椿小隊の創設経緯というのは、少々特異的である。
始まりは十年前に電波塔事件。そこで得た甚大な被害と、巨大な犯罪。そしてその背後にあったとされる噂の対外勢力。
日本という国の治安維持の為ならばと、DAとその上層部の取った判断は諸外国に対し工作を仕掛けることだった。
幸いにも今は冷戦も終わった新たな時代、ソ連という超大国を失い、アメリカ一強となって久しいこの世界には、戦争の火種は多く燻っていた。
民族間対立・経済格差・領土問題…今までアメリカとソ連という二大大国がいたからこそ眠っていたそれらの問題は、冷戦の終わりとともに民族自決の名の下に一気に燃え上がっていた。
「…」
新木場の拠点でDAから届いた報告書を読む浅美。
「今月で四件目だそうです」
その横で湯呑みにほうじ茶を入れて飲む三条。その様子は淡々としており、とても人が死んだ時の対応とは思えないものだった。
「二子玉川、お台場、立川、そして品川…」
「いずれもサードの子達って言うけど?」
「かわいそうに…」
「御愁傷様です」
そこで他の四人も同様にゆっくりとした時間を流しながら拠点の建物で軽くため息をつく。
今日は完全オフの日で、誰もがだらしなくソファーやベッドの上でゴロゴロしている。
港の施設をすぐに引き払えるように最低限の荷物しか置いていない椿小隊。ただし倉庫にはこれでもかと危険な武器弾薬が積み上げられ、彼女達の運営資金ともなっていた。この資材もすぐに撤退できるようにコンテナに仕舞われて出荷可能となっていた。
「それで、私たち全員にモードSの警戒体制発令ですか…」
そこで浅美は自分たちに届いた命令書を読む。
今は東京のDAの管理下に置かれた椿小隊、故に命令書は楠木司令から送られるものであり、しばらくは日本で過ごす予定である。
正直、海外で育てられた私たちが日本での活動が満足にできるかと問われると疑問が残った。
「それぞれ単独任務中にやられた…と」
「どうして顔が割れているんですかね?」
浅美に草生津が聞くと、納谷が横で答える。
「さぁ〜、この前の噂のハッキングと関係してるんじゃないです?」
まだ詳細に知っているわけではないが、あの日にラジアータにハッキングを仕掛けられた事は椿小隊の中では公然の秘密であった。
「じゃあ…しばらく単独行動は控えたほうがいいってことですかね?」
「そう言うこと」
小塚原に柊は頷くと、そこで命令書を読んだ浅美は立ち上がって私服姿のまま装備を手にもつ。
「隊長?」
「ちょっと出かけてくるわ」
その鞄の中には予備弾倉入りの
「いつもの?」
「そう」
つまり喫茶リコリコに行くのだと全員が納得すると、そこで三条が言った。
「一人の時は狙われやすいですよ?」
「大丈夫、私を誰だと思ってんの?」
三条に余裕ある笑みで返すと、彼女はそのまま拠点を後にした。
その後、駅から駅へ乗り継いで錦糸町まで到着した浅美はサングラスを外して街を歩いていた。
キャップ帽にはあのリコリスの缶バッジをつけ、これにより監視カメラからラジアータはそれが味方であると認識している。
通常のリコリスは制服を着ているが、私たちのあの喪服の様な漆黒の制服は正式なリコリスと認められていないがためにラジアータのシステム状味方であると言う認識がされない。
そして武器を持っているのでラジアータには引っかかる。そのためキャップ帽の缶バッジは生命線でもあった。
「…」
そして監視カメラは浅美を観測し、リコリスとは思えない自由人として東京の街を歩く。
その事を見ていた楠木は顔を若干顰めていた。曰く『海外のノリでこの国を歩くな』だそうだ。
自分たち椿小隊は海外で生き残ってきた暗殺と謀略の精鋭。
暗殺とは『政治的に影響力をもつ人間を、政治的、思想的立場の相違に基づく動機によって、非合法的かつ秘密裏に殺害すること。』であり、よく映画などである暗闇や密室でハニートラップを仕掛けた後に消音器付きの拳銃でズドンなんと言うものではない。
そして暗殺のプロである自分達はそのための小道具ももちろん備えている。
「邪魔するで〜」
「邪魔するなら帰って〜」
「あいよ〜」
そして錦糸町の喫茶リコリコに到着すると、そこで店にいた千束と顔を合わせた瞬間にそんな会話をした後に浅美は開けたドアを閉じた。
「って、そのまま帰るなよ!!」
そしてドアを閉めた直後に再び千束がドアを開けた。店の外では浅美が軽く笑って待っており、そこで手を振った。
「どうも〜、コーヒーを一杯くれない?」
「おぉ!いいよいいよ!」
そこで千束はミカに『コーヒー一丁!!』とラーメン屋のノリで注文を入れ、そのことをミズキに突っ込まれていた。
「どうも」
「あぁ、態々教えに来たのか?」
「まあそんな所です」
ミカはすぐに浅美が店に訪れた理由を察して、その手でコーヒーミルを回してコーヒー豆を挽き始める。
「どうせ碌な情報は回されていないんでしょう?」
「…悪いな」
この喫茶店の創設経緯をあらかた聞いた浅美は、置かれている状況を察していた。
「いえいえ、どうせ楠木司令も同じことを考えているでしょうし…」
そこで喫茶リコリコに住まうあの伝説のハッカーのことをふと思い出す。
「…もしかして私はいりませんでしたか?」
「いや、彼女はまだ情報を仕入れられていない。今は助かる」
「そうですか…」
それに軽く安堵した浅美は持っていた三枚折りの印刷された紙を渡す。
「DAからの指令です。一応納谷が仕入れた情報です」
「…」
つまり裏付けもバッチリであると言うわけだなと、教え子の優秀さに感嘆しながらミカは情報の記された紙を見る。その傍で挽いた豆をコーヒーフィルターの上に置いて上から熱湯を注ぎ入れる。
「単独任務中、死亡した様子で」
「あぁ…それも四人か」
そこでミカはコーヒーを一杯差し出すと、そこで彼女は砂糖を少し入れてかき混ぜてから一口頂く。
「立て続けに起こり、状況的に集団リンチあったと推定されています」
「…」
酷い、とは言わなかった。自分達リコリスにとってこう言った状況はままある事だったから。
「上層部はこれを挑発と判断。その上でリコリスを囮に襲撃犯の炙り出しを行うと…」
「…なんと無謀な」
ミカはそこであえて深くは聞かなかった。なぜ彼女がこの資料に書かれた以外の情報を知っているのか、それは椿小隊と言う特異的な組織ゆえの情報網と言うべきだろう。
彼女達は上層部直属の部隊であり、今でこそ楠木率いる東京のDAに所属が移管されたが、それ以前は上層部から直接命令を受ける特殊部隊であった。
督戦隊ともまた違う側面を持った組織である椿小隊。その行動任務の詳細はミカや楠木ですら知らない。ただ、出国前は一〇〇人以上いた部隊面々が最終的に六名になって帰国した時点で、まともな任務でなかったことは確実だ。
「素人にやらせると言うのか?」
「だから私たちがやることになったんですよ」
「…」
そこでミカは納得する。
彼女達は主戦場が海外で、主な任務は暗殺と工作。より正確に言うと戦争の火種を大きくし、紛争を起こさせること。それにより、先進国の情報機関の目を日本から背けさせることである。
日本における隠密作戦には育ってきた土壌が違うせいで全く役に立たないが、そういった囮役やその他の多様な任務においては活躍できることだろう。
間も無く戦後八〇年が経とうとしている現状、戦後のアメリカですらこの組織はついに認知することなく戦後統治を終えて撤収していった。
そんな組織の上層部というのは、噂によれば改革派と保守派で揉めているという話だが、そんな話も自分達にはついに降りてこない。
そして上層部の内情をポロリとしゃべった事は、聞かざる言わざるの範囲であることも理解した。おそらく彼女は楠木よりもより鮮明に今の上層部の内情を把握しているに違いない。…最も、DA内部でもこの事を言うのは憚られる対象であるが。
「気をつけろよ」
「お気遣いありがとうございます。教官」
そこで浅美はコーヒーを飲むと、
「浅美〜」
「ん?」
千束が戻ってきて絡んできた。
その後ろでは不満げな様子の顔を浮かべるたきながあり、その顔を前に絶対此奴が何かやったなと直感的に把握する。
「相変わらず私服で来るんかいな」
「そりゃそうよ。私だって制服持ってないし」
頭のリコリスの缶バッジを見ながら千束はなぜかいやらしく聞いてくる。
「どうせなら椿小隊の制服を見てみないなーって?」
「千束…」
そこで軽くため息をついたミカ。
「いやぁ、制服でからと流石に目立つからそれはないかな〜」
「えぇ〜、つまんね〜!」
「うっせー、こちとらリコリスの制服に袖を通す事が許されなかったんだぞ。ありがたく思えや」
浅美は軽く言い退けるが、その話を前にほんの一瞬だけ彼女の目の色を見た千束はその違和感を感じ取った。
「…」
その目の色を前に千束としては何があったのか気になりはしたが、彼女の詳細についてはファースト権限を使う事はできないと既に理解していた。
おそらく彼女の口から出ることもないだろう。
「んで浅美。その頭のそれ何?どっかで見たことあんだよねー」
そこで千束は浅美のキャップ帽についたリコリスの方じゃない缶バッジを指さして聞いた。
「これはピースマークよ」
「ピースマーク?」
そこで知らない様子の千束に浅美は言う。
「まあ反核兵器・反戦運動としてベトナム戦争で有名になったやつね。ほら、フルメタルジャケットで見たことあるでしょう?」
「あぁ!あのシーンね。将官に言われてたのってこいつだったんだ…」
映画好きの千束はすぐにそれを察すると大きく頷いていた。
「まあうちらそれとは真反対のことしてたんだけど」
「おいおい、それ言っても大丈夫なの?」
「時効時効。この店に盗聴器なんてないだろうし、私たちが関与した情報もないし」
「おぉ、流石は対外工作部隊。ヤバいね」
千束はそこで浅美と軽く戯れて遊んでいると、
「…」
不満げな顔を浮かべるたきなが一人、千束を恨めしそうに見ていた。
「…何やった?」
「…てへっ!」
浅美の問いかけに千束は誤魔化しを選んだ。
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