「…」
その夜、とある裏路地で一人の女性が立っていた。
「これを、言った通りに」
「はい。お任せを」
そこで一つの封筒を受け取り、中身を確認するとそこには一本のアンプルが入っていた。
その女性はそれを受け取るとそのまま静かに頷き、同時に使命感に燃える透明な眼差しを封筒を渡してきた黒いフードを被った人物に頷き、慣れない敬礼を行う。
「同志、これは重要な任務である。君の活躍に期待する」
「はっ!」
女性はそのまま裏路地を後にすると、その足で病院の裏口に向かう。
=
「目標、裏路地を出ます」
その動きをDAの司令室で観ていた楠木司令に報告が上がる。
「命令通り、リコリスの派遣はするな。対象の動きをそのまま監視せよ」
「はっ!」
司令員は少し苦い表情を浮かべてそのまま映像に映る女性を見る。
「…」
その動きを前に楠木は静かに、ほぼ表情を崩さずに観ていた。そして忌々しげに、手元に残された封筒を見る。
「(上層部は何を考えている?殺人を見過ごせと言うのか)」
その中身の指令書にはただ一言『当該時刻における対象へのリコリスの派遣及び追跡を禁じる』と記されていた。『何も手出しをするな』と上層部のサインや御印もされているので、楠木も表立って反論ができなかった。
=
「(我が国のため。我が同志のため…)」
女性は病院に入るとそこでロッカー室に入り、上着を脱いで下に来ていた看護服を見せる。
「趙さん、今日の当直頼んだわね」
「はい、わかりました」
ナースセンターで同僚の女性看護師と軽く挨拶を交わして病室の方を見る。
そこで女性はそのまま渡された封筒の中身を持って病室の巡回を始めると、そこで点滴を受けている患者の病室を確認すると、持っていたアンプルをそのまま患者の点滴を行っている袋に手を触れる。
「偉大なる我が祖国の為に…」
女性は手に取った点滴薬にアンプルの中身である薬物を入れようとした直前。
「お前!そこで何をしている!?」
「っ!?」
ドアの前で白衣を着た医師がライトを持っており、真っ暗な病室で点滴薬を持って片手にアンプルを持っている女性に対し、声を上げる。
「っ!くあっ!」
すぐに医師はその女性看護師に近づいて持っていたアンプルを奪い、女性看護師は取り押さえられる。
「離せ!」
「これはなんだ!?貴様!患者に何を打とうとした!?」
医師が怒鳴ると、その声に気がついて他の看護師が何かと慌ててやってくる。
「先生!?あっ、趙さん…!」
「くそっ!ドケェ!祖国の邪魔をするなぁ!!」
目を血走らせて暴れる彼女に、すっかり看護師も恐怖していた。
「早く!あのアンプルを持っていくんだ!」
「は、はい!」
そして医師の声に意識が現実に戻った看護師は、女性看護師を取り押さえている医師を横目にアンプルを回収する。
「それから警察に連絡しろ!」
「はい!!」
看護師は慌てて医師の指示に従うと、その後、病院に警察が殺到した。
『昨日発生しました、都内の病院での中国人看護師による殺人未遂事件ですがーーー』
テレビでは夕方のニュースが報道されていた。
「こればっかりじゃないのよ」
そのニュースを前に不満げにリモコンを切り替える浅美。
『今回の中国人女性はスキサメトニウムと言う薬物の入ったアンプルを持っており、当時の状況から中国人女性は点滴薬に混入させて殺害を画策していたと見られています』
『これは一種のテロ行為である、ローンオフェンダーと言われるテロの可能性も示唆されています』
『この殺人未遂事件は外国人が日本人を故意に狙った事件であるとされ、テロの可能性も視野に入れて捜査が行われるとーー』
『聴取によりますと犯人は単独で行った可能性が高く、またこの中国人女性看護師はーー』
『大体ね、日本人が命のやり取りを行う病院に、外国人を入れている時点で危険だと思うんですよ』
『こうした重要施設に外国人を入れないと言う法律が日本にはありませんから。こう言った事件が今後も起こるのではないのかとーー』
一連のニュースは世間を大きく騒がす殺人未遂事件として連日のキャスター達は淡々と原稿を読み上げていき、コメンテーターが自分の思うことを離す。
「スキサメトニウムならすぐ病院で手に入るのでね」
そのニュースを見た三条が頷く。
「スキサメトニウム?」
「筋弛緩剤です。即効性が強く、全身麻酔などにも使われることのある薬物です」
部隊でも薬物に詳しく、毒殺を行った経験も持つ彼女はすぐにそれの使い方を教えた。
「へぇ〜、殺せるのそれで?」
「何事も用法用量を守ってこそ『薬』となります。それを守らなければ医薬品は全て『毒』ですよ」
「なるほどねぇ〜…」
わかりやすい説明を聞き、納得する浅美。
「今日からしばらくは、ずっとこれでしょうね」
「SNSでも荒れてますね」
「そりゃあそうでしょうね」
元々、今の日本で中国人に対するアンチというのは一定数おり、インターネット上では今回の事件に対してアンチコメが大量に発生していた。
「よし、これで完了です」
「お疲れ〜」
彼女はSNSで作用するあるシステムの構築を終えてパソコン画面から目を離す。
「とりあえず指令内容の通りにシステムを組んでおきました」
「オッケー」
納谷が仕事を完了させると、小塚原が部屋の掲示板にピン留めされた紙を取ってからライターで燃やす。
「これで今回の仕事は終わりです」
「ん、昨日はお疲れ」
そこで浅美は言うと、そこで拠点から運び出されるコンテナを見る。
「オーラーイ」
「こっちでーす」
柊と草生津に誘導され、拠点に積み上げられた各種武器の梱包を終えてコンテナに詰め込まれた武装が出ていく。
「おぉ、注文多くない?」
そこで一斉に何個ものコンテナから運ばれていくのを見て思わず溢してしまうと、見ていた小塚原が言う。
「ほら、今インド軍と中国軍がカシミールでぶつかって、そこにパキスタン軍も合わさってカオスワールドになっているでしょ?」
「あぁ、あれね…」
現在、カシミール地方で軍事衝突が起こっているインド・中国・パキスタンの三国。三つ巴の戦争を前にどこの国もまず静観しつつ、情勢の変化に注視していた。
「その影響でパキスタンとタジキスタンから注文が入っているって話」
「なんでタジキスタン?」
「そのままカザフスタンに横流しじゃない?」
「あーね」
「あっちも揉めてますもんね」
そんな話をしていると、小塚原が話を戻す。
「なんか、リリベルの方で動いたって話だけど?」
「えぇ、今のところ大使館には誰も帰っていないって話」
「なるほどね…」
それだけで長年、この部隊で生き残り続けたリコリスらしくあっさりとその意味を理解する。
「で、補充は?」
「多分そろそろ…」
すると浅美の携帯に一通のメールが届き、それを見た彼女は言う。
「みんな〜、出動〜」
「了解」
「わかりました」
「了解です〜」
そこで絶賛倉庫で荷出しをしている二人も呼び寄せると、そのまま全員がライトバンに乗り込んだ。
拠点は新木場に存在し、そこから『椿原工務店』と書かれた白バンは都内下町某所の駐車場に到着する。
「やれやれ、すっかり暑い季節だよ」
「本来、リコリスも半袖ですよ」
機械式駐車場の機器にカードをタッチして昇降装置が上昇を始める間、車内で浅美達は話す。
現在の季節は夏もいい具合。数日前に千束宅に一泊をしてからと言うもの、割と本気で喫茶リコリコのバイトを考え始めている浅美に三条は呆れていた。
「どうしよ…。割と真面目に喫茶リコリコでバイトしてみたい」
「楠木司令に怒られますよ」
「別に良いでしょ。今はあの人の下だけど、普段は上層部の部下なんだしさぁ」
その機械式駐車場の一番下に車を停めると、そのまま昇降装置が作動して彼女達を乗せたまま昇降装置は一番下まで潜る。
「ねえ、ほんとにこの先なの?」
「この先に訓練施設はあるわよ」
そう話すと彼女達の前に一つの簡単な扉が現れる。『非常口』と書かれているが、本来ここは人が立ち入らない場所である。
「いくわよ」
「了解」
彼女達は漆黒のリコリスの制服を着ており、それぞれ武器を携帯した状態で車を降りた。
「しかし…半袖くらい準備して欲しいものだよ」
「需要ないから無理でしょ」
そこで彼女達は長袖しか用意されていない自分達の制服を前にぼやく。
「うちら制服の色が変わっただけってことは、元々の設計が優秀なのかね?」
「そもそも海外じゃあ、目立ってしょうがないから大抵は私服なんだけどね」
学生服で溶け込めるのは都会、しかも先進国の学校だけ。アメリカでは制服の学校が少ないので目立ってしょうがなかった。
「で、行くわよ」
「「「「「了解」」」」」
そこで全員が
「っ!」
中に入ると、そこは数名の漆黒の制服に包まれた男児達が並んでいた。
「…君は?」
「お初にお目にかかります。椿小隊隊長」
その制服は明らかに戦闘を意識した制服で、浅美達と同じ色合いの制服をしていた。
「やれやれ、なんでリリベルからまた人を寄越すのかねぇ」
その対応を前に、ため息混じりに浅美は構えた武器を降ろす。
「それは山田隊長が最もご理解かと」
「でしょうね」
浅美はそこで届いた司令を前にため息を吐く。
「で、新装備ってのは?」
「こちらに。我々はすでに受領を完了し、訓練を開始しています」
リリベルから配属された椿小隊の面々に浅美は他の事を三条に任せてからその空間を歩く。
「了解。…上層部からは何か」
「それは連絡員からお話をお聞きください」
彼はそう言うと、通路の先で見覚えのある顔がスーツ姿で立っていた。
「お待ちしていましたよ。山田浅美隊長」
「あぁそうですか」
その顔を前に突かれた表情を見せると、彼女はここまで来たリリベルの方の隊員を訓練に行かせる。
「なるほど、装備を丸ごと更新させるんですか」
「ああ、元々自衛隊で採用される武装の改修仕様だ。君達には機種転換訓練を受けてもらう」
「随分やりますね。まさか草生津の狙撃銃も変えるなんて」
「君たちの武装が無茶苦茶だからね。まぁ、良い機会だろう」
「今の情勢、すぐにでも出ないとやばそうですけどね」
浅美はため息を吐いてその連絡員と顔を合わせる。
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