プロローグ
弱者生存、それが本来あるべき社会の姿。
最初はそう思っていた。
社会において誰も取り残されずに助け合い、手を取り合う。
そんな美しき人間のあり方。
自然界では弱き生物が淘汰され、強き生物が生存し、繁栄する。
弱肉強食の世界。
これは自然の「美」である。
ただ、それに対して人間は抗いを見せた。
それは「理性」である。
この人間だけが持つ特別な能力、
話し合いや意思疎通が容易にこなせることが出来るようになった。
そして、「強者が弱者を助ける」
と、いう新たな生存方法を編み出し、
人類は己から生存に対する新たな「美」をつくった
それは素晴らしくも美しい形だと思った。
だからこそ私も、世のため、人のために行動し、
弱き者を救える強き者になりたいと願った。
だが、それは違った。
人間は私が思っていたほど美しくも綺麗でもなく、
ただただ
「醜い」
そんな存在だった。
私は見えていなかった。
理想論で世界を見ていて、それが正しいんだと
自分に言い聞かせていた。
ありもしない「美」に納得していたんだ。
薄々は感じていた、気づいてもいた。
でも、確信を持ちたくはなかった。
私が見ている世界は美しく、
そんな社会に、世界に、国に、
生きているのだと信じたかった。
でも、違った。
いや、現実を見てしまった。
気付かされてしまった。
私は強き者ではなく、理想にかたく縛られた愚かな者であり、
途轍もない弱者で奴隷であることを実感した。
「強者が弱者を助ける」は美しい人間である。ただ、
「強者は弱者を助けるべきだ」と他人に強要することは美しくない。
むしろ、醜い
自発的なら美しい物でも、他人から強要されればそれは毒となる。
今の日本にあるのは
「〇〇〇を大切にしなさい。」
「〇〇〇には幅広い手助けをし、周りの者は理解し、行動し、助けなさい。
そして、○○〇なのだから許しなさい」
「これまで土地がらみで○○されていたのだから優遇しなさい」
とてもじゃないが健康に生きる若者や子供が、
健やかに成長することが出来る環境ではない。
むしろ、生きにくい強制され、息がつまり、苦しい社会。
数少ない健常者である若者から、税金として少なくない量の金を徴収し、
年金、障がい者への補助、
果ては自国民とはまったくの無関係者である〇〇人に対する手当。
ふ・ざ・け・る・な・
若者に対する十分な手当てがない社会に成長はない。
成長が無ければ経済は発展しない。
それにより、個々人の所得量は減少し、
経済は低迷、
そんな中で生産性も何もない人間に対する手当の充実化
実に馬・鹿・げ・て・い・る・
これでは未来ある、才ある若者の将来をつぶし、夢を壊し、
成長の機会を奪う愚行である。
言い方は悪くなるが、
「生産性も何もない人間に対する手当の充実化」
は多くの若者が成長し、経済に余裕が出来てからでも遅くはない。
なんなら、余裕がある分研究や開発に予算を回せる分、
今まで治らなかった病や○○者の健康的生活に繋がる物の開発がなど
様々な可能性が生まれる。
メリットしかない。
それがなぜ分からないのか。
しかしながら、その一端に権力者のビジネスがある。
こんな淀みに腐った社会に、
生きる価値を私は見いだせない。
生きたくはない。
私の思う美しい世界に生きていたい。
ただこれは、ひとえに私が彼らの立場に立ったことがないから
言えることなのかもしれない。
だが、だからといって私はこの考えを変えるつもりは毛頭ない無い。
なぜなら、この社会に苦しむ者、訝しむ者が一定数いるのだから。
その者たちのために私は行動する。
理不尽に機会を奪われた物、夢を壊され踏み躙られた者、
未来を幸せを奪われた者、才能を認めてもらえなかった者、
が今度は誰にも邪魔されずに成長し、生活を送り、
本当の意味での「助け合い」が出来る
そんな新たな社会であり、国を創るために、、、
そう、傍から見ればただの自己中心的な行動であり、傲慢で、
私はただの異・端・者・だ。
これは、そんな私の自・己・満・足・の物語だ。
ご拝読くださりありがとうございます
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