真島からの差し出された手を見て浅美は沈黙する。
「どうだ、俺と来た方が色々とバランスの取れた世界になると思わねえか?」
「…」
そんな彼の提案に浅美は差し出された手を人差し指で押し返す。
「残念だけど、私には人生を賭けたお相手がいるものでね。今回はお断りさせてもらうわ」
お断りをされてしまったことに真島は少し残念がりつつも、簡単に諦めて立ち上がる。
「それはアランリコリスか?」
「そうね。多分、貴方と私が思い浮かべている人は同じでしょうね」
浅美はそう答えると、真島を見上げながら言う。
「まあ、怪我でもしたらここに来なさい。手当てくらいはしてあげるわ」
「ああ、そんときゃまた世話になるかも知んねえぜ」
そんな彼女の対応に彼は笑うと、マンションを後にする。
「じゃあな。また会おうぜ」
「…ええ、変な気起こして殺されないようにすることね」
「おう。ヘマはしねえさ」
真島は実に友人に気軽に出会った後のような雰囲気で静かにマンションを後にした。
「…」
そして扉が閉まると、その直後に彼女は耳に常につけている超小型イヤホンから通信が入った。
『宜しかったのですか?』
その声の主は草生津だった。彼女は団地の窓から見える狙撃ポイントで待機しており、観測員として小塚原も待機していた。
彼女達はいつでも真島を狙撃できる位置で待機していた。そこで浅美は言う。
「ええ、彼は殺さないようにというのが上層部の命令でしょう?」
『しかし…』
「まあ最悪、彼を殺したとて第二の真島を用意すればいいだけよ」
淡々と彼女は離しながらきていたパーカーを脱ぐと、その中に仕込まれている
『それに、彼がこの場所を突き止めたってことは。向こうも腕利きのハッカーがいるってこと』
「Cですか?Kですか?」
『さあね。まあ、この際どっちでもあるんじゃない?』
軍用の暗号化された通信を使用しながら街の上で彼女は
「やれやれですね。隊長が言うから何事かと思いましたけど」
『部屋に敷いてた人感センサーが働いてね。まあ大方予想通りだったわけだけど』
彼女はそう話しながら窓を開ける。
「兎も角、この国に真島がいるってことは、また十年前の再来になるんじゃないかって上層部は警戒しているようね」
『やれやれ、上の神経質っぷりには何とも言い難いですね』
『リリベルよりはマシだと思いますよ?』
小塚原もその話に混ざりながら彼女達は撤収作業を行なっていく。
『しかし意外でした。まさか真島がこの国にいるとは…』
『何のためにわざわざリコリスとかリリベルが蠢く日本に来たんでしょうね』
「テロをする以外に何があるのよ」
彼女達はそんな疑問を口にしながら雑居ビルを後にすると、ビルの近くで止まっていた
翌日、浅美達は休憩も兼ねて喫茶リコリコを訪れていた。
「うーん…」
「どしたの?」
そこで昼間あたりから悩んでいる様子の千束に浅美は話しかける。
「ぷはぁ」
そして店仕舞いした店内で、酒を注いだカップを傾けて一気に行くミズキは実に幸せそうな笑顔をしていた。
「晩酌は家でやれよ…」
「職場でやる背徳感がいーわけよぉ」
そんな様子の彼女にクルミは呆れた視線を送り、それは納谷も同様であった。
「ミズキさん。そんなことをしているからだらしないのでは?」
「酒も飲めないガキンチョが生意気なこと言うんじゃないの」
彼女は軽く反論すると、店に入り浸って片付けを手伝う他四名を見る。
「千束?どうかしましたか?」
そこで増員のおかげで手隙になったたきなが入り口で悩んでいる様子の千束に話しかけた。
「なんか今日は変ですよ」
「こいつは毎日変だろ」
「愛嬌の間違いではなくて?」
そこで妙な圧力がミズキに加えられ、彼女は一瞬だけ浅美相手に引いてしまう。
「うん…先生は?」
「さっき買い出しに出かけましたよ」
そんなやりとりは視界に入らず千束はたきなに聞くと、この場に居ないミカのことを聞いた彼女にミズキが囃し立てた。
「なぁに、もうオッサンがこいちいのかな千束ちゃんは?」
「とりあえず酔っ払いは黙ってもろてよろしいですか?」
いよいよ本音が漏れてしまった浅美はミズキの隣に座って話しかけていた。
「…皆さん」
そんな彼女達の背中で千束はそう言うと、そこで一拍。
「リコリコ閉店のピンチです」
「「「「「え…?」」」」」
そして次の言葉に全員が絶句した。いきなり何をこいつは言い出すかと驚いていると、千束はその事情を話した。
その内容というもの、昼頃にミカの携帯に通知で『明後日21時、BAR Forbiddenにて待つ。千束の今後について話したい』というメッセージが送られていたそうな。
「他人のスマホ覗き見るんじゃありません」
「だって見えちゃったんだもん…」
事情を聞いてミズキは呆れたため息を交えて言った。
「目がいいと余計なものも見えてしまうんですね」
「たきなのパンツとかな」
その直後、たきなはクルミの頭をお盆で叩いた。
ゴンッ
頭をまま強めに叩かれて彼女は軽く悶絶した。
「…でも相手が司令とは限らないのでは?」
「いーや」
そこで千束はそれが楠木と連絡を取っていたのだろうと推察しており、たきなはミカの交友関係を知らないのであまり深くは言わなかったが、そんな疑問を立てた。だが千束は自分なりの予測をした。
「先生を垂らし込んで私をDAに連れ戻す計画じゃわ…」
千束はそう断言すると、心底呆れた様子でたきなは見た。
「自慢ですか?結構ですね、必要とされてて」
「あああ〜、そうじゃないよぉ。たきなぁ」
そして振り返って立ち去ろうとして千束が慌てて止めた。まあ左遷されてここに来たというのなら、これほど嫌味な発言もないだろう。
「それが何で店の閉店と関係してくるんだよ」
「小さいとはいえ、一応DAの支部だからねぇ。ファーストリコリスのコイツが居ないと存続できないのよ」
「あー、なるほど」
純粋なクルミの質問にミズキは訳を答えると、浅美は納得が行った様子で頷いた。
「何でお前達が知らないんだよ」
「いやだって、こっちこの十年間海外にいたんだから、国内のリコリスの事情なんて知る訳ないじゃないですか」
浅美は肩をすくめてクルミに答えると、彼女は聞いてきた。
「じゃあそっちにファーストとかの階級はないのか?」
「まあ、先任の指示に従う感じでしたしね」
そこで浅美は答えると、クルミは『へぇ』と言って心の中でボタンを押していた。
「じゃあ私が戻りますよ」
「え〜!そんなさーびーしーい〜〜〜」
たきなの言葉にどこぞのメンヘラ彼女のような対応をして頬すりをする千束。その様子を見てクルミは呟く。
「たきなはお呼びじゃないんだろう?」
ゴンッ
「あだっ!」
そこで失言をしたクルミはまたたきなから頭頂にお盆を、今度は縦で叩きつけられて悲鳴を漏らした。
悲鳴をあげたクルミを横目に千束は慌てた様子でたきな達に言う。
「みっ、皆だってお店なくなったら困るでしょ!?」
彼女がそう言った途端、もし喫茶リコリコがなくなった場合のことを想定して全員の顔が悪くなった。
「ま…まぁ、私はおそらく養成所戻しですし…」
「まだ此処に潜伏してないとボクは命が危ない…」
「私も男との出会いの場が失くなる…!」
最後の一人はまあどうでも良いとして、それぞれここにいなければならない理由を聞いて浅美が提案をした。
「あら、じゃあたきなちゃんとクルミちゃんはこっちにくる?」
そう軽く提案をしてみると、二人は同じく答えた。
「「いえ、結構です(だ)」」
「…何でやねん」
息ぴったりな返答に浅美は顔を引き攣らせると、ミズキが口を挟んだ。
「だって、アンタらのとこに転がり込んだら命がいくつあっても足りやしないでしょ?」
「いやまあ…否定はしないけど」
「そこは嘘でも否定しなさいよ!」
千束にも突っ込まれたでゴザル…うんまあ。これは私が悪いな。
その後、すぐに納屋とクルミはその噂の店について調べ始めた。
「フォービドゥン…」
「検索エンジンには…あっ、ありました」
そこで納谷がパソコンを用いて検索を終えると、結果を見せて全員が覗き込んだ。
「会員制のバーか…」
検索結果で出てきたいい雰囲気のバーを見て途端に全員の顔色が変わる。みるからに高級そうだし、そもそも会員制と言っている時点でどれほどの金額がかかるのかは想像ができた。
「入れるんですか?」
「そこはコンピュータの人の出番でしょ」
たきなの疑問に千束はクルミに視線を向けた。
「アンタも偶には働きなさいよ」
「偽造は何でもないが…」
すっかり店の雰囲気を前にノリノリな様子のミズキ。この売れ残り、バーでいい男見つけて引っ掛けるつもりだな?
「偽造は何でもないが…」
そこで早速手元では準備を進めるクルミはやや怪訝になって顔を上げてミズキ達を見る。
「こんな店で仕事の話するかぁ?普通に逢い引きじゃないのか?」
ミカと楠木、会員制バー。この足し算をしたクルミは純粋に男女の恋の関係が想像できてしまっていた様子で、聞いていた椿小隊の面々を吹き出させかけた。
「店長と司令は愛人関係という事ですか?」
「「「「「ブッ」」」」」
そこでたきなが言うと、ついに口元が決壊して椿小隊の面々は吹き出してしまった。
「愛人て…」
「え?」
そんな彼女達の反応と浅美の苦笑にたきなは首を傾げていた。
「アンタの口から…なんか興奮するっ…」
「でもそういう事だろ?」
簡単な足し算を解いた様子でクルミは反応すると、ミカをよく知っている千束、ミズキ、浅美は手を振って否定する。
「「「ナイナイナイナイ」」」
全力で否定する彼女達にクルミは訝しんだ。
「何でだよ?あり得る話だろ」
「「「ナイナイナイナイナイナイナイ!」」」
それでもなお全力で否定する千束達。すまんな、これに関しては確証を持って言えるんだ。
「「「「「(ミカさん、絶対そっちの気がある人だもん)」」」」」
口には出さなかったが、三条達もこれについては確信しており、そのことを言うことはなかった。いやはや、まさか長年海外で色々なものを目にした経験がこんな場所で生きるとは思わなんだ。
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