仮面ライダー滅炎   作:熊澤しょーへい

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幕間その3。舞台は戦国時代。
華やかなイメージとは違う、少しマイナス方向に焦点を当ててみました。


鬼娘は平穏の夢を見るか?

 「死」というものに、初めて触れた。

 

 それは果てしなく深い沼のよう。

 落ちても落ちてもそこに辿り着くことはなく、文字通り永遠に落ち続ける虚無。

 上に上がることは出来ない。ひたすらに手足を動かしても、泥のように彼女の全身を絡めとる。

 瞳が開かれることはない。死者に光は必要ないとばかりに。

 

 自身が何者であるか、何故ここにいるのか。思い出そうとしても思い出せない。

 一つだけ、瞼の裏に残っているものがある。

 それは細い、線のような十字の光。一本は紫色。あらゆるものを拒絶する炎の色。そしてもう一つは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリ、パチリ

 

 火花がはじける音に導かれ、女は意識を浮上させた。

 ゆっくりと瞼を開く。何十年と眠っていたかのように、上下の瞼は強固にくっついていた。

 優しい火の光。だか彼女には少し眩しすぎたようで、慌てて目を細めた。

 

「気が付いたか」

 

 火を挟んで向かい側に人の気配。どうやらここは森の中のようで、それ以外に人の気配は見当たらない。

 いたのは編み笠を被った旅の僧らしき男。ぱきり、と枝を折っては炎にくべている。

 僧とは言っても顔つきは精悍で、どちらかと言えば武士に近いものを感じる。

 誰か、と問いかけようとして、言葉が出でこない。戸惑う彼女を見て、僧は竹筒を渡してくる。

 

「飲め。かなりの期間眠っていたと見える」

 

 言われて初めて喉が渇いていることに気が付く。

 ありがたくいただく。水に飢えた砂漠のように、忽ち竹筒を空にする。

 ようやく言葉が出てくる。ここは何処で、貴方は誰なのか。

 

「愚僧は旅の僧、名乗るほどのものでもあるまいよ。山で修行しておったのだが、そこの洞窟で貴殿を見つけてな。何やら魘されておったので、介抱しただけのこと」

 

 そこまで言われて、ハッとする。

 今の自分には額を覆うものは何もない。慌てて手で角を隠す。

 そんな彼女を見て僧は口を開く。

 

「案ずるな。貴殿をどうこうする気も、手段も無い」

 

 確かに僧からは特別な力は感じられない。持ち物からもだ。

 そうなると疑問が浮かび上がる。何故自分を助けたのか?

 

「人も化生も違いあるまい。御仏は等しく皆に手を差し伸べて下さる。愚僧はそれに従っただけのこと。それに―――」

 

 僧は言い淀む。

 女は促すが、僧は結果として首を横に振るだけに終わった。

 

「―――いやいい。とにかくその角を隠す必要はあるまい。それでも気になるというなら・・・ほら」

 

 僧は横に置いてあった、予備の編み笠を渡してきた。

 促されて、女は傘を被る。女には少しだけ大きかった。

 

「これで少しは隠れるだろう・・・では、愚僧はこれで」

 

 言い終えると、立ち上がる。どこへ行くのかと女は訊ねた。

 

「目的などない、ただ歩くだけよ。そして人の死に立ち会えば経を読む。それが愚僧にできる唯一のこと」

 

 言い終えると、僧は立ち去った。

 女は気が付けば、その後を追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応仁元年(西暦1468年)、応仁の乱勃発。

 8代将軍足利義政の跡目をめぐる争いは、斯波氏、畠山氏らの跡継ぎ争いにも飛び火し、細川勝元と山名宗全の全面戦争をも引き起こした。

 十年間、途切れることのなかった戦の炎。それは京の都を焼き尽くし、日本全土に伝播した。

 朝廷にも、そして幕府にもこれを止める力はない。血は血でしか洗い落とすことは出来ず、炎は炎でしか消すことは出来ない。

 

 もはや狂気は誰にも止められない。既に室町時代であって、室町時代ではない。

 百年以上に渡るこの時代を、後世は戦国時代と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永禄五年(西暦1562年)

 

 僧は女の同行を拒まなかった。

 服を渡し、草履を渡し、食事を渡し。最後に一つ呟いた。

 

「これも御仏の導きか」

 

 この言葉の真意は分からなかった。

 

 僧の言葉に偽りはなかった。

 一日中歩き、昼と夜だけ立ち止まる。

 立ち止まるときはもう一つ、人の死に立ち会ったときだ。

 

「弔われねば成仏も出来まい。貴殿が望むなら経を読もう」

「へえ、ありがとうごぜえます。ですが私には銭は・・・」

「案ずるな、銭は取らん。代わりと言っては何だが、一食だけ恵んではくれまいか?」

「よ、よろしいので!?ぜひ、おねげえします!」

 

 僧は変わり者であった。

 どうやら弔うには銭が大量に必要らしい。

 しかし僧はそれを拒む。貰うのは相手からどうしてもと言われた時だけ。

 

「ありがとうごぜえます。これで爺さんも安心して眠れます。こちら、ささやかですが料理を準備させていただきやした。お弟子さんの分も、どうぞ」

 

 いつの間にか、僧の弟子扱いされていた。

 でも、何故か悪い気はしなかった。

 

「馳走、感謝する」

 

 料理に口を付ける僧。どんなに質素な料理でも僧は文句ひとつ言わなかった。

 しかし例外はある。頑なに肉を口にしなかったのだ。

 米と、野菜と、少しの魚。過食をすることはない。

 

 いつの間にか、女も肉を口にすることは無くなっていた。

 

 弊害はあった。

 鬼としての本能が人肉を求めたのだ。

 それだけではない。周囲に立ち上る血の香りが、全てを奪わんとする弱肉強食の空気が鬼の本能を悉く刺激した。

 

「奪え」「殺せ」「喰らえ」「隣にいる肉を」「油断しているぞ」「仕留めるのは容易い」

 

 脳に言葉が反響する。

 しかし実害を及ぼすことはなかった。

 理性を失いかける時、決まって胸の傷が焼けるように痛む。

 

「熱い」「熱い」「熱い」「熱い」「熱い」「熱い」

 

 彼女の意識ごと、鬼の本能を焼き尽くす。

 目が覚めたとき、悪逆なる本能はしんと静まり返っていた。

 

 僧は弔う人間を区別しなかった。

 農民、武士、町民、貴人。挙句の果ては罪人まで。

 

「罪人の弔いも、愚僧の務めであろう」

 

 何故か、と聞いた。

 罪人は何でも主君を裏切ったそうだ。そんな罪人にまで安眠を願うのか、と。

 

「そうだな、あれは罪人だ。しかしな、死者でもあるのだ。農民も、町民も、武士も、貴人も、罪人も、死んでしまえばただの肉の塊よ。それに御仏はそのようなもので区別はせん。であるのならば、愚僧も区別なく念仏を唱える。ただそれだけのことよ」

 

 晒し首の前で念仏を唱えたこともある。

 町人の中には彼のことを好奇の目で見る者も居た。しかし、彼女にはそんな目で僧を見ることは出来なかった。

 

 旅を続けてしばらくして、女は自分にも念仏を教えてくれと頼んだ。

 それほど大層な理由はない。ただ、僧が念仏を唱える間手持ち無沙汰だったから。

 僧は、自分の使っていた経本を女に渡した。

 

「愚僧は全て暗記している。これを読んで精進せい」

 

 立ち止まる理由に、念仏の勉強が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀元年(西暦1570年)

 

 気が付けば、本当に僧の弟子になった。

 而して特段に生活が変わるわけではない。

 歩き、学び、念仏を唱え、また歩く。その繰り返しであった。

 

 六月ごろ、今浜で大きな戦いがあった。

 丁度通りかかった彼らは、人々に混ざって作業を進めた。

 死体を焼き、骨を埋め、念仏を唱える。違ったのは数だけ。

 久しぶりの長期滞在。いい機会だと女は僧に訊ねた。

 

 何故僧になったのか、と。

 

「・・・」

 

 僧は炎に焼かれる死体を見つめる。

 女は答えを急かさなかった。

 

 やがて、ゆっくりと口を開いた。

 「愚僧はあの死体と同じなのだ」と。

 

「愚僧は武家に生まれた。家格は低くなかった。食うものに困りはせなんだし、家人も何人もいた。兄弟姉妹は何人もいた」

 

 女は黙って聞いていた。

 

「やがて初陣を飾った。小さくはあったが勝った。小隊を任されたな。勝って、負けて、そして勝った。法螺の音がして漸く気が付いた。辺りに散らばる死体に」

「城を取った。敵を何人も殺した。城を取られた。味方が何人も殺された。合戦では双方の兵が大量に命を落とした。絶望したな。まるで現世が地獄そのものではないかとな」

 

 だから僧になったのか?女は訊ねた。

 僧は否定しなかった。

 

「あと何人殺せばこの地獄は終わる?百?千?愚僧は答えを持たなかった。そして考えた。ここが地獄だとするなら、死した人々は何処へ行く?極楽浄土か?それとも・・・気が付けば頭を丸めていたわ」

 

 じゃらじゃらと僧は数珠を鳴らす。

 いるのは僧ではない。一人の、この世に絶望した男だ。

 

 沈黙の後、女は静かに口を開いた。

 

「私(わたくし)は罪を犯しました。人を、それも両親を殺したのです。私(わたくし)は極楽浄土に行けるでしょうか?」

 

 僧の答えは早く、また迷いも無かった。

 

「行ける、行けるとも。何故なら愚僧が願う故。我が弟子の安寧をな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天正八年(西暦1580年)

 

 僧が死んだ。老衰であった。

 女は一つたりとも老いてはいない。自らが化生だと思い知らされた。

 

 亡骸は摂津国のある寺に葬った。

 名前は最後まで言わなかった。

 白紙の墓の前で、初めて一人で念仏を唱えた。現世(地獄)に苦しんだ男が、極楽浄土に行けるように。

 新鮮で、違和感で、とても悲しかった。

 

 気が付けば、目に水が溜まっていた。

 雨かと思い、水を拭って空を見上げた。

 見事なほどに快晴だった。

 

 寺を後にする。これからどうするか。

 憎むべき源氏はいない。執着すべき同類もいない。返すべき恩も無い。

 

 しばらく悩んだのち、女は歩き始めた。

 こんな生活も悪くはない。物を奪い、血に酔い、肉を喰らうだけの人生ではなく、ただ死した人々の安寧を願うだけの生活も。

 どうせ時間は無限にある。あと百年は、このままでも。

 

 ボロボロになった経本を懐に大事にしまい、形見の数珠を持つ。

 胸の傷は、もう痛まなかった。




生まれつき不老長寿の鬼娘
 神仏は信じていないが、祈るぐらいはできる。
 人間は憎い。しかし憎くないわけではない。
 山崎、賤ヶ岳、九州、奥州、関ヶ原、大坂と転々とした後、最後に島原藩で目撃されて以降、消息不明。





鬼と共に全国を渡り歩いた僧
 実は鬼娘の因縁の相手の末裔。彼女に関しては言い伝えとして耳にしていた。
 名乗らなかったのはその為。彼女はもう、遥か昔の復讐に囚われる必要は無いから。
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