てを切り捨てた(とお)だが、彼女自身も無事ではない。

 左腕がひしゃけ、右目が喪失している。傷はそれだけでなく、回復が追い付いていない。

 

 にも拘らず(とお)は蜘蛛斬りを杖代わりに、巨人に向けて歩みを進める。

 そんな彼女の目の前に、火の玉姿の妲己が出現する。

 

「良いか?今ならば間に合う。源氏の小僧と安部の小娘を回収し、山を下りるのじゃ」

「だめ。まだあれを斬ってない」

 

 制止を無視して(とお)は向かい続ける。

 だがいつもとは違い妲己は引かない。

 どころか(とお)に向かって怒鳴りつけた。

 

「よいか、空亡には勝てぬ!お主だけではない、余も、この世界の存在で奴を殺しきれるものは存在せぬのじゃ!」

 

 火、水、風、雷・・・怪異を生みだしやすいものの代表格だが、これらは決して、人類に害を与えるだけではない。

 上記だけではない。この世のあらゆるものは一枚のカードの裏表。人類に致命的な害を与えることもあれば、絶大な繁栄を齎すこともある。

 その在り様は生み出された妖怪にも表れている。ごくまれに式神としてこれらを使役する人物がいるように、状況によっては両者は手を取り合うことができる。

 しかし、空亡は違う。

 アレの素となったのは純然たる恐怖や悪意。根本的に人類と相容れない存在なのだ。

 

 そしてそれは、空亡が不滅であることを意味する。

 たとえここで殺したとしても、数年と経たないうちに新たな空亡が現れる。

 空亡を完全に滅するには人類を絶滅させるしかない。

 

「・・・」

「余とて屈辱よ。アレに苦汁を飲まされるのは二度や三度ではない。じゃがな、逃げるが勝ちという言葉もある」

「・・・」

「二人を回収し、逃げる。アレの速度から考えても十二分に間に合う」

 

 (とお)は黙って聞く。

 確かに、彼女の言うことは正論だ。痛いほどに。

 だが(とお)はどうしても考えてしまう。

 

 逃げる。で、()()()()

 

「―――退()く、妲己」

「まだ分からんのか?」

「分かる。妲己の言ってることは正しい」

 

 (とお)は表情を変えることなく、常日頃と変わらない声で妲己に語り掛ける。

 

「二人と一緒に逃げる。正しい。でも『いつも』は戻ってこない」

「・・・何?」

「ああ見えても四の姫は家族を大切に思ってる。殺してしまわない程度には。五郎は都に婚約者がいる。私にはよく分からないけど、大切そうに話してた」

「ならばそ奴らも―――」

「それ以上に、二人は京の皆を守りたいと思ってる。見捨てて他の国に逃げたとしても、二人は心からは笑わない。『いつも』は戻ってこない」

「―――お主」

 

 妲己が驚愕したかのように呟く。

 

 そこまで話して、(とお)は気が付く。

 私は思ったよりも、『いつも』が大切だったみたい。

 一人で食べるご飯より、皆で食べる方が温かいって知ってしまったから。

 あの騒がしさを、温かさを、『いつも』を。どうしても手放したくないのだ。

 

 巨人が刻一刻と、(とお)に向けて迫る。

 だがそれを咎めるように、一筋の矢が巨人の瞳を正確に穿つ。

 

「sxrdctfvyぐhジk!」

 

 断末魔と共に、巨人が苦しんでいる様相を見せる。

 そう、あれは完全無欠の存在ではない。

 矢を射れば苦しむし、怒る。

 あれは、斬れる。

 

「思い上がるなよ(とお)!アレを殺せるとでも言うのか!?」

 

 ああ無理だろう。少なくとも、今のままでは。

 妖力は頭に集中している。あそこが巨人の弱点なのだろう。

 だがそこに至るまでに道程は過酷だ。巨人の身体は忌々しき妖力の塊で構成されており、万物にとって有毒もそれを駆け上がっていかなければならない。

 

 もっと速く、もっと強靭に、もっと鋭く。

 

 そして、(とお)は選んだ。

 

 最後の選択を。

 

 1000年に渡る因縁を決定づけた、その決断を。

 

「妲己」

「―――なんじゃ」

「ごめん。ありがとう」

 

 これしか思いつかなかったから。

 

「―――?」

 

 急変した(とお)の態度に、妲己は戸惑う。

 しかし彼女が『調伏之具』に触れると、その意図を察した。

 

「―――待て、待つのじゃ!」

 

 妲己の制止を完全に無視し、(とお)はドライバーに力を込めてゆく。

 妲己は抗えない。徐々に紫色の火の玉は調伏之具の中心に吸い込まれてゆく。

 

「止めよ(とお)!お主は、余の―――」

 

 その言葉が完全に紡がれることはなかった。

 (とお)は腰に差してあった鞘を投げ捨てる。茨木童子との戦いで既に鞘としての機能は失われている。

 ここからは、速度勝負。少しでも身軽にすべきだ。

 

「スゥ―――」

 

 深呼吸。同時に無意識に取り付けていた脳のリミッターを解除する。

 妖力は人間にとって毒。それは巨大な器を持つ(とお)とて例外ではない。

 少しずつ使用していた妖力を、短時間で一気に使用。その力を以て一気に巨人を討つ。

 幸い()べる薪には困らない。一番上質なそれを、(とお)は生まれながらに持っているのだから。

 

 自身の魂という薪を。

 

 紫色の炎が白へと変化する。

 それは一種の臨界点を超えた証。自身と敵の区別すらなく、すべてを焼き焦がす禁断の炎。

 それを今、解放する。

 

「―――変身」

 

 もはや印は必要ない。

 押さえつけられていた炎が解放され、火柱が舞い踊る。

 

 中から、一刀。それだけで炎は静粛する。

 舞い散る白い炎は一種の果てに至った祝福の花びらか、それとも死出への手向けか。

 それとも歴史の転換点(ターニングポイント)を迎えた、世界の歓びか。

 

《急急如律令命炎退魔!滅炎・白!》

 

 一言で述べるならば、白い滅炎。だがその装束は一変している。

 身を守る鎧ではなく、真っ白な、浴衣風の単衣。

 防御力が望むらくもないそれは、まさしく死装束。

 

 しかして、侮るなかれ。その炎は普段のそれとは比べるもない。

 今でも獲物を求めて漂い、地面をガラス状に焦がしてすらいる。

 だからこそ、警告する。

 

「気安く触れると、火傷する、よ?」

 

 仮面ライダー滅炎・白

 一つの高みに至った瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白き仮面ライダーは大地を蹴る。

 最も、それを捉えられた者は一人としていない。そう、巨人でさえも。

 気が付いた時には巨体の上を駆けのぼっていた。

 

「pkMjニふYgft!?!?」

 

 目指すは、空亡の首一つ。

 それ以外にかまけている暇はない。

 恐ろしい勢いで、白き閃光は漆黒の闇の上を駆けのぼる。

 

「Rちぇういおおxk!!!!」

 

 巨人は憤慨したかのように叫ぶ。それに呼応して、滅炎・白の目の前の皮膚がボコボコと音を立てて変化する。

 巨人の身体は空亡の妖力によって形成されている。それを証明するように、10を超える怪異が出現する。

 一体一体が一軍を壊滅されることができる強さを誇る。だが、滅炎・白は立ち止まらない。

 

 猛スピードで、しかしその速度を完全に制御し、怪異たちの群れをすり抜けた。

 がら空きになった、そして普段より脆い彼女の背後を襲わんと、怪異たちは振り返る。そして、その時に漸く気が付く。

 自分たちが、斬られていることに。

 

 神速の剣術。それこそが彼女が至った到達点。

 天才たちが一生を捧げて到達できるか、出来ないかという領域に、十年弱の鍛錬で土足で踏み込んだのである。

 怪異たちは細切れにされ、白い炎によって捕食される。

 だが炎は満たされることはない。もっとよこせと滅炎・白を急かす。

 

 既に滅炎・白は巨人の、人間で言う(へそ)の部位まで到達していた。

 そして速度は少しも緩んでいない。

 

 怪異たちでは足止めにすらならないことを理解したのか、巨人は方針を変えた。

 何度目かの変異を行う。しかし、今度の形は怪異ではない。

 

 ぐちゅり

 嫌な音と共に滅炎・白の身体に巨大な肉棘が突き刺さる。

 人間の心の臓に当たる部分を的確に動いた。普通ならこれで絶命する。

 そう、普通ならば。

 

 滅炎・白は肉棘を根本から切り落とすと、何事もなかったかのように走り出す。

 白装束は真っ赤に染まっている。しかし足は留まるどころか、遅れた分を取り戻さんと更に加速していた。

 

「おtrg\GfhびWkls!!!!」

 

 巨人は何度も滅炎・白を串刺しにする。

 頭、胸、腕、足・・・しかし全くの無意味であった。瞬きの間に傷を癒し、刻一刻と迫りくる。

 その白装束を血で染めながら。

 既に胸の部位に差し掛かろうとしている。

 

「んCFGじゅそいp!!!」

 

 耳障りな雄たけびを上げ、巨人は腕を振り上げる。

 そう、コバエは叩き潰すに限るのだ。

 どれだけ回復するというならば、その暇がないほどに連続で、グチャグチャに潰しきってやればいいのだ。

 

 迫りくる巨腕。迎え撃つべく刀を構えるが、滅炎・白が振るうまでもない。

 それよりも早く巨人の腕が自壊したのだ。

 まるで、何者かに切り刻まれたかのように。

 

「おイtjhGSfv!?!?」

 

 同時に目玉に向け、深緑色の軌跡が走る。

 大妖怪の狸の妖力によって加速、貫通力が底上げされたそれは、例え相手が巨人であっても絶大な効果を発揮していた。

 

(とお)ッ!」

(とお)ちゃん!」

 

 生涯動くことが無かった口角が、無意識に吊り上がった。

 地上から(とお)に向け、精いっぱいの声が投げかけられた。

 

「後ろは任せてくださーい!」

「姫さんに先に言われちまったか!お前は好きなようにやれ!『いつも通り』な!」

 

 (とお)を援護するためにここまで駆け付けてきたのだ。

 両者共に無傷ではない。

 四の姫は幾度も短刀を振るったことにより、目、鼻、耳、口、ありとあらゆる部位から血を流している。これでは臓器にも多大な負荷がかかっているだろう。今彼女が戦えているのは術式でだましだましにしているからに過ぎない。

 五郎は更に悲惨だ。まず弓を射るために不必要な指は全て消失している。それだけではなく右耳、足の指の幾つか、歯も幾らか対価として支払った。

 

 だが両者共に戦意は衰えていない。どころか最高潮(クライマックス)だ。

 滅炎・白は胸を超え存在しない首に差し掛かった。

 

「ここが正念場だ、姫さん!」

「分かってますよ!切り裂け、神刀!」

「隠神刑部、『左目』くれてやる!」

「くそったれ!もう好きにしろ!」

 

 なおも滅炎・白を振り落とそうとする巨腕は再び自壊し、緑色の流星が巨人を牽制する。

 巨人はそれに気を取られている暇はない。既に滅炎・白が巨人の脳天、最も妖力が集中する部分に刀を挿し込まんとしているのだ。

 

 滅炎・白は調伏之具の中心に一度、手を翳す。

 それに応じて白い炎が蜘蛛斬りに纏わりついた。

 

「くぃをえDJFH!!!!」

 

 嫌だ、死にたくない。

 そう言いたげに叫ぶと、刃と触れる皮膚から数多の棘が突き出し、皮膚に刃が通るのを必死に妨害する。

 両者の押し合いは互角。滅炎・白は負けじと二度、ドライバーに手を(かざ)す。

 

 滅炎・白の全身から白い炎が噴き出す。それに後押しされ、ゆっくりと刃が皮膚の中に突き刺さってゆく。

 しかしそれによって巨人の最後のあがきが始まる。

 だがそれを許す二人ではない。

 

 四の姫の意識が朦朧とする。

 原因は明白。しかし止めるつもりは毛頭ない。

 五郎も同じ心意気である。

 

「大盤振る舞いだ!『後払いで左腕』をくれてやる!力を寄越せ、隠神刑部!」

「後で何でも取っていい!だからあの()の道を切り開いて、神刀!」

 

 二つの攻撃が放たれる。

 右腕は流星によって爆散させられる。先ほどまでとは比べようもない妖力が漂い、腕の回復を妨害する。

 左腕は消滅する。塵すら残すことを許されないほど、細かく切り刻まれたのだ。瞬時に左腕は回復されるが、その瞬間に再び切り刻まれ、結果滅炎・白には何もできなかった。

 

 深々と突き刺さった刀。しかし核には僅かに届かない。

 滅炎・白は慌てない。高らかに跳躍すると、調伏之具の中心に三度手を(かざ)す。

 

 先ほどの比にならないほど、大量の白炎が全身から噴き出す。

 その姿かたちはまるで巨大な白狐のよう。

 

 後世、現地の人々によって以下の伝説がまことしやかに語られる。

 すなわち、「失敗作である大江山を平地に戻すべく出現した“だいだらぼっち”を、その地に住まう神の化身たる白い九尾の狐が食い殺した」と。

 

 左足をたたみ、右足を突き出す。

 巨人に止めを刺すべく、滅炎・白は蹴りを放った。

 狙うは深々と突き刺さった蜘蛛斬りの柄。それを起点に妖力を注ぎ込むのだ。

 

「―――ッ!」

「8jhdgfghrshvfhmygbry!!!!」

 

 殺されてたまるか、と巨人も必死の抵抗を行う。

 そんな相手に滅炎・白はとびきりの呪詛を吐く。

 

「お前は、いらない!」

 

 生まれて初めて、声を荒らげた。

 抵抗が少し緩んだ瞬間、足で一気に刀を突き刺した。

 

「ハアアアア―――ッ!!!」

「うイうgjfshfd!!!!」

 

 均衡が、崩れる。

 刃が核を貫き、その勢いのまま巨人の身体を両断する。

 核が破壊されたことによって、巨大な体を維持することができず、そのまま崩壊した。

 最後のあがきとして妖力が凝縮された肉片をあたりに散らそうとしたが、白い炎がそれを許さない。

 1ドットすら残すことなく、肉片を消失した。

 

 大元を絶たれたためか、四方で武士や陰陽師らと戦っていた怪異も消失した。

 戦いは、終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――生きてっか?姫さん」

「―――なん、とか。五郎さんは」

「こっちも変わらん。こりゃ近いうちに隠居だな」

 

 巨人が崩壊した衝撃で、二人は大きく吹き飛ばされた。

 辛うじて残った木の下で、満身創痍の身体を休めている。

 因みに隠神刑部は気絶している。ここまで妖力を消費したことは無かったのだろう。

 

 しかし座ってばかりいることは出来ない。

 二人にはやらねばならない使命がある。

 (とお)を迎える、という使命が。

 

 体に鞭を打って立ち上がり、巨人の消滅地点の中心へと向かう。

 墓標のように突き刺さった蜘蛛斬りのそばで、(とお)がいつも通りぼう、として立っている。

 

 近づきながら、なんと声を掛けたものかと考える。

 よくやった?流石?帰って寝るか?―――どれもどこかピンとこない。

 

 二人の気配を察したのか、(とお)が二人の方を向いた。

 そのまま二人の下へ歩き出そうとして―――

 

 ―――グラリ

 (とお)の身体が大きく揺らいだ。

 

(とお)!」

(とお)ちゃん!」

 

 二人は慌てて駆けだし、彼女の身体を受け止めようとする。

 しかし、間に合わない。

 彼女は無抵抗のまま地面に倒れ伏した。

 

 苦しい、などと言っている暇はない。

 二人は(とお)の下に急いで駆け付けた。

 

「おい、しっかりしろ!」

「待っててください、今術式を―――」

 

 (とお)を拾い上げた二人は、言葉を失った。

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 既に両足は消失している。

 しかし痛みはないのか、(とお)は弱々しく笑みを浮かべた。

 

「よか、った、二、人とも。無、事、で」

 

 (とお)が見せる初めての笑み。

 しかし二人にとって嬉しくもなんともなかった。

 

「何言ってんだ!お前が無事じゃねえと意味ねえだろ!」

 

 五郎が声を荒らげる。残った右目は薄っすらと滲んでいる。

 四の姫に至っては号泣し、言葉も途切れ途切れになっていた。

 

「何で、術式、効かないの?こんな、こんなときに―――!」

「おい妲己、聞こえてんだろ!とっとと炎を消しやがれ!戦いはもう終わったんだぞ!」

 

 必死になって(とお)の命をつなぎとめようとする二人。

 しかしあらゆる努力は無に消し、そうこうしている間にも彼女の手も炎に包まれ出した。

 

「ふ、たりとも、きい、て?」

 

 虫食い状態の足で器用に態勢を変えると、正面から二人に抱き着いた。

 炎のせいか、温かい。そのことが益々二人の心を締め上げる。

 

「「―――」」

「あり、がとう」

 

 二人の崩れた顔と正反対に、(とお)の顔は晴れやかだ。

 刻一刻と死は近づいてゆく。それまでに、私の心を伝えなければ。

 

「ふたりが、は、じめて。初、めて『に、ん、げん』、として接、してくれ、た」

「ありが、とう、ふたり、のお、陰で人げ、んとして生き、ら、れた」

 

 喉か舌が消えた為か、言葉が途絶え途絶えになるのがもどかしい。

 いつもは喋ることなんて億劫にしか感じないのに。どうしようもないな、と自分を笑う。

 

 足は既に完全に消えてしまった。白炎は身体を蝕み始めている。

 手も甲が消え、指が三本浮いているだけ。

 最後の力を振り絞って、それらの指を二人の顔へ近づける。

 

 二人が、泣いてる。

 困る。いつもみたいに笑ってもらわないと。

 

 どう?四の姫。私、ちゃんと笑えたよ。

 どう?五郎。私、ちゃんとあの怪物を倒せたよ。

 後は一緒に帰って眠るだけ。起きたら次の朝か昼。頑張ったもの、ちょっと豪華にしてほしいな。

 そう言えば源次たちの屋敷に顔を出していないな。あそこは宮中よりも、少しだけ心地いい。刀を振るっている間は、何も考えなくていいから。

 いや、寝る前に夕餉を食べてもいいかな。五月蠅い妲己の声を聴きながら。偶にはそれでもいいかもね。

 

 ―――ああだめだ、考えがまとまらない。

 気が付くと右目が見えなくなっていた。

 白炎はもう私の頭の燃やし始めていたみたい。

 二人は何か言っている。でも御免、もう聞こえないんだ。

 

 ちゃんと。そう。ちゃんとこれだけは言わないと。

 

「ありがとう、ふたりとも」

「げんきでね」

「あいしてるよ」

 

 ああ、ちゃんと言えた。

 もう、これで、こころのこりは

 

 ―――ねむい

 ―――おやすみ

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・ 

 

 ゴトリ、無機質な音を立てて調伏之具が地面に落下する。

 それと同時に二人の中から、温かい、炎の熱が完全に消え去る。

 残ったのは、彼女が身に着けていた衣類と、蜘蛛斬り、調伏之具だけ。

 

 男女の慟哭があたりに響き渡る。

 それは誰かに届くことはなく、虚しく山の中に響き渡った。




如何でしたでしょうか、これにて彼女の物語は幕引きでございます。
しかしそれは、この作品の完結を意味いたしません。
この作品のテーマは『継承』。
例え一度炎が途切れたとしても、その輝きを知る者の手によって、再び炎は点火されるのです。
例えその担い手が変わったとしても、例えその形が変化したとしても。
例え―――その輝きを知る者が、自分一人だけになったとしても。

とはいえ、それはもう少し先のお話。

次回、一章最終回「拾」
残された者たちの選択を、どうか見届けてください。
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